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Love Live!Aftertalk

妄想をただ書き連ねる覚書。

ラブライブ!ハイライト 第1話「叶え!私たちの夢ー」

ラブライブ 考察 アニメ

お久しぶりでございます。

今回からラブライブ!(無印)の考察を開始していこうと思います。

とはいえ、(無印)と書くのは、なんとなくリスペクトを欠く気がしますので、考察記事時には普通に「ラブライブ!」と表記し、「サンシャイン」と差別化しようと思います。

さて、今更「ラブライブ!」の考察...となると語られつくしたもの。ストーリーに関してもご存じない方はほぼいないと考えてよいでしょう。そこで本考察では敢えて「放送時点での情報」を中心に表記したうえで、細かい部分解説に移行していく...というスタイルでやってみたいと思います。こうすることで「既に知っている知識」が邪魔をせずに、各回の分析を行えるのでは...と思ったからです。あくまでも自分の思考整理の一環としての取り組みなので、ピンとこなくなったら止めるかもしれませんが(笑)。

また、こちらもしつこいですが一応。私のブログはあくまでも「私の考え」を表記したものです。公式の見解などでは全くないので、そちらご了承のうえご一読頂ければ幸いです。よろしくお願いいたしますm(__)m。

さて、前置きが長くなりましたが、ぼちぼち参りましょうか。

今回は第1話「叶え!私たちの夢ー」です。

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 ■第1話あらすじ

高坂穂乃果音ノ木坂学院に通う高校2年生。2年生としての春を迎えた始業式で事件は起こります。そこで理事長から伝えられたのは学校の「廃校」宣言。自分自身の成績に自信の無い穂乃果は転入試験への不安をもとに落ち込みますが、自分たちが卒業するまでは「廃校」が実施されないことを知ると一転不安が消し飛びます。とはいえ、みすみす母校を失うのも悲しいと、音ノ木坂の現状を幼馴染の南ことり園田海未と調査。すると音乃木坂の冴えない現状が浮き彫りになります。なんともいえないモヤモヤを抱えて自宅に戻ると今年高校受験を控える妹=雪穂が音ノ木坂を受験しない...という事実が明らかに。彼女は先進的で都会的なスタイルで人気を集める「UTX高校」を受験する...というではありませんか。また「UTX高校」の人気を支える一因に、「スクールアイドル」の存在があることを知った穂乃果。その人気の理由を知るために「UTX高校」へと出かけます。そこで見たスクールアイドル「A-RISE」のパフォーマンスに衝撃を受ける穂乃果。「その時私の頭の中で最高のアイデアが思い浮かんだ。」そのアイデアとは自分自身が「スクールアイドル」となって、音ノ木坂を救うこと。とはいえ具体的に何をすればいいのかわからない穂乃果。そんな思いつきは海未にたしなめられ、生徒会長である絢瀬絵里にも否定されてしまいます。しかし思い立ったら止まらない穂乃果。何かに駆り立てられるように「スクールアイドル」を目指し動き始め、その熱意はことりと海未にも伝わります。穂乃果・ことり・海未によって遂に動き始めた「音ノ木坂学院スクールアイドル」。名前もまだないこのユニットが、大いなる伝説を刻むべく動き始めるのです。「私やっぱりやる!やるったらやる!!」

 

■第1話での登場人物プロフィール

高坂穂乃果

音ノ木坂学院に通う2年生。決まった部活には所属していないが、人見知りしない明るい性格で学内に友人は多いようだ。幼馴染である南ことり園田海未とは常に一緒にいるほどの仲良し。また同じクラスにヒデコ・フミコ・ミカという友人もいる。実家は和菓子屋で妹が一人いる。和菓子屋の娘だがあんこは嫌い(理由=飽きたから)。祖母と母は音ノ木坂の卒業生で、母はどうやら生徒会長をやっていたことがあるらしい。表情がコロコロと変わる屈託のなさはなんとも子供っぽいが、反面こうと決めたら頑としてやり通す固い意志力と推進力も持つ。彼女の「やるったらやる!」という強い意志が全てのきっかけになっていく。

南ことり

音ノ木坂学院2年生。甘々ボイスとほんわかした雰囲気を持つ「ザ女の子」。穂乃果、海未とは幼少期からの幼馴染。母親は学園で理事長を務めているが父親の存在は不明。母親と学校についての話をする機会は無いらしく、「廃校問題」に関しても校内発表で初めて知った。能天気な穂乃果と頑固な海未の緩衝材として長く機能してきたようで、スクールアイドルに懐疑的だった海未に、穂乃果の意図をそっと伝え、スクールアイドル結成へ誘った。

