Love Live!Aftertalk!

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~「足掻き」が生み出す「キセキ」~ラブライブ!サンシャイン!!2期ハイライト 第19話(2期6話)「Aqours WAVE」

「神様。
 私に”変えることのできない物事を受け入れる落ち着き”と。
 ”変えることの出来る物事を変える勇気”と。
 ”その違いを見分ける知恵”を授けたまえ。」
                 カート・ヴォネガットJr「スローターハウス5

 

皆様こんにちは。そしてこんばんは。Lovelive aftertalk!です。

前回記事には多くの反響を頂戴しましてありがとうございました。今後も同じように「どうかしている部分」を掘り下げるスタイルは変わらないと思いますが(笑)、何卒ご贔屓にお願いいたしますm(__)m

さて、今回は語るのが野暮な回。「見てそこで感じたものが全て」と言える回でした。なので、なるべくシンプルに、自分のインプレッションのみを纏めていければ良いなと思います。

#6「Aqours WAVE」です。

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■3年生のラストチャンス

いよいよ迫ってくる東海地区予選。

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前回Aqoursが突破を阻まれた場所。嫌が応にも緊張感は高まります。

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別室にて生徒数の動向を確認している3年生=生徒会運営チーム。前回地区予選前に50名まで増えた入学希望者ですが、現在は57名。約1か月で微増と、思うように伸ばせていません。鞠莉の父が設定した期限まで約1か月。となるとこの東海地区予選が「入学希望者を増やす」ミッションにおいての「ラストチャンス」となります。

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また、年2回開催がベターとなっている「ラブライブ!」に関しても、3年生にとってはこの大会が「ラストチャンス」となるもの。

二つの「ラストチャンス」を同時に迎えることになったAqours。果たしてこのピンチをどのように乗り越えるのか。そこが今回の物語のメインストーリーとなっていきます。

超えられない壁を超えるために必要な「プラスワンモア」。そのヒントは果南の中にありそうですが...。

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■自らの力で叶える「必然」を信じる梨子

前回「犬を拾う。」において善子もといヨハネと行動を共にすることで、一つの壁を乗り越えた梨子。彼女の中であの体験はやはりとても大きいものになったようです。

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「自らの在り方」を変えることで、「自分の運命」を「偶然」から「必然」へと変えていく善子。そんな善子の影響は強く、思わずヨハネ流ムーブを同時に取ってしまうほどに。

そんな梨子を見て「とにかく楽しそうで良かった」と告げる千歌。千歌もまた梨子の「ポジティブな変化」にぼんやりとですが気付いているのかもしれません。

高海家では、しいたけに念を送ってこちらを向かせようとするなど、「必然」の実践に余念のない梨子。

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一つ一つの「自分の行動」によって「自分の運命」を切り開くことの「手応え」を感じている梨子。そんな梨子の視野の変化は、今回の物語のテーマにも関与していきます。

 

■「過去」の「失敗」

前回あと一歩まで迫りながら超えられなかった「東海地方予選」。足りないものは何なのか。果南が前回から意味ありげに見つめてきた「フォーメーションノート」。そこにその答えがあるようですが、果南はそれをメンバーには告げられず。

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その背景にあるのは、このダンスフォーメーションによって果南が犯した「失敗」に要因があるようです。

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Aqoursが予選大会で「失敗」を犯したことは1期において語られた通り。その理由とは「鞠莉の怪我を心配した果南が敢えて歌うのを止めた」というもの。

そして今回その「鞠莉の怪我」の原因となったのが、この「ダンスフォーメーション」にあったことが明らかとなりました。

Aqoursがどのような活動をしていたのか。

実はアニメにおいてその話はほとんど登場せず、謎に包まれています。しかし1期でSaint snowと出会った際に「昔の自分を見ているようで苦手」と果南が語ったように、旧Aqoursは果南を中心としてひたすらに「頂点」を目指して「ストイックに活動するグループ」だった...という風に考えられます。

