Love Live!Aftertalk!

妄想をただ書き連ねる覚書。更新情報等はTwitterにてお知らせしております。

~なぜしいたけは吠えたのか~ラブライブ!サンシャイン!!2期14話(1話)無駄話(これがホントの無駄話)

注意:本稿はどうでも良い与太話です。

 

■しいたけ

ラブライブ!サンシャイン!!2期第1話(このブログでは14話と表現しますが)を見ているなかで、どうにも理屈が分からないシーンが「しいたけの一連の登場シーン」とその「意図」で。

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高海家の愛犬、しいたけ。

今回主要人物(動物?)というわけではないのに、やたらと登場シーンが多かったですよね。

そんな中でも、ファーストシークエンスとラストシークエンスでの登場は非常に印象的で。にも関わらずその「意図」が不明なのが、地味にモヤっていたのです。

(そもそもそんな重要な意図なんざないよ!という突っ込みはこの際置いておいてくださいw)

 

■「犬」が「吠える」お話。

そもそもモヤモヤする要因は「犬」が物語における重要なパーツとして存在し、それが「大事な場面で吠える」物語が、頭の隅っこでなんだか思い当るものがあり。それがなんなのかが「ハッキリと思い出せなかった」からでもあるのですが。

その正体をふとした拍子に思い出した瞬間に、この「しょうもない記事」の着想が浮かんだのです。

さて、その「物語」の正体はと言いますと、「人類は衰退しましたというライトノベル作品なのでした。

元々はエロゲ作家として「加奈~妹~」「家族計画」「CROSS+CHANEEL」などの名作、話題作、問題作を生み出していた田中ロミオ氏(旧名山田一氏)。そんな同氏が初めて挑戦した「ライトノベル」。それが「人類は衰退しました」です。

一見児童文学のような絵や暢気な物語に反比例して、この物語の世界では「人類が緩やかに衰退を迎え」「もう間もなく滅ぶ」というなんともディストピアな世界観で、(その代わりに人類として台頭しているのが妖精さんなのです)とにもかくにも意欲的かつ最高に面白いお話なので、興味のある方は是非読んでみてほしいのですが(アニメ化もしてますよ)。

             

                 ~閑話休題

 

 この小説の原作では2巻、アニメでは7・8話にあたるエピソード「じかんかつようじゅつ」。細かい内容はこんな狭いスペースで書けるほど単純でも、分かりやすくもないので、是非原作を読んでいただきたいのですが。

このエピソードでは「タイムトラベル」とそれによって引き起こるタイムパラドックスに関する独自の考察が描かれます。

その中で一つ基本的な知識として持っておきたい「タイムトラベル」に関する考え方が、「犬の尻尾理論」ですね。

この考え方「タイムトラベルが現実的には実施不可能であることを証明する」理論の基本的なものとして有名だそうです。

その考え方とは...

「一人の男が、自らの親を殺すことで、自分の存在を抹消しようとする」

→「過去に移動した男は、自分の親を殺そうとする」

→「しかしなにをしても親を殺すことだけはできない」

→「それは未来に存在するはずの自分が、自らの存在自体を抹消しようとする行為そのものに矛盾が発生しているから」

→「すなわち、既に確定している未来は、過去をどう変えようとも変化しない」

よって、この「矛盾」を解決できない時点で、「タイムトラベル」そのものも実施不可能である...という理屈です。

この「未来を変えようと思い、過去を変えるものの、それがいつまでたっても未来への影響を与えない」という状態が、「自分の尻尾を永遠に追いかけ続ける犬」に似ていることから、この考えは「犬の尻尾理論」と名付けられたわけです。

とはいえ、この考え方にもさまざまな矛盾や、突っ込みどころが存在し、それについての議論も多々あります。

この「人類は衰退しました。」でのエピソードも、その矛盾点を突く...というかおちょくるような物語でした。

「過去の改変」が「未来に影響を与えない」というのならば、「過去を変えようとして起こしたほんの少しの変更点」そのものは、「未来においてどう消化されるのか」。「人類は衰退しました。」では、その「ほんの少しだけ変わった未来」がどんどん蓄積されていくことで、結果として「未来が改変されてしまう」という「タイムパラドックス」が起きていました。

その「タイムパラドックス」、即ち「タイムトラベル」を引き起こすきっかけが「犬が吠える」というもので。

これは「タイムパラドックス」と「ドッグ=犬」を絡めたダジャレというだけではなくて、本来「未来の改変を否定する」象徴である「犬の尻尾理論」の主役である「犬」が「タイムパラドックス」を引き起こす「きっかけ」になる...という意味での二重ギャグにもなっていたのでした。なんと分かり辛い。

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まずい、ここまでの話、今回の本筋と「そんなには」関係ないのです(笑)。

要は何が説明したかったか、というと「犬」という記号が「表すもの」ってなんなのかという話で。

それって恐らく「犬の尻尾理論」の根底にある「過去を変えることで、未来を変えられるのでは?」という「願望」なのかなぁということなのです。

そしてその「犬が吠える」という表現は、「過去を変えたいという願望」のメタファーなのかなぁ...みたいなぼんやりした考えなのです。

 

■しいたけが吠えるポイント

ようやくサンシャインに話が戻るのですけど。物語冒頭、しいたけが吠えます。これはおそらく千歌の夢の中で。

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この時、千歌は夢の中で「変えられなかった過去」を悔いています。要するに「過去に引っ張られた状態」であること。だからそれを指し示すように「犬」が吠える。「過去を変えたいよ!」と。

しいたけは、「過去に引きずられた千歌」の精神状態を現す、「装置」としてこの回では存在しているのかなぁ...と思えてくるのです。

ただし、この時点での千歌にはまだ「希望」がありました。それは「入学希望者の増」という情報です。だからこの「過去」に執拗には引きずられない。しかし、その「希望」が途絶えた瞬間、千歌は一気に「過去」へと引きずられていきます。

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ラブライブの予選に勝って、本大会に出場出来てたら運命は変わっていたのかな」

この発言はまさしく「犬の尻尾理論」の根底となるもの。「過去を変えれば、未来が変わったのでは?」という考え方です。

千歌が「過去」に引きずられていることに気付くから、しいたけはまた「吠える」。

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しかし、千歌は梨子の言葉や、それぞれの出来事から頭を切り替える。いや、むしろ無理やり前向きになろうとする。

早朝、何かを思いついたように走り出す千歌。

その背中にひと吠えしたあと、しいたけは千歌に続いて駆け出します。

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千歌はそんなしいたけに一目もくれず走る。むしろ、しいたけを振り切ろうとしているようにすら見えます。そんな千歌にまたしても吠えるしいたけ。しいたけが「吠える」のは、千歌の中にまだ「過去を変えたい」という願望があるから。しかし千歌はいよいよ、しいたけを振り切って校庭へと駆け込みます。

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このシーンは「過去を変えれば未来は変わったのでは?」という「幻想」を、千歌自身が必死に払いのけようとして、そして遂に振り切った...という状況へのメタファーに映るのです。

しいたけを振り切ったと同時に、「もう泣かない」「泣くもんか!」と誓う千歌。それは「変えられるはずのない過去を変えられたら」というような、自らの心に巣食う「弱さ」とそれがもたらす「幻想」への決別宣言。そしてまっすぐに「現実」と、これから自分の力で変えていく「未来」を見据える。この一連のシーンには、そんな意図もあるのかなぁと思えるのです。

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しいたけにとってはちょっと損な役回りですけど、これも彼が「犬」故の役回りだったと思ってもらうしかないのかもしれませんね(笑)。

 

というわけで、どうしようもない戯言なのでした。

一つ誤解なきようお伝えすれば、しいたけが元々作品において「そういう役回りをもって登場しているキャラクター」とは考えていません。あくまでも「今回のお話での役回り」のことですので、誤解なきよう。

あとしつこいようですが、これかなりの極論なので、その程度のものだと思って読んでくださいませね。

「見方は自由」で「無限大」であるというお話でした。

それではまた!