園田海未

音ノ木坂学院2年生。長い黒髪を持つ、おしとやかな大和撫子。校内では弓道部に所属している。穂乃果・ことりとは幼少期からの幼馴染だが、能天気な穂乃果や、穂乃果に甘いことりに釘を刺す「しっかり者」。反面極度の恥ずかしがり屋で、自分自身が「スクールアイドル」となった姿を想像し、悶絶してしまったりする。その際には射った弓が的を外れ「めずらしい!」と部活仲間に驚かれたように、弓道の腕は確かなようだ。「スクールアイドル」をやって学校を救う!という穂乃果の考えを「甘い!」と冷静に否定するも、ことりの説得や穂乃果の真摯な姿を見て考えを改め、「スクールアイドル活動」に一歩踏み出す。

絢瀬絵里

音ノ木坂学院3年。生徒会長。金髪碧眼。常にジト目で近寄りがたい雰囲気を醸し出す人物。理事長の娘であることりに対しても態度を変えず厳しい態度で接してくるなど、どこか刺々しさを感じる。音ノ木坂学院の生徒会長として学校を救う活動をしたいと理事長に申し出るも、やんわりと否定され、鬱屈した気持ちを抱えている。穂乃果の提案した「スクールアイドル部」設立に対しては、自身が理事長から否定されたように「そんなことをするより、残り2年をいかに有意義に使うか考えなさい」と突っぱねる。穂乃果と絵里。同じ願いを持ちながら交わらない二人の物語が、中盤に至るまでのメインストーリーになっていく。

東條希

音ノ木坂学院3年。生徒会副会長。ロングヘアーをたなびかせ絵里の横に付き添って活動するナイスバディなお姉さん。1話ではほとんど台詞は無いが、若干発音のおかしな関西弁を喋る。「スクールアイドル部」設立を申し出る穂乃果にちょっとした助け舟を出すなど、絵里とはちょっと考え方が異なる様子。屋上で思い悩む穂乃果を影から見守っていたりと、なんらかの思惑があることを第1話でも匂わせている。

西木野真姫

第1話では名前が明かされない「音楽室の女神」。屋上で思い悩む穂乃果はどこからか聞こえてきた心地よいメロディーと歌声に導かれ音楽室に向かう。そこには一人一心不乱にピアノを弾き語る少女がいた。穂乃果に率直に演奏・歌・容姿を褒められた彼女は褒められ慣れていないのか赤面してしまう。しかし「スクールアイドル」への誘いに関してはキッパリと断る。「ナニソレ イミワカンナイ」。

小泉花陽

第1話では名前が明かされない。A-RISEを見るべく「UTX高校」へと立ち寄った穂乃果。同じくA-RISEの映像を見るべく駆け寄ってきたメガネの1年生に出会う。目を輝かせてA-RISEを見つめる彼女は、どうやらA-RISE、ひいてはスクールアイドルに大きな関心を持っているようだ。

星空凛

第1話では名前が明かされない。花陽に引きずられるように「UTX高校」に立ち寄ったショートカットでボーイッシュな女の子。一心不乱にA-RISEを見つめる友達とは違って、A-RISEにピンと来ていないらしい。思えば凛は終始A-RISEにピンと来ない人であり、その布石はここから続いている。

矢澤にこ

第1話では名前が明かされない。ツインテールで小柄な体にサングラスとマスクで装備した挙動不審な人物として登場。「UTX高校」前でA-RISEを一心不乱に見つめる彼女に、穂乃果がA-RISEのことを質問する。そんな穂乃果に対して初対面とは思えない剣幕でA-RISEのことを教える彼女は、その後もことあるごとに「教師役」を担っていくことになる。

・A-RISE

綺羅ツバサ・統藤英玲奈・優木あんじゅの3人で結成されたスクールアイドルユニット。統率されたダンスとアップビートなEDMサウンドで中高生を中心に爆発的な人気を持つスクールアイドルブームを象徴する存在。「UTX高校」の現役生徒でもある。穂乃果にとっては「スクールアイドル」を始めるきっかけであり、「目標」でもある。

