Love Live!Aftertalk!

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「ラブライブ!サンシャイン!!」2期総括コラム【キャラクター編⑤ 渡辺曜】

皆さんこんにちはorこんばんは。

さて、今回記事を書くにあたって予めお断りさせて頂きますが、キャラクター総括記事でありながら今回は「総括にならない」可能性を秘めております。

なぜなら今回扱う渡辺曜は、2期最大のブラックホールと呼んで良い存在だと思うからです。

一応1期キャラ総括でも曜に関しては触れましたが、そこではある程度彼女のことを総括出来た気がしておりました。

ishidamashii.hatenablog.com

 とはいえそれは11話「友情ヨーソロー」あってこそのもの。

あの回が無ければ、曜自身の「内面」が描かれること無く、ついぞ「理解」の端っこにすら立てなかったことでしょう。

しかし、2期ではついに彼女の内面が「ほぼ描かれる事」がありませんでした。

となると、彼女のことを考えるのには「妄想」をフル活用するしかありません!!

(普段から妄想しかしてない!というツッコミは重々承知!)

もはやほぼほぼ私の「妄想」でしか語られない今回の記事となりますので、予めご理解ご了承の上、気が向いたら読んでいただければ幸いでございますm(__)m

という逃げ口上もほどほどに。参りましょう、渡辺曜編です。

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渡辺曜と「バランサー」

渡辺曜という人を考えるうえで、真っ先に思い浮かぶ単語は「バランサー」というもの。

常にグループを俯瞰して見つつ、盛り上げるべき時には流れに乗り、脱線しそうな時には調整したり、場合によってはそれに迎合したり。

シリアスな場面では落ち着いて見せたりと、場面場面で常に「状況をしっかりと把握」し「落ち着かせる」役割を担っていたのが渡辺曜という人物だと、私は考えます。

そんな「曜らしさ」を思い起こさせる回といえば、やはり1期10話「シャイ煮はじめました」でしょうか。

海の家の調理担当を鞠莉、善子というクセのある二人と共に任せられた曜。

鞠莉と善子が文字通り「クセのある一品」を作り出すのを尻目に、曜が作ったのは「ヨキソバ」。

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オムソバという海の家でも特に「外れない」メニューチョイスだけでなく、再現性の高さも含めて非常に「バランス感覚の高いチョイス」です。

活躍はそれだけにとどまらず。

売れ残ってしまった鞠莉の「シャイ煮」と善子の「堕天使の涙」を引き取って、「海軍カレー」として「再構築する」という技まで披露しました。

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「カレーにしてしまえばなんでも旨くなる」という暴言至言もある通り、この再構築は大成功。見事「シャイ煮」と「堕天使の涙」を救うに至りました。

「クセが強くて単品ではどうにも扱い辛いもの」でも「組み合わせ次第では素晴らしい一品になる」。

私は1期10話考察記事内で、このシーンを「メンバーの個性がAqoursというグループに構成されていくある種のメタシーンである」と読み解きましたが、その中心にいたのが渡辺曜ということになります。

その後の曜の「Aqoursというグループ内」での立ち回りは先ほど書かせて頂いた通り。彼女は常にグループのかじ取り役を担っていたと思いますが、それはこんなどうでもいい1シーンからも明らかだと思うのです。

そもそもとして、彼女自身がとても「バランスのとれた人物」です。

将来の夢が「父親の船を引き継いで船長になる」という、正に「かじ取り役」を目指しているというだけでなく。

文武両道を地で行くスーパーウーマンであり、会う人とはすぐに打ち解ける人の好さを持つ。

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更には誰もが認める美少女でもあり、裏表のない品行方正な性格。とはいえ糞真面目というわけでもなく、冗談も通じる。

なんというか、「バランスが取れている」というよりも「完璧超人」といって良い存在かもしれません。

そんな存在が常に近くにいたこともまた、千歌が自分を「普通星人」だと思い込んでしまった要因なのかもと思わせます。

とはいえ、私はそんな曜にも「苦手なもの」があるのだと思うのです。

 

渡辺曜と「苦手なもの」

やることなすこと、なんとなくこなせるのが曜。

趣味で始めた飛び込みで、気付けば「インターナショナル級の実力」を身に着けてしまったように、なんとなくでも「抜きんでて才能を発揮してしまう人」が、曜なのかもしれません。

しかしそれ故に抱えるジレンマもまた、あるのだと思うのです。

「なんとなくでこなせるもの」ではなく、彼女自身にも「夢」がある。

それは「幼馴染の千歌と、一緒に何か夢中になれるものを見つけて、それを一緒にやること」

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思えば極めて「欲の無い」人である曜にとっての唯一の「願い」がこれでした。

しかし、我々からすれば決して難しく無さそうなこの「願い」が曜にとっては難しかった。

曜が「なんとなく」で行けてしまう場所は、千歌にとっては簡単な場所ではなく。

二人は同じものをやっても「並び立つ事」が出来なかった。

次第に曜との距離を開けていく千歌。しかしそれは曜にとっては不本意である。

どうすれば「千歌と同じことをする」という自分の「願い」を叶える事ができるのか。

そんな迷いの中で千歌が見つけてきたものが「スクールアイドル」でした。

千歌にとっては「普通の自分でもキラキラ出来る可能性を秘めたもの」である「スクールアイドル」。それは当然なんでも抜きんでてしまう曜にとっては、「余裕でこなせるもの」でなくてはいけなかった。

ただしこれが曜にとって初めての「難しいもの」でした。

そもそも個人競技ばかりやってきた曜にとって、「スクールアイドル」は初めての団体競技でもありました。

それまでは個人の成績の良し悪しだけの世界で生きてきた曜にとって、勝負の結果は「自分が出来たか、出来なかったか」だけだった。けれども「スクールアイドル」が団体競技である以上、そうはいかない。常に「チームとしてのパフォーマンス」を求められ、「チームとしての成績」が「結果」として下される。

恐らく1期7話「TOKYO」8話「くやしくないの?」での敗北は、曜にとってはそれほど「ショッキング」な結果ではなかったのかもしれません。

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「自分達の能力が至らなかったから敗れた」。勝負というのは「そういうもの」なのだと、常に「勝負の世界」に身を置いてきた曜にとって、その帰結は「当たり前のもの」だった。

だからこそその結果を受け止めた上で、千歌に「どうする?辞める?」と発破をかけた...つもりだった(当然辞めない!と返ってくると想定していた)。

けれども、千歌やその他のメンバーは、そこまで割り切れなかった。

結果として、Aqoursというグループの中で、自分の「価値観」だけが浮いてしまい、それが「千歌との間」にも「壁を作ってしまった」。

「千歌と同じことをしたくて」、「千歌と同じ視界を得たくて」始めたはずのスクールアイドル。しかし、曜はついぞ千歌の「視点」を共有できません。

それは本当に千歌の感覚が「理解が出来ない」から。だからこそ曜はこの日を境に一つの「迷い」を胸に抱え込んでしまうのだと思うのです(その一旦の爆発が11話「友情ヨーソロー」なのだと思います)。

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「何でもできる」はずの少女が初めて感じた「苦手なもの」。その一つが「スクールアイドル」なのだと思うのです。

また、これをきっかけに曜はもう一つの「苦手なもの」とも向き合うことになります。それは「嫉妬心」でしょうか。

自分が理解できなかった千歌の心情を一番最初に汲み取ったのは、東京からの転校生桜内梨子でした。

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「頑張って努力すれば、やがて結果が付いてくる」のが曜の世界観だとすれば、梨子は「頑張っても頑張っても、それが結果として帰ってくるとは限らない」ことをこの時点で身を以て知っている人です。

ピアノ特待生として音ノ木坂に招かれた彼女。初めはコンクールで優勝するべく努力するも上手くいかず。努力に努力を重ね、失敗するうちにピアノを弾くことすら「出来なくなってしまい」、その結果として内浦へ引っ越してきたのが梨子という人物です。

だからこそ彼女には「努力をして、それが実らないことの辛さ」が理解できる。「その痛みをすぐに捨てて、次に進めない人の気持ち」が分かる。それは梨子の現状が「そうだったから」なのでしょう。

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曜が持つ唯一の願いである「千歌と同じことをする。同じ視野を持つ。」ことを、特段努力せずに「実現してしまう」存在である梨子は、曜にとって明確に「嫉妬の対象」となっていく。

それはひょっとしたら、曜にとっては「初めての感情」だったかもしれません。

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公明正大で裏表なく、誰とでも仲良くなれる曜にとって、「自分と他人とを比べる」という行為自体が似つかわしくないもの。

故に彼女は誰かへの「嫉妬心」のようなものすら感じたことが無かったかもしれません。だからこそ、その「感情」にどう対処していくべきなのかが「分からない」。その「分からなさ」が積もり積もって「爆発」したのが、1期11話「友情ヨーソロー」なのだと考えています。

1期11話では、梨子と千歌によってその悩みが「一人相撲」であったことが明かされ、一旦の決着を見せるわけですが、彼女にとってはこの「嫉妬心」にどのように「決着をつけるか」がその後の物語における、ある種の「裏テーマ」にもなっていったように思えるのです。

 

渡辺曜と「出来るようになること」

曜にとっての2期の物語とは、これら1期で抱えた「苦手なもの」という名の「カセ」を克服していく物語だったのかもしれません。

その為に曜もこれまでとは「視点を変化させる」。

「千歌と同じことをする」というエゴを一旦捨て、「Aqours」というグループを第一に考えるようにする。「スクールアイドル」というものがあくまでも「千歌と同じことをする」ための「手段」でしかなかった曜が「Aqours」を理解するなかで、「スクールアイドル」のことも理解していく。その中で「スクールアイドル」としての活動を「好き」になっていく。

するとバランサーとしての「素質」がより花開くだけでなく、時には「バランスを欠いた行為」も選べるようになる。

その際たる象徴が2期12話でのまくら投げだと考えます。

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「勝負」に拘ってがんじがらめになってしまったメンバーを「勝敗の無い戦い」へと引きずり込むことで、その緊張を「ほぐす」。

これはそれまでの「勝負」の世界に身を置いていた頃の曜には出来ない行為でしょう。

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ちょっとしたお笑いシーンでもあるこのシーンですが、そこには明確に曜の「成長」が描かれているように思えます。

 

渡辺曜と「好きになるということ」

2期の物語が、曜にとっては「苦手なものを克服し、好きになる」物語なのだと考えることで、2期における「曜の物語」がほんの少しだけ見えてくる気がします。

2期11話「浦の星女学院」では、メンバー各々が「学校でやりたいこと」を実践していく中、曜が選んだ「やりたいこと」は1期1話での千歌の行動を「再現する」ことでした。

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1期の時点では、曜にとって「千歌と一緒にできること」に過ぎなかった「スクールアイドル」。そこには曜個人の「スクールアイドル」への思い入れはありませんでした。だからこそ彼女はこのみかん箱の上にのって部員募集を呼び掛けることが出来なかった。

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しかし2期の物語を通じて彼女は「スクールアイドル」活動そのものに「意味」と「楽しさ」を見出せた。だからこそ、ここで初めて自分から、見えない誰かに向かって、自信を以て「スクールアイドル活動」への「勧誘」をすることが出来るようになる。

そしてそれが彼女にとっての「一番やりたいこと」にもなる。

彼女が告白する「千歌ちゃんと同じものが見たかった」という願い。しかしこのシーンでは彼女にとって2つの「やりたいこと」が叶っているのだと思えるのです。そしてそれは「スクールアイドル」そのものに本気で取り組み、その結果として得られた「成果」だとも思うのです。

「スクールアイドルを好きになれた」からこそ「千歌と同じ視野を持てるようになれた」。

やはりここにも「全てに意味があり」「全てが繋がっている」という2期のテーマ性そのものが現れているように感じます。

「苦手なもの」と向き合って、それを「克服する」。それは「嫉妬心」も同じ。

2期13話で曜から梨子へ告げられる「告白」。

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唐突なシーンではありましたが、やはりそれは彼女が1期から抱え続けた「苦手なもの」への「解答」でもあります。

本来彼女が感じたことのなかった「嫉妬心」という感情。それと向き合い、克服していく中で、曜は「千歌の心情を前よりももっと理解できるようになった」。だとすればこの「嫉妬心」もまた、「成長」のために必要なものだった。これもまた「全てに意味がある」の実践でもあります。

それをはっきりと「明文化」するために、敢えて一時期梨子に対して「嫉妬心」を持っていたことを認めたうえで、その感情が「大好き」へと変換されたことを宣言するのかもしれません。

もちろん、梨子にはその意図は100%伝わってはいないですし、伝える必要も無いのかもしれない。それでも自分自身のケジメのために、敢えて「言葉にする」。

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そんなところも曜の曜たる「魅力」なのかもしれません。

 

ということで、渡辺曜2期総括記事でした。

正直うまく解読できたとは1ミリも思っていませんが、僕にとっては今はこれが限界です。是非とも渡辺曜推しの皆様にとっての「曜論」をお聞かせいただければ幸いです。

今回も悪文を最後までお読み頂きありがとうございました。

次回黒澤ダイヤ編...!