 

 

~世界の片隅で「がおー」と叫んだ普通怪獣(けもの)~ラブライブ!サンシャイン!!2期ハイライト 14話「ネクストステップ」

皆様こんばんは、或いはこんにちは。

ようやく今日からラブライブ!サンシャイン!!2期のハイライトをお送りできることを嬉しく思います。これから毎週皆様と「笑ったり泣いたり」を繰り返していけたらいいなぁと思う所存です。よろしくお願いします。

さて、2期ハイライトを始めるにあたって当Blogに関して改めて説明を。

当Blogは私、魂が自らのインプレッションを発露する場所であり、決してこの考察が正解だとか、そういう風に捉えて頂きたいわけではありません。私、1ファンに過ぎず、関係者からの言質が取れるわけでもございませんので。

また基本的に本Blogは物語に関して「肯定的」な意見を述べる部分が多いと思います。というのも筆者が「基本ネガティブなことはあまり書きたくない」という人なので。そういう批評をご希望の方は、ワタクシのBlogはあまり合わないだろうなと存じます。。何卒ご容赦を。

どちらかといえば「こいつ色々考えるな、そういう考え方もあるんか、ほーん」くらいのテンションで読んでいただきたいブログであり、そういうテンションで書いているということだけ予めご理解のうえご一読頂ければと存じます。何卒よろしくお願いします。

...などという自己防衛を挟みつつ(笑)早速参りましょう。第14話「ネクストステップ」です。

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■迷い

前回ラスト自分なりの「輝き」の正体に気付いたはずの千歌。それなのに再び「輝き」の正体に惑い、迷います。

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それは信じたはずの「輝く」方法で「次に進めなかったから」
自分の中にある「輝き」を信じて進めば、結果は後からついてくる。
そう信じて挑んだはずの東海地区予選で惜しくも敗退。本選には進めず。

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それでも「0」だった入学希望者は「1」に。さらに増えて「1」から「10」に。

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ラブライブ本選に進む」

その目標を具現化できなかった彼女達にとって、着実な「実績」として視覚化できる「入学希望者の増」はスクールアイドルを続ける中での目標となり、モチベーションとなるもの
そして発表される「次のラブライブ」。
ほんの少しの差で届かなかったものを、しっかりとした「形」にするために、千歌たちは、もう一度走り出すことを誓う!

...のですが。


■沼津へ

秋になり終バスの数も減る内浦。

沼津市在住の善子は早めの帰宅を余儀なくされることに。とはいえ、「ラブライブ」という目標の為に練習は必須。どうしたものか。

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内浦で遅くまで練習できないのなら、逆に沼津で練習してはどうか。(沼津→内浦のバスは割とあるという)

Aqoursは練習拠点を沼津駅近郊に移すことになります。

沼津の内浦を拠点とするアイドルが、更に大きなエリアで、より大勢の「味方」を見つけていく。
「みんな」の絶対数を増やすことは、「スクールアイドル」の祭典「LoveLive」で勝ち抜くためには必須の行動。
意図的ではないにせよ、この練習場所の変化は後々に影響を与えそうな気はします。

 

■統廃合決定

次なるラブライブに向けて準備を進めるAqours
そこで明かされるのは、小原父からの「統廃合決定」の通達です。

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これまでも目に見えないところで、「統廃合阻止」に向けて奔走してきた鞠莉。
そんな鞠莉の制止が遂に利かなくなったリミット発令。

この「現実」はAqours明確な「ダメージ」を与えます。

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彼女達が「ラブライブ」出場以外で手に入れられる「進んでいること」の証。それは「入学希望者を増やすこと」でした。

そんな数少ない、いやもはや彼女達を繋ぎとめる「唯一」の「希望」が目の前で「無」になる。暗中模索の活動の中で、ようやく目視できる目標を見定めていたにも関わらず、それがあっけなく「0」に戻ってしまったのですから。

そのダメージはやはりとてつもないものなのでは、と想像できます。

「統廃合が既に確定路線だったのにショックを受けるのは違和感を感じる」という意見ももちろん理解できます。しかし、それはあくまでも「メタ的」な視点をもった我々の意見のような気がして。
当事者たる彼女達は、そんな現実をあっさりと受け入れられない。
あまつさえ、「0」を「1」にすることですら、彼女達にとってはとても重要な出来事だったのですから。

またあくまでも「スクールアイドル」である彼女たちにとって、やはり学校はとても大切な場所。この学校が無ければ「出会えなかった仲間たち」がいる。その拠点となる場所が「無くなる」という事実は、そう簡単に受け入れられることでは無いはずです。

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■大人は敵ではない

鞠莉が闘ってきた強大な敵。しかし、その敵の正体とは決して=「鞠莉の父親」ではないはずです。
地方の学校の統廃合と、東京の学校の廃校問題はやはり同じベクトルでは測れない。そこには複雑な、一筋縄ではいかない事情が明確にあるはずです。

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そもそも鞠莉の父親は、娘のわがままに応じて、彼女を理事長代理に就かせることまで許容するような「大きな人物」です。そんな人物が下す「どうしようもない」という結論。それはある程度尊重すべき結論です。
鞠莉の父親と戦うことでは解決は見いだせない。だからこそ、その対決は描かない。

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この辺りはラブライブが一貫して大切にしている「大人を敵として設定しない」が守られているなと思った部分ですね。
では、彼女たちが戦う敵とは「何」なのか。そのあたりがこの回のポイントなのかなと思えます。

 

■鞠莉の「テヘペロ」と千歌の「そうじゃない」

鞠莉のテヘペロはもはや、「どうしようもない現実」を明確に感じさせる、辛い心情表現だなと思います。

泣き叫ぶわけでもなく、思いきりおどけるのでもなく、自分らしくただ素直に「ごめんね」と謝罪する。そこにほんの少しだけ鞠莉のエッセンスを加える。どうにも「大人」な謝罪。

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その対応に「違う、そうじゃない」と答える千歌。千歌のそうじゃない、は鞠莉の態度に対してのもの。

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千歌は鞠莉にそんな「大人な対応」で答えてほしくない。
物わかり良い大人みたいな「諦めた」対応をしてほしくない。最後まで「戦ってほしい」。自分と同じく立ち向かってほしい。

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でも戦う相手は「鞠莉の父親ではない」ことも、この時点で千歌は気づいている。だから自分の感情に整理がつかない。そんな自分の感情の混乱も含めて「そんなんじゃない」と呟くのかなと、そう感じました。

 

■廃校阻止

ラブライブの予選に勝って、本大会に出場出来てたら運命は変わっていたのかな」

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サンシャイン世界では「学校を廃校から救った」ことになっているμ's。

しかしこの「学校を廃校から救った」というのは、ラブライブ世界線において最も「嘘」に近い部分のような気がしています。

実際のアニメではμ'sは具体的には「学校を廃校から」救って「いない」からです。

アニメでは廃校問題そのものはマクガフィンとして扱われ、その問題自体もデウスエクスマキナ的にあっさりと解決してしまいました。
それ故に、実際にμ'sの活動と廃校阻止にどの程度の因果関係があるのかは、不明なままなのです。

ただし、千歌はそれを知らないからこそ、思い悩む。

μ'sが「自分を信じて」「楽しんで」「大きな輝きを手にしたように」、自分達も同じように「自分を信じて、楽しめば、結果はついてくる」はず。

そのはずなのに「自分達は全然思惑通りに進めない」

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あの日掴んだはずの「輝き」が雲散霧消していくような気持ち。

ここから感じるのは、Aqoursの物語には「デウスエクスマキナ」はないということ。彼女たちには、ただただ「現実」が立ちはだかる。

その「現実」はやはり重石となって彼女を苦しめます。


ラブライブに出ること

「輝くこと」の意味に再び迷う千歌。

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信じたはずのものが足元から崩れていく。どうしても自分自身に対して疑心暗鬼になっていく。

なぜラブライブに出るのか。

なぜスクールアイドルを続けるのか。

そして、どうしたら「輝ける」のか。

答えを見失う千歌。

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そんな千歌を励ますのは、梨子です。

 

■梨子の言葉

「私ね...こうなったのはもちろん残念だけど」
「ここまで頑張ってこれて良かった...って思ってる。」
「東京とは違ってこんな小さな海辺の私達が、ここまでよくやってこれたなって。」

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梨子が語る言葉は8話「くやしくないの?」で千歌が全員に向けて言った言葉をわざと模倣したもののように思えます。

8話での千歌の言葉

「私は良かったと思うけどな」
「精一杯やったんだもん。努力して頑張って東京に呼ばれたんだよ。それだけで凄いことだと思う。でしょ?」「だから胸張って良いと思う。今の私達の精いっぱいが出来たんだから。」「満足だよ。みんなであそこに立てて。私は嬉しかった」