・理事長

南ことりの母にして音ノ木坂学院の理事長。名前年齢ともに不明。学校廃校という大きな決断を下しながら「家ではサバサバしてる」と告げられるほど、豪胆な人物でもある。廃校阻止活動をしたい...と告げる絵里の申し出をあっさりと棄却する理由は「それは学生がすべきことではないから」。正に教育者の鑑。

・雪穂

穂乃果の妹。中学3年生。今年受験だが音ノ木坂ではなく、UTX高校を受験しようと考えている。音ノ木坂の廃校を阻止しようとする姉に「そんなことお姉ちゃん一人でなんとかなる問題じゃない」と否定する。姉とは何でも言い合えるという意味では非常に仲が良いようだ。

 

■第1話を読み解くポイント 

☆その1「テンポ」

冒頭はいきなり「歌」で始まります。

「だって可能性感じたんだ そうだ....ススメ! 後悔したくない目の前に 僕らの 道がある」

駆け出す穂乃果。上着を脱ぎ捨て、腕まくり。高くジャンプする姿は1stシングル「僕らのLIVE、君とのLIVE」へのオマージュです。

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ジャンプに合わせて自己紹介。更に立て続けに「学校がピンチ→廃校」という説明。

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ここまで1分弱の超スピード。この短時間で「主人公のプロフィール」と「主人公が直面している問題」の二つを説明してしまいました。いやはや、手際の良いこと。

この一連の描写が象徴していますが、この第1話はとにかく「様々な説明」を「スピーディー」にこなすことに重点を置いています。というのもこのアニメ作品は全13話。しかも2期の放送などはまったくの未定(これは劇場版ファンブックの花田氏の発言から言質がとれています)という状況。とにかくこの「13話」で「ラブライブ」という作品が伝えたいメッセージを示す必要がありました。と、なると「説明」の類に関してはなるべく「スピーディー」に済ませ、「お話を進行させていく必要」があります。

逆に言えばあくまでもこの第1話は「様々な説明」を「完了させる」ために用意された回。故にそれほど「考察」するポイントは無い...とも言えるのですが(笑)。

 

☆その2 「OPテーマ」

倒れた穂乃果の表情から直接OPテーマへ入っていく演出。近年はあえて初回ではOPテーマを最後に持ってくる演出が好まれがちですが、「ラブライブ」では普通に第1話からOPテーマとして放映します。

第1期OPテーマ僕らは今のなかでは「ラブライブ」という作品の「テーマ」をこれでもかと示した内容。歌詞を読み解くだけでこの作品が「どのようなストーリーを描き」それによって「何を伝えたいのか」が分かるようになっています。

また、楽曲だけでなく映像からも様々な要素を視聴者に伝えようという意図が感じられます。この第1話では明確に「敵対」する穂乃果と絵里。OPでも二人がにらみ合うシーンが挟み込まれます。

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しかしその直後二人の表情が崩れ、笑い出します。

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こういった表現は、二人がのちに「和解すること」を視聴者に印象付けます。

また穂乃果がラッパを吹くことで屋上から飛び立つハト。

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ハトは「希望」や「平和」の象徴です。これは穂乃果が発起人となって音乃木坂や様々な人たちに「希望」を伝える...ということを示したメタファー表現になっています。また、このハトはその後ことあるごとに登場し(直接的にではありませんが)、「ラブライブ」というシリーズにおいても「重要なアイテム」になっていきます。

またμ's9人が揃って歌い踊るシーンをOPで見せることで、視聴者は「物語上で紆余曲折があったとしても、いずれはこの9人が揃う時が来る」と安心することが出来ます。

このような理由からも、ラストに持ってくるのではなく、冒頭に持ってくることにきちんとした意図があるようにも思えます。

 

☆その3「穂乃果」

序盤からコロコロと表情を変えながら狂言回しのように動き回る穂乃果。第1話は主人公たる穂乃果を通じて「舞台設定」や「人物設定」などを説明していく方式が採られています。

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例えば穂乃果が感じる「廃校」に対する感情=「他校に転校するほどの学力がない」というものは「学校への思い入れの薄さ」を示すと同時に、「その他の生徒の音ノ木坂に対する現状」を象徴的に表現しているようにも思えます。

その後音ノ木坂に関して「何も知らなかった」事を自覚し、ことり・海未と共に「音乃木坂」の現状を調査する穂乃果。彼女達が調査結果を報告しあうことで、我々もまた「音ノ木坂の現状」を知ることが出来ます。