知り合いのダイヤ推しの皆様のプレッシャーがパないですが(勝手に)、自分なりのダイヤ様への愛ぶつけてみせます!!

次回もどうぞよろしく!!!

 

 

「ラブライブ!サンシャイン!!」2期総括コラム【キャラクター編④ 津島善子】

皆様こんにちはorこんばんは。

今回もキャラクター編をお送りしていきます。

こちらのシリーズもいよいよ折り返し。

今回は津島善子...もといヨハネ編をお送りします。

2期5話では梨子とW主役。

この回が「2期を語るうえで重要な回」だっただけに、そこからは「特段物語内において重要な行動」をしたわけでもないのに、「物語における重要なキャラクター」として存在感を発揮し続けた彼女。

そんな彼女のパーソナリティに関しては、2期5話記事にてかなり詳細に追ったので、もはや語り尽くした感もあるのですけども...。

ishidamashii.hatenablog.com

さらにそこから派生して「Day dream warrior」と善子に関する記事も書いてしまったりしましたな...。

ishidamashii.hatenablog.com

 とはいえ今回は自分なりの「復習」も込めつつ、改めて2期における善子を考えてみたいと思います。

※お察しの通り2期5話記事と重複する部分が多いと思われますので、予めご了承願いますm(__)m

 ※また、今回も本ブログ独自の観点であり公式に基づくものではございません。そちらも併せてご了承のうえご一読願います。

 

津島善子と「厨二病

津島善子を語る上で外せない要素である「厨二病」要素。

自分を「津島善子」ではなく「堕天使ヨハネ」なのだと名乗るパーソナリティは、「厨二病キャラ」としては「典型的な味付け」です。

実のところこういったキャラは、現在のアニメ・マンガではありふれています。

それ故、最初期に彼女の設定を見た際には「このキャラをストーリー重視のアニメ版ラブライブ世界でどう動かしていくのかしら?」と懐疑的な気持ちを持っていました。

しかしながら善子は私のそんな「懐疑的な視線」を良い意味で裏切ってくれました。

アニメ内において彼女の「厨二病」的要素は「安易な味付け」として「消費されてしまうキャラ」とは設定されず。

「自らの在り方を自らの意志で決める」「彼女自身の在り方」なのだと設定されました。

 この設定によって彼女自身のキャラクターに「深み」が生まれただけでなく、「彼女の在り方」そのものが、物語内においても作用するようになったように思えます。

その代表的な帰結が2期5話「犬を拾う。」であったように感じるのです。

 善子の中の「ヨハネ」という存在の「必然性」が、物語全体の「動線」とも結びついていく。すると最初は「堕天使w」と若干舐めた見方をしていた我々も、彼女の在り方を肯定せざるを得なくなる。

物語においてもキャラクターにおいても「ヨハネ」という「厨二病」設定がしっかりと機能していく。そこには見事な「機能美」を感じてしまうのです。

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津島善子と「善子」

2期5話で明かされたパーソナリティ。そこでは善子本人にとっての「善子観」も語られました。

幼少の頃から何かと「運が悪かった」善子。

何もないところで転ぶ。遠足の前日には熱を出す。

そんな「不運」に見舞われる機会が多かった。

いわば起こる「偶然」と、それに紐付く「現実」に為す術もなく「翻弄されていた」日々。

「この世にはどれだけ願っても覆らない現実がある」。

彼女にとっての「津島善子」とは、そんな「偶然性に支配された現実」を嫌が応にも「肯定させられてしまう象徴」のようなものなのかもしれません。

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ヨハネ」を演じる「合間」にも度々表出する「現実的な感性」は、やはり幼少期の体験から植えつけられた感覚でもあり、それこそがひょっとしたら「津島善子」という人の「本質」なのかもしれません。

ただし、善子本人はそれを「是」としなかった。

「自分の在り方」が「偶然」という要素によって「左右」されていることを認めたくなかった。「自分の在り方」は「自分自身」で決めたかった。

だからこそ「自分が不運」であることにも「必然性」を見出したかった。

そうして生まれたのが「ヨハネ」という存在なのです。

 

津島善子と「ヨハネ

ヨハネとは「堕天使」である。元は天使であったが、闇に魅入られた結果堕天し、その因果として「不運」に常に見舞われている。

自分の真名は「津島善子」ではなく「ヨハネ」である。

自分が不運に見舞われているのは「偶然」ではなく、「堕天使」としての「必然」なのである。

そう捉えなおすことで、善子は自らの在り方そのものを「自分で決定していく」。そうすることで自分自身を「肯定していく」ことが出来るようになりました。

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もちろん理屈としては相当オリジナリティに溢れた「俺設定」ですし、他人からすれば「知らんがな」と思われても仕方ないもの。

とはいえ、そんな「俺設定」が津島善子という人を「救った」こともまた事実なのです。

この世界を「現実的」に見据え過ぎてしまうと、どうしても「夢」や「希望」や「未来」が描けない。

「どうせ何やったって変わらない」「結局運でしょ」などとひねた考え方をしてしまっては、何も行動が起こせなくなってしまうのです。

そして善子はそうなる「危険性」を秘めていた。けれど彼女はそうなることを自らの意志で「拒否」しました。

津島善子」の身に降りかかる「不運」は「偶然」だけれども、「ヨハネ」の身に降りかかる「不運」は「必然」である。

その感覚を常に持つ事で、彼女は自らの「世界」を「偶然性に支配された世界」ではなく、「全てに因果がある」「必然性に支配された世界」へと捉えなおしたのです。

ただし、これは相当心が強くないと「受け入れがたい世界」でもあります。

もちろんこの心構えを持つ事でいつでも「ポジティブ」でいられるかもしれません。

けれども、もしかしたら、自分にはなんの責任も無い「不運」が起きたとしても、それを「自分の責任である」と受け入れなくてはならない局面が出てきてしまうかもしれないわけです。それを受け止めるには相当な「タフさ」が求められます。

また、とにかく「独自性」に富んだこの「ヨハネ」という世界観を、「他者との関わり合い」によって成り立っているこの「社会」の中で保ち続けることにもそれなりの「タフさ」が求められます。

「自分を肯定する」ために始めた「ヨハネ」という「特性」。

それは「心と体の成長」と、それによって変化していく「環境」の中で、どんどんと扱い辛くなっていく。

 中学時代から次第に「ヨハネ」を続けていくことの「厳しさ」を実感していた善子。その「厳しさ」が頂点に達したのが「高校での挨拶失敗」でした。

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自分でも薄々感じていた「ヨハネ」という世界観を「共有していく」難しさ。その事実が白日のもとに晒された結果、彼女は「学校に行けなくなってしまう」。

ここで彼女が選ばされる「ヨハネを捨てるか否か」という選択肢。

その過程において彼女にとって大事な存在となるのが「Aqours」です。

 

津島善子と「Aqours

紆余曲折の果てに「ヨハネ」を捨てるという選択肢を取った善子。しかし千歌を中心とするAqoursはその決定を「否定」します。

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正直なところ1期5話の時点では、この千歌の選択肢はとても分かり辛いものでした。

しかし2期まで終わった今であれば、その意図が分かります。

善子にとっての「ヨハネ」とは、「偶然に支配された世界」を「否定」し、自らの「在り方」を「自らで決定していく」ために生まれた存在。

それは「自らの未来」を「自らの選択・行動」によって「掴み取っていく行為」と似ています。そしてその行為は「千歌がAqoursを結成した理由」とも同じなのです。

「普通の自分」を、「このまま何もしないで終わっていく人生」を否定したくて始めた「スクールアイドル=Aqours」。

その発祥の根幹に強い近似性がある。だからこそ千歌は「善子ちゃんは捨てちゃダメなんだよ!自分が堕天使を好きである限り!」と善子に語りかけ、「ヨハネ」を含めた善子の在り方そのものを「Aqours」へと迎え入れるのだと思うのです。

Aqours」という居場所を得たことで継続していくこととなった「ヨハネ」。しかし「ヨハネ」とは善子にとって「捨てても良い」ものではなかった。

善子は「ヨハネ」という存在が無ければ「この世界の現実性に負けてしまう」弱さを抱えた人物でもあります。

結果的にAqoursは「ヨハネ」だけでなく、津島善子という人そのものを「救った」。

だからこそ善子は我々が思う以上に「Aqours」というグループを大事に思っているのではないかな?と思えるのです。

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津島善子と「見えない力」

1期終了後のキャラクター総括で私は善子にこんなことを期待しました。

いつか彼女の「不屈」にして「気高い精神」と、「Aqoursへの強い愛情」が、Aqoursのピンチを救う時が来るのではないかと、今は密かに期待しているのです。

ラブライブ!サンシャイン!!  1stライブの前に総括してみましょう企画 【キャラクター編 其の六 津島善子】 - Love Live!Aftertalk!

 少し形は違いますが、その結実が2期5話「犬を拾う。」なのかな?と思えます。

2期開始当初、梨子は「現実的な要素」に翻弄されている人物でした。

MIRAI TICKET」を以てしても突破出来なかった地方予選。

その中でいよいよ現実味を帯びてきた学校の「統廃合問題」。

次々と重なる「現実の厳しさ」。

それでも必死に前を向いてもがこうとする千歌の思想に「共鳴したい」のに、自分自身の中の「現実的な思考」が邪魔をして、どうにも「共鳴できない」。

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2期開始当初の梨子からはそんな「ジレンマ」を感じ取れました。

 そんな梨子に「ヒント」を与えたのは、善子でした。

「現実」を直視しながら、それでもその事実に抗い、「見えない力」を信じても良い。

善子は自らの「在り方」をもって、それを梨子に伝えました。

結果としてその思考は梨子を「ジレンマ」から救い出し、大きな成長を与えるきっかけにもなりました。

成長を果たした梨子は、千歌に追随するのではなく、「Aqoursのメンバーの一人」として、千歌を支える存在として独り立ちしました。

そしてそんな彼女が作り出した楽曲(WATER BLUE NEW WORLD)が、2期の物語そのものを総括する「大事な楽曲」として物語に彩りを与えていく。

「全てに意味があり」「全てが繋がっていく」。

そんな2期そのものの「テーマ」をも象徴させる物語が2期5話であり、その中心にいたのが善子でした。

また、私は善子の在り方そのものが、「花丸の未来を愛する感性」にも影響を与えていると考えています。

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元来花丸は「未来に期待を持てない人物なのでは?」というのは、前回のキャラクター総括コラム「国木田花丸編」でお話したこと。

ishidamashii.hatenablog.com

そんな花丸に「未来を信じる意味」を伝えたのは、善子なのでは?と思うのです。だからこそ花丸は善子にとっての「ヨハネ」をことさら守ろうとする。

(わざと善子と呼んで、ヨハネと言い返させるのはその一環だと思っています)

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そうして「未来を信じる」「自分の可能性を信じる」ことの価値を教わった花丸が、今度はルビィの背中を押す。

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「善子の在り方」が元となって、それが様々な人の「背中を押す力」へと変わっていく。これは正しく善子の語る「見えない力」なのかもしれません。

 だからこそ2期12話で花丸とルビィは善子に「感謝」を告げるのだと思うのです。

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善子自身は半ば半信半疑に感じている「見えない力」。

でもそれは善子が無自覚なところで明確に作用している。

こうして善子の信じる「全てに意味がある」という考え方が、繋がり、結実していく。

2期の物語とは、津島善子にとっての大きな「救いの物語」だと思えるのです。

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ということで、津島善子編でした。

やはり僕は善子結構好きだよなぁ...と改めて思ってしまいました。

特典曲「in this unstable world」も楽しみ!!

 

次回はサンシャイン!!における最大のブラックホール渡辺曜編。

どうまとめたものか、今から頭を悩ませていますが頑張ります。。

今回もご一読頂きありがとうございました!

 

 

「ラブライブ!サンシャイン!!」2期総括コラム【キャラクター編③ 国木田花丸】

皆様。おはようございますorおやすみなさん!(うそうそ寝ないで!)。

今回は早くも佳境。私の推し国木田花丸編をお届けします。

え?推し花丸なの?ですって??