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元々高い身体能力を持ち、ダンスにおいてもそれを発揮する果南。彼女のパフォーマンスレベルは恐らく当時のスクールアイドルの中でも抜きんでたものだったはず。とすればその特徴を生かした楽曲やパフォーマンスを作っていくのも必然。故にそのレベルに見合った「ダンスパフォーマンス」を見せていたとも想像できます。

しかしそれはあくまでも「果南のレベル」を基準としたもの。ダイヤや鞠莉が特別身体能力に優れているという描写がこれまでも無いように、旧Aqoursでは二人がそれに必死に食らいついていった。しかしただひたすらに「頂点」を目指していた果南は二人と自分とのギャップにも気づかず。遂にその「軋轢」が「目に見える形」として現れたのが「鞠莉の怪我」だったのでは?と想像できるのです。

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鞠莉の怪我をきっかけに自分の「過ち」を実感してしまった果南。その「罪」を購う最適な方法を見つけられず、結果「わざと棄権する」という最悪な形で、旧Aqoursの「軌跡」を「終わらせる」に至ったのです。

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彼女にとってこの「過去」と「ダンスフォーメーション」は、そんな「罪」を思い出させる存在。千歌の行動とダイヤの献身によって再開したAqoursではありましたが、果南はこの「過去」に関して、未だに「清算」が出来ていません。

今回の物語の裏側に潜むテーマの一つは、この「果南の過去」の「清算」とも捉えられるのです。

 

■過去の捉え方

果南の抱える「カセ」に薄々気づきながらも、「ダンスフォーメーション」採用を要求する鞠莉とダイヤ。しかし二人は果南にとっては「傷付けてしまった相手」であり「拭い去れない過去の失敗」を象徴する存在です。結果的に「棄権」の判断をきっかけに3人の関係はこじれ、修復までに2年の月日が必要になった。

失ってしまった2年。それを象徴する存在でもある「フォーメーションノート」を「傷つけた相手」から要求される。果南はそのパラドックスを受け入れられず、ノートを海へと投げ入れるという暴挙に出ます。

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果南が「過去」を「投げ捨てる」のはこれが2回目。一度目は9話「未熟DREAMER」において「参加しなかった花火大会」での衣装を手に鞠莉に詰め寄られ、その衣装を窓から外へと投げ捨てました。

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その際は制服マニアの曜が拾う...というギャグシーンに「旧Aqoursの分解を新Aqoursの3人が救う」というメタファーを重ねて表現していましたが...。

今回はそのノートを受け止めるために鞠莉が海へと躊躇なく飛び込みます。

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果南が「捨てたがっている過去」は、しかして鞠莉にとっては「捨てられない過去」でもある。それは果南と鞠莉の「過去」に対する捉え方の違いでもあります。

「否定しないで。あの頃のことを。」

「私にとっては、とても大切な思い出。だからこそやり遂げたい。」

「あの時夢見た”私達のAqours”を完成させたい」

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果南にとっては「自分の選択」によって「傷つけてしまった相手」である鞠莉。しかしその鞠莉は「ラブライブ棄権」も「失った2年」も「大切な思い出」として総括している。ここに二人のギャップが垣間見えます。

それと同時に果南は「傷つけたはずの相手」から「赦しを得ている」わけでもありますが、しかし果南の「カセ」は解消されません。それはこの問題の根底に「果南自身の自我」も関係しているから...なのですが、この辺りはまた後程触れることとしましょう。

 

■「私達の輝き」その「形」。

自分達の現状を聖良に相談する千歌。もはやメンバー以外では千歌が最も信頼している相手になっています。

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会場投票およびWeb投票によって決まる決勝進出チーム。会場投票の票は、そのまま生徒数にも比例するもので、生徒数の少ないAqoursにとっては最も「不利な要素」でもあります。故にAqoursには「学校の生徒以外の票」を手に入れる「明確な手段」が必要です。