穂乃果の母は音ノ木坂の卒業生。祖母もまた卒業生。家族代々音乃木坂に通ってきた...という事実は、3人が触れた音乃木坂の特長=「歴史と伝統がある」を裏付ける事実になります。それゆえに妹も同じく音乃木坂に通うと思っていた穂乃果の考えにNOを突きつける存在となる「新進気鋭の高校」として「UTX高校」が登場することで、物語は大きな転換点を迎えます。

また、穂乃果の母が「廃校」の事実を知り寂しげに眺める「卒業アルバム」は、穂乃果が「音ノ木坂を守ろうと決意する」動機として機能します。

...とこのように穂乃果が動き回る中で触れる出来事、明らかになる事実、出会う存在が全て「作品世界の説明」として有機的に機能していくように作られています。

こういった説明を主人公のモノローグや、そのまんまの説明で片づけてしまうことも当然出来るのですが、そういったサボリをせず、アニメーションならではの「動き」で表現する姿勢は素晴らしいなと改めて第1話を見ながら感じました。

また、こういった決して「簡単ではない」作業をサラっとやってしまうところに「ラブライブ」の作りの良さを実感してしまいます。

 

☆その4 「廃校問題」

物語におけるまずは大きなカセとなる「廃校」問題。反面「なぜ廃校になるのか」ということに関しての説明は全く持って行われません

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ここから分かるのは「廃校問題」に「物語のメインを割かない」という作り手側の視点です。廃校をことさらネガティブな問題として見せないための工夫は「穂乃果の廃校に対するフワっとした認識」だったり、理事長の「廃校したらどこに旅行に行こうかしら」という暢気な姿勢だったりからも伝わってきます。

なぜ「廃校問題」に焦点を当てないのか...という理由は単純で、それが作り手側の伝えたい本当のメッセージと何ら関係ないから...でしょう。

となると「廃校問題」は見せかけだけの「カセ」すなわち「マクガフィン」であることが第1話での扱いからも分かるようになっています。

とはいえ主人公たる穂乃果には「廃校阻止」に前向きになってもらう必要があります。なぜならその動機付けが無いと、物語が前に進んでいかないから

よって穂乃果にだけは「個人的な感情」で「廃校を阻止する」動機を持ってもらう必要がありました。だからこそ「家族の母校」という動機づけをシナリオ上では与えたのだとも分析できます。

さて「廃校問題」が「マクガフィン」であることの意図は、このずっと後に明らかになります。その説明はその時にでも。

 

☆その5 「ミュージカル」

物語冒頭、そして最後が「キャラクターが歌う」描写になっているのは、この作品が「ミュージカル作品」であることを記号的に示すためです。

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特に終盤。急に芝居がかった雰囲気で「どうしたら...」とつぶやくことり。それにつられるように次々と「どうしたら...」「いったいどうしたらいいの」とささやくキャラクターたち。

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「文脈を無視して急に歌い出す」のはミュージカルの基本姿勢。そしてこんな表現方法は「ミュージカルにしかない」表現方法でもあります。

急に歌ったり、急に踊ったり、急に心象風景と現実が交錯したり。ミュージカルの世界はとにもかくにも自由。そして自由だからこそシラフでは表現するのが恥ずかしいテーマでも堂々と主張することが出来ます

ラブライブが「伝えたいテーマ」。それをよりハッキリと打ち出すためには「ミュージカル」の方式をとるしかない。だから視聴者の皆さんもこの作品は「ミュージカル」だと思って楽しんでね。そんな作り手のメッセージをハッキリと感じるEDになっています。

実はもともと「けいおん!」のような日常系アニメとしての企画が進んでいた「ラブライブ」。そんな作品が「ミュージカル作品」へと方向転換したのは監督の強い意向があったから。そしてその意向がはっきりと反映されたからこそ、「ラブライブ」にはこの作品にしかない独自の魅力が生まれたのだと思います。

監督の勇気ある決断、そしてその決断を見事に形にしてみせたシリーズ構成・脚本の花田氏の手腕には敬服を覚えます。

 

☆その6 「ススメ→トゥモロウ

「だって可能性感じたんだ そうだ ススメ! 後悔したくない目の前に 僕らの道がある」

根拠のない可能性に導かれ、それでもその可能性を否定せず、飛び込む勇気を肯定する楽曲。それが「ススメ→トゥモロウ」です。

アニメ「ラブライブ!」はこの楽曲の力強いメッセージに導かれ、スタートを切りました。

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以後、この曲の持つメッセージは作品を通じての「テーマ」になり、後々は「サンシャイン」へも影響を与える「ラブライブ!」の「テーマ」そのものにもなって行きました。