そうなんです(迫真)。

 

2期という物語単体で考えると少し難しい存在でもある花丸。

今回はそんな彼女のバックボーンを妄想しながら、物語全体での花丸像みたいなものをなんとなーく考えてみたいなと思います。

(こちらは公式ではなく、ワタクシの妄想が多分に入ったものですので、予めご注意願います)

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国木田花丸の「役割」

前回取り上げた鞠莉と違って、二期において花丸がどのような活躍をしたか...というのは一言では説明しきれないと思います。なにより恐らく具体的なエピソードが浮かばないはず。

というのも、鞠莉は2期において物語全体とも関連するプロットを、自身の問題としても抱えていたため(統廃合問題・旧Aqoursの問題)彼女の「情動」や「行動」そのものが物語全体においても機能していました。いわば「動」のキャラクターとして機能した鞠莉。

反面2期での花丸の行動は物語の中心線とはそれほど関連しないものが多い。どちらかといえばメインプロットにおいてはトリックスター的な動き方や、サブプロット(ルビィの課題克服)を動かすための機能をもたらされることが多かった。「動」に対してそれを受けて活動するいわば「受」の性格を持ったキャラクターであったように思います(同様の機能をもったキャラは曜でしょうか)。

人によっては「推しが冷遇された」と言う方もいるかもしれません。しかし「ラブライブ!」というアニメシリーズではメインに「物語」があり、キャラクターはその「物語」を描く為の「語り部」に過ぎない...という使用法が前作から継続して為されています。それ故に物語の構成的に「余計な要素」となり得るようなサブエピソードは極力避けられる傾向にあるのです。(じゃあダイヤのエピソードは必要なのか??という議論に関しては、ダイヤ編にて書かせて頂きます)

もちろんその作劇の良し悪しというものはあると思いますが、それに関しての議論もここでは必要ないので除外します(因みに私はその作劇に関して特に異論を感じておりません)。

ただしあくまでもこのバランスで作劇をしていく場合に必要となる「受」のキャラクターとしての「機能」が、花丸というキャラクターにはとても合致していたのでは?とも思うのです。それは恐らく花丸というキャラクターそのものの「在り方」にも関与しているのではと思えます。

 ※ここからは国木田花丸というキャラクターのバックボーンについて考えます。2期考察とは少し離れてしまいますが何卒ご容赦を。。

 

国木田花丸と「無」

実存主義の記事でも触れた花丸と「無」に関するお話。

ishidamashii.hatenablog.com

 2期2話で花丸が歌詞の題材として主張した「無」という概念。上記記事ではここから「実存主義」にまで枝葉を伸ばして「ラブライブ!サンシャイン!!」との関連性を深読みしました。とはいえ、この記事に対してのご指摘としてもあった通り、花丸は本来「寺の娘」。宗派は不明ですが彼女の出自を考えれば、この発言の根幹にあるのは仏教哲学。具体的には「般若心経」における「空即是色」であると思えます。

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「空即是色」の説明をここから始めてしまうと凄まじい勢いで脱線していきそうなのでアレなのですが、とはいえ説明しないわけにもいかないので少しだけ。。

★「空即是色」とは?

 

仏教では「物体」のことを「色(しき)」と呼びます。

我々が「物体」として認識するあらゆるもの(例えばそこにあるボールペンから道端に転がっている石ころにいたるまで)全てを「色」と呼びます。それは我々自身の「肉体」も同じ。「物体」として認識できるもの全てを「色」と呼んだわけです。

しかし仏教ではこの「色」は全て「空(くう)」なのだと定義します。

「空」とはそのものずばり「実体が無い」ということ。

具体例を挙げるのならたとえば「車」

あれは我々が「車」であると認識するから初めて「車」になるのであって、その実態は様々なパーツの寄せ集めに過ぎません。そのパーツも元は様々な「元素」によって作られたものであり、パーツとしての実体も無い。

そうやって極限までその物体を「ミクロ化」してみると、そのものには実は我々が定義するような「実体」がないことが分かっていく。

これが所謂「色即是空です。

とはいえ我々にはその「空」の集まりを「車」である!と認識することが出来ます。即ち我々が本来「空」であるものに「意味」を定義することで、そこにはにわかに「色」が立ち上がっていく。これが「空即是色」という概念です。

「すなわち『無』というのは、『全てが無い』のではなく『無』という『状態がある』という事ずら。それこそまさに『無』!」

2期2話「雨の音」より

 どうでしょう。

花丸の発言は「空即是色」についての物であることが分かると思います。

「般若心経」の根幹となる「大乗仏教」では、世界そのものの本質は「空」であり、我々の見ている世界は「色即是空 空即是色」の「繰り返し」の「合間」に過ぎない。我々が「空」を「色」として認識している「今」がそこにあるだけで、そこには連続性はない。即ち「過去」も「未来」もなく「今」だけが連続しているのだ...という思考になっていくわけですが、ここはハッキリとサンシャイン2期のストーリーとも関連していると思います。

イマはイマで昨日と違うよ

明日への途中じゃなく イマはイマだね

この瞬間のことが 重なっては消えてく

心に刻むんだ WATER BLUE

「WATER BLUE NEW WORLD」

 「般若心経」と「サンシャイン2期」の関連のお話となると完全に脱線していくので、それはまた別の機会としますが、ここでお伝えしたいのは、花丸の根幹にある「般若心経」的な思想というものは、Aqours2期12話でたどり着いた思想とほぼ一致している...ということです。

ただし、花丸がこの「無」に関する概念を取り出したのは2期2話です。即ち花丸は2期の初めから、Aqoursがたどり着く結論をある程度「予測できていた」と考えてもおかしくないわけです。

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 そう考えると、国木田花丸というキャラクターが抱える「深遠さ」みたいなものも見えてくるように思えるのです。

 

国木田花丸と「図書室」

 花丸といえば「図書室」。子供の頃から運動が苦手で、引っ込み思案。友達も多くなかった花丸が唯一の心の拠り所とした場所。それが「図書室」でした。即ち幼い花丸が心の「平穏」を求めてたどり着いた場所が「図書室」だったとも考えられるわけです。

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また仏教の話に戻ってしまって恐縮なのですが。

仏教の根幹には「心の平穏を求める人が辿りつく宗教」という側面があります。それは釈迦が提唱した仏教の定義とも関係しています。

仏教の開祖である釈迦は人生を「苦に満ちたもの=一切皆苦」と定義し、その苦しみの第1を「無知であること」=「無明」と定義しました。釈迦はこの「無明」を筆頭に人生は12の苦しみに満ちている(十二支縁起)と定義し、この12の苦しみを己の「修行」を以て乗り越えることによって「悟り」の道が開き、それによって「苦しみからも解放される」と語りました。そんな背景もあって、仏教は「心に苦しみを抱える人」が救いを求める宗教として成立していったわけです。

その「修行」の第1として、釈迦は「知識をつけること」を提唱しました。それはもちろん第1の苦「無明」が「無知」故に起こる苦しみだからです。とはいえその「知識」をつける修行というのはかなりストイックなもの。周囲から断絶された場所で、ただひたすらに勉強に励む。それが釈迦が推奨したものなのです。

さて、なんでこんな話をしたかというと、これってまんま過去の花丸の状況と同じだと思えたからです。

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花丸は親しい友人を作らずただひたすらに「図書室」で本を読み漁ることを小学校から続けていました。これはいわば「修行」に等しい行為に映ります。

「知識」を身に着け、迷いを捨てることで、「心の平穏」を得ようとした。また「物語」の世界に身を置くことに集中し、その世界に没入していくことは、どこか「瞑想」にも似た行為のように感じられます。

彼女がこういった行為に没頭できたのは、この時点ではそれ以外に「やりたいこと」が無かったからなのでしょう。

ここから感じるのは花丸という人のちょっとした「独自性」です。

世の雑多な出来事には興味を持たず、ひたすら「知識」と「心の平穏」を得るために書物を読み漁る。それに疑問も感じない。そこからはどこか超然とした人物像が見えてくるのです。

とはいえ花丸のバックボーンには「寺生まれ」という厳然たる事実があります。そう思うとこの花丸の「在り方」のようなものは、生まれつき自然と身についていたものなのかな?という気もします。幼いころから繰り返し教えられてきた「釈迦の仏教」。

その中にある十二支縁起を自然と実践してしまっていた...という可能性も捨てきれません。となるとこの「行動」も、彼女が生来繰り返し与えられた「習性」に従っての物?という理解も出来ます。

根本に「釈迦の仏教」に基づく思想を宿しながら、様々な「知識」へと触れて行った花丸。

そんな日々の中で恐らく「般若心経」にも触れ、それもまた「知識」の一つとしてストックされていったのでは?とも想像できます。

 

国木田花丸と「変化」

 

「無明」を無くしていくことで「悟り」へと近づいていく花丸。しかしそれが「花丸の本質」と一致しているのか??というのがポイントなのかな?と思います。

花丸が「修行場=図書室」で出会うのは黒澤ルビィ。引っ込み思案で、友人が少ないという点において共通点のあった二人は意気投合します。仲良くなり会話するうちにルビィの中に眠る「輝き」に気付く花丸。他者と密に接することが無かった花丸にとって、他者が持つ「その人にしかない輝き」に触れることは、とても刺激的だったはずです。いつしか花丸はその「輝き」を解き放つことを「自分の願い」として持つようになります。

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ひたすら「自分の心の平穏を獲得する」という「願い」しかもたなかった花丸が、初めて「他人のため」に「願い」を持つ。ここには明確な「変化」が見えます。

で、また仏教の話に戻って本当に恐縮なのですけど(苦笑)。

「釈迦の仏教」では「他者に干渉し、悪い事をすること」だけでなく「善いことをすること」も等しく「悟りから遠のく」ため「悪」とされています。この理由を書き始めるとまたムダに記事が長くなるので、理由は各自お調べください(ひどい)。

なにはともあれ「自分自身の救済」を目的とする「釈迦の仏教」においては「他者」すらも「切り捨てなければいけないもの」なのです。とはいえ、その教えに殉じるのは難しいですし、なによりもそれでは大抵の人は「救われません」。そんな中「もっと大勢の人を救い上げる方法は無いか」という思案の末に生まれたのが「大乗仏教」なのです。

大乗仏教」では釈迦が禁止した「他者のために善行を積む」ことも推奨されました。「良いことをすれば自ずと極楽浄土に近づける」というのは、今の日本社会でもなんとなく浸透している考え方ですが、これは日本が「大乗仏教」の影響下にある国家だから...という関係性があります。

で、これが花丸とどう関係あるかというと。

この「ルビィ」との出会いによって花丸の中での「宗教観」のようなものにも「変化」が起きたのかなと思えるのです。

花丸が仏教と関係が深いのは、出自からして致し方ないこと。そんな中で自然と慣れ親しんできた「釈迦の仏教」ではなく、より自分の在り方に近い「大乗仏教」とその根幹にまつわる「般若心経」的な思考に自分を「寄せて行った」。

これは「個人的」かつ「小規模」な「変化」ではありますが、花丸にとっては決定的な変化です。これまでの「在り方」は「自分自身で獲得したもの」ではなく「親から与えられたもの」だった花丸。

しかし「ルビィとの出会い」によって「心が動き」、自らの「願い」を手にする。

そしてその「願い」を叶えるために、自分の「思考方法」を、より合うものに「変更」させていく。

そうすることで「自分自身の在り方」を「自分自身で選ぶ」ことに成功する。

そこからは「本当の自分」を獲得していく過程も垣間見えると思うのです。

(そしてこの自分自身の意志で「本当の自分」を獲得していく...というのは善子とも同じケースです。故に花丸は善子がヨハネであろうとすることを支援し続けるのかな?とも思えるのです。)

 

国木田花丸と「空(くう)」

以上のようなバックボーン予想を元に、国木田花丸という人の人物像を組み立てると、彼女の思想面には「仏教的な『空(くう)』の思想がDNAレベルで刻み付けられている」という予想が生まれます。

そうすると国木田花丸という人の「本質的な部分」に関しても、なんとなく予想が出来るような気がします。

仏教では「世界とは空である」と語ります。

自分の「肉体」を含めた、今「目に見えているもの=色」全てに、実は「本質」はない。自らの感覚を通して認知するからこそそれは「色」として認識されるのであって、どんな物でもその本質は「空」に過ぎないのであると。