スクールアイドル創生期よりも各アイドルは格段にレベルアップし、今や明確な実力差すら見えない時代。その実力は先輩たちにもひけを取らないものです。

しかし、どうしても「手の届かない」差がある。その「差」にこそ「ヒント」があると聖良は告げます。

その「差」とは、恐らく先輩たちが作り上げたそれぞれの「輝き」でしょうか。

ずっと「輝き」「光」という「概念」を信じて追いかけてきたAqours。1期13話ではその「輝き」は「心の中から溢れ出すものなのだ」と結論付けました。反面その「輝き」を「Aqoursだけの輝き」としては表現しきれませんでした。

13話で披露した楽曲「MIRAI TICKET」は「μ's」との出会い、比較、敗北を糧にして得た「スクールアイドルと自分達との関係性」と、そこから得た「答え」を「MIRAI TICKET=未来への切符」に例えて表現した楽曲。そこには「スクールアイドル」「μ's」から「受け取ったメッセージ」の自分達なりの解釈が表現されています。その反面「Aqours」の内面から溢れ出す「輝き」を表現しきれたとは言い難い楽曲でもありました。

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いよいよ「Aqoursだけ」が持つ「輝き」「光」を「具体的な形」として見せる必要が出てきた千歌。

「目に見えないものを追いかける」だけではなくて、それを「自分達の手で掴めるもの」として「具現化」する。その意味をメンバーにも伝える千歌。その時梨子の瞳が揺れるのは、前回梨子が掴み取った感覚がこのタイミングで千歌にも「共有された」からかもしれません。

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作詞者と作曲者の視点が一致した今。必要なのは「振り付け」です。

ダイヤは「丁度良いタイミング」と果南の「フォーメーションノート」を共有することに。しかし果南は千歌がその振り付けで踊ることに反対します。

「これはセンターを務める人の負担が大きいの。」

「あの時は私だったけど、千歌にそれが出来るの?」

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果南のセリフから感じるのは「過去」を「過ち」として捉え続けている事実。「自らの能力」に準拠した振り付けを作成したばかりに鞠莉を「傷つけてしまった」ことに対する後悔です。

反面そこには「自分だからこそ出来た」という「自負」や「矜持」ないしは「おごり」のようなものも垣間見えます。自分の身体能力があってこそ可能だった振り付けが「千歌に出来るとは思えない」。果南は無意識のうちに「自分」と「千歌」とを「分け隔てて」思考しています。ここに果南が「カセ」を超えられない根本的な理由があるのではないでしょうか。

自分が「特別」だから「特別ではない人」を「傷つけた」。故に「特別」な自分が作ったフォーメーションを「特別ではない人」に躍らせるわけにはいかない。何故なら「特別ではない人」には「実現不可能」なフォーメーションだから。また「踊ることが出来ず」に「傷付く」か「失敗というトラウマ」を負わせてしまう。

そう考えるからこそ果南は千歌がこのフォーメーションを踊ることにひたすらに反対し、このフォーメーションそのものを「捨て去ろう」とするのでは。そんな風に感じられるのです。

となると、この「カセ」を解決するために必要なのは、このフォーメーションそのものが「特別でない人」でも「踊れる」という「実績」でしょう。

「特別な自分」が「特別な自分のため」に作った「特別でなければ踊れない振り付け」。果南の「カセ」はここに集約されています。であれば、これを「瓦解」させればよい。「特別ではない人」が「特別な人でなければ踊れない振り付け」を踊り切れば、この理屈は崩れ去るのですから。

劇中のこの描写に関して「なぜ果南が踊らないのか」「なぜ曜が踊らないのか」などの疑問が噴出したと聞いていますが、その理由は明確です。

「それでは意味が無いから」です。

「元々踊れていた人」や「普通の人よりも身体能力が高い人」がこの振り付けを踊れたとしても、それでは元々の「意味」からの「変革」が無い。それではシナリオとしての意味が出てこないのです。