思い返せば2010年代は「否定」の時代でした。なにかを始めようとすればやる前から「お前には無理だ!」と説き伏せられ、いざ始めてみればちょっとしたことで叩かれ、悪口を呟かれる時代。そんな中で若者は皆「始める」ことに臆病になっていました。そんな時「あきらめるなよ!やってみなよ!」と力強く主張する「ラブライブ」は、何か目に見えない「勇気」を与える作品になりました。だからこそ「ラブライブ」はここまで若者に愛され、支持される作品になったのでは...と思うのです。

「let's GO!可能性ある限り まだまだあきらめない!」

80年代~90年代初頭にはことさら主張する必要もなかった「バカバカしいくらいに前向きなメッセージ」は、今この時代だからこそ欲されていて、それは今なお変わらない気がします。

「私やっぱりやる!やるったらやる!」

理屈ではない、この主張をもって終了する第1話は、この主張故に視聴者を惹きつけた気がしてなりません。

「やるったらやる!」と、自分には簡単に言えない言葉を叫んだ少女がこれからどんな物語を歩んでいくのか。彼女の歩む道に、なにか希望を見出したい。そう願う多くの人々が「ラブライブ」を追う一人ひとりとなり、やがて大きな「現象」を生み出していった。そう考えるとこの第1話は「非常に大切な回」なんだなと改めて実感しました。

 

....というわけで第1話の考察...というか感想でした(笑)

今回は分析する要素がそれほどなかったため、ちょっと観念的な文章になってしまいましたが、次回以降は場面場面での考察なんかも増えていく気はしています。。

多分。。

また「ここがよう分からんから考察してくれい!」などの要望がございます場合にはご連絡いただけると幸いです。分かる要素であればなるべく本文内で考察してみたいと思いますので。あくまで私が分かれば....ですがm(__)m

 

それでは1期2期合わせて全26話。出来れば本編をAmazonプライムやHulu、バンダイチャンネルなんかで試聴しつつ読んでいただけるとこれ幸いでございます。

今後もよろしくお願いいたしますm(__)m

ラブライブ! (Love Live! School Idol Project) 1 (初回限定版) [Blu-ray]

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「2期も発表されたし、ボチボチ今後の展開なんかを妄想しようか」という駄文

ラブライブ!サンシャイン 無駄話 考察

祝2期決定!

しかも秋スタート!

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思ったよりも早くてびっくりしましたが、なにはともあれめでたい!

とはいえ、秋なんざあっという間ですからね。今のうちに2期に起こることを真面目に予想して、秋に備えようと思います。....ホントにマジメに予想しますよ...?

 

■「1年生回」ある?

1期では千歌を軸とした「2年生」組が「スクールアイドル」を結成し、仲間を集め6人となるまでのお話を一つ。

果南・鞠莉を中心とした「3年生」組の過去に何があったのかを解き明かしつつ、彼女達の関係を改善していくお話がもう一つ。

と、二つの物語を同時進行させストーリーを紡いでいきました

二つの物語は「9話」で重なり合い、その終着点として「9人のAqours」が完成するに至ります。

10話では「9人のAqours」の関係性の構築。11話では梨子登場以降変化した「千歌と曜」の関係に焦点を当て、「二人の関係性の整理」と「曜のアイデンティティ確保」を達成しました。作劇場での狙いとしては「12話」「13話」に至る布石としてこれらの描写が必須だった...とも言えます。しかし、反面少し影が薄くなってしまったのが「1年生組」です。

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 花丸・ルビィは4話で、善子は5話でそれぞれ「主役回」を与えられましたが、それ以降は彼女達が中心となるストーリーは描かれず。

それぞれ賑やかしとしての機能に留まり、メインストーリーにガッツリと絡むことはありませんでした。

ラブライブ(無印)では、1期4話「まきりんぱな」や2期5話「新しいわたし」のような「1年生回」があっただけに、恐らくサンシャインでも同じような回があるのでは?とも予想できます。

どのような内容になるのか?までは予測できませんが、幼馴染でありながら関係性がそれほど強調されてこなかった善子と花丸、或いは単体での絡みがなかったルビィと善子なんかが絡む話も面白そう。

或いは3人の関係性が強化するようなストーリーがあっても良い。無印2期5話「新しいわたし」では自分に自信を持てなかった凛の背中を真姫と花陽を押すことで、凛が本当の意味で開花する物語を描きました。

サンシャインでは「凛に憧れ」つつ「自分に自信のない」花丸はこの役割にドンピシャ。幼少期の善子の価値観を認め、ルビィの背中を押した花丸。今度は彼女の背中を善子とルビィが押す番かもしれません。

 

■456トリオはどうなる?