更に「般若心経」ではその「感覚」そのものも「空」であると語る。要するに「生きる」という事自体が「空」であると定義されてしまうのです。

そんな思想が「DNAレベル」に刻み付けられている...というのはどんな感覚でしょうか。

確かに「過去」の過ちは振り返らなくなるかもしれませんが、「未来」への「企て」のような欲望が浮かんでこなくなるかもしれません。

とてつもない「平穏」にある代わりに、人生への「欲望」や「欲求」が生まれてこない。もしかしたら花丸は平常時にはこういったある種の「虚無感」のような感覚を感じているのでは?とも思えるのです。

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けれども彼女は日々その「虚無感」と必死に戦っているようにも思えます。先ほどのルビィの願いを叶えることを筆頭に、彼女は毎日を「虚無」にしないため、「自分に出来る範囲」での「生きがい」を見出そうとしているようにも思えるのです。

※以上がAqoursに至るまでの花丸のバックボーン妄想です。ここからが物語のお話。

 

国木田花丸と「食」

1期終盤から狂ったように「のっぽパン」を食べ始めただけでなく、2期ではすっかり食いしん坊キャラに変貌した花丸。

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これは完全に思い込みの妄想ですが(笑)。

食というのは比喩でもなんでもなく「生きる」ことと直結した行為です。人間は「食わねば」死んでしまう。当たり前の摂理です。だからこそ花丸は「食べる」ことで「生きていること」を実感している...とも考えられます。

また人間とは本質的に「何か」を口にすれば良いのではなく、「おいしいもの」を食べることに執心します。この「人間にしか価値を感じられないもの」という考え方は前段の「空即是色」とも繋がります。本質的には「意味がなかったり」「意味を必要としないもの」に「意味を見出す」。それこそが「空しい世界」の中での「生きがい」になる。花丸が「食」というものにある種の「こだわり」を見出すのは、そこに「生きがい」をも見出しているからとも考えられないでしょうか。

とはいえ2期で明かされたように、花丸は「食事」をすることで「太ったりしない」。即ちどれだけそのものに「意味」を見出そうとしたところで、結局本質が「空」であるものの影響を受けない...というところに彼女の悲しさもまた感じてしまうのです。

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国木田花丸と「利他性」

劇中において花丸が「夢」を語ったのは1期4話のみ。それ以外で花丸が自分自身の「夢」を語った記憶はありません。彼女はいつだって「他者のため」に動くことを良しとします。

1期4話でルビィの背中を押すだけでなく、1期5話では善子を救うきっかけとなる一言を発したりもします。

花丸のその「特性」は2期においてより極まっていきます。2期3話では善子をじゃんけんで勝たせるためにちょっとした「手助け」を。

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2期8話ではルビィの「願いの意図」を全く聞かず「面白そう」という理由だけで彼女に手助けを申し出ます。

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2期11話では皆が「自分のやりたいこと」をやる中で花丸は「善子のやりたいこと」を「手伝うこと」を優先します。

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また劇中何度となく善子のことを「ヨハネ」ではなく「善子ちゃん」とわざと呼ぶのも、彼女が「ヨハネ!」と言い返すこと、即ち彼女が「ヨハネであり続ける事」を「支援したいからの行動」のようにも思えるのです。

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ことほど左様に花丸が「利他的」であるのは、いや「利他的であろうとする」のは、それは「利他的であること」が彼女自分が選んだ「自分自身の在り方」そのものだからなのでは?と思えるのです。

一見「自分の願い」のようなものが無いように見える彼女の「願い」とは、もしかしたら「誰かのために何かをする」ことなのでは。そしてそれをしている限り彼女の「願い」は「現在進行形で叶っているのでは?」。

ちょっと妄想がすぎますが、これまでの論拠をもとに考えれば、そんな風にも感じられるのです。

 

国木田花丸と「文学」

 

2期BD特典曲「おやすみなさん!」は国木田花丸初のソロ曲でした。そこには彼女がことさらに明かさない「内面」のようなものも描かれていて、我々花丸推しとしては捨て置けない楽曲でした。

実は今回の考察を完成させる前に「おやすみなさん!」の記事を準備していたのですが、この記事を書くこととなったので慌てて封印した経緯があります。理由としてはその歌詞に「花丸の本質」を理解するためのヒントが詰まっていたからです。

例えば冒頭。

特別なことじゃなくて そばで毎日笑いあえる

わりとこれ難しいと 少し分った最近かも

言葉には出来ないような 悲しみたち知った時

無力な自分悔しいと 涙ポロリ落ちる

 これを逆説的に考えると、花丸は最近まで「誰かと毎日笑いあうことの価値も、言葉に出来ないような悲しみも感じたことも無かった」ということになります。

また中盤。

幸運はまず笑顔から

始まってゆく気がして

ああ無理に ほっぺたを

上げてみる鏡

妙な自分の表情で

見事笑えたよ

 ここから分かるのは、花丸はいつも「頑張って」笑顔を作っているということ。それは「笑顔が幸せを連れてくる」と信じているからであって、彼女の本質は「ニコニコ笑顔でいる人」ではないということが分かるのです。

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これは前段の「花丸は根本的にはどこか虚無感を感じながら生きている」という考え方とどこか近似性を持っているような気がするのです。

けれどもこの楽曲の結びではこう語ります。

ひとり笑顔で 明日の

ちょっとしたお楽しみ

考えてたら

晴れるよ 胸の空は

いつも 幸せを望んでるから

なんて文学的な

気分で眠ろうか

おやすみなさん!

 彼女の根本には「虚無」が潜んでいて、彼女一人の力では明日には「希望」を感じられない。そんな時彼女を後押しするものが「文学」なのです。

あの時一人「心の平穏」を得るために逃げ込んだ図書室と、そこで読み漁った書物、その中でも「文学」が、彼女に「未来」を信じる「希望」を与えてくれているのです。

「文学」は人が作った作り物です。ある種「あってもなくても良い」もの。けれどもそれもまた「空即是色」を体現するもの。「あってもなくても良い」けどもそれがあることで「空しい世界」に「意味」を見出すことが出来る、心の支えになるもの。

花丸は常にそういった「空即是色」に「意味」を見出しながら、この「つまらない世の中」を「面白くしたい」と願いながら、生きている人なのではないかなと僕は思うのです。

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ということで、花丸論でしたが、ちょっと脱線しすぎましたね。ガチで反省しております(笑)。

ちょっと分かり辛いところもあるとは思いますが、適宜修正して参ります。

推しって難しい。。

 

追記:

本稿校了後、「おやすみなさん!」における「文学的な気分」とは具体的にどういったものなのか??に関して、改めて考察してみました。

こちらTwitterに掲載しましたので、それをそのまま転載させて頂きます。

 

NHK「100分de名著」ブックス 般若心経

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「ラブライブ!サンシャイン!!」2期総括コラム【キャラクター編② 小原鞠莉】

皆様こんにちはorこんばんは。

今回は2期総括コラム第2夜。小原鞠莉編をお届けしようと思います。

2期においては物語内でも重要な役割を果たした鞠莉。

前回と同じく彼女にまつわる「ワード」と紐付ながら、2期におけるの彼女の物語を追想してみたいなと思います。

 

小原鞠莉と「カセ」

2期の物語を振り返った時、恐らく多くの方の脳裏に鞠莉の姿が浮かぶと思います。それは彼女個人の抱える「カセ」が、物語全体においても「カセ」として機能していたからでしょう。

彼女が抱えていたカセは主に2つ。

①は「学校の統廃合問題」。②は「旧Aqours」です。

この二つは鞠莉個人が抱える「カセ」でありながら、物語においても同様の効果をもたらしました。その理由とは、この二つが物語を「進めていく」ことにブレーキをかける...まさしく「カセ」としての機能を果たしていたからにほかありません。

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①「統廃合問題」は主人公である千歌にも影響を与え、この「阻止」のために「足掻くこと」が2期前半部の主なテーマとなりました。

①の問題の最中、6話「Aqours WAVE」から同時並行的に②の課題に関する物語も動き始め、10話「シャイニーを探して」ではこの「カセ」の解決がメインへと据えられていきます。

こう明確にすると、いかにこの二つの「カセ」が、2期において重要な要素だったかが分かるのではと思います。

 

■鞠莉と「守りたいもの」

①②に共通しているのは、「鞠莉にとって守りたいもの」が対象であるということ。

10話「シャイニーを探して」で鞠莉本人の口から語られた通り、鞠莉はこの内浦に引っ越してきて、果南・ダイヤという無二の親友と出会えたことによって多くの学びを得ました。

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「二人が外に連れ出してくれなかったら、一つも知らないままだった」

そう語るように、今の鞠莉が存在出来ているのは、この場所と「二人」がいたからだと考えています。

だからこそ鞠莉は二人と共に過ごせる場所である「浦の星女学院」を、「3人がずっと一緒にいるという願い」の帰結先でもある「旧Aqours」を、「守らねば」と考えている。即ちそこには彼女のとても「個人的」な「情動」が働いているということが分かるわけです。

 

小原鞠莉と「浦の星女学院

小原鞠莉にとって「浦の星女学院」とは、もちろん「愛する地元=内浦」の学校でもあるわけですが、それ以上に「果南・ダイヤ」と共に「過ごせる場所」であるということが重要であるように思えます。

また3人によって結成された「スクールアイドル=旧Aqours」も、鞠莉にとっては「スクールアイドル」という事以前に「果南・ダイヤと共に結成したグループ=3人が一緒にいることを合理化するための記号」としての重要性を持つのでは無いか...という仮説が浮かび上がります。

とすれば鞠莉が抱えるカセ①②は、共に同じ理由の元に鞠莉が「守ろうとしているもの」であることも想像できます。

即ち鞠莉は「3人が一緒にいられる理由」を守るために「浦の星女学院の廃校を阻止」すべく理事長という職を得て復学し、「3人が一緒にいられる記号」を守るために「Aqoursの再始動」を目指したのである...という仮説が完成するわけです。

即ち、鞠莉が元来願ったものとは、決して「高尚な志」に根ざすものなどではなく、とても「個人的な欲望」に沿ったものだったのではないか...と考えられるのです。

同時に鞠莉にとっての「スクールアイドル」というものも、総じてその「欲望」を満たすための願望器に過ぎず、彼女にとっては「重要なもの」では無かった可能性もあるのです。

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もちろん、「アニメ開始時」における初期段階において....というお話ですけども。

 

小原鞠莉と「Aqours

 鞠莉にとって最も重要な願いであった「3人がずっと一緒にいること」。

しかしその願望をかなえるための根幹となる「浦の星女学院」は健闘空しく統廃合が決定。鞠莉はカセ①から、半ば強制的に「解放される」形に。

同時にスクールアイドルである「Aqours」は、「学校の統廃合」によって「消滅」を余儀なくされます。こうしてカセ②からも「解放」されそうになってしまう。

即ち彼女の「情動」を形作る「根幹」が「崩され」、彼女は嫌が応にも「未来」へと向けて「進まざるを得ない」状況へと追い込まれていくことになります。

結果「3人がずっと一緒にいる」という「願望」とも向き合うことになる鞠莉。

やがて大人になっていく中で、そんな「願望」が現実的では無いことは、鞠莉も十分理解していた。それでも願わざるを得なかったのは、鞠莉はただひたすらにその「願望」に「呪縛」されていたから。そしてそれ故に「願望」を「更新」していくことが出来なかったからなのかもしれません。

しかしそんな鞠莉を救うことになるのは「新Aqours」の存在。

「3人=旧Aqours」のメンバーでは見ることが叶わなかった「流れ星」を、「9人=新Aqours」で「見る」。

そして「9人」で見た流れ星に「新たな願い」をかけることで、「願望」を更新していく。即ち「呪縛」からも解放されていく。そうすることで鞠莉は「未来」への「一歩」を確実に踏みしめていく。そこに鞠莉にとっての「新Aqours」が持つ「意味」をも加味させていく。

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2期10話は鞠莉の主役回だけに、本当の意味で彼女にとって重要な回でもあったと思えるのです。

 

小原鞠莉と「謝罪」

2期11話。

統廃合が決定した「浦の星女学院」。本来最高責任者であるはずの鞠莉は、その非難の矛先になっても仕方ない立場でもあります。

しかし、誰もが鞠莉を責めることはしない。更には「浦の星」のラストを締めくくるにふさわしい「閉校祭」の提案までしてくる。「祭り」を通じて、その暖かさに触れる中で、鞠莉は改めて「浦の星女学院」という学校の持つ「価値」を理解していくに至ります。

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またそれと同時に鞠莉は、自らの不明を恥じるに至ったのかなとも思えます。