あくまでも「普通の人」が「普通では踊れない振り付け」に挑み、それを打開するからこそ「意味」も「価値」もある。そしてそれこそが「ラブライブ!サンシャイン!!」2期が第1話から提唱してきた「テーマ」でもある。故にこのダンスに挑むのは千歌でなくてはならないのだと、私は理解しています。

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ノートを受け取る千歌。その瞳には一点の曇りもありません。

今回通常の髪型ではなく、終始練習着Verで登場する千歌。そこにも「意図」があるように思えるのですが、それはまた後程。

 

■千歌の価値

とはいえやはりその振り付けはとても難しく。スタートから5日間経ってもなかなか完成には至りません。失敗を重ねてボロボロになっていく千歌。しかし彼女は周囲の心配をよそに一向に「諦めません」。

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彼女を駆り立てるのは、自分1人ではこれまで「何も成し遂げていない」という実感。Aqoursとしての活動も、メンバーや学校のみんなや、町の人々の助けがあってこそのもの。そこには「自分一人」で成し遂げた物が一つもない。だからこそ自分が引き受けたこの振り付けだけでもなんとか「形」にしたい。そんな自負が彼女にはあるのです。

千歌の気持ちが「分かる」という梨子と曜。反面その真意を「分かりかねている」果南。果南には無意識な「驕り」があるからこそ、千歌の「頑張り」とその「意図」を理解できない。

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それを知ってか知らずか「普通怪獣」の話題を持ち出す梨子。

「千歌ちゃん、普通怪獣だったんです」

「怪獣??」

初耳という感じの果南。どうやら普通怪獣は梨子や曜の前でしか登場したことが無いようです。

「普通怪獣チカチー...。」

「なんでも普通で、いつもキラキラ輝いてる光を遠くから眺めてて。」

「本当は凄い力があるのに。」

「自分は普通だって、いつも一歩引いて」

「だから自分の力でなんとかしたいって思ってる...。」

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「ただ見てるんじゃなくて自分の手で。」

その言葉から何かを「思い立った」果南。千歌の元へと歩みより、「振り付け」を「明日の朝まで」に「完成させる」ように伝えます。

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「良く頑張ったよ千歌。もう限界でしょ?」

そんな冷徹な言葉まで添えて。思わず悔しさに唇をかみしめる千歌。

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しかしこれは千歌を奮い立たせる為の「仕掛け」です。

思えば梨子よりも千歌との付き合いは長い果南。千歌の扱いに関しても心得ています。曜は千歌にわざと「やめる?」と聞くことでかえって千歌を奮い立たせてきました。「千歌ちゃん、こう言った方が燃えるから」と。

果南も恐らく同じことを知っているのでしょう。2期1話では「千歌は昔から負けず嫌いだから」と評価していました。

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元々千歌の性格と、その価値を良く知っていたはずの果南。しかしそこに「自分だけが踊れた振り付け」というフィルターがかかることで、彼女を自然と貶めていたことにも気づいたのでしょう。それを梨子と曜との会話から理解した。そして千歌が「挑み続けること」の「意味」にもようやく気が付いた。だからこそ彼女に発破をかけた。そんな風に感じられます。

鞠莉が言うように元々千歌を信頼している果南。千歌の「達成」によって自分もまた「カセ」から「解放される」。その意味と異議を自然と感じ取ったように思えます。この辺りの「直観の鋭さ」は果南の魅力の一つのような気がします。

「翌日の朝」というリミット。そして果南の言葉に発奮した千歌は深夜でも練習を続けます。梨子に言うと止められるからと曜に見守り役を依頼する千歌。現実的な判断で千歌を支える梨子と、無条件に千歌の在り方を肯定する曜。二人の千歌への接し方の違いが明確化すると同時に、その事実に千歌も気づいている。ちょっとしたシーンですが、そんな事実が表層化してくるシーンでもあります。

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ボロボロになりながら練習を続ける千歌。にも関わらず完成しない振り付け。心は折れかけますが、それを支える梨子と曜。更には3年生以外のメンバーも応援に駆け付けます。