1期13話でようやくAqoursの魅力に気づき、千歌の問いかけに答えるように自らも「輝こう」と誓ったよしみ、いつき、むつの3人。彼女達が2期以降どのようにストーリーに絡んでくるのかも気になるところ。

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千歌の願いを全うに受け入れたとすれば、456トリオも「スクールアイドル」を目指す物語が描かれてもいいですが...そうなると物語としてはちょっと散漫になる気もします。

1期ではそれほどAqoursに積極的には関わらなかった彼女達。そんな彼女達がAqoursを浦の星の代表と認め、Aqoursを「支えること」に自分たちの「輝き」を見出す...というストーリーであればすんなりと主軸に関わってこれそうですが。

あくまでも「我々ファン」の「メタファー」として存在してきた「神モブ」だけに、456にも「支える=応援する」側の中心人物として動いてもらえたら良いなと思うのですが。はてさてどうなるでしょうか。

 

■SaintSnowはどうなる?

Aqoursの明確な「ライバル」として登場したSaint Snow

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12話では再びAqoursと遭いまみえ、そこでは「スクールアイドル」に関する議論を交わしました。「どうしてA-RISEやμ'sが勝てたのか」「彼女達と自分たちとの違いはどこにあるのか」という千歌の問いに「その解答を自分も探している」と答えた鹿角聖良。「その答えを得るために、まずは彼女達と同じところに立ってみようと思った」「だから私たちは負けられない」と答えた彼女達の考えは、現時点ではAqoursの正反対にあるもの。

恐らくは北海道予選を勝ち抜き、東京でのラブライブ本選でいよいよAqoursとの雌雄を決するであろう彼女達がたどり着く「結論」にも注目が集まりますね。

Saint Snowが憧れ崇拝するA-RISEがμ'sとの戦い→敗戦からたどり着いた「スクールアイドルとしての正解」と同じ回答に彼女達もたどり着くのか。あるいは「別の回答」を得るのか。そちらにも嫌が応にも期待は高まります。

 

...というか2期ちゃんと出てきますよね?

まさか幽遊白書の柘榴パターンは無いですよね??

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■「廃校問題」はどうなる?

ラブライブ(無印)では、1期12話で「サクッ」と解決した「廃校問題」。その意図はあくまでもこの「廃校問題」が「マクガフィン」としての機能しか持ち合わせず、本来のテーマが「別」にあったから...だったのですが、「サンシャイン!!」においては未だ「廃校問題」の解決は見えず。

13話でようやく「0」だった入学希望者が「1」になったものの、決して見通しが良いとは言えません。

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原作と呼んで差支えない「電撃G'sマガジン」では「既に廃校が決定している」という設定もある...という点から考えれば、アニメにおいても「同じ結論にたどり着くのでは」と容易に想像できてしまいます。。

となれば、(2期開始時にスクールアイドル部がどうなっているのかは分かりませんが)Aqours」が「唯一」にして「最後」の「浦の星女学院スクールアイドル」として名を残す...という展開になるのでは?とも思えます。

また「廃校」が加速度的に近づくとすれば、それは「スクールアイドル部」にも影響を与えるはず。タイムリミットが迫る中で、「何のためにアイドルを続けるのか」「何を残せるのか」に葛藤し、悩むメンバー...なんてシーンも出てくるかもしれません。

ファンとしては「彼女たちは悲しむ姿は見たくない...でもちょっとだけ見たい...というか、むしろ胸かきむしられるような切ないシーンは見たい...!!」というアンビバレンツな思いを抱える事必死な展開が果たしてあるのか。

答えは放送開始しなければ分かりませんが、そんな展開想像するだけでグッと来ますよ。。

 

■梨子はどうなる??