先に触れた通り、鞠莉が「浦の星」に舞い戻った一番の要因は、「個人的な情動」に起因するもの。また「スクールアイドル」として活動してきたことも同じ。全ては「個人的な事情」であり「情動」に任せた行動であったようにも思えてくる。

そんな中、学校が生徒にとって、そして周辺住民にとってどれだけ重要な存在だったのかを知るに至り、自分は果たして「学校の理事長」に相応しい行動を取れていたのか、自分自身への「疑問」を感じるに至ったのでは?とも思えるのです。

もっと学校を本気で守るために何かすべきことがあったのではないか。

そして自分は本当に学校を守るために死力を尽くしたと言えるのであろうか。

鞠莉の脳裏には、そんな「疑問」が浮かんでいたのでは、と想像出来てしまうのです。

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「閉校祭」のクライマックスにあたるキャンプファイヤー。その中で「理事長」としての彼女がとった行動は「謝罪」。

物語全体をマクロな視点で見れば、何も鞠莉が謝罪をするような状況でも、場面でも無い。けれども鞠莉は謝りたかった。

それは彼女自身の性格や、矜持とも関係しているけども、最大の要因は自らの中にある「不明を恥じて」の行動なのかな...と今はそう思えるのです。

ひたすらに「自らの情動」に忠実だった鞠莉。そんな彼女が見せる「謝罪」にこそ、彼女の2期での「成長」が集約されているようにも思えます。

しかし、そんな彼女を救うのは図らずとも..。

 

小原鞠莉を「許すもの」

鞠莉の謝罪に対して起こるのは「Aqours」コール。

それは恐らく鞠莉の中にあった「自分がスクールアイドル活動なんかにうつつを抜かさず、理事長として活動していれば良かったのでは?」という考えを帳消しにするもの。

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もしも鞠莉が新Aqours結成へ働きかけなかったら、今のAqoursは成立していなかったかもしれない。そして鞠莉が現Aqoursに加入していなかったら、Aqoursラブライブ本選へと進めていなかったかもしれない。

そう思えば、ただ漫然と閉校を迎えることになっていたかもしれない「浦の星」に、「ラブライブの歴史に名前を残す」という「希望」を与えたのは「Aqours」である。

その意味も、価値も、浦の星の生徒たちは知っているし、理解している。だからこそ「Aqours」の名前を叫ぶ。

それは結果的に「Aqours」として活動してきた鞠莉の行動を肯定する意図にも繋がります。

即ち、物語文脈的には、そこに鞠莉への「赦し」の意味も込められていくのです。

自らの「情動」に従って「Aqours」として活動を続けた鞠莉。その「情動」が「謝罪」の対象であるはずの「浦の星」の生徒たちによって「赦し」を得る。

そうすることで、鞠莉は自らを「呪縛していた」存在である「スクールアイドル」によって、今度は反対に「救われる」ことになる。

小原鞠莉と「スクールアイドル」との関係性がこれまでと反転する。

すなわち、鞠莉にとって「カセ」でしかなかったものが、「未来への祝福」へと変化する。

ここに鞠莉に対する最大の「救い」が用意されているわけですね。

 

小原鞠莉と「スクールアイドル」

12話。

「スクールアイドル」によって救われた鞠莉。

全ての「カセ」から解放され、まっさらになった彼女が望むのは「Aqoursとして優勝したい」というシンプルな願い。一見何の変哲もない願いですが、これまでの彼女の物語を追えば、その価値が分かります。

彼女にとって「呪縛」だった「Aqours」はもう彼女の中には無い。だからこそシンプルに「Aqoursとして優勝したい」という言葉が彼女の口から発せられる。

またあれほど恐れた「3人がバラバラになってしまう」ことも恐れない。

「この空は繋がっているから大丈夫」。

そう語る彼女には、10話までの弱弱しさはありません。

そこにはとても感動的な、一人の少女の「救いと成長の物語」の帰結が描かれているように感じるのです。

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ということで、キャラクター編②小原鞠莉編でした。

ちょっと長くなってしまった。。出来れば今後も体制は崩さず、シンプルな記事を心がけていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

「ラブライブ!サンシャイン!!」2期総括コラム【キャラクター編① 黒澤ルビィ】

皆様こんにちは、こんばんは。

今日からキャラクター総括コラムを進めていきたいと思います。

この「キャラクター編」。以前1stライブ直前に毎日更新するという荒行をやったのですけど(笑)今回はそんなことをする必要もないので(あの時はライブ初日までに完結させるという目標がありました)もう少しのんびり書いていこうと思います。

とはいえ、そこまで重い内容にするつもりも無いので、「キャラクター編...!」と身構えて読まれると拍子抜けになる可能性もございますので、予めご了承ください。

また、私のキャラクター考察はあくまでも「アニメ版」のストーリーに乗っ取ったものであり、故に「アニメ準拠」となります。そちらも予めご承知おきのうえご一読頂ければ幸いです。

更に!こちらの内容はあくまでも「私の主観」に依ったものです。読者様の「キャラクター観」とは異なる可能性も大いにございますので、そちらも予めご了承願います。

 

...と、いつもの通りの自己防衛を挟みつつ(笑)、ボンヤリと進めてまいりましょうか。

今回は前回の「キャラクター編」と逆回りにて更新していこうと思います。そんなわけで1回目は黒澤ルビィちゃんからです。

 

黒澤ルビィと「笑顔」

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2期のルビィを見ていて印象的なのは、「笑顔が多くなった」ということでしょうか。それまでは花丸やダイヤの陰に隠れて、いつもどこかおどおどしていた彼女が、2期ではニコニコ笑顔でいることが多かったような気がします。

それはもちろんいつもそばにいる花丸が常に「笑顔でいる」からこそ、その影響を受けているのかもしれません。

また、Aqoursの活動を通じて仲良くなった善子が「堕天使ネタ」でいつもルビィを笑わせてくれたり、突っ込ませてくれるからかもしれません(善子スマン)。

そしてAqoursというグループの持つ雰囲気が、なによりも彼女を「笑顔」にしてくれているのかもしれません。

ただし恐らく一番は1期において「自分の夢」を、「自分の意志」で「形にした」という事実が彼女に「自信」を与えてくれているからだと思います。

「自分にほんの少しだけ自信を持てるようになった」からこそ、他人の目を気にしてオドオドする必要も無くなったということなのではないでしょうか。

 

黒澤ルビィと「涙」

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とはいえ、ルビィが「泣き虫」である...という本質自体は変わらず。

2期でも千歌に次いでよく「涙」を見せたキャラクターかもしれません。(三つ子の魂100までとは言ったもので、これは仕方ないですね)

しかしその「涙」の意味合いもまた、1期からは大きく変化していたように思います。

1期では自分が何か「不安」な状況に陥いると見せていた涙。2期ではその回数が非常に少なくなったように思えます。

(とはいえ2期4話では園児たちの混乱に乗じて泣いてしまうというシーンも見受けられましたが笑)

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2期7話「残された時間」では、統廃合決定の際に思わず姉ダイヤにすり寄って見せた「涙」。

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ただしこの「涙」は決して「自分のため」だけに流した涙ではありません。

これまで「統廃合を阻止する」ために頑張ってきた「姉を含めた3年生たちの思い」や、「統廃合阻止を目的に頑張ってきた千歌を中心としたAqoursメンバー」の思いを受け止めての涙。「自分」だけではなく「他者」の為にも流した涙なのです。

2期3話「虹」では、ずっと「幻」になっていた姉の「和衣装姿」を見て「涙」します。それは一度は止まってしまった姉の「スクールアイドルとしての時間」とそれが「再び動き出した事実」を思っての「涙」でした。

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2期8話では反対に、ダイヤの「スクールアイドル活動」が終わってしまうことに対して見せた「涙」。これもまた「ようやく動き始めた」「スクールアイドルとしての姉」の「時間」が終わってしまうことを悲しんでの「涙」でした。

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これらに共通しているのは、「自分のため」だけではなく、「相手のため」に「涙」を流しているということ。そこからは「誰かのために泣ける」という、ルビィ本来の「優しさ」や「感受性の豊かさ」が垣間見えるのです。

そして2期9話。自分とよく似た存在である理亞を「スクールアイドル廃業」から救うこと。それによって理亞とクラスメイトとの間にあった目に見えない壁が氷解した時。ルビィは初めて「嬉しくて」「涙」を流すに至ります。

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ナミダって嬉しい時も流れて 痛みを消してくれるね

「Awaken the power」

 「悲しくて」「不安で」「寂しくて」「怖くて」...そんな「ネガティブな感情」から「涙」を流し続けていたルビィ。しかし今は「嬉しくて」「涙」を流せるようになった。

その事実はルビィというキャラクターの成長を最も端的に感じさせてくれる表現かもしれません。「Awaken the power」の歌詞にある通り、ルビィは2期の物語を通じて大きく「成長した」のだと思います。

 

黒澤ルビィと「過去」

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2期でのルビィにとって最も重要なエピソードとなった2期9話「Awaken the power」。彼女の中に「眠る力」が目覚めたとき、それが彼女自身だけでなく、理亞にも影響を与え、道を切り開く原動力にもなっていく。そんなルビィの「成長」を最も分かりやすく伝えてくれるエピソードでした。

とはいえこのエピソードにはこれまでのルビィの「歩み」そのものがしっかりと反映されていたのが印象的です。

1期において、彼女の中に「眠る力」を引き出したのは、親友の国木田花丸です。

「スクールアイドル」に憧れながら、「姉への遠慮」や「自分自身への自信の無さ」を言い訳に一歩を踏み出せなかったルビィ。そんなルビィを半ば無理やりスクールアイドルの世界へと引きづり込んだのは、花丸でした。

親友の力を借りることで「夢」を諦めることなく、「新しい自分」を獲得するに至ったルビィ。その経験があるからこそ、今度は自分と似た状況にある理亞を救い出すことが出来る。

「全てに意味がある」。これは2期におけるキーワードとなった言葉ですが、ルビィにももちろん当てはまります。

ダイヤが「家でスクールアイドル雑誌を読むこと」を禁じなければ、図書室に行くことも無かったかもしれない。しかしそのきっかけがなければ花丸と出会うことも無かったかもしれない。そして花丸との出会いが無ければ、「スクールアイドルになる」という「夢」も叶っていなかったかもしれない。さらにこの一連の出来事が無ければ、理亞を絶望から救い出すという行動をとれなかったかもしれない。

一見「意味の無い回り道」や「消し去りたい過去」でも、必ず意味を持って自分に返ってくる。だからこそ「過去を否定せず」に「受け入れて歩んでいってほしい」。

そんな「ラブライブ!サンシャイン!!」2期が持つテーマは、ルビィの物語にもしっかりと反映されているのだよなと改めて感じる次第です。

 

...ということでキャラコラム第1弾でした。

とりあえずこんな感じでキャラと関連するワードを絡めつつ、シンプルに振り返れれば良いかなと思っています。

もっと細かかったり、需要が無さそうな深読み要素(笑)に関しては、「Dig」等で掘り下げて行こうかなという感じです。

短くて読み応えが低いかもしれませんが、これからもお付き合い頂ければ幸いです。よろしくお願いいたしますm(__)m。

 

 

ラブライブ!サンシャイン!!のお話が好きだったアナタにひょっとしたら刺さるかもしれない楽曲10選(という駄文)

サンシャインが放送されない週末をお過ごしの皆様、コニチワー。

手癖として何か書いていないと今後の更新モチベーションがダダ下がりしそう...というなんともはやな感じで記事を書いております。

これも全てはファンミへの参加予定が一切無いため。

「次の記事はいついつまでに上げたい」みたいな目標が皆無なのがいけないのです。

ファンミ...イケナイ...ギギギ...。

 

ということで、どうにもならない心の行先を筆に乗せているだけなので、軽い気持ちで流し読んでいただければ幸いです♪

さて、今回は前回に引き続きの「無駄話」

13話放送直後、極一部で若干話題になった「ラブライブ!サンシャイン!!の裏テーマ曲を推薦し合う」みたいな遊びが面白かったので、その延長線と申しますか。

とはいえ、雑然と選べるほど音楽知識も無いので「自分のipodに入っている楽曲」から選んでみたいな...というこれまた誰得な企画となっております。 

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(ワイのipod全7603曲入っておりました)

 

無作為に選んだのでジャンルバラバラです。

また、全然尖った選曲にならなくって恐縮なのですが、その分肩ひじ張らずにお読みいただけるのではないかなと。。

もし1つでも気になる曲やバンドなんかが見つかったら嬉しいです。

※今回は音楽企画ということで、明確に「好み」が反映されています。合わない場合は徹底的に合わないと思うので、「読まずに撤退」をおススメしております。

 