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劇映画だったら「成功」するパターン。にも関わらず「失敗」してしまう千歌。どこまでも「普通」。

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「出来るパターンだろ!これ!!」

自分の「普通さ加減」に絶望してしまいそうになる千歌。しかしそんな千歌を励ますように「普通怪獣」たちが姿を現します。

「普通怪獣ヨーソローだぞ!」

「おっと!好きにはさせぬリコッピーもいるぞ!!」

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梨子も曜も我々視聴者からすれば「普通」ではない人々です。

梨子には抜群の作曲能力があるし、曜はなんでもできるスーパーウーマン。しかしそんな彼女達の中に元々いなかったものもあります。それは「普通怪獣」です。

千歌が「普通」な自分を象徴する存在として生み出した「普通怪獣」。しかし2期1話でこの「普通怪獣」は「無慈悲な世界」に戦いを挑む「人間」を象徴する存在へと姿を変えました。

あまりにも「無慈悲」で「冷徹」な世界。しかしそれに絶望せずに「挑む」「足掻く」ことを誓った時、普通怪獣は世界に向けて「雄叫び」を上げました。

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まったく無意味な行動。しかしそこには「普通怪獣」から「無慈悲な世界」への「挑戦表明」という意図があります。

そして、その瞬間「凡庸な自分を自虐する存在」から「決して負けを認めず戦い続ける存在」へと「普通怪獣」は生まれ変わったのです。

そしてその生誕の瞬間にAqoursの9人全員が立ち会っている。だからこそこの瞬間にAqoursのメンバーそれぞれの中にも「普通怪獣」が生まれた。そんな風に思えるのです。

「普通怪獣」は「負けを認めず戦い続ける象徴」。だからこそ梨子と曜は「自分の中にいる普通怪獣」を出現させて、千歌を励ますのでは?そう思えてきます。

そしてこの「普通怪獣」を梨子や曜の中に生み出してくれたのは、ほかでもない千歌なのです。

「普通の自分」を認めたうえで、それでも「諦めず」「戦い続ける」。「足掻き続ける」。その「不屈の精神」にこそ「千歌の価値」「素晴らしさ」がある。

しかし千歌はその事実に気付いていない。「普通怪獣」の持つ意味が変化したことにも気づいていない。だからこそ曜と梨子は行動と言葉をもってその「価値」を伝える。

「今のAqoursが出来たのは、誰のおかげ?最初にやろうと言ったのは誰?」

「千歌ちゃんがいたから私はスクールアイドルを始めた」

「私もそう。皆だってそう。」

「他の誰でも今のAqoursは作れなかった。千歌ちゃんがいたから、今があるんだよ」

「そのことは忘れないで」

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「自分のことを普通だと思っている人が、諦めず挑み続ける。それが出来るって凄いことよ!凄い勇気が必要だと思う...。」

「そんな千歌ちゃんだから、みんな頑張ろうと思える。Aqoursをやってみようって思えたんだよ。」

1期から再三描かれる「自己の価値に気付いていなかった人がその価値を他者に認められることで、自分の価値を再肯定する」物語。

実は千歌にはその肯定が為されていませんでした。

このとても大事な局面で、AqoursAqours足らしめている「千歌の価値」に「千歌本人が気付くこと」。

それこそが「Aqoursだけが持つ輝き」を「具現化する」方法である。

実に良く練られたシナリオ構成だと感じました。

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 「普通」の千歌が達成するちょっとした「奇跡」。その達成がメンバーを救い、ここまで来たのが「Aqoursの軌跡」です。

そしてこの日は「普通」の千歌によって、「特別な人でしか出来ない振り付け」が成し遂げられることで、果南の抱える「カセ」が解決されるのです。

「普通の人」が、その「意志」によって「普通ではない人たち」をも「救っていく」。ここに「ラブライブ!サンシャイン!!」ならではのメッセージも込められているように思えます。

 

