Love Live!Aftertalk

妄想をただ書き連ねる覚書。更新情報等は@tamashiill

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「次元も時間も場所をも超えて、想いが一つになる奇跡」

2/25 2/26はAqours初の単独ライブAqours First LoveLive!」横浜アリーナにて行われました。僕はちょっとした幸運に恵まれ、1日目を現地で、2日目をライブビューイングで見ることが出来ました。

ライブの感想は、それこそ溢れるくらいあるのですが、そういった細かい思いはまた別の機会に書かせていただくとして、今回は「ある楽曲」に関して、それこそ散文と呼べるようなもので書き殴らせて頂ければと思います。今日どうしても更新しなければ、と思うのは、今日いまでしか書けない気持ちがきっとあるから...と思うからです(恐らくそういう風に思っている方はたくさんいらっしゃると思います)。きっと夜中に書いたラブレターのような気恥ずかしい文章になっていると思うのですが、何卒ご了承くださいw(普段から同じようなものだから良いか...)

さて、ある楽曲とは(お察しの方もいるとは思いますが)想いよひとつになれです。今回ライブで初披露された楽曲は数多あったわけですが、その中でも極めて強烈な印象を残したのがこの楽曲でした。

※もう既にライブが終了しましたので、ネタバレ全開で書かせていただきますが、どうしても円盤が出るまでネタバレしないで!!!という方はここで引き返して頂ければ幸いです。

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...さて、まずは前提としてなぜこの曲が印象に残る曲になったのか、というのをライブを見ていない方のために簡単に説明する必要があります。

今回ライブでは「未熟DREAMER」から一気に「想いよひとつになれ」へ入っていく演出が採られました。その中でのキモは、「舞台上にグランドピアノが登場し、桜内梨子を演じる逢田梨香子さんが実際にピアノを演奏する」というものでした。

これは実のところ楽曲考察で予想していた流れでもあり、演出としてそれほど驚きがあったわけでは無かったのですが、いざ演奏されるとその迫力に終始圧倒されました。それこそ自分で書いた記事の通り、”ドライヴ感”が凄まじく、聞いている途中から興奮が止まらない...という感覚に陥るほどでした。またアニメ本編では共に歌う事のなかった梨子ですが、この日のライブでは逢田さんがマイクが生きていないにも関わらず一緒に歌っている姿を見せてくださって、より気持ちが高ぶりました。恐らくこれは僕だけでなく、初日ライブを見た人の多くに同意して頂ける部分かと思います。

結果「想いよひとつになれ」は初日ライブでの「MVP楽曲」に推す方も多かったですね。(ただし初日感想では何を演奏した...というネタバレツイートが禁止されていたので、皆が皆「アレ凄かった」「アレ感動した」とつぶやいていたのが面白かったですね(笑)さらにそれでみんな文脈を共有しているのもダブルで面白かったです)

さて来る二日目も全く同じ構成で「想いよ~」へと突入していったライブ。緊張の面持ちでピアノ前へと座った逢田さん。おもむろにイントロを弾き始めます。しかしここでアクシデントが。一回目の転調でタッチミスを犯してしまった逢田さん。必死に取り返そうとするも、動揺で立て直せず、舞台上の音楽が無音になってしまったのです。慌ててピアノに続く演奏音源を消すPA。動揺する逢田さんに駆け寄るメンバー。そして騒然とする客席。恐らくラブライブ史上初めての大きなアクシデントが発生してしまいました。

この時僕はというと「やっちまった!」という動揺と同時に「深い反省」をしていました。

思えば1度目に披露した際に、あまりにもあっさりと演奏をやり遂げる姿を見て、どこかで「凄いことをしている」という感覚が抜け落ちていました。しかしいざピアノ演奏が抜けた場合の「想いよひとつになれ」を聴いてみると、完全に主旋律を失った形になっていました。つまり、それだけこの楽曲の成否において逢田さんへかかるウェイトが「重くなっていた」わけで、それを僕は「微塵も理解していなかった」わけです。

もちろん演者は「努力の形跡もみせず、客を楽しませる義務がある」と思ってやっているでしょうし、「努力を見せるのは恥ずかしい」とも思っているはず。ただ、その「努力」を僕ら「応援する側」が「軽視」してはいけないのです。僕は自然に「Aqours」や同じく様々な「芸事」をする人々を「舐めていた」自分が急に恥ずかしくなりました。そしてそれに並行するように逢田さんや、Aqoursのメンバー全員を改めて「尊敬」する気持ちが芽生えてきました。恐らく同じような心の動きをした方が会場内やLVの会場にもいらっしゃったのでは、と思います。

やり直しの瞬間の緊張感たるや半端ないものがありました。「次失敗したら、ライブそのものが終わる」。そんな逢田さんとAqoursメンバーの緊張感がこちらにもひしひしと伝わってきました。そんなとき会場内から聞こえてきたのは「梨香子」コールでした。「梨子」でも「りきゃこ」でもなく、「梨香子」コール。愛称でキャストの名前を呼ぶことがあっても、本名でコールすることはほとんどないはずのラブライブにおいては、非常にエポックメイキングな出来事。しかしそれだけ逢田さんに対するリスペクトが会場内の人々の心を動かし、コールに駆り立てたのではないか...と思えます。それほどに自然で、愛情に満ち溢れたコールでした。

再び始まったイントロ。

緊張感は凄まじいですが、今度は見事に成功!