①「青春の稲妻」AKB48ひまわり組


青春の稲妻比較

 概要:

国民的アイドルグループ」でお馴染みAKB48。普段はアキバのドンキにある専用劇場で「公演」をしていることでも有名。こちらの楽曲はひまわり組公演2nd」というセトリ内の一曲。そもそもひまわり組」ってなんやねんということなのだが。

AKBといえば「グループ内でのチーム分け」が特徴の一つ(ユニットとは別)。「チームA」や「チームK」といった「AKB48」の冠に依ったチーム分けをするのだが、この「ひまわり組公演」が実施された時期には「チームA」と「チームK」しか存在しなかった。

主に1期生によって結成された「チームA」(前田敦子高橋みなみなど)、2期生によって結成された「チームK」(大島優子秋元才加など)にはそれぞれ「ファン」が付いていて、お互いをライバル視していた。そんな中「チームK」のオリジナル公演が作られるとお互いのパフォーマンスの「善悪」を巡って競争が激化。両チームのファン同士がどうにも険悪な雰囲気になってしまったのだそうな。おやどっかで聞いたことあるぞ、似たような話。

当時のAKBは「国民的」とは言い難い規模。劇場公演がメインの活動だった時代。けれどもAKBの劇場は一つ。そこで日々出会うファン同士が険悪な雰囲気になるのはよろしくないと、運営が下した対処法は「両チームをミックスさせた選抜チームで公演をする」というもの。その狙いはメンバーが混ざり合って公演をすれば、自然と全員を応援せざるならなくなり、「険悪な雰囲気」は消えるだろう...ということだったらしい。その「混ぜこぜチーム」の名称こそひまわり組。とはいえ、その日公演が出来るメンバーに関しては人数制限がある為、「表チーム」「裏チーム」みたいな分け方をしたもんだから新たな「火種」が生まれたりしたらしいけども、それはまた別の話。。

 

オススメポイント:

テレビで見かけることも多いAKB。とはいえ、知られていない楽曲がとても多いと思います。どうしても色眼鏡で見られがちなグループでもありますが、良い楽曲も多いのですよ。今回の「青春の稲妻」はメロウなメロディラインも美しいのですけど、なにより歌詞がやたらとサンシャイン!!に近似性があったので選ばせて頂きました。

昇ったばかりの陽が 校舎を斜めに染める

誰もいないグラウンド 意味もなく走った

何か叫びたくて 世界中に届くくらい

ただ声を上げてみた 脈打つ鼓動は未来

青春の稲妻 AKB48(ひまわり組) 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

 なんとなく2期1話の千歌を思い出させます。

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意味の無い叫びを世界に向けて放つ。そこに二度とない「一瞬」が匂い立つ。それこそが「青春」である...みたいな。実に秋元康節。

ちなみにチームK「約束よ」なんかは3年生組の関係性を想起させたりとか、AKBだけでもリンクさせられる楽曲がたくさんあるので、ホントはもう少しご紹介したいところですけども。それはまた機会があればということで。

 

②「未来とは?」SKE48


2014/3/19 on sale 14th.Single 未来とは? MV(special edit ver.)

概要:

SKE48は48グループ第2のグループとして2008年に発足。名古屋市栄区に専用劇場を持ち、SKEは本拠地「栄」の頭文字。「未来とは?」は同グループ14枚目となるシングル。キャッチコピーは「僕たちは、毎日、何かから卒業している」。ナゴヤドームでのライブというグループ結成時からの目標の「ひとつ」をクリアしたタイミングで発表されたこともあり、「現状に満足せず、常に未来に向かって進め」という意図が込められているように思われる。

 

オススメポイント:

48グループならびでもう1曲。「未来とは?」に関しては、やはり歌詞の刺さり方でチョイスしてみました。

未来とは? 1秒後

砂時計 次の一粒が

落ちたとか落ちてないとか

そんな隙間が現在

未来とは? 1秒後

明日でも 来年でもなく

”たった今”から始めようぜ

僕らは待ってるだけじゃだめなんだ

僕らの可能性こそが未来

未来とは? SKE48 - 歌詞タイム

 留まっている間に「未来」がやってきて、「今」は「過去」になってしまう。だとしたら迷っている間にまず「始めよう」と告げる。そして「未来」とは「僕らの可能性」そのものなのだと語る。「自らの中」に「輝き」を見出し、そこから連なる「未来」へと物語を託した「ラブライブ!サンシャイン!!」への近似性を感じるところですが、いかがでしょうか。

SKE48はなんとなく暑苦しい(褒め言葉)楽曲が多く、デビュー曲「強き者よ」とか「神々の領域」「仲間の歌」「ピノキオ軍」なんかも良い感じに刺さるかもしれません。

 

③「永遠の存在者」pigstar


永遠の存在者

概要:

pigstarは日本のロックバンド。関口兄弟を中心とした4人編成バンド。2005年にファーストミニアルバムをリリース。その後「永遠の存在者」や「バロック」が成人用PCゲーム「ピリオド」に採用。更に「君=花」や「衝動」といった楽曲が「純情ロマンチカ」シリーズの主題歌に選ばれるなど、なんだか変な感じの出世パターンを歩んだ後惜しまれつつ2010年に活動休止に入った。関口兄の美声だけでなく、兄弟ならではの美麗なハーモニー、シンプルだが美しいメロディライン、情緒的な詩など非常に魅力的なバンドだっただけに、個人的にとても悲しかった。

と思っていたら2017年に活動再開を発表。2018年2月に活動再開ライブをするらしい。マジか。今知った。

 

オススメポイント:

「ピリオド」という「エロゲなんだけどエロくないエロゲ」の主題歌という「微妙な立ち位置」の楽曲。知る人ぞ知るけど、知らない人は当然知らない。そんな楽曲。キャッチーなメロディラインで好きな人にはブッスリ刺さる曲だと思います。

歌詞的には「永遠の命」を持つ「永遠の存在者」という存在を仮定し、そのあり方を通じて「終わりある生命を生きること」「今を生きること」の価値を語る。そしてそれだけではなく「自分を生み出してくれた存在=過去」を肯定し、その繋がりからの「未来」を肯定する。

君を受け継ぐ僕らの未来が どこまでもずっと続いていく

君は全ての中で 全ては君の中で 未来と過去を繋いでいく

Musixmatch - The world's largest lyrics catalog

 という歌詞が、千歌が13話でたどり着いた「過去を受け入れたうえで未来を手に入れる」という結論をどことなく思わせます。

同じく「ピリオド」で挿入歌として使用された「バロック」も名曲なので、そちらもオススメです。

 

④「What are u waiting for?」FUZZY CONTROL


FUZZY CONTROL「What are u waiting for?」ミュージックビデオ

概要:

FUZZY CONTROLは日本の3ピースオルタナティブロックバンド。通称はファジコン。自身のバンド活動だけでなく、DREAMS COME TRUEのサポートメンバーとしても活躍。なんとVoの鎌田さんは母親がりりィさんで、奥様が吉田美和さんなのだとか!ヒョエーびっくり。2015年に活動休止。

ウィキペディアに書いてありました。(やべぇ、何も知らなかった...。)

 

オススメポイント:

むかしむかし。まだスカパーでJリーグが中継されておった頃、この曲がアフターゲームショーの主題歌だった時代があったんじゃ。それも遥か昔のお話じゃが。。

というわけで、何故か毎週聞かされていた楽曲だったのだけど、その頃から「歌詞が熱くてかっこいいなぁ」と思っておりました。

タイトルは訳せば「何をぐずぐずしているの?」といった感じ。

 what are you waiting for?

強い願いは叶う

時が迎えに来て 独り残されて

終わらない 消えない 今だ! これだ! 負けるな!

 what are you waiting for! thats what you waiting for!

強い願いは叶う

大声で泣いて 授かった命叫ぶから...

まだ....まだ....

I am waiteing for...

am so waiting for...

 what are you waiting for?

What are u waiting for? FUZZY CONTROL 歌詞情報 - うたまっぷ 歌詞無料検索

 全体的にシンプルで力強いメッセージをダイレクトに繋いでいく感じで分かりやすいのですが、「過ぎ去っても消えない願い」みたいなものに立ち向かって、打ち勝て...というメッセージはやはり「サンシャイン!!」的だなと感じました。

 一度叶えられなかった「願い」があったとしても、「次のチャンス」にめげずに再挑戦しろ...という感じも「勇気はどこに?君の胸に!」っぽいですしね。

 

⑤「導火線」BAZRA

www.youtube.com

概要:

BAZRAは1997年結成の3ピースバンド。2002年インディーデビュー。その後何を思ったか(?)2005年にはavex傘下のcutting edgeからメジャーデビュー。も、2008年には契約満了。Vo井上鉄平の慢性的な体調不良を理由に不定期活動だったが、2017年に回復。同年夏にニューアルバムをリリースした。マジか!めでたい!(情弱)

Vo井上鉄平のソウルフルとしか言いようのないパワフルなボイスとギター、うねうね動く三浦謙太郎の変態っぽいベースがとても魅力的で、実際に見た時には「こんなスゲーバンドが日本には沢山いるものなのかー」とびっくりしたものである。

 

オススメポイント:

とにかく暑苦しい歌詞でしょうか。

失うことなんか怖くない 瞬間を瞬間を燃やすだけさ 今

導火線 BAZRA - 歌詞タイム

 「瞬間」というものをどのように捉えるか...というのが「サンシャイン!!」の大切なメッセージの一つだったと思うのだけど、ここでは「輝く束の間の永遠」として、その「尊さ」を表現している。なんともはや詩的。

Voにクセが強いので苦手な人は苦手だと思うけれど、好きになる人はガッツリ好きになれるバンドだと思うので、もし気に入ったら色々聞いてみて頂きたいところ。

 

⑥「Audition」エマ・ストーン

  (映画「LA・LA・LAND」より)


La La Land - "Audition (The fools who dream)" scene - 1080p

概要:

「LA・LA・LAND」は2016年公開のアメリカ映画。芸術に信念を燃やす男女を軸に「夢見ること」の価値を描くミュージカル映画。「LA・LA・LAND」とは「夢見がちな人」を揶揄する言葉でもあるが、本作ではそれを逆手にとってタイトルにしている。

主演は「目力ハンパねぇ」a.k.aエマ・ストーンと「歌って踊れる人殺し兼ゲッタウェイドライバー」a.k.aライアン・ゴズリングの二人(大分語弊がある)。

「Audition」はタイトルの通り物語終盤、オーディションを受けるエマ・ストーンが自身の「叔母」のことを話すようにして歌われる楽曲。

例え風邪をひこうとも「何度でもセーヌ川に飛び込みたい」と語った「叔母」の言葉を引用し、「チャレンジし続けること」の価値を語る、映画内でも屈指の感動的な使用をされる楽曲でもある。

 

オススメポイント:

なんとなくの映画枠。この曲初めて聞いた瞬間から「ラブライブ!だなこれは」と思っていた曲で、そういう意味では「ラブライブ!シリーズ」全体に通じる楽曲かもしれません。

対訳に関しては、こちらの方が綺麗に訳していらっしゃったので、引用させていただきます。

migmemo.net

She told me:
A bit of madness is key
to give us new colors to see
Who knows where it will lead us?
And that’s why they need us,
So bring on the rebels
The ripples from pebbles
The painters, and poets, and plays

彼女はこう言った、
ちょっとの狂気が鍵なの
世界に新しい色を与えてくれる
それからどうなるかなんて誰にわかるっていうの?
そして、それが私たちが必要とされる理由なの
だから反逆者を、
小石で生まれるさざなみを集めましょう
画家を、詩人を、演劇を!

 「世界に新しい色」をつけるために「ちょっとの狂気」が必要。どうなるか分からない未来にその時の「全ての時間」をかけるなんて、確かに「狂気」染みているのかもしれません。けれどもその「狂気」こそが、芸術を生みだし、それが人生に彩りも与えていく。それこそが「人間」であり、だからこそ全ての「狂気を持って飛び込む」「夢追い人」に乾杯しようと語る。とっても「ラブライブ!」だなぁと思う次第です。

映画自体は、まぁ賛否両論あって、僕は個人的にどちらでもないのですけど、見たことが無い方にはぜひ見てみてほしい作品でもありますね。

 

⑦Drive it like you stole it 

(映画「シングストリート 未来へのうた」より)

www.youtube.com

概要:

ジョン・カーニー監督による2016年公開の音楽映画。一貫して音楽映画を作り続けている同監督の評価を一定まで高めた代表作なのかもしれない。この映画(というかジョン・カーニー監督について)は自分の表blogでお話したので、興味があればそちらをご参考ください。

ishidamashii-urawa.hatenablog.jp

追記:「シング・ストリート」と「ラブライブ!サンシャイン!!」という関わりではてぎさんの書かれたこちらの小説もとても興味深いので、是非ご一読を。(ご本人に引用許可頂きました)

tegi.hatenablog.com

なんだか宣伝みたいになってしまいましたが、元に戻りましょう。

こちらの「Drive it like you stole it」は終盤主人公のバンドが演奏するオリジナル楽曲。自分が囚われている「どうしようもない現状」を「音楽の力」で打破しようと試みる、そんな意図が込められた歌詞だけにとても感動的。

 

オススメポイント:

映画枠その2。

キャッチーなメロディとシンプルで分かりやすく、そして熱いメッセージ。

This is your life, you can go anywhere

君の人生だ、君はどこへでもいけるんだよ
You gotta grab the wheel and own it and drive it like you stole it (Roll it)

ハンドルを握って自分のものにして、抜け出すために車を走らせろ (ハンドルを回せ)
This is your life, you can be anything

これは君の人生、なんでもできるんだよ

You gotta learn to rock and roll it, you gotta put the pedal down 

ロックンロールが世界を開くから、後はペダルを踏み込んで

And drive it like you stole it

抜け出すために車を走らせるんだ

[和訳]Sing Street「Drive It Like You Stole It」 : ”Translate us a song(lyrics)tonight”(今夜、俺たちに歌詞を訳してくれないか)

例え思うようにならない現状があったとして、それが人生における道筋を邪魔してきたとしても、必ずそこから「抜け出す方法」がある。なぜならその人生そのものを「運転」しているのは、ほかならぬ「自分自身」だから。「自分の意志」を信じ、進む覚悟さえあれば、きっと「どこへだって行ける」し「なんだってできる」。そう信じることで進める。正しく「ラブライブ!」や「ラブライブ!サンシャイン!!」の精神性に近いものを感じます。 

「シングストリート」自体もまっすぐな「青春物語」で、恐らくラブライブ!が好きな方であれば刺さる映画だと思います。

 

⑧「可能性」サンボマスター

www.youtube.com

概要:

サンボマスターは2000年結成の3ピースソウルフルロックバンド。ソウル・ブルース・パンク・ヒップホップ・そして日本語ロックから幅広い影響を受けた独自の世界観で人気。Vo山口隆のキャラクターがピックアップされがちだけども、決してコミックバンドではなくむしろその真逆に位置するクソマジメな純粋ロックバンドである。「可能性」は映画「ビリギャル」の主題歌として起用された。サンボらしいど直球なメッセージソング。

オススメポイント:

自分の「可能性」を信じ、その達成を求めて進み続ける。それは正しく「サンシャイン!!」の物語だったと思います。

僕らは 輝ける時を待っていて

思いもかけなかったチャンスを 掴もうとしてる

新しく始めるよ 僕は 心には明かりをともす

弱い自分 それは昔ばなし そんなそんな 自分を探してるの

ダメじゃないよ僕たち 終わらせんな可能性

誰かに笑われたって かまわないんだよ

もっと もっと 強く思ってやる

つかまえて明日を 今がそうその時

誰かに決めつけられても かまわないんだよ

もっともっと 夢を見続ける

あぁ 希望とははかないもの だからこそ 捨てちゃダメなのさ

可能性 - サンボマスター - 歌詞 : 歌ネット

「弱い自分」「ダメな自分」を受け入れたうえで、「可能性」と「希望」を信じて進む。そして「夢を見続ける」「希望を捨てるな」と語る。

サンボマスターソウルミュージックの影響を強く受けているので、概ねこういったプロテストソングのようなメッセージソングが多いのですけど、その分他のバンドとは一線を画した存在感を確立しています。

彼らはやはりライブバンドで、山口の語りを含めて一つの作品なので、もし興味がある方はライブ音源を是非見てみてほしいですね。

 

⑨「Move on up」Curtis Mayfield


Curtis Mayfield - Move On Up

概要:

カーティス・メイフィールドアメリカ合衆国のロック・ソウルミュージシャン。「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第40位。インプレッションズとして活動後、1970年以降はソロに転身。マーヴィン・ゲイダニー・ハサウェイスティーヴィー・ワンダーらと並んでニュー・ソウルと呼ばれた。今回紹介した「Move on up」は彼のソロデビューアルバム「Curtis」に収録されている一曲。70年代のソウルミュージックを象徴する名曲の一つ。

 

オススメポイント:

サンボマスターの流れから選曲。彼らはこの曲を出囃子に入場してくるのです。とにもかくにもキャッチーな出だしとメロディー。いわゆる「ブルース調」と呼ばれる「永遠に演奏していられる」独特のコード進行。歌詞は公民権運動の風吹きすさぶアメリカの時代背景に依るもの。けれども「行動しよう!」と呼びかける言葉はいつの時代にも響くもの。終わりそうで終わらず、終わったと思ったらまた始まる楽曲構成は、「戦いは半永久的に続くこと」を現しているのな?などと考察したものです。

この楽曲もポール・ウェラー御大率いるスタイル・カウンシルがカバーして再ヒットさせるなど、エバーグリーンな名曲です。

歌詞和訳は下記サイト様に詳しく。

歌詞和訳 | Move On Up – Curtis Mayfield|ムーブ・オン・アップ(顔をあげて進め) – カーティス・メイフィールド の歌詞和訳エイカシ | 洋楽歌詞の和訳・翻訳、英語の意味、読み方

ソウルミュージックとその流れを汲むロックに共通しているのは、「ふざけんな!絶対負けねー!」という強い意志で、それは「ラブライブ!」シリーズに通底している精神構造でもあると思うのです。

 

⑩「空の名前」鈴木結女


Ninku Sora no namae

概要:

鈴木結女は日本の女性シンガーソングライター。1995年「忍空」のOPテーマ「輝きは君の中に」がヒット。その後一旦音楽活動を休止するも、2010年以降~現在に至るまで作曲・歌手活動を継続中とのこと。「空の名前」は忍空のEDテーマとして採用された。

オススメポイント:

ホントは「輝きは君の中に」を採用しようとしたんですよ。だってタイトルそのままだから(笑)。でもこちらの歌詞があまりにも「サンシャイン!!」のストーリーにハマっていたものだから、急きょこちらに変更しました。

Ah 失くした地図には書いてなかった

そう 明日に逢える場所が

Ah 全部手放して 見上げた空で

今 太陽がうなづいた

心だけはいつも裸足でいたい

雨はきっと虹を連れてくる

空の名前 胸に描き

歌いながら 自分になれ

訪れる 喜びや悲しみ達を

抱きしめながら 歩こう

空の名前思い出して 

腕を広げ 呼んでみよう

翼欲しがることはもうしないよ

風は心で生まれる

空の名前 鈴木結女 - 歌詞タイム

 どうですか、これ完璧じゃありませんか??

「失くした地図」は「μ'sの背中を追いかけること」であり「廃校を阻止すること」。

それらを「失くした」ことでそこには「明日に逢える場所=未来」が書かれていなかったことに気付く。

それらを手放して見上げた空で、「太陽=サンシャイン」がうなづく。

君は君のままで良いのだと。

そして「雨」が「虹」を連れてくることを知り、「歌いながら」「自分=Aqours」であることを謳歌し、「訪れる喜びや悲しみ」を全て受け入れて進むことを決める。

「鳥」のような「翼」を欲するのを止め、「心」から生まれる「風」を欲する。

そう紙飛行機を空へと運ぶ「風」を。

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あまりに2期の物語にハマリ過ぎていて震えましたよ(笑)。ということでこの曲をラストに持ってくることになりました。当ブログ的「ラブライブ!サンシャイン!!の裏テーマ曲大賞」は「空の名前」とさせていただきます(なんだそりゃ)。

ということで全10曲チョイスしてみました。

 

とはいえ、これは僕の範疇からしか選んでいないので、多分もっともっとハマる曲があると思います。

是非、良い曲があれば教えて頂きたいですし、皆様の10選も拝見したいところです。

 

因みに僕選出の、我々ラブライブを愛し語る人々のテーマ曲大賞」星野源「日常」です。


星野源 - 日常 【MUSIC VIDEO】

無駄なことだと思いながらも それでもやるのよ
意味がないさと言われながらも それでも歌うの

理由などいらない
少しだけ大事な物があれば それだけで

日々は動き 今が生まれる
暗い部屋でも 進む進む
僕はそこでずっと歌っているさ
へたな声を上げて

みんなが嫌うものが好きでも それでもいいのよ
みんなが好きなものが好きでも それでもいいのよ

共感はいらない
一つだけ大好きなものがあれば それだけで

日々は動き 君が生まれる
暗い道でも 進む進む
誰かそこで必ず聴いているさ
君の笑い声を

神様は知らない 僕たちの中の
痛みや笑みが あるから
そこから

日々は動き 今が生まれる
未知の日常 進む進む
誰かそこで必ず聴いているさ
君の笑い声

夜を越えて 朝が生まれる
暗い部屋にも 光る何か
僕はそこでずっと歌っているさ
でかい声を上げて
へたな声を上げて

好きなことに究極的に「理由」などいらないし、ただ「好き」でいて良いのだと思います。だってそれはとても「個人的」なことだから。それは他人がどうのこうの言えることではないのです。その「好き」があるからこそ日常を生きている人が沢山いるのですから。「ラブライブ!」はそういった「多様性」を認める作品だと思うのですよ。

今後も当ブログは淡々と「好き」を伝えていけるブログでいたいなぁと改めて思った次第です。

どうでも良い記事にお付き合い頂きありがとうございました!

次回はもう少しラブライブ!と関係のある記事を書きたいなぁ。。(笑)

 

 

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話「劇場版も発表されたし、ボチボチ二期予想記事の答えあわせをしようか」という駄文中の駄文

祝完全新作劇場版製作決定!!!

なお公開時期は未定!!!

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...既視感のあるスタートですって?ええそうですとも。

2期予想記事の冒頭と同じにしてみました。これがセルフオマージュです(錯乱)。

何故そんな事をしたかって?それは、下の記事に落とし前をつけるためです!

 2期制作が発表された段階で、勢い余ってアップしたこちらの記事。

とはいえ、2期に関する前情報が何もない状態でぶっこんだ妄想に過ぎませんでした。(まぁどの記事もそうですが)

自称分かり手オタク(笑)としましては、どの程度まで「妄想に整合性があったのか」を検証し、明日への自戒としつつ「劇場版を妄想する記事」へと繋げていきたい所存。

そう、すなわち久々の無駄話です。

完全なオ〇ニー記事ですが(どの記事も以下略)、お暇な時にでもお付き合いくださると幸いです。

※この記事は元記事も含めて筆者の残念なアレな感じが炸裂していますので、予めご了承願います(注釈:怒らないでね)。パーセンテージ等も冗談の類ですので。

 

検証① 1年生回はあったか?

ラブライブ(無印)では、1期4話「まきりんぱな」や2期5話「新しいわたし」のような「1年生回」があっただけに、恐らくサンシャインでも同じような回があるのでは?とも予想できます。

どのような内容になるのか?までは予測できませんが、幼馴染でありながら関係性がそれほど強調されてこなかった善子と花丸、或いは単体での絡みがなかったルビィと善子なんかが絡む話も面白そう。

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「2期も発表されたし、ボチボチ今後の展開なんかを妄想しようか」という駄文 - Love Live!Aftertalk!

 正解率:50%くらい?

2期に1年生回はあったか?と問われれば、「あった!」と答えて良いかもしれません。

ただし、もっと「広義」での「1年生回」になったのは、良い意味での「誤算」でしたけども(涙)。

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Saint snowラブライブ離脱によって、本来は「生まれる事の無かった関係性」が生まれ..。

その成立によって「本来生まれる事の無かった楽曲」が生まれ...。

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その楽曲が理亞を「救っていく」

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そして理亞を救ったことで、ルビィもまた「救われていく」

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それだけでなく、ルビィと理亞に「救いが与えられる」ことで、花丸と善子も「救われる」。という「救いの円環構造」が生まれたのが2期9話でしたね...。(しみじみ)

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予想したのとは少し違いましたが、予想を大きく上回る内容の「1年生回」でした。

よって正解率は50%くらいですが、内容に対しての点数は100点をつけさせていただきます!!(謎ルール)

 

検証② 456トリオはスクールアイドルになったか?

千歌の願いを全うに受け入れたとすれば、456トリオも「スクールアイドル」を目指す物語が描かれてもいいですが...そうなると物語としてはちょっと散漫になる気もします。

1期ではそれほどAqoursに積極的には関わらなかった彼女達。

そんな彼女達がAqoursを浦の星の代表と認め、Aqoursを「支えること」に自分たちの「輝き」を見出す...というストーリーであればすんなりと主軸に関わってこれそうですが。

あくまでも「我々ファン」の「メタファー」として存在してきた「神モブ」だけに、456にも「支える=応援する」側の中心人物として動いてもらえたら良いなと思うのですが。はてさてどうなるでしょうか。

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「2期も発表されたし、ボチボチ今後の展開なんかを妄想しようか」という駄文 - Love Live!Aftertalk!

正解率:10%くらい? 

正解もなにも、根本が間違っておりました...。

彼女達は「スクールアイドル」として「歌ったり踊ったり」していなくとも、Aqours」の一員であり、千歌を含めメンバーもそれを「認めていた」のでした。

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「歌ったり踊ったり」せずとも出来ること。

例えばそれは「統廃合決定」によって活動方針を見失ってしまった彼女達に、「スクールアイドルとしてしか作れない輝き」を示すことで、「新たな道」を示すことであったり。

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「閉校」という「ネガティブ」としか捉えようのないものを「ポジティブ」な「祭り」へと変えることで、Aqoursの活動そのものにも「意味」を与えたり。

そういう「スクールアイドル」ではないからこそ見いだせる視点で、彼女達も「Aqours」の一員として活動する。それこそが自分達に「出来る事」なのだと彼女達は13話以降にはっきりと理解し、そうすることで自分達も「Aqours」であろうとした。

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故に、

そんな456の気持ち...アタシ全然分かってなかったんだ...(ももへの手紙より抜粋)

などと、反省しきりでしたよ...。

本来は-100%でも良いのですが(なんだそれ)、一応方向性としては当たっていたので正解率10%とさせていただきました。スミマセン(?)

 

検証③ Saint snow幽遊白書の柘榴になった?

恐らくは北海道予選を勝ち抜き、東京でのラブライブ本選でいよいよAqoursとの雌雄を決するであろう彼女達がたどり着く「結論」にも注目が集まりますね。

Saint Snowが憧れ崇拝するA-RISEがμ'sとの戦い→敗戦からたどり着いた「スクールアイドルとしての正解」と同じ回答に彼女達もたどり着くのか。

あるいは「別の回答」を得るのか。そちらにも嫌が応にも期待は高まります。

...というか2期ちゃんと出てきますよね? まさか幽遊白書の柘榴パターンは無いですよね??

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「2期も発表されたし、ボチボチ今後の展開なんかを妄想しようか」という駄文 - Love Live!Aftertalk!

 正解率:50%くらい?

....なんつーか、すみませんでした(?)。

2期8話見ながら「あれ、これ予想記事当たってしまった」と呟いてしまいました。

本当にすみませんでしたm(__)m

とはいえ、酒井監督がオフィシャルファンブックで

Saint snowAqoursにとってライバルではなく同志」

と断言されていた時点で、

Aqoursと雌雄を決する展開」にはならないだろうなという予感はあって。

だとしてもどう落とし前をつけるのかは未知数で。

その結論として、「ミス」によっての「敗退」という形となったのは意外でしたけど、結果的にその「ミス」を「どのように挽回していくか」という部分を物語に落とし込んでいったのは見事だったなと思いました。

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逃れようのない「失敗」は誰にでもあって。

だとしてもそれは「絶対に挽回出来ない」ものではない。

自分の考え方を変化させることで、「失敗」は「未来」へのハッキリとした糧になる。

そして「失敗」したからこそ、Saint snowの二人はその気づきを得ることが出来たのかもしれない。

少なくともDROP OUT!?」の世界観のままだったら、彼女達は相当「苦しかった」でしょうね、とも思うのです。

だからこそ彼女達二人へ「救いの手が差し伸べられた」事実に感動しきりでした..。

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「消えない夢」の物語はAqoursだけでなく、Saint snowにも当てはまる。

それは正しく両者が「ライバル」ではなく「同志」だからこそ...。

まぁ、展開自体の正解率は「雌雄を決する前に退場しちゃう」という意味では80%くらいかもしれませんけども、その先までは全く見通せませんでしたので-30%くらいで落とし前とさせていただきます(相変わらずの謎理論)。

なお内容に対しての点数はもちろん100点です!!!()

 

検証④廃校は避けられなかった??

原作と呼んで差支えない「電撃G'sマガジン」では「既に廃校が決定している」という設定もある...という点から考えれば、アニメにおいても「同じ結論にたどり着くのでは」と容易に想像できてしまいます。。

となれば、(2期開始時にスクールアイドル部がどうなっているのかは分かりませんが)「Aqours」が「唯一」にして「最後」の「浦の星女学院スクールアイドル」として名を残す...という展開になるのでは?とも思えます。

また「廃校」が加速度的に近づくとすれば、それは「スクールアイドル部」にも影響を与えるはず。

イムリミットが迫る中で、「何のためにアイドルを続けるのか」「何を残せるのか」に葛藤し、悩むメンバー...なんてシーンも出てくるかもしれません。

ファンとしては「彼女たちは悲しむ姿は見たくない...でもちょっとだけ見たい...というか、むしろ胸かきむしられるような切ないシーンは見たい...!!」というアンビバレンツな思いを抱える事必死な展開が果たしてあるのか。

答えは放送開始しなければ分かりませんが、そんな展開想像するだけでグッと来ますよ。。

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「2期も発表されたし、ボチボチ今後の展開なんかを妄想しようか」という駄文 - Love Live!Aftertalk!

 正解率:100%?

まぁ、これはG'sの設定に倣っただけで、別に斬新な予想でもなんでもないので。。

とはいえ、一応ラインも含めてほぼ100%当たっていると言って良いかもしれませぬ。

しかし、とはいえここが物語の「中心部分」になるとまでは思っていませんでしたけども(笑)。

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いやはや、でもですよ。

閉校祭から始まる「学校が閉じられること」のネガティブ→ポジティブのイメージチェンジを通じてのエモーションの喚起といい、

その後の「実際の閉校式」からの逃れられない「終わり」のモチーフの提示といい、

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さらにそこから再度「学校を開いていく」ことで「過去を閉じ込めず、未来へと繋いでいく」というモチーフへと変化させていくことも含め、

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「統廃合」という「設定」を見事に「メインストーリー」へと反映し尽くしてみせたわけで、これは凄いの一言ですよ。

1期終わった段階ではここまで「廃校設定」をしゃぶり尽くすとは思っていなかっただけに、正しく兜を脱ぎました...という気持ちです。

正解率は100%かもしれませんが、シナリオには完敗ですね(?)。

 

検証⑤梨子は音ノ木坂に帰った??「想いよひとつになれ」は再登場した??

梨子は「Aqoursとしての活動を全うした」うえで、「音ノ木坂に帰る」という可能性が高いように思えます。

もしも「浦の星」が廃校になった場合、在校生は沼津の高校に「編入される」というのは、6話「PVをつくろう!」で語られた通り。

とすれば(仮に廃校が決定した場合)タイムリミットは現3年生の卒業まで。すなわち現在のAqoursが活動できるのは「この年だけ」となります。

イコールそれは「この年」をもって梨子も「音ノ木坂」に帰る...ということ。Aqoursは物理的にも「バラバラになってしまう」ということにもなります。

仮にそんな物語になった場合に再登場するのでは?と思っている楽曲が「想いよひとつになれ」。

既にライブで感動的な使用をされたために、「Aqoursのアンセム」として認知されているこの曲。

その歌詞は「遠くにいる仲間を近くに思う」のと同時に「離れていく仲間をずっと忘れずにいる」ことへの願いをしたためたものにもなっています。

「違う場所へ 向かうとしても 信じてる」 11話では、一人東京でのピアノコンクールに向かう梨子への応援歌として機能したこの曲。今度は本当にAqoursから離れていく梨子へともう一度送られるのではないか...。

そんな予感がしてたまらないのです。

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「2期も発表されたし、ボチボチ今後の展開なんかを妄想しようか」という駄文 - Love Live!Aftertalk!

 正解率:10%くらい??

梨子ちゃん、音ノ木坂には帰らず。音楽室に立ち寄ってピアノを弾く...という段階まででした。

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「この構図を見せたい」が故のファンサービスとしてしか機能していないのでは?という意見もあるようですけど、僕はこのシーンにはしっかりとした文脈があると考えています。この辺りは重複してしまうので12話記事にて。

 結局のところ梨子が今後どのような進路を選ぶのかはアニメ内では明かされないままでした。この辺りは劇場版で描かれるのか?あるいはスルーされるのか?全く未知数ですね。

想いよひとつになれ」(海に還るもの)は上記シーンで演奏されることによって、大事なシーンでしっかりと起用された印象です。

1期11話では一人東京で遠くの仲間を思って弾いた曲が、この日は同じ東京にいるメンバーの「思い」を繋いでいくシーンで起用されるというのも印象的でした。

とはいえ、文脈も違うのでここでの正解率は10%としましょう。致し方なし!(?)

 

検証⑥Aqoursの意志は誰かが引き継いだ??

とはいえ、仮に私が予想したような展開が挟み込まれるとしたら、彼女達の前途はけっして明るいものではありません。

現実に突き放され、絶望するシーンも出てくるでしょう。

それでも彼女達はきっと立ち上がってくれるはずです。

君のこころは輝いてるかい?」の歌詞に 「君は何度も 立ち上がれるかい? 胸に手をあて "YES!"と笑うんだよ」 とあるように。

もしもAqoursがこの「1年」を以て「活動終了」となるのであれば、彼女達もまた「何か」を「後継者」たちに残す必要があります。

果たしてそれはなんなのか。 μ'sではなく、Aqoursが残すもの。そこには恐らく唯一の「入学希望者」が関与してくるような気もしています。

Aqoursの意志を継ぎ、それを次世代へと伝えていく「新たなスクールアイドル」が最終的に「サンシャイン!!」の物語から生まれるとすれば、それは「ラブライブ」というプロジェクトがまだまだ「終わらない」ことへの証明になるはず。 そして、それは私たちが「もっとも望んでいるもの」でもあります。

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「2期も発表されたし、ボチボチ今後の展開なんかを妄想しようか」という駄文 - Love Live!Aftertalk!

 正解率:0%

出ました脅威の0%。カスリもしておりません!

1期である程度の「答え」を得たと思ったので、その「先」の物語が描かれるかと思ったのですが、そこまではたどり着きませんでしたね。

2期の物語を通して、Aqoursが見つけた輝き。

それは「元々自分達が持っているもの」でした。

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この間フォロワー様とも議論させていただいたのですが、Aqoursの物語は結局のところなんともミニマルな物語でした。

沼津の内浦の小さな女子高の統廃合問題を軸に、そこの生徒たちが葛藤を乗り越え、地元の人たちの助けを得ながらスクールアイドルとしては「優勝」という最大の栄冠を勝ち取る。けれど彼女達は学校のことは救えないし、優勝の先にあると信じた「栄光の輝き」も特段見いだせない。結局のところ彼女達が探し続けた「輝き」というのは、彼女達自身の中にあるもので、それは「元々持っていたものなのだ」というのが、「ラブライブ!サンシャイン!!」2期で描かれた物語。

もちろんかけがえのない気付きであり、それを伝える偉大な物語ではあるのだけど、それでも「小規模な物語」であったともいえます。

彼女達が得たものは、μ'sが世界中に届けた「その気になれば、どんな願いだって叶えられる」という物とはまた少し違うもの。だとすれば、Aqoursが独自に得た「気づき」も誰かへ伝えて行ってほしい。そしてそれを引き継いだ人によって、新たな「スクールアイドルの物語」が紡がれて欲しい。

それが「プロジェクト ラブライブ!」を愛する1ファンとしての静かな願いでもあります。

...おや、軽いノリで始めたのに結局いつもみたいな終わり方になってしまいました。

というわけで全体の正答率は何%なのか、出すつもりも特にありませんが(笑)、まぁまぁ良い線いっていたという感じのオチで良いかもしれません。良いのか?

あ、あと正答率は置いておいても、物語には完全敗退しました。参りました。

それでは次回もなんらかの記事でお会いしましょう。

グッバイ・サイチェン!かんぱーい!