■足掻きが生み出す「キセキ」

千歌だけでなく、メンバー全員の努力によって完成した新曲「MIRACLE WAVE」

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曲名の「MIRACLE」とはそのものずばり「奇跡」のことです。

千歌の足掻きが生み出した「キセキ」が一つの「奇跡」へと結実し、Aqoursの「軌跡」へと変わっていく。2期1話で語ったことの実践と結実が、この楽曲には表現されているのです。

またこの結実は旧Aqoursにとっての「軌跡」の「結実」でもあります。

あの日「棄権」によって、道半ばで終わった旧Aqoursの「軌跡」。果南が「消し去りたい」と願い、鞠莉が「大切な思い出」として残したがった「過去」。

千歌はそんな旧Aqoursの思いを「振り付けを引き継ぐ」ことで、今へと続く「軌跡」へと「変化」させてみせたのです。

果南が千歌に「ありがとう」と告げ、3年生が舞台上で涙を流すのは、自分達の「過去」が「今」へと「意味のあるもの」として引き継がれたからこそのように思えます。

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勇気はどこに?君の胸に!

冒頭のスローターハウス5の言葉に関して、映画評論家の町山智浩氏はこのように解説しています。

「確かに変える事のできない過去というものはある。それはジタバタ騒がないで、受け入れる。でもこれから起こることは変えられるんだからやっぱり変えようじゃないか。でもそれには「勇気」が必要なんだ。」

この言葉にはそんな思いが込められているのです。

町山智浩の映画ムダ話 一度は観ておけこの映画「スローターハウス5

町山智浩の「一度は観ておけこの映画」16 『スローターハウス5』(72年)。 主人公ビリーは、...

今回の物語は「MIRACLE WAVE」へと帰結していく物語でしたが、EDテーマ「勇気はどこに?君の胸に!」とのつながりをしっかりと意識させる物語でもありました。

「過去」も「失敗」も「消えない」。しかしそれと同じように「夢」もまた「消えない」。

「夢は呪いである」。これは仮面ライダー555の名台詞として、ライムスターの宇多丸師匠が度々引用する言葉でもあります。「夢」は人に「願い」や「希望」を与える反面、それが叶わなかった瞬間には「呪い」として人の心を縛り続ける。6話までの果南にとってはまさしく「フォーメーションノート」が「叶わなかった夢」として果南の心を縛り付けていました。これは正しく「呪い」でしょう。

しかし「ラブライブ!サンシャイン!!」は「夢」を「呪い」とは捉えない。「叶わなかった夢」があるのなら、それは「諦めなければ良い」のだとする。「消えない夢」があるのならそれを「何度だって追いかけよう」と語る。でもそれはとても「勇気」が必要なことでもあります。だからこそ自分達の胸の中に芽生える「勇気」を肯定する。そしてその勇気は「特別」なのではなく誰の胸にでもあるものなのだと、「君」の胸の中にもあるものなのだと「肯定」する。そしてそれを「持ち続けること」が「何よりも大切なのだ」と語り続けるのです。ここにこそ「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品が真に我々に伝えたいメッセージが込められているように思えるのです。

第6話においていよいよ明確化された「Aqoursだけの輝きの形」。それが明確になると同時に「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品独自の持つ「テーマ」をも物語とそれに連なる楽曲によって表現する。いよいよもってこの作品の恐ろしさを実感しつつあります。

 

■「普通」のクローバー。「勇気」のリボン。

さて、ここからは毎度おなじみ余談のコーナー。

今回千歌がずっと「練習着」で過ごしていて、髪型もそれに準拠していた...というのは先ほど書かせて頂いた通り。

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僕は1期1話の項で高海千歌の「髪型」に関して、こんな指摘をしました。

 

一見前作の主人公=穂乃果と同様の「能天気で元気なキャラ」として映りがちですが、その本質は少し違います。 もっと詳しく言うならば彼女は「半分:穂乃果」と言うべきでしょう。 では、もう半分は誰なのか?といえば、それは「花陽」なのでしょう。 これは彼女のルックスを見るだけで分かるように作られています。 彼女が左耳側につけている黄色いリボンは(言わずもがな)「穂乃果」を象徴するものです。 そして右耳側に着けているクローバーの髪飾りもまた「花陽」を象徴するものです。 これは分かりやすく演出されたキャラクターデザインなので、恐らく間違いでは無いと思います。

ラブライブ!サンシャイン 第1話「輝きたい!」ハイライト - Love Live!Aftertalk!

