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Love Live!Aftertalk

妄想をただ書き連ねる覚書。

TVアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」に関しての全体を通しての総括。「一つのヒカリを目指す物語」 

いよいよ明日はAqoursの1stライブ。

これまで「キャラクター編」「楽曲編」と作品を振り返ってきましたが、今回は集大成「物語編」と題して、全13話を総括していきたいと思います。

実の所前回「MIRAI TICKET」に関する考察記事でやりつくした感もありますが(笑)。

また、各考察を既に読んで頂いた方には、重複してしまう部分もあると思うのですが、そちらも何卒ご容赦を<(_ _)>

 

■「憧れ」から発する「願い」を「肯定する」第1部(1話~6話)

「サンシャイン」の物語は、1話~6話7話~9話そして10話~13話でそれぞれ切れる構成になっている。その構成はまるで「3部制」と呼んでも差し支えないくらいで、この辺は巧みだなと思わされる。前作「ラブライブ」では9人が揃うまでにそれなりに時間がかかり、その後「カセが立て続けに発生」し「ドラマが急展開する」印象があった。しかし「サンシャイン」では「前半でポツポツとカセを発生」させ、それを「中盤で回収」し「後半でメインテーマを示す」というしっかりしたドラマ立てになっていた。そういった意味では前作以上に「よくできたドラマ」になっている印象がある。

「ドラマを重視する」構成は「ラブライブ!」シリーズ特有のものでもあり、故に「キャラクターを重視してほしい」視聴者にはすこぶる評判が悪かったりもする。まま、この辺は良し悪しなんだが、結果的に「TVアニメ」をきっかけに本格的な「ラブライブ!ブーム」が訪れた事を考えれば、この方針は「成功だった」ということなんだろう。

少々脱線した。本題に戻ろう。

さて、3部制として分けるとすると、「第1部」はそれぞれの「憧れ」を「肯定」し、そこから生まれる「願い」を描く物語。Aqours結成の発端となった千歌が、「μ'sに憧れてスクールアイドルをスタート」し、いつか「μ'sのようにキラキラする」ことを「願う」ように。

2話の主役となった梨子は「スクールアイドルの音楽」を通して「音楽への憧れ」と「渇望」を取り戻す。

3話では「ファーストライブ」の「失敗と成功」を通して「自分自身のやりたい事」=「憧れ」への思いを再度「肯定」し、今一度「スクールアイドルを続けること」への「希望」を取り戻す物語が描かれた。

4話では「姉への遠慮」故に「スクールアイドル」への「憧れ」を封じ込めたルビィと、「親友の夢をかなえること」を目標としてしまい、自分自身が持っている「スクールアイドルへの憧れ」を封じようとした花丸、それぞれがそれぞれによって「救われ」「願い」を手にする姿が描かれる。

5話では「ヨハネ」という自らの「憧れを具現化した存在」を「普通になるため」に捨てようとした善子が、Aqoursメンバーによって「憧れ」を「肯定」されることで、自らも「ヨハネ」を「再肯定する」ことが出来るようになる...という物語。

というように繰り返し「憧れ」を「肯定」し、そこから生まれる「願い」の価値に関して描き続けたのが第1部といえる。 

 

■「敗れ」が「新たな願い」を生み、「敗者」を救う 中盤(7話~9話)

7話「TOKYO」8話「くやしくないの?」にて物語は大きく展開する。東京でのスクールアイドルイベントに招かれたAqoursはこの地で「惨敗」を喫する。これまで「憧れ」の力を糧に(いや、むしろそれだけを糧にしてきた...といっても良いだろう)突き進んできた彼女達は「憧れ」だけでは突破できない「壁」にぶち当たる