 それは多分に「ウソ」の混じった言葉。

わざとそんな言葉を発するのは、千歌を発奮させるため。

そして自分の傷付きをごまかすため。そんな風に感じられます。

しかし千歌はその言葉の意図も、そして過去の自分の言葉を模倣していることにも気づきません。そして梨子の言葉に本気で怒りを感じます。

「それ本気で言ってる?」

「それ本気で言ってるんだったら、私、梨子ちゃんのこと....軽蔑する」

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梨子は、これを見て千歌が思った以上に余裕がなくなっていることに気付いたのでしょう。
方向性を変えて、今度は自分と初めて会った日に千歌が登場させたあの「怪獣」を出現させます。

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「がおー!」「普通怪獣りこっぴーだぞー!」

恐らく、梨子が「東京」から来た自分を「上」に置いて発言していると感じ取ったから「軽蔑する」と言った千歌。
その意図を機敏に感じ取ったから、自分もまた千歌と同じ「普通怪獣」であることを表明する梨子。

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「やっと笑った」

「...私だってAqoursのメンバーよ」

「これでいいなんて思うわけない」

「どうすればいいか分からないの」

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千歌を発奮させれば、また何か新しい方向性を示してくれるのでは。

梨子はそう期待していただけで、梨子の中にも明確な答えは無かったこと、梨子もまた千歌と同じく傷付き迷っていたことが明らかになります。


■雨降らず

迷いの中に佇む千歌。

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ここで印象的なのは、今までだったら降るはずの雨が降らない所でしょうか。
ネガティブな状況では必ず降る雨。その雨が止むことで答えを見出すというのが、「ラブライブ」の基本的な流れ。しかしここではその「雨」が降りません。

例えばラブライブ!2期第1話では、穂乃果は「雨」を自らの「意志」で止ませます。それはラブライブ世界を超越した、超常的な力でした。不可能を可能にする強烈な力を「登場人物」に持たせた「ラブライブ!」。

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しかし、サンシャインではそのきっかけになる「雨」すら降らない。これは「ラブライブ!」と「ラブライブ!サンシャイン!!」とを比較する意味でも非常に象徴的な出来事だなと思うのです。

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朝、太陽へと向かう紙飛行機のイメージを夢見る千歌。何かの暗示を得たようにハタと跳ね起き、ある場所を目指します。

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「紙飛行機」は多層なイメージを与える存在ですね。

この文脈でとらえた場合、非常に抽象的にとらえるのが正解なのかもしれません。「紙飛行機」とは、人が作った最も原始的な「空を飛ぶもの」。
それは「自然」に空を飛ぶことを許された「神の造形物(鳥や虫)」に対する「人間の挑戦」の象徴でもあります。即ち「神」への挑戦の象徴でもあると思うのです。

Aqoursにはμ'sのような「デウスエクスマキナ」は無い。神様は彼女達に救いを与えてはくれないのです。

だからこそ、彼女達は自分の中にある「希望」に従って、走るしかない。胸の中にある「やりたい」「やらなきゃ」という「思い」を振り絞って戦うしかない。

「戦う」相手とは「何」か。

それはままならぬこの「現実」です。そして定められた「運命」です。

「やっても意味がないから」とか「統廃合になってしまうから」とか、そんなこととは関係なく「やりたい」のだから「やる」。そうしなければ自らの「運命」を切り開くことが出来ないから。それは「運命」への小さな「抗い」でもあると思うのです。

 

■世界の片隅で「がおー」と叫んだ怪獣(けもの)

沼津の、内浦の小さな学校の校庭で「がおー!」と「叫ぶ」千歌。

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全く無意味な行動。そして叫び。

でも、それは「普通怪獣」の、この無慈悲な世界への小さな「挑戦表明」でもあります。そこには「普通怪獣」の「普通怪獣」たる矜持があるように思えます。
そして同じく「普通怪獣」たちが、同じ意志を持って、同じ場所へ集まる。

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「諦めたくない」

「まだ何もしてないのに」

「負けてしまうこと」「認めたくない」。

「普通怪獣たち」が集まって、「無慈悲な現実」への挑戦を堂々と誓う。

「ムダかもしれない」「無理かもしれない」

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それでも「足掻いて」「キセキ」を手にする。

手にしたいと願う。

決して文字通り、「統廃合を阻止」することだけが目的ではないのです。

「統廃合」と「それを阻止できない」という「事実」は、この世界に数多とある「現実」や「運命」を「象徴するもの」に過ぎないように思います。

でも、それに唯々諾々と従うのでは、生きている意味がない。「戦う」。「戦って」「生きている意味を証明する」。

もちろん「勝てる」確証はない。それでもそこに「挑む」ことに意味がある。

「輝き」とは「待つだけでは得られない」。

挑むことこそが「輝く事」だと、そう主張しているように感じるのです。


■キセキとは

放送直後、キャストの皆さんは「キセキ」とカタカナで表記していました。

これは恐らく「キセキ」を「奇跡」という意味だけに限定したくないからなのではと想像できます。

かつて「ラブライブ!2期OP」である「それは僕たちの奇跡」のタイトルにおける「奇跡」とは、「軌跡」にもかけられたダブルミーニングなのでは、と考えたことがありました。 

それは僕たちの奇跡

それは僕たちの奇跡

 

” これは僕たち=μ'sの「奇跡」であり「軌跡」なのだから、君たちは君たちの「軌跡」を描いてほしい。”そんな意味があるのかな?と捉えたからです。

Aqoursはまさしくこの「軌跡」をここから描いていくのではないでしょうか。

何度倒れても、諦めず戦うこと。そんな「不屈の魂」とその「道程」を描く物語。

それがAqours「軌跡」

とても身勝手なことを言えば、彼女達の行く先を私も信じたいのです。

無慈悲な世界に産まれた「人間」の一人として。

「夢は消えない」物語を。その結実を。信じたいのです。

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...ということで、暑苦しいですが、第14話(2期1話)のハイライトでした。

ちょっとテンションあがって書いているので、こっぱずかしい文章になっている気がするけど(゚ε゚)キニシナイ!!

(誤字脱字は訂正しますけどね...)

さて、今回「雨降らず」なんて書いたのに、次回は雨の足音しちゃうんだってさ。どうなるんだろうね。。

今回も悪文を最後までご一読頂きありがとうございました。

またお会いいたしましょう♪

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 ~空の旅人の正体を探って~「SKY JOURNEY」と「白い羽根」

SKY JOURNEYに関するお話をぼんやりと。

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■SKY JOURNEYの物語

2ndLIVETOUR色々な出来事がありましたが!

トピックスとして思いつくものの一つとして、「SKY JOURNEY」が「HAPPY PARTY TRAIN」の「続きの物語」であることが、キャストの口から明言された...というものがありましたね。

名古屋・神戸公演では「SKY JOURNEY」を披露した直後のMCで毎度語られておりました(何故か埼玉では割愛されましたが)。それだけ強調する...ということは、我々になんらかの意図を伝えたかったのかな?とも思えます。

そこで今回は、この「SKY JOURNEY」に関する個人的なインプレッションを、いつも通りぼんやりと書いていこうかなぁと思います。

既に語られつくした部分もあるとは思いますが、2期開始前の暇つぶしにでもボンヤリとお読み頂ければ幸いです。

 

■「ラブライブ!サンシャイン!!」のイデオロギー

「SKY JOURNEY」が「HAPPY PARTY TRAIN(以下HPT)」に連なる物語である...ということは、まずは「HPT」の持つ物語性を読み解く必要がありますね。

「HPT」は「君のこころは輝いてるかい?」「恋になりたいAQUARIUM」に続くAqoursにとっての3枚目のナンバリングシングル。

2枚目のシングル「恋になりたいAQUARIUM」はμ'sの2ndシングル「Snow halation」に倣って「ラブソング」としてあてがわれた枠...という気がします。そう考えるとこの曲は一連のラインナップの中ではいずれ「イレギュラーな楽曲」という扱いにもなっていきそうです。

となると、「HPT」は1曲挟んで「君ここ」に連なる「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品の「正統なイデオロギー」を継承する楽曲なのかな?と想像できます。

では、そもそも「ラブライブ!サンシャイン!!」の「イデオロギー」ってなんなのだろうか?となるのですが、その「イデオロギー」に影響を与えた「物語」は意外にもパっと浮かびます。

それは、やはりラブライブ!The School idol MOVIE(以下劇場版ラブライブ!)」ではないでしょうか。

 