 この時には具体的なキャラクター名を挙げましたが、今となってはそれぞれのキャラクター「性」を象徴するモチーフなのかなとも思えます。

三つ葉の「クローバー」は「普通」を象徴するものとすれば、「リボン」は「勇気」や「希望」を象徴するもの。そんな風に捉えています。

幼少期の千歌には、「リボン」が無い。

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即ちただの「普通」の子だった。

しかしある時をきっかけに「勇気」や「希望」を持つようになった(ここのきっかけに関しては未だに描写は無いのでなんとも言えないのですが、その勇気のきっかけの一つがスクールアイドルとの出会いであることは間違いないでしょう)。

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1期ではそんな千歌の葛藤と挫折、復活を通してAqoursなりの「輝き」への「解釈」を手に入れる物語が描かれました。

その中で受け取った「輝き」と「勇気」を象徴させた楽曲が「MIRAI TICKET」。受け取った「勇気」は、13話では「リボン」という形で千歌の衣装内に残されました。

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これは「MIRAI TICKET」そのものが「μ's」から受け取った「TICKET」であることとも無関係ではありません。「μ's」から引き継がれたものを象徴する形で残された「リボン」。故にこの「MIRAI TICKET」には「Aqoursだけが放つ輝き」が象徴されていなかった...とも捉えられるのです。

それ故に「東海地方予選」を突破することが叶わなかったAqours。そこには「Aqoursだけの輝き」が表現され尽くしていなかったわけですから。

今回「Aqoursだけの輝き」「自分だけの輝き」を追い求めた千歌。その行動の中で「リボン」が千歌の要素から排除されたのは象徴的なように思えます。

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残された「クローバー」と共に髪を飾るのは「緑とオレンジのボンボン」。それは千歌を象徴するモチーフである「みかん」を想像させるものではありますが、それ以上の意味を持つモチーフではありません。即ちこの髪型の千歌は真っさらな「高海千歌」そのものを象徴する状態なわけです。

「普通」で「真っさら」な、ただの「高海千歌」が、外的な「勇気」ではなく、内面から溢れ出す「勇気」を振り絞って「振り付け」という「奇跡」に挑み、それを「達成」する。そこにこそ今回の物語の「キモ」がある。

「達成した後」のシーンとして、会場に向かうAqoursと千歌をクローズアップする。曜が語る千歌の「価値」。その曜の顔と「リボン」とを同時に映す。

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曜がリボンを見つめて、何か理解したように見えるのは、そのリボンがもはや「外付け」の「勇気」ではなく、千歌本人の「勇気」を象徴するものに「変化」したことを「理解した」からなのかもしれません。

「MIRACLE WAVE」衣装にも反映されている「リボン」。しかしその色は「黄色」から「白」へと変化しています。

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これは「リボン」がもはや「外側から受け取ったもの」ではなく「千歌本人のリボン」すなわち「千歌本人の勇気」を象徴するものへと「変化した」ことを象徴しているのでは?とも思えるのです。

もちろん、なんの確証もない「妄想」に過ぎないわけですが(笑)。そんな想像を膨らませることが出来るのも、この作品の「深さ」や「面白さ」の一端なのでは?と思えます。

 

と、いう事で遅ればせながら第6話の考察というよりも感想でした。

次回はもう見終えているわけですが、あまりにも重い一撃で何回も咀嚼するのが怖い回。故に書き始めるのに覚悟が必要なのですが、ボチボチやっていこうと思います。。

今回も長文をお読み頂きありがとうございました。