Love Live!Aftertalk!

妄想をただ書き連ねる覚書。更新情報等はTwitterにてお知らせしております。

「ラブライブ!サンシャイン!!」2期総括コラム【キャラクター編② 小原鞠莉】

皆様こんにちはorこんばんは。

今回は2期総括コラム第2夜。小原鞠莉編をお届けしようと思います。

2期においては物語内でも重要な役割を果たした鞠莉。

前回と同じく彼女にまつわる「ワード」と紐付ながら、2期におけるの彼女の物語を追想してみたいなと思います。

 

小原鞠莉と「カセ」

2期の物語を振り返った時、恐らく多くの方の脳裏に鞠莉の姿が浮かぶと思います。それは彼女個人の抱える「カセ」が、物語全体においても「カセ」として機能していたからでしょう。

彼女が抱えていたカセは主に2つ。

①は「学校の統廃合問題」。②は「旧Aqours」です。

この二つは鞠莉個人が抱える「カセ」でありながら、物語においても同様の効果をもたらしました。その理由とは、この二つが物語を「進めていく」ことにブレーキをかける...まさしく「カセ」としての機能を果たしていたからにほかありません。

f:id:ishidamashii:20180202000118j:plain

①「統廃合問題」は主人公である千歌にも影響を与え、この「阻止」のために「足掻くこと」が2期前半部の主なテーマとなりました。

①の問題の最中、6話「Aqours WAVE」から同時並行的に②の課題に関する物語も動き始め、10話「シャイニーを探して」ではこの「カセ」の解決がメインへと据えられていきます。

こう明確にすると、いかにこの二つの「カセ」が、2期において重要な要素だったかが分かるのではと思います。

 

■鞠莉と「守りたいもの」

①②に共通しているのは、「鞠莉にとって守りたいもの」が対象であるということ。

10話「シャイニーを探して」で鞠莉本人の口から語られた通り、鞠莉はこの内浦に引っ越してきて、果南・ダイヤという無二の親友と出会えたことによって多くの学びを得ました。

f:id:ishidamashii:20180202001448j:plain

「二人が外に連れ出してくれなかったら、一つも知らないままだった」

そう語るように、今の鞠莉が存在出来ているのは、この場所と「二人」がいたからだと考えています。

だからこそ鞠莉は二人と共に過ごせる場所である「浦の星女学院」を、「3人がずっと一緒にいるという願い」の帰結先でもある「旧Aqours」を、「守らねば」と考えている。即ちそこには彼女のとても「個人的」な「情動」が働いているということが分かるわけです。

 

小原鞠莉と「浦の星女学院

小原鞠莉にとって「浦の星女学院」とは、もちろん「愛する地元=内浦」の学校でもあるわけですが、それ以上に「果南・ダイヤ」と共に「過ごせる場所」であるということが重要であるように思えます。

また3人によって結成された「スクールアイドル=旧Aqours」も、鞠莉にとっては「スクールアイドル」という事以前に「果南・ダイヤと共に結成したグループ=3人が一緒にいることを合理化するための記号」としての重要性を持つのでは無いか...という仮説が浮かび上がります。

とすれば鞠莉が抱えるカセ①②は、共に同じ理由の元に鞠莉が「守ろうとしているもの」であることも想像できます。

即ち鞠莉は「3人が一緒にいられる理由」を守るために「浦の星女学院の廃校を阻止」すべく理事長という職を得て復学し、「3人が一緒にいられる記号」を守るために「Aqoursの再始動」を目指したのである...という仮説が完成するわけです。

即ち、鞠莉が元来願ったものとは、決して「高尚な志」に根ざすものなどではなく、とても「個人的な欲望」に沿ったものだったのではないか...と考えられるのです。

同時に鞠莉にとっての「スクールアイドル」というものも、総じてその「欲望」を満たすための願望器に過ぎず、彼女にとっては「重要なもの」では無かった可能性もあるのです。

f:id:ishidamashii:20180202003150j:plain

もちろん、「アニメ開始時」における初期段階において....というお話ですけども。

 

小原鞠莉と「Aqours

 鞠莉にとって最も重要な願いであった「3人がずっと一緒にいること」。

しかしその願望をかなえるための根幹となる「浦の星女学院」は健闘空しく統廃合が決定。鞠莉はカセ①から、半ば強制的に「解放される」形に。

同時にスクールアイドルである「Aqours」は、「学校の統廃合」によって「消滅」を余儀なくされます。こうしてカセ②からも「解放」されそうになってしまう。

即ち彼女の「情動」を形作る「根幹」が「崩され」、彼女は嫌が応にも「未来」へと向けて「進まざるを得ない」状況へと追い込まれていくことになります。

結果「3人がずっと一緒にいる」という「願望」とも向き合うことになる鞠莉。

やがて大人になっていく中で、そんな「願望」が現実的では無いことは、鞠莉も十分理解していた。それでも願わざるを得なかったのは、鞠莉はただひたすらにその「願望」に「呪縛」されていたから。そしてそれ故に「願望」を「更新」していくことが出来なかったからなのかもしれません。