その後は滞りなく演奏が続いていきます。

しかしあの一件を乗り越えた会場の空気は凄まじいものがありました。Aqoursのメンバー、そして会場の皆の想いが逢田さんの手に乗り移ったかのように、情熱的で荒々しく、それでいて冷静なタッチが「想いよひとつになれ」の世界を紡いでいきます。そしてその情動がメンバーと我々の心をまた揺さぶる。自然と激しくなるAqoursのパフォーマンス。半ば狂乱の如く盛り上がっていく客席。お互いがお互いを高めながら、どこまでも昇っていくような「不思議な昂揚感」がこの日のライブにはありました。それはまさしく「ライブでしか起きえない奇跡」のような体験でした。

ピアノソロで始まり、ピアノソロで終わるこの楽曲。締めももちろん逢田さんのピアノソロです。最後の一音を弾く瞬間...。震える指先を必死で抑えながら、鍵盤をグッと抑え、楽曲が終わると一瞬の静寂。逢田さんが必死の形相で右手を掲げ、それに倣ってAqoursが右手を挙げると、その後またしても爆発的な「梨香子」コールが起きました。横浜アリーナも、LV会場もサイリウムは「さくら色」一色。自分の推しキャラもなにも関係なく、皆が逢田さん、そして梨子に万雷の拍手を送った、本当に感動的な瞬間でした。

・・・僕がこの間考えていたのは「想いよひとつになれ」という曲のこと、そしてTVアニメ11話でこの曲を披露する直前に梨子と曜がしていた会話のことでした。

梨子「私ね、分かった気がするの。あの時どうして千歌ちゃんがスクールアイドルを始めようと思ったのか。スクールアイドルじゃなきゃダメだったのか。」

曜「うん。千歌ちゃんにとって、輝くという事は自分一人じゃなくて、誰かと手を取り合い、皆と一緒に輝くことなんだよね。」

梨子「私や曜ちゃんや、普通のみんなが集まって、一人じゃとても出来ない、大きな輝きを作る。その輝きが学校や、聴いてる人に広がっていく。繋がっていく。」

曜「それが千歌ちゃんがやりたかったこと。スクールアイドルの中に見つけた輝きなんだ...」(第11話より抜粋)

 この日Aqours全員が、会場と一緒になって作り上げたものは、まさしくこの「輝き」なのでは...と思います。もちろんアクシデント込みでこそ生まれたイレギュラーな出来事でしたが、図らずとも上の言葉が語られる回で披露された楽曲において、それを証明するような出来事が起きたのは「奇跡」としか呼びようのない出来事のように思えます。

さらに言うなれば、この日ライブを見ていた全ての人が同じ「想い」を共有した...というのは楽曲の歌詞そのもの。「どこにいても 同じ明日を 信じてる」。今日LVを見ながら「うまくいってくれ!」と願っていた僕は、全くもってこの歌詞通りの心境でした。そして自惚れではないですけど、そんな思いが会場へと伝わったからこそ、2度目の大成功につながったのではとも思えてしまうのです。

 

ラブライブ!サンシャイン!!」は前作「ラブライブ!」と比べて「皆で一緒に、皆で進む」ということを強調してきた作品だと考えています。故にそのテーマに倣った「アンセム」を作るのが難しいユニットでもありました。もちろんテーマに近い楽曲はあります。例えば「君のこころは輝いてるかい?」や「step zero to one」はそうでしょう。しかし今日この日、最も「アンセム」に相応しい楽曲が誕生しました。それはもちろん「想いよひとつになれ」です。

様々なアイドルユニットやバンドが「アンセム」を作りたがり、それに失敗しているのは、「ユニットとファンとが一つになれるような成功体験を『人が作る』なんてのはおこがましいのだ」...ということが分かっていないからです。いつだって「アンセム」は「作る」のではなく「生まれる」のです。そしてそれは「神の采配」と呼べるような偶然から生まれるのです。

今日この日、Aqoursにとっての揺るぎない「アンセム」が誕生したこと、そしてその瞬間を体験し、共に分かち合えたことは大きな喜びとしてファンに語り継がれるはず。そしてそんな時間を自分も体験できたことが、果てしなく誇らしく、嬉しく思えるのでした。