梨子が浦の星に転校してきた理由はこれまでハッキリと描写されてきませんでしたが、その要因の一つが「音乃木坂で特待生としての責務が果たせなくなったこと」であることは間違いないでしょう。娘のためにわざわざ「内浦」をリハビリ先として選んだ...とすればご両親の娘への溺愛ぶりにはちょっと「ひく」レベルではありますが、なによりも「愛されてるなぁ」とも思えます。

そんな梨子ですが、Aqoursメンバーの支えもあって、無事「作曲ノイローゼ」を克服。今は完全回復している状態です。

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梨子のご両親のお仕事は把握できていませんが、もし仕事とは関係なく、単純に「娘のため」に内浦へと引っ越してきたのであれば、その根本問題は既に解決しました

となれば「音乃木坂に戻る?」というお話は当然湧いてくるはず(実際ピアノコンクール優勝という実績も手にしたわけで、戻るには申し分ない状態です)。

すると自然に「梨子、Aqours脱退?」なんて話にも直結するわけですが、果たしてどうなるのか。

もちろん、「内浦」とそこで得た仲間=Aqoursが「娘の回復」に大きな影響を与えたことは梨子のご両親も十分理解しているはず。

なおかつ「大人」が「明確な敵」として登場しないところに「一つのこだわり」を見せる「ラブライブ」シリーズとしては「梨子の両親」を分かりやすい「敵役」には設定しないはずです。

となれば梨子はAqoursとしての活動を全うした」うえで、「音乃木坂に帰る」という可能性が高いように思えます

もしも「浦の星」が廃校になった場合、在校生は沼津の高校に「編入される」というのは、6話「PVをつくろう!」で語られた通り。とすれば(仮に廃校が決定した場合)タイムリミットは現3年生の卒業まで。すなわち現在のAqoursが活動できるのは「この年だけ」となります。イコールそれは「この年」をもって梨子も「音乃木坂」に帰る...ということ。Aqoursは物理的にも「バラバラになってしまう」ということにもなります。

仮にそんな物語になった場合に再登場するのでは?と思っている楽曲が想いよひとつになれ。既にライブで感動的な使用をされたために、「Aqoursのアンセム」として認知されているこの曲。その歌詞は「遠くにいる仲間を近くに思う」のと同時に「離れていく仲間をずっと忘れずにいる」ことへの願いをしたためたものにもなっています。

「違う場所へ 向かうとしても 信じてる」

11話では、一人東京でのピアノコンクールに向かう梨子への応援歌として機能したこの曲。今度は本当にAqoursから離れていく梨子へともう一度送られるのではないか...。そんな予感がしてたまらないのです。

これも当たらないでほしい...もっとAqoursメンバーが「キャッキャウフフ」している物語が見ていたい!...でもこういう切ないストーリーも見たい..!とアンビバレンツな思いに心引き裂かれる展開ですが、いかがでしょうか(吐血)。

 

Aqoursはどうなる?

既に1期13話をもって「自分たちの目標」を手に入れたAqours。2期では恐らく「勝利に向かって」「まっしぐら」に突き進む姿が見られるはずです。

とはいえ、仮に私が予想したような展開が挟み込まれるとしたら、彼女達の前途はけっして明るいものではありません。現実に突き放され、絶望するシーンも出てくるでしょう。それでも彼女達はきっと立ち上がってくれるはずです。「君のこころは輝いてるかい?」の歌詞に

「君は何度も 立ち上がれるかい? 胸に手をあて "YES!"と笑うんだよ」

とあるように。

もしもAqoursがこの「1年」を以て「活動終了」となるのであれば、彼女達もまた「何か」を「後継者」たちに残す必要があります。果たしてそれはなんなのか。

μ'sではなく、Aqoursが残すもの。そこには恐らく唯一の「入学希望者」が関与してくるような気もしています。

Aqoursの意志を継ぎ、それを次世代へと伝えていく「新たなスクールアイドル」が最終的に「サンシャイン!!」の物語から生まれるとすれば、それは「ラブライブ」というプロジェクトがまだまだ「終わらない」ことへの証明になるはず。

そして、それは私たちが「もっとも望んでいるもの」でもあります。

果たしてどんな未来になるのか。まだまだ「謎のまま」ではありますが、2期も素敵な「冒険」を皆様と楽しめることを祈りつつ、この稿を終わりとさせていただきます!

今回も駄文をお読みいただき、ありがとうございました。

 

さて、次回からはラブライブ!(無印)の考察を、本当に今更ながらやっていきたいと思います。

既に要所要所で解説させていただいたもの(ことり