しかしそんな鞠莉を救うことになるのは「新Aqours」の存在。

「3人=旧Aqours」のメンバーでは見ることが叶わなかった「流れ星」を、「9人=新Aqours」で「見る」。

そして「9人」で見た流れ星に「新たな願い」をかけることで、「願望」を更新していく。即ち「呪縛」からも解放されていく。そうすることで鞠莉は「未来」への「一歩」を確実に踏みしめていく。そこに鞠莉にとっての「新Aqours」が持つ「意味」をも加味させていく。

f:id:ishidamashii:20180202005937j:plain

2期10話は鞠莉の主役回だけに、本当の意味で彼女にとって重要な回でもあったと思えるのです。

 

小原鞠莉と「謝罪」

2期11話。

統廃合が決定した「浦の星女学院」。本来最高責任者であるはずの鞠莉は、その非難の矛先になっても仕方ない立場でもあります。

しかし、誰もが鞠莉を責めることはしない。更には「浦の星」のラストを締めくくるにふさわしい「閉校祭」の提案までしてくる。「祭り」を通じて、その暖かさに触れる中で、鞠莉は改めて「浦の星女学院」という学校の持つ「価値」を理解していくに至ります。

f:id:ishidamashii:20180202014204j:plain

またそれと同時に鞠莉は、自らの不明を恥じるに至ったのかなとも思えます。

先に触れた通り、鞠莉が「浦の星」に舞い戻った一番の要因は、「個人的な情動」に起因するもの。また「スクールアイドル」として活動してきたことも同じ。全ては「個人的な事情」であり「情動」に任せた行動であったようにも思えてくる。

そんな中、学校が生徒にとって、そして周辺住民にとってどれだけ重要な存在だったのかを知るに至り、自分は果たして「学校の理事長」に相応しい行動を取れていたのか、自分自身への「疑問」を感じるに至ったのでは?とも思えるのです。

もっと学校を本気で守るために何かすべきことがあったのではないか。

そして自分は本当に学校を守るために死力を尽くしたと言えるのであろうか。

鞠莉の脳裏には、そんな「疑問」が浮かんでいたのでは、と想像出来てしまうのです。

f:id:ishidamashii:20180202011110j:plain

「閉校祭」のクライマックスにあたるキャンプファイヤー。その中で「理事長」としての彼女がとった行動は「謝罪」。

物語全体をマクロな視点で見れば、何も鞠莉が謝罪をするような状況でも、場面でも無い。けれども鞠莉は謝りたかった。

それは彼女自身の性格や、矜持とも関係しているけども、最大の要因は自らの中にある「不明を恥じて」の行動なのかな...と今はそう思えるのです。

ひたすらに「自らの情動」に忠実だった鞠莉。そんな彼女が見せる「謝罪」にこそ、彼女の2期での「成長」が集約されているようにも思えます。

しかし、そんな彼女を救うのは図らずとも..。

 

小原鞠莉を「許すもの」

鞠莉の謝罪に対して起こるのは「Aqours」コール。

それは恐らく鞠莉の中にあった「自分がスクールアイドル活動なんかにうつつを抜かさず、理事長として活動していれば良かったのでは?」という考えを帳消しにするもの。

f:id:ishidamashii:20180202011758j:plain

もしも鞠莉が新Aqours結成へ働きかけなかったら、今のAqoursは成立していなかったかもしれない。そして鞠莉が現Aqoursに加入していなかったら、Aqoursラブライブ本選へと進めていなかったかもしれない。

そう思えば、ただ漫然と閉校を迎えることになっていたかもしれない「浦の星」に、「ラブライブの歴史に名前を残す」という「希望」を与えたのは「Aqours」である。

その意味も、価値も、浦の星の生徒たちは知っているし、理解している。だからこそ「Aqours」の名前を叫ぶ。

それは結果的に「Aqours」として活動してきた鞠莉の行動を肯定する意図にも繋がります。

即ち、物語文脈的には、そこに鞠莉への「赦し」の意味も込められていくのです。

自らの「情動」に従って「Aqours」として活動を続けた鞠莉。その「情動」が「謝罪」の対象であるはずの「浦の星」の生徒たちによって「赦し」を得る。

そうすることで、鞠莉は自らを「呪縛していた」存在である「スクールアイドル」によって、今度は反対に「救われる」ことになる。

小原鞠莉と「スクールアイドル」との関係性がこれまでと反転する。

すなわち、鞠莉にとって「カセ」でしかなかったものが、「未来への祝福」へと変化する。

ここに鞠莉に対する最大の「救い」が用意されているわけですね。

 

小原鞠莉と「スクールアイドル」

12話。

「スクールアイドル」によって救われた鞠莉。

全ての「カセ」から解放され、まっさらになった彼女が望むのは「Aqoursとして優勝したい」というシンプルな願い。一見何の変哲もない願いですが、これまでの彼女の物語を追えば、その価値が分かります。

彼女にとって「呪縛」だった「Aqours」はもう彼女の中には無い。だからこそシンプルに「Aqoursとして優勝したい」という言葉が彼女の口から発せられる。

またあれほど恐れた「3人がバラバラになってしまう」ことも恐れない。

「この空は繋がっているから大丈夫」。

そう語る彼女には、10話までの弱弱しさはありません。

そこにはとても感動的な、一人の少女の「救いと成長の物語」の帰結が描かれているように感じるのです。

f:id:ishidamashii:20180202013300j:plain

 

ということで、キャラクター編②小原鞠莉編でした。

ちょっと長くなってしまった。。出来れば今後も体制は崩さず、シンプルな記事を心がけていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。