■「劇場版ラブライブ」と「サンシャイン」

「劇場版ラブライブ」と「ラブライブ!サンシャイン!!」の世界観が強い近似性を持って描かれているのでは?という発想は、当ブログの基本的な姿勢でして...。

この辺はそれこそ、あらゆる考察記事でしつこいほど書かせていただいているので、ここでは概略に留めさせて頂きますが。。

例えばデビュー曲である「君のこころは輝いてるかい?」の歌詞が、「劇場版ラブライブ」の主題歌「SUNNY DAY SONG」のアンサーソングとして作詞されているようにしか思えなかったり...。

ishidamashii.hatenablog.com

 特典曲「太陽を追いかけろ!」にも「SUNNY DAY SONG」へのオマージュが捧げられているように感じられたりとか...。

或いはアニメ版の物語全体に、「劇場版」へのオマージュ的な視線が捧げられていたりとか...。それこそ例は枚挙にいとまがありません。

そう考えれば、「HPT」にも、「劇場版」が伝える「イデオロギー」が継承されているのも、自然なことのように思えます。

 

■HPTの歌詞世界

HPTの歌詞を読み解いてみましょう。

冒頭の「開いた 花の香りから 受け取ったよ次の夢を」が「劇場版ラブライブ」のラストシーンに紐づけられているのでは?というのは、前回のHPT考察記事でも触れた通り(ここに関してはHPT発表時に指摘されている方が多数いらっしゃった部分でもあります)。

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 冒頭から続く「さぁどこへ行こうかな 跳ねるように行こうかな」という歌詞も「劇場版」の物語全体を通して、終始「跳ね」続けた、主人公=穂乃果を想像させます。

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 更に連なる「はじまりと(さよならを) 繰り返して」という歌詞。

ここには「終わり」を選択することで、そこから「新しい夢」が始まることを期待したμ'sのメンバーと、「映画」そのものの「結論」も象徴されているように思えます。

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たこの「始まり」と「終わり」が「繋がり」→「繰り返される」という「輪廻的な構造論」は、「劇場版」の物語全体の構造(冒頭幼少期の穂乃果の耳に、その時点ではまだ誕生していないはずのSUNNY DAY SONGが聞こえてくるといった描写)と関連しているだけでなく、彼女達のラストシングル「MOMENT RING」でも主張された、やはり「ラブライブ」というシリーズ全体が持つ「イデオロギー」とも言えます。

 

■「輪廻」を繋ぐもの

「劇場版ラブライブ」では、「終わり」と「始まり」を繋ぐものの象徴として「SUNNY DAY SONG」が登場しました。

この楽曲はA-RISEのリーダー綺羅ツバサが、μ'sのリーダーである高坂穂乃果に「スクールアイドルを代表する曲を作ってほしい」と依頼し、共に生み出した「スクールアイドルのアンセム」です。

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この楽曲は例え時代が過ぎ去り「μ'sやA-RISEが人々の記憶から消えた」としても、この曲を聞いた人に「彼女達=スクールアイドルの願い」と「希望」をいつでも呼び起こすことが出来る「装置」として存在する楽曲でもあります。

いわば「希望」を「喚起する」ための「触媒」として存在するもの。それが「SUNNY DAY SONG」でもあります。

HPTの楽曲世界にも同じモチーフがテーマとして用いられているのでは?というのは、以前に「HPT」をPVの構成から読み解いた時に示した考察でした。

ishidamashii.hatenablog.com

 「終わり」を「終わり」として受け取るのではなく、「終わり」を「新しい始まり」として受け入れることで、「自らの視点を変化させる」。そうすれば「終わってしまうという事実」に打ちひしがれるのではなく、「終わるからこそ」逆に「今を楽しむのだ」と「ポジティブにとらえ直せる」はず。それは「運命」に関しても同じ。「ままならぬ運命」すらも「楽しんで」しまえれば、「運命すらも乗りこなすことが出来るようになる」はずという考え方。即ち、自らの「人生」についてすら楽観的になれる。

だからこそ「HPT」は、レール(定められた運命・時間・時代を象徴するもの)を自ら「外れ」、「自由な宇宙」へと「跳んでいく」のでは?というのが、前回の考察の内容でした。

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こう捉えると、「HPT」も「SDS」も「同じテーマ」を以て作られている楽曲であることが、よりはっきりと分かるような気がします。

 

■空の旅人

「SKY JOURNEY」は「HAPPY PARTY TRAIN」の「後のお話」である。

となると「SKYJOURNEY」の正体は、「SUNNY DAY SONG」が持つ役割と同じ。即ち「時間」や「時代」や「運命」という定められた「枠」から外れ、あらゆる時代に偏在するもの=「希望」を人々の胸中に「喚起」すべく遣わされた「触媒」と考えるのが正解かもしれません。この二つに共通するのは、「希望」を胸に秘めながら、「輝きを待っていた」人々の心に「希望」をはっきりと目に見える形で「具現化」してあげる役割を持っているということ。

どこから来たの? ずっと遠くから!
答えてるようで答えてない
君は
まるで僕の知らない 世界にいたと

 あらゆる「時代」「時空」に偏在する「概念」だからこそ、「まるで僕の知らない 世界」から来た...と表現されているのでは、と納得ができます。

どこを目指すの? もっと遠くへと!
答えが空を 指差してた
君と
まだ見ぬ場所について 話してみたい
心躍る 未来の鼓動

 上と同様の存在だから、「もっと遠く」の「未来」へも飛んでいく。

すぐにここから次へと旅立つだろう
その笑顔には 
(ためらいがなくて)
羨ましくなるよ眩しい故に

 「すぐにここから次へと旅立つ」のは、「希望」を人の「胸」に「喚起する」こと自体が、「SKYJOURNEY」の「存在理由」だからなのでしょう。「希望」を「喚起」させたら、すぐにまた「次」の「輝きを待っている人」の元へと飛んでいく、という風に解釈できます。

胸に確かなもの持ってたら
それだけでなんとかなるって
どこへ行っても 語り続けて
勇気が伝われば 大丈夫
そんな熱い想い 君から
受けとるのは 僕だけじゃない
世界も広く 熱いよ

 「受け取るのは 僕だけじゃない」。それは「希望」が「時代」や「時空」とは関係なく、どんな人の胸の中にでも、「あまねく存在する物」だからでしょう。

 

■羽根

...ここまで書いていて、どうしても思い起こすのは「ラブライブ!サンシャイン!!」における「羽根」の存在です。

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ラブライブ!サンシャイン!!オフィシャルファンブック」において、酒井監督はこの「羽根」を「ある種の象徴」として登場させたと語っていらっしゃいます。

以下抜粋。

この羽根、実はずっと千歌の目に映っていなかった。第1話の時もずっと。もし、この羽根がμ'sが見ていた”なにか”だったら、第12話のあそこで初めて見えるようになった。そしてその手につかめるんだろうなと。

(中略)これは自分の個人的な解釈なのですが、μ'sがくれた”夢”に羽根があったとしたら、風に乗ってバーッと飛んで、いっぱい散らばって。おそらくAqoursみたいなスクールアイドルたちは全国にたくさんいて、その羽根はみんなに平等に届いています。その時は見えなくても、その瞬間に心が動いて「なにかをやらなくちゃ!なにか始めたい!!」と思えたきっかけがその羽根だと思います。

(中略)自分はあの羽根が1つだけじゃないと思っています。夢の数だけ、羽根がある。その1枚が、アキバから離れた内浦にも降りてきていたのだと。(後略)

「その時は見えない」が、「希望」を抱いた瞬間に「目に見えるもの」。この「羽根」こそ「SKY JOURNEY」が「輝きを待っている人」に「渡しているもの」なのでは?と思えます。

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「サンシャイン」だけでなく、「ラブライブシリーズ」においても度々重要なモチーフとして登場する羽根が、「SKY JOURNEY」という楽曲と繋がっている。

そう考えれば、「SKY JOURNEY」という楽曲が「ラブライブ」シリーズ全体においても「重要な意味」を持つ楽曲なのでは?と理解できる気がします。

...ということで、「SKYJOURNEY」に関する個人的なインプレッションでした。

ちょっと難しい内容で、文字にするのに時間がかかりました。また、分かり辛いところなどはちょいちょい手直ししていこうと思います。悪文で申し訳ない。。

 

さて、いよいよ本日22時半から「二期」スタートです!皆でこの「旅」を楽しみましょう!

いつだって、今いる場所から走り出せる ラブライブ!サンシャイン!!2期開始に寄せて

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なんとなく、何かを「失っている」。ふとした拍子にそんな気分になることはないだろうか。

この正体のわからない「喪失感」が、もしかしたら個人的な感覚ではなく、時代に共通してある感覚なのではと思ったのは、昨年ヒットした2本の日本映画にその感覚が共有されていたから。

一つは君の名は。

この作品の主人公二人は、正体のわからない「喪失感」を抱えて日常を生きる若者。物語内ではそんな「喪失感」が、「恋愛」にシンボリックに置き換えられて表現されていた。更にはSFを用いた壮大なスケールの物語へと発展していったわけだけど、その根幹にあるのは「生まれながらに何か大切なものを忘れている(失っている)のでは」という感覚だろう。

もう一つはシン・ゴジラ」。

戦後日本が築き上げてきた「虚栄」を「ゴジラ」という「止めようのない災厄」が容赦なく破壊する。そんな徹底的に破壊され尽くした焼け跡の中から、失っていた「何か」が浮かび上がる。残された人々は「それ」を頼りにもう一度立ち上がり、戦いと復興に挑む。「フィクションと現実とが絶妙にクロスする」なかで、「現実でもこうあってほしい」というある種の「願い」が表出するこの作品の背景にも、現代社会に対する「喪失感」を強く感じる。

 

そんな2つの作品が公開された2016年にラブライブ!サンシャイン!!」は放送開始された。

本作の主人公=高海千歌も、やはり「喪失感」を抱えた少女だった。

自分のことを「普通星人」と呼び、自分の住む沼津・内浦を「ここには無いもない」と考えている少女。そんな彼女が出会った「スクールアイドル」。そして「μ's」。そこには自分と同じような「普通」の少女たちが、「スクールアイドル」として活動する中で「キラキラと輝く」現実があった。

この出会いが彼女の中の「何か」を変えた。

「スクールアイドルになりたい」

「μ'sのようになりたい」

かじり聞いただけだと、確かに不純な動機に聞こえるかもしれない。けれどもこの思いの根幹には「輝きたい」という、ただただ純粋な「願い」がある。

そんな純粋な「願い」は同じような「喪失感」を抱えた仲間を救い、やがてそれは大きな輪へと広がっていく。

彼女達は「願い」によって自らの視点をも変化させる。「何もない」と思っていた場所には元から「全てがあった」ことを知る。「願い」の果てに傷付いたとしても、新しい「願い」を胸に立ち上がることが出来る。そしてラスト。一つの大きな「答え」を手にする。それは「願い」を形にする方法。「輝くこと」と「その意味」を知った彼女たちは、間違いなく「願い」を胸に「喪失感」を超越してみせた。

もしもAqoursの物語があなたの胸を打ったのだとしたら、それは彼女たちの物語が他人事ではなく「あなたの物語」だからだ

この「喪失感」に支配された世の中で、生きていくことはとても息苦しい。でもひょっとしたら、ほんの少しの「勇気」と「願い」があれば、何かを起こせるかもしれない。どうしようもない「今」を変えられるかもしれない。

もちろん「大きな変化」には至らないかもしれない。けれども「変えたい」と「願う」ことで「自分の中の何か」が変わる。それがきっと「大きな変化」に繋がると信じる。僕らもまたそう信じたいからこそ、この物語に強い共感を覚える。そんな気がして仕方ない。

2期で果たしてどんな物語が描かれるのか。それこそ全く未知数だけども、「輝くこと」の意味を知った彼女たちの行く末は、とても希望に満ちている気がする。

「勇気を胸に」輝ける「未来」へと走り出す「物語」。

そんな「彼女達の航海」を、今一度見つめることが出来るのは、こんな時代だからこそとても幸福な事だと思う。

最後に尊敬する映画監督の言葉を拝借して。

生きることが、人間らしく幸せに生きることが
どんどん難しくなっていくこの時代。
しかし若者たちよ、夢をもってほしい。
きみたちは未来に生きる人たちだ。
その未来を、きみたち自身の夢でつくってほしい。
できるよ。きっとできるよ。
それを信じて、夢をもて。希望をもて。
あきらめるな。夢をもて。
これから生まれてくる子どもたち、
その父となり、母となるきみたちを、
僕は心から誇りに思うよ。

大林宣彦

~今夜は踊り明かそう~ Aqours 2nd LoveLive! HAPPY PARTY TRAIN TOURインプレション Pops heratを巡る脳内旅行

  埼玉公演に関する雑談をボンヤリと。  

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2ndライブツアー埼玉公演の楽曲で何が印象に残っている??と問われて「Pops Heartで踊るんだもん!ですね」と言われたら、あなたはどう思うだろうか。

ピンと来ないものの愛想笑いで答えるだろうか。あるいは内心「コイツほんと偏屈だな」と思いつつも曖昧に同意するだろうか。はたまた「どうかしてるぜ」と率直な意見をぶつけてくれるだろうか。どの選択肢も間違いじゃないし、正解だ。そんな戯言をのたまう僕自身が「どうかしている」と思うんだし。

埼玉公演2日目。ツアータイトル曲でもある「HAPPY PARTY TRAIN」に続いて披露された二曲目が「Pops Heartで踊るんだもん!」だった。

元々はBD特典曲第1弾として発表された曲。特典曲としては最も早いリリースだったことも相まって、これまでもミニライブを中心に割と頻繁に披露された曲だ。故に特別な新鮮味もない。なんならそれほど「好き」な楽曲というわけでもない。「なるへそ、特典曲っぽいなー」くらいの認識だった曲。そんな1曲が自分の中で大化けしたのは、ただひたすらにシチュエーションの問題なんだろう。埼玉の、ツアーファイナルの、月明かりの下でのこの楽曲は、不思議な魅力を纏っていた。あの日の僕は確かにそう感じた。

■楽しくて一日が短いからね

「楽しい時間はあっという間に過ぎるもの」

そんな言葉、語りつくされているけども。けれどもそれを実感する機会は意外と少ないもんで。とはいえ、少なくとも2ndLIVETOURを追いかけ続けたこの数か月間(厳密には6日間)は、「それ」を実感する毎日だった。

始まった瞬間に「終わること」を恐れ、「終わる」瞬間には「またすぐに会いたくなる」。いい大人になってなお、そんな感覚に出会えることは驚きでもあるけど、大きな喜びでもあった。

楽しくて 一日が短いからね 

1番のサビ入り。なんの比喩も無いダイレクトな言葉。しかしながらその言葉が、自分の心にはグサっと刺さった。

ライブが始まった瞬間には、実のところ「これがツアーファイナル」という実感もそれほど無かった。故に「これでしばらくAqoursのライブが見られなくなる」という実感も無かったわけだけど、この瞬間その「事実」を嫌が応にも実感してしまった。だからなのかもしれない。僕は唐突に寂しさに見舞われた。

しかし次の瞬間には、気持ちを切り替えられた。厳密には続く歌詞が僕を救ってくれた。

思いっきり 笑いながら
明日のことは 明日考えよう
夢のような 瞬間がここにあるよ

「終わってしまう」という事実は変わらない。だとしたら「笑いながら」過ごそう。

おもしろく過ごしたい それだけだよね
ユウウツなんて 踊り飛ばそう
悩みが汗で 流れて消えて 
からだ軽いみたいさ
楽しい日はあっという間に
終わるってことを
いまはまだ言わないでいて
帰りたくない 帰らないでいいよ
夢のような 瞬間がここにあるよ

「くよくよ考えている間に死んでしまう。だったら今はただ踊ろう」と言ったのはデヴィット・ボウイだったか。

なんだか不思議な寂寥感と多幸感に挟まれて感情が迷子になり、自然と涙ぐんでしまった。

畜生。不意打ちとは恐ろしいもんだ。

とにもかくにも「悲しむ」ことよりも「踊る」ことの素晴らしさを伝えた、という意味で。そして感情が著しく揺さぶられたという意味で、この曲は2日目のMVPに相応しい楽曲になった。あくまで個人的に。

 

...ただ、よくよく考えると、これって「HPT」にも通底するテーマだ。

「別れ」を悲しむのではなく「別れ=新しい始まり」と捉えるのはどうか。そうすれば必ず「過ぎ去って行ってしまう時間」という「運命」すらも、自分自身で「乗りこなせる」のではないか。僕は以前「HPT」のPVに関してこう考察した。

ishidamashii.hatenablog.com

 「Pops heart~」で例えれば、「必ず終わってしまうライブ」について「終わってしまう!」と悲しむのではなく「どうあがいても終わってしまうのだから、今この瞬間を楽しもうよ!」ということだ。これって「HPT」と全く同じ「テーマ」じゃないか。

 だとすれば、「HPT」ツアーの最終日で表題曲に続いて披露されたのも、そして僕の心を乱れさせたのも、決して偶然では無いんじゃなかろうか。そんな風に思えてくる。

 

とかなんとか、どうしようもない戯言を書きながら、あの日の多幸感を反芻している。

月明かりの下。ただただ無心に「今」を刻み付けるべく踊った時間は、やはりかけがえのないものだった。

うん、やはり最高の一日だった。それだけは確かだ。


Toploader - Dancing in the Moonlight

We get it almost every night
When that moon is big and bright
It's a supernatural delight
Everybody's dancing in the moonlight

Everybody here is out of sight
They don't bark and they don't bite
They keep things loose they keep it tight
Everybody's dancing in the moonlight

Dancing in the moonlight
Everybody's feeling warm and bright
It's such a fine and natural sight
Everybody's dancing in the moonlight

We like our fun and we never fight
You can't dance and stay uptight
It's a supernatural delight
Everybody was dancing in the moonlight

Dancing in the moonlight
Everybody's feeling warm and bright
It's such a fine and natural sight
Everybody's dancing in the moonlight

We get in almost every night
And when that moon is big and bright
It's a supernatural delight
Everybody's dancing in the moonlight

Dancing in the moonlight
Everybody's feeling warm and bright
It's such a fine and natural sight
Everybody's dancing in the moonlight

 

(僕らはほぼ毎晩 大いに楽しんだんだ

 月が大きく空に輝いていたよ

 その喜びはとても神秘的なものなんだ

 誰もが月灯りの下で踊っているんだ

 ここにいる皆を視界に捉えることは出来ない

 彼らは大きな声を出すわけでも無いし

 噛みついたりするわけでもない

 リラックスしてる人もいれば

 そうでない人もいたりして

 誰もが月灯りの下で踊っているんだ

 月灯りの下で踊っているんだ

 誰もが素敵な気分になってるのさ

 めちゃくちゃ楽しくて

 それでいてみんな気取ってないんだ

 誰もが月灯りの下で踊っているんだ

 僕らは大いに楽しんでいるし

 争い合うことなんて決してないよ

 君は踊れないから ピリピリしてる

 その喜びはとても神秘的なものなんだ

 誰もが月灯りの下で踊っていたんだ)

~「勝利」のシンプルな「ロジック」~ラブライブ!2期 ハイライト #10「μ's」

こんにちは、或いはこんばんは。

前日に引き続き、ラブライブ2期ハイライトをお送りして参ります。

ここまで来ればほぼ考察は終えたようなもの。スピーディーに参りたいと思います。今回はアニメ版「ラブライブ」の根本的なテーマに迫る回。それゆえに意外と重要なエピソードだったりもします。

ということで、早速参りましょう#10「μ's」です。

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■#10あらすじ

予選決勝の結果、見事本選出場を決めたμ's。本選への準備を進める中で去来するのは3年生との「別れ」。とはいえまずはラブライブに集中せねばと、その思いを閉じ込めます。本選に向けて事前に観衆に対してインパクトを持たせるため、キャッチフレーズを考えるμ's。しかしなかなか良い案が浮かびません。自分たちを象徴する「フレーズ」とは何なのか。思い悩む中、ヒントをくれたのは意外な存在でした。

 

■#10主要人物

高坂穂乃果

自分たちの特長とはなんなのか。思い悩む穂乃果。リサーチを続ける中で気付いたのは、自分たちが「続けてきたこと」こそが「自分達の特長」なのだという事実でした。

・綺羅ツバサ

A-RISEのリーダーにして、μ'sの憧れの的。しかし予選決勝でμ'sに敗れた、という事実がツバサの胸の中に一つの「モヤモヤ」を生み出します。彼女がその「モヤモヤ」の正体を打ち明け、解決を求める時、この物語もまた動き出します。

 

■1年の終わり
いよいよお正月。
嫌が応にも一年の終わりを実感せざるを得ないシチュエーションに。

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初詣ではA-RISEと遭遇。
この時点では予選の結果を知らない視聴者には緊張が走ります。果たして勝者はどちらなのか。

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すれ違った後ツバサから与えられる激励の言葉。
「優勝しなさいよ!」

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この言葉からμ'sはA-RISEを破り、東京代表として本選へと進むことが明らかになります。
μ’sにとって憧れであり、目標であったA-RISE。
その対象から与えられる激励は、μ'sが本当に認められた証。
ホッとした顔で「はい!」と答えるμ's。

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穂乃果の部屋には予選通過の証となる盾。そして本選出場チケットが。
また、この盾はμ'sがスクールアイドルとして初めて手にしたものです。
そこには象徴的に9つの「星」が瞬いていますね。

 

■願い事

それぞれ初詣で「願う」こと。

穂乃果の願いは「9人全員で最後まで楽しく歌う事。」

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「優勝」ではなく、9人で「やり遂げる」こと。
何故μ’sが勝つことが出来たのか。その理由に迫る今回。
穂乃果の「願い事」もまた、大事なポイントとなっていきます。

 

■3年生3人の「思い出作り」
1・2年生とは別に、希の「仕事」の手伝いをしている絵里とにこ。

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3年生である3人には、彼女達だけの「想い出」作りも必要なのかもしれません。
その事実は花陽の「3年生がいられるのもあと3ヵ月」という言葉で実感へと変わっていきます。

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「3年生」の卒業と、μ'sの「未来」について。「ラブライブが終わるまで」お預けとなっている話題。3年生の「最後」に花を添える。それが今の1・2年生の原動力となっています。

 

亜里沙の願い

姉を訪ねる亜里沙。彼女の願いは音ノ木坂に合格してμ'sの一員となること。

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それは暗に絵里達が卒業したとしても、グループとしてのμ'sが「存続する」ということを確定事項として捉えている...という意味に繋がります。
自分たちがいなくなった後の「μ'sについて」。やはり話し合う必要がありそうですが。
絵里の心は揺れています。

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■決勝戦
各グループが1曲ずつを歌い、その評価をWebと会場の投票で決める。シンプルでありながら、スクールアイドルの戦いに相応しい方式。50組の中からいかに「印象に残る」か。それがキーワードになっていきます。

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3月の本選までの間に有効となる「キャッチフレーズ」。μ'sを一言で言い表すキャッチフレーズとは何か。それを考えることになります。

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ちょっとムリクリ感は否めない伏線とは思いますが(笑)。
とはいえ、前回までの物語を踏襲すれば、自ずと一つの「キャッチフレーズ」へと行き着く。そういう意味では、#9で描かれた物語をしっかりと伏線として使用できているような気もします。

 

■キャッチフレーズ
メタ表現として「嫌」ってほど使用されている印象もある信号機。今回も考えがまとまらない時には「赤」。

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ヒントを与えてくれる存在となるツバサが現れると「青」に変わります。

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しかしながらツバサからこの瞬間にぶつけられるのは、更なる「難題」。故に信号機は再び「赤」へと変わります。

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■ツバサの疑問。
ツバサの疑問とは、何故「自分たちが敗れ」「μ'sが勝利」したのか、というシンプルなものでした。
もちろんツバサも、μ'sが勝利した理由には思い当ることがたくさんある。それはμ'sが絶えず努力し、練習したから。その成果がパフォーマンスに現れたから。
けれども自分たちとて、劣らぬパフォーマンスをした自負がある。それなのに何故μ'sの方が観客の「心をつかんだ」のか。
その理由を、ロジカルな答えを、ツバサは欲しています。

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しかし穂乃果は、そんなツバサの疑問に率直に答えられません。この「答え」を見つけることが、今回の物語の軸となります。

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■客観性としての雪穂
自分たちの魅力が分からない穂乃果。一番身近な「ファン」=妹である雪穂に自分たちの印象を訪ねます。

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雪穂の感想は率直そのもの。

「心配」「危なっかしい」「ハラハラする」...。
でも「姉だから」「地元だから」とは関係なく、「応援しなきゃ」という気持ちにさせる、そんな存在。

「応援」こそが、彼女達を突き動かす原動力となる。それは前回#9でも視覚的に表現されたものでしたね。

 

■もちつき大会
唐突なもちつき大会の開催。それを応援してくれた「みんな」へのお礼の気持ち、と穂乃果は表現します。

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おもちが何かのメタファー...というのは流石に考えすぎですが(笑)。
ただ、μ'sが「作ったもの」「みんなで分けて」「喜びをシェアする」というのは、彼女達にとっての「アイドル活動」と同じようなものなのかもしれません。

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「自分たちのため」だけではなく、あくまでも「みんなと喜びをシェアする」ために「アイドルをやる」。
おもちを食べる皆の姿を嬉しそうに見つめる穂乃果の表情からも分かる通り、それこそがμ'sの「特長」なのかもしれません。

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■穂乃果の答え
神田明神に奉納されている無数の絵馬。そこにはμ'sを応援するものが多数。それを見た瞬間、ひらめく穂乃果。

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「μ'sってこれなんだよ!」
「一生懸命頑張って、それをみんなが応援してくれて一緒に成長していける。」
「それが全てなんだよ。」
「みんなが同じ気持ちで頑張って 前に進んで 少しずつ夢を叶えていく。」
「それがスクールアイドル!」
「それがμ'sなんだよ!」

憧れの対象ではなく、「共に進む」対象としての「アイドル」。それはもしかしたら「プロ」では共有できない視点なのかもしれません。

「みんな」がいて、「みんなの応援」があって、初めて成立するもの。

それが「スクールアイドル」。

そして、その観点に最も近い位置にいる「μ's」。

だからこそ、「スクールアイドル」の大会である「ラブライブ」では、A-RISEよりも多くの「みんな」の心をつかむことが出来る。

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穂乃果は得た答えを直接ツバサには伝えず、キャッチフレーズとして彼女に見せる...という選択肢を取ります。
確かな確信をもって電光掲示板を見つめる穂乃果。

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その意図と思いは、ツバサにもしっかりと伝わりました。だからこそ、ツバサは「なるほど...」というような笑顔を浮かべるのでしょう。

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■「みんなで叶える物語」
「みんなで叶える物語」。
これはまだμ'sという名前すら無い頃に、「プロジェクトラブライブ」のキャッチフレーズとして提示された言葉です。(正しくはみんなで叶える新しい物語でしたが)

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プロジェクトラブライブ開始当初から応援しているファンへの目配せとしてだけでなく、「ラブライブ」というアニメ作品のテーマへも阿るという意味で非常に理にかなった使用法が出来ていると思います。

 

■綺羅ツバサとスクールアイドル
ここからは完全に余談。

今回のもう一人の主役。綺羅ツバサに関して。私個人として、彼女はとても魅力的なキャラクターだと思うので、ここでピックアップしてしまいました(笑)。

綺羅ツバサとA-RISEにとって、スクールアイドルとはあくまでも「自分たちを表現する」場所でした。
最高の楽曲とダンスで、最高のパフォーマンスを見せる。それがA-RISEのスタイルであり、「誇り」。

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そしてそのスタイルは少なくとも第1回のラブライブでは結果を残し、彼女達は「スクールアイドル」の代表となりました。

しかし第2回目のラブライブでは、前回予選すら通過できなかったμ'sに敗れた。(実際には予選を棄権したのですが...)

暗に彼女達のスタイルや実力を評価しながらも、自分たちが「負ける」とまでは思っていなかったツバサ。だからこそ、その理由を「ロジカル」に追い求めるに至りました。

しかしながらその回答は「シンプル」なもの。

どこまでも「自分たちを高みへと導く」べく活動し続けてきた彼女たちに足りなかったもの。

それは自分たちを応援する「みんな」への視点でした。

レベルの高いパフォーマンスは、確かに見る者を圧倒します。

しかしながら、その「孤高」な存在感は、ファンからすれば「自分が応援せずとも大丈夫」という安心感にも繋がってしまったのでしょう。

「みんな」の応援が具体的な票となり、それが「結果」へと反映されるスクールアイドルにとって、「みんな」の存在はとても重要なもの。

A-RISEは結果として、μ'sに敗れることでその事実を知ることとなりました。
しかしながら、それはA-RISEにとって「スクールアイドル」としての「自分たち」を見つめ直すきっかけにもなりました。

彼女達の視線の先には常に「プロ」としての自分達がいて、それ故に「スクールアイドル」としての自分達を見つめる瞬間がなかった。しかし、μ'sに敗れることで、「立ち止まる」瞬間を得たA-RISEは改めて「スクールアイドル」としての自分達を見つめるに至ったわけです。

「みんな」と一緒に作り上げていくものが、「スクールアイドル」であり、自分たちも卒業するまでは、「スクールアイドル」の一員である。

そんな心境の変化は彼女の中に芽生えたからこそ、劇場版においてツバサは穂乃果への協力を申し出る。そんな風に理解しています。

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μ'sだけでなく、綺羅ツバサという人物の葛藤と成長もまた物語の中で描かれている。
これもまたこの作品の「深い」部分なのでは、と感じる要素です。

 

ということで、#10でした。

劇場版と絡めた時に、結構重要...というだけでなく、「サンシャイン」における「AqoursSaint snowによる何故μ'sは勝てたのか問答」に対する一種の「解答編」にもなっていたりするので、今後サンシャインを見ていく上でも重要な回なのでは?と感じております。

 

さてと、次回は2期ではやはり誰もが大好きな回と思います。#11「私たちが決めたこと」です。

この回を演出されているのは、サンシャインの監督でもある酒井和男氏で、その繊細な演出を知っているだけに、サンシャインにも強い期待感が持てたのでした。

ということで、今回もお付き合いありがとうございました。

また次回お会いいたしましょうm(__)m

 

~μ'sが「0」を「1」にした日~ラブライブ!2期 ハイライト #9「心のメロディ」

こんにちはorこんばんは。

こちらの2期ハイライトもいよいよ佳境。今回は2期において#11と並ぶ最重要回「心のメロディ」をお届けします。

特に説明不要な傑作回ですし、恐らく私が説明する要素など皆無と思いますので、是非お暇な時にでもお読み頂ければと思いますm(__)m

それでは早速参りましょう。#9「心のメロディ」です。

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■#9あらすじ

いよいよ最終予選当日。空は何かを察したような雪模様。A-RISEとの直接対決に緊張するメンバー。そんな中穂乃果たち2年生兼生徒会組は、学校説明会を終えた後、会場に合流することに。午後にはあがると予報されていた雪。しかし予報とは違って、どんどん強くなっていく。遂には交通手段まで全面ストップしてしまう。会場に行く手立てを失った穂乃果たち。それでも歩いて会場へ向かおうとするのだが...。

■#9主要登場人物

・μ'sとそれを支える人たち

今回はまさしく「みんな」が主役の物語。「みんな」に支えられ「みんな」と進む。だからμ'sは強い。そんなお話。

 

■孤独な魂を救う「つながり」
無意識にバレエコンクールに挑む際と同じ表情をしていた絵里。

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「孤高」の中でひたすらに頂点を目指し、挫折を繰り返したあの頃。そんな時期の面影を姉の表情から読み取った亜里沙はそっと手を取る。そして「皆お姉ちゃんの味方だよ」と姉を励まします。

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あの頃の「孤独」な絵里とは違う。今は大勢の「味方」がいる。その事実が絵里を「過去」の呪縛から解き放つ。
「孤独」と対比される「みんな」の存在。これが、今回のキーポイントにもなっていきます。

 

■絵里を訪ねる希。
#9は「前回のラブライブ」演出が無かったり、次回予告演出がかなり省略されていたりと、はっきりと「これまでの集大成」を感じられる回。
故に演出面でも、これまでの物語を「踏襲」するような表現が登場します。
「孤独」な絵里を救った最初の「出会い」。それは1年生時の希との出会いでした。
だからこそ、このシーンでは二人の出会いを抽象的に再現します。

一緒に会場へ向かうために絵里を訪ねた希。出会った瞬間に絵里の緊張を見抜きます。

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それは亜里沙と同じく過去の絵里を知る希だからこそ。
しかしそれに「さっきまでね」と答える絵里は、既に自分が「救われている」ことを自覚しています。

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実際に希との出会いによって「救われる」きっかけを得た絵里。
この会話はそんな二人の「これまで」をも象徴するシーンになっています。

 

■真姫を訪ねる花陽と凛。
1期の時点では距離感のあった凛と真姫。今では家の外で待たされた仕返しに冷たい手でほっぺを触る嫌がらせをする。それくらいの関係になっています。

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このちょっとしたやりとりから、二人の距離感の変化も実感できます。
また、自ら「孤独」であろうとした真姫が、今はμ'sという「チーム」のために(恐らく母親にお願いして)「カツ(勝つ)サンド」でゲンを担ぐ。

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こんな変化からも「孤独な魂」が「救われた」ことを暗示する仕掛けを感じるのです。

 

■自宅へと「迎え入れる」こと。
強烈な「自我」と、それに伴う「承認欲求」によって「孤独」であり続けたにこ。
そんな彼女の「自我」を認めつつ、「仲間」として受け入れてくれた場所である「μ's」。
これまではそんな「自我」と「現実」とのギャップの拠点であるが故に、頑なに仲間を招き入れなかった自宅。
今回も希と絵里の来訪を快く思わないものの、最終的には自ら二人を自宅へと招き入れます。

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それは「孤独」だった「現実」を救ってくれた存在として二人を認めているからこそ。
そんなにこの対応からも、にこが「孤独」から「救われている」事実がはっきりと表現されています。

ことほど左様に前半では、過去に「孤独」であった存在が、「μ's」によって「救われている」事実がシーンとして連なって登場しています。

 

■学校の代表者としての2年生
予選決勝との兼ね合いから欠席して良いと言われていた学校説明会。それでも生徒会として、この舞台に立つことを優先した穂乃果たち。
3人にあるのは、あくまでも「学校あっての自分たち」であるという結論。
そんな3人の思いがあるからこそ、ヒフミを中心とした生徒たちの心を動かせる。
これまでの彼女達の「想い」が結実する一日が始まります。

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■A-RISEと対比される穂乃果
説明会での生徒会長挨拶で檀上に立つ穂乃果。

それと対比されるように一瞬映されるA-RISE。

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両者共に「光」に照らされているものの、そこには決定的な差異を感じます。

A-RISEを照らすのは外からの雪明り。その光の元には他者はおらず、3人だけの「孤独」な世界と、彼女達の持つ「孤高」の雰囲気が痛いほどに伝わってきます。

対照的に、穂乃果は学校説明会に訪れた中学生たちの羨望の眼差しという「光」に照らされています。

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そこにはA-RISEのような「孤独」さはありません。
同じく光に照らされながら、全く別の雰囲気を醸し出す両者。この差異の意味と結果は、次回#10のテーマとして引き継がれていきます。

 

■メタファーとしての雪
雪によって足止めを食らう2年生。会場はそれほど遠くないものの、歩いて向かうには困難な道のりであることは確かです。それでも3人で雪の中へと駆け出す穂乃果たち。

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分かりやすいメタファーですが、
これは「スクールアイドル」という「先の見えない」「未知」へと駆け出した、「第1話時点の3人」をメタ的に表現しているシーンと考えて良いでしょう。
※故に雪の中転ぶ穂乃果は、第1話と同じ転び方をしているのでしょう。

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雪の中進む3人。
そんな3人の気持ちを表すように、信号は「青=ススメ」を示しています。

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しかし、前すら見えない強風の中挫けそうになる穂乃果。そんな穂乃果を励ますのは、ことりと海未です。
これまでは苦しい局面では常に仲間の先頭に立ってきた穂乃果。
ことりと海未はそんな穂乃果の背中を支え、追いかけてきた印象もあります。
しかし、ここでははっきりと二人が穂乃果を「引っ張る」姿勢を見せる。

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1期最終回において、自らの「未来」を一時停止し、「今」を選択したことり。
2期において、そんな「今」の価値を最も理解しているのはことりです。
1期ではどこか弱々しかったことり。そんな彼女が力強い言葉を発することが多くなった2期。この#9は、そんな「進化した」ことりを最も実感できるかもしれません。

そして海未。

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これまで自主的には一度として、「スクールアイドルをやりたい」と主張したことがなかった彼女。そんな海未が発する「強い願い」。
これもまた海未という「引っ込み思案」な少女の大きな「成長」を感じるシーンです。

第1話のメタファーとして登場している雪中行軍。しかしながら、その物語を彼女達の言葉と行動によって「更新していく」。それによってこれまでの物語と、彼女達の「進化」の過程をも示す。
非常に考えられたシーンだなと思います。

 

■0を1にすること
「願い」を口にすること。

そして「ためらわず進むこと」によって、自らの道を切り開いてきたμ's。

結果として彼女達が手にしたのは、学校を「廃校」から「救う」という結果でした。
しかしながら、1期ではその事実はあくまでも「マクガフィン」として扱われ、彼女達自身が成し遂げた「成功体験」としてはハッキリとした形では描かれませんでした。
※彼女達の活動が、廃校阻止にどの程度の影響があったのかは、厳密には不明なため。

結果として1期終了時点ではラブライブ出場も果たせず、μ'sが残した「功績」は具現化されないまま。
すなわち2期#9の時点においても、彼女達の「努力」は物理的な「成果」を示してはいなかった。つまり彼女達もこの時点では「0」に近い状態だったと思うのです。

しかし、この時初めて彼女達の「努力」ははっきりとした形となって身を結びます。「学校のため」に、「みんなのため」に走り続けてきたμ's。
その姿が大勢の「みんな」の希望となっていたからこそ、μ'sのピンチに「みんな」が立ち上がる。

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彼女達が「夢」へと向かう道をみんなが作る。
そしてその先へ「真っ直ぐ走って」と告げる。

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実のところ、この時μ'sが走る道は、決してμ'sのためだけに作られた道ではないのです。

「みんな」もまた、μ'sが走る道に、自らの「夢」を重ねている。

だからこそ、彼女達が走る行先を応援する。

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ここに、初めてμ'sの「願い」が具体的に「結実」した形を見た気がします。

彼女達が続けてきた努力は、人知れず育まれ、それが遂に具体的な形として彼女達自身を救う。

この雪中行軍のシーンには、μ'sが「0」を「1」へと変えた、決定的な証が刻まれている。そんな気がしてなりません。

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「退路」となる信号は青から赤へ。穂乃果たちにはもはや退路はありません。
「夢」に向かって真っすぐ、走るのみ。そしてその背中には「みんな」がいます。

「みんなで叶える物語」がここにはあるのです。

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■駆け込む穂乃果 受け止める絵里
1期において、穂乃果と絵里が手を繋ぐことで、ようやく始まった「9人」のμ's。

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そう考えると、二人が抱き合うことには意味があるような気がします。

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二人が手を繋いだのは1期8話。となると穂乃果と絵里が抱き合う直前までの物語は、1期1話から8話までを振り返ると同時に、その物語を「更新」する狙いで作られているように思えます。
二人が抱き合い、思いを共有することで1期8話までの物語が終わり...。
そして、「その直後」から本当の2期#9が始まる。そんな風に思えるのです。

 

■泣かないにこ
今回もにこは泣きませんでしたね。
ここが地味に#11までの伏線になっていきます(笑)。

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■みんなで作った曲
会場へと駆け付けた音ノ木坂の全校生徒、そして家族。
μ's9人の名前を呼ぶ声。その思いを受け止める穂乃果。

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「応援してくれた人 助けてくれた人がいたおかげで私達は今ここに立っています。」
「だからこれは、みんなで作った曲です。」

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「大きな愛」に包まれながら、それぞれの「好き」を思い浮かべるメンバー。
いよいよ究極の「ラブソング」がそのベールを脱ぎます。

Snow halation
μ'sにとっての代表曲...というよりも「2000年代の日本ポップ史に名を残す名曲」と言っても過言ではない楽曲。
μ'sの2ndシングル「Snow halation」。

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どうしても「楽曲」の説得力で勝負せざるを得ない場面。そこにこの稀代の名曲が登場したことで、視聴者はこの勝負がμ’sにとって素晴らしい結果となることを容易に「予感」することが出来るのです。

鮮やかに更新されるのはこの楽曲のPVも同じ。
完全新規描き下ろしのPVとしてだけでなく、ライブ発祥の演出(鈴の音に耳を澄ます振り付け)が加えられたことで、この楽曲と過ごしてきた約3年弱の時間の「重さ」をも実感させる。
そんな巧みな演出が光ると同時に、スタッフのプロジェクトに対する愛情を実感する演出が採られているのも印象的ですね。

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「みんな」のために、そして「みんな」と一緒に、最終予選を戦ったμ's。彼女達が何を「得た」のか。

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それはまた別のお話。

 

...ということで#9「心のメロディ」でした。この回も考察のために改めて見直したので、とにかく丁寧な作りでまたしても感心しきりでございました(笑)。

さて、次回#10は、今回の「復習編」と言える内容。何故そのような結果に至ったのか。A-RISEの問い合わせから穂乃果たちがたどり着く答えとは。

またしてもサクっと更新できたら良いな~という気持ちでございます。

今回もお読み頂きありがとうございました♪