これまで唯一「心の糧」としてきた物に対して、容赦ない「現実」を突き付けられた彼女達は、次に進むべき方向性を見出せなくなる。

「憧れ」を糧に、その「憧れ」を肯定し、されることで集ったAqoursというチーム。「夢は願えば叶う」と本気で「信じる」から、そして「信じよう」と願うからこそ「集まれた」Aqours。しかしその思いは「得票0」=「敗北」という「現実」に「否定」されてしまう。「憧れ」を武器に戦うことを呼び掛けたからこそ、千歌はその「現実」に最も叩きのめされ、「新たな方向性」を示すことができない。

しかし「敗れる」ことは決して悪いことだけではない。麻雀マンガ「天」で天才雀士アカギはこんなことを言っている。

「思うようにいかねぇことばかりじゃねえか・・・ 生きるってことは・・・・!
不本意の連続・・・・・・・時には全く理不尽な・・・ ひどい仕打ちだってある・・・・・!
けどよ・・・・・ たぶん・・・・・・ それでいいんだな・・・・・
無念が「願い」を光らせる・・・・・・・・!
嫌いじゃなかった、何か「願い」を持つこと
そして・・・・・・・・同時に、今ある現実と合意すること・・・・!
不本意と仲良くすること・・・そんな生き方が好きだった・・・・
たぶん・・・愛していた・・・・無念を・・・・!」

叩きのめされ、方向性を失った千歌は初めて仲間の前で自らの「弱さ」を露呈する。泣きじゃくり「悔しさ」を主張する彼女の中には、「憧れ」からではない「願い」が生まれるそれは「0を1にすること」「敗北」という「無念」が新たな「願い」を生み、そしてそれが新たなAqoursの指針となっていく

それぞれの「憧れ」とそこから発せられる「願い」からスタートしたAqoursは、とはいえチームとしてのまとまりに欠けていた。それは共通の「願い」を共有できていなかったからかもしれない。しかし彼女達は同時に同じ「敗北」を経験することで、ついに共通の「願い」を手にすることができた。ここからどこか「儚く」「弱弱しかった」Aqoursが「強いチーム」へと成長していくのは決して偶然ではないように思う。

「新たな願い」が生んだ「強いAqoursは「強固な意志」として「迷える人」に「救いを与える存在」になっていく。その一組目は「3年生ズ」だ。お互いの思いが錯そうし、もはや解決困難なほどこんがらがった彼女達の関係を、千歌を中心としたAqoursは半ば力づくで振りほどき、解決に導く。問題が解決した「3年生ズ」。彼女達もまた「無念」と「願い」を抱えてきた存在であり、故に難なくAqoursへと加わることになる。こうしてAqoursはいよいよ自分たちのアイデンティティを手にし、もう一度大きな戦いへと歩みを進めていくことになる。

また「迷える人」に「救いを与える存在」とはまさしく「MIRAI TICKET」の中に登場する「ヒカリ」のことでもある。ここから終盤へむけて「テーマを置きに行く」ストーリーが始まる。

 

■そして彼女達は「ヒカリ」になる 終盤 (10話~13話)

10話「シャイ煮はじめました」11話「友情ヨーソロー」ではチームとなった「Aqours」の関係性構築と、それ故に今まで見落とされていた問題の修繕が行われた。これは作品を「チームもの」として成立させるための「ならし」としてだろう。特にこれまで見過ごされていた「千歌と曜」二人の関係にメスを入れながら、Aqoursに加入した理由が「千歌に誘われたから」以上のものを持たなかった曜にキチンとした役割を与えるに至った。曜が不遇だ...という意見を言っている人をたまに見かけるのだが、そんなことないぞ!めちゃめちゃ優遇されてるぞ!とは思う(余談)。

12話「はばたきのとき」ではいよいよ音乃木坂へとたどり着く。これまで梨子が「逃げ出した場所」であるが故に「全員で行く」ことが叶わなかった音乃木坂だが、11話において梨子の「カセ」を取り除くことで、遂に「全員で行く」ことが出来るようになる。そこでAqoursに与えられるものは「μ'sの意志を継ぐ」...というもの。同年代のスクールアイドルでライバルでもあるSaint snowの二人が辿りつけていない真理=「何故μ'sやA-RISEは勝つことができたのか」に対する解答を、Aqoursはいち早く手に入れることになる。そしてその解答がラスト曲「MIRAI TICKET」へも繋がっていく。

13話「サンシャイン!」で披露される楽曲「MIRAI TICKET」には「サンシャイン」の物語の全てが集約されている。「μ's」に憧れ「μ's」になりたいと願って始めたAqours。しかしもちろん「μ's」になることは出来ない。手探りの中での敗北。しかしその「敗北」から始めて「憧れ」とは違う「願い」を見出したAqours。それはまさしく自らの「心から溢れ出すもの」だった。「誰かに憧れる」のではなく「自ら輝こう」と提唱したμ'sの意志を正確に受け継いだAqoursは、その気づきを「MIRAI TICKET」に込めた。だからこそ「輝きは心から 溢れ出す」と総括できるのだ

また「憧れ」は目指すものではなく「抱きしめる」ものに変わった。Aqoursが目指すのは「μ's」ではなく「僕たちだけの新世界」になったからだ。はじめAqoursの一員としてライブにでることを望んだ456を始めとする浦の星女学院の学生。しかし彼女達は大会規約によってAqoursとしての出場はできない。しかしこれも「天の采配」だったのだ。なぜなら「誰かに憧れる」ことは「ゴールにはならない」からだ。

物語終盤、本来光が入らないはずの会場に一際輝く「ヒカリ」を見出した千歌はそちらに駆け寄る。そして「みんな、輝こう!」と叫ぶ。その掛け声につられるように走り出したむつは、千歌の言葉の真理に気付いたのだろう。彼女は自ら「輝きたい」という意志を持って走り始める。そしてそれにつられるように大勢の人々が駆け出す。

この表現に関して「会場に近寄るなと言われているのに近寄るとは何事か」と怒っている方もいたが、これはまぁなんだ、メタ表現なのだ。「ラブライブ!」という作品は「ミュージカル作品」故に「メタ表現」を多用するのだけど、これもその一環だ。本当に千歌たちに駆け寄っている...というわけではなく、心理的に「自らの意志で輝くために、大勢の人が走り始めた」ということなのだ。(全て現実に起こっているシーンだとしたら、ミュージカルからMIRAI TICKETへの早着替えもありえないし、最後会場の外に駆け出す千歌もあり得ないだろう)。

千歌たちが目指す「ヒカリ」は「ミライを照らす」存在。それはまさしくμ'sの意志を継ぐ仕事だ。

そしてラストシークエンス。

「私たちがゼロから作り上げたものってなんだろう」

「形の無いものを追いかけて」

「迷って 怖くて 泣いて」

「そんなゼロから逃げ出したいって」

「でも 何も無いはずなのに いつも心に灯る光」

「この9人でしかできないことが必ずあるって 信じさせてくれる光」

「私たちAqoursは そこから生まれたんだ」

「叶えてみせるよ 私たちの物語を」

「この輝きで」

「君のこころは 輝いてるかい?」

自らが「輝きを発すること」が大事なのだと知っているから、千歌は「君のこころは輝いてるかい?」と問いかける。それは我々も共に「ヒカリ」を目指そうではないか、という千歌の問いかけでもある。

君のこころは輝いてるかい?」という楽曲を持ってスタートした「Aqours」の物語が、そのタイトルを持って第1部完となる。これほど美しいエンディングがあるだろうか。そしてその文脈もきれいに回収されている。不満を持つ要素はほとんどないと思うのだが、どうでしょう。

...というわけでTVアニメの総括でした。13話考察よりもきれいに纏まった気はする。

 

さてこれでサンシャインの記事は一旦終了!!!(ライブ感想は書くかもしれませんが)

しばらく充電期間に入りつつ、このブログではほとんど触れていない「ラブライブ!(無印)」について書いていこうと思います。

1話ずつ考察するかは...未定ですが。。

まずはお読み頂きありがとうございました~!

ラブライブ! サンシャイン!! Blu-ray 7 (特装限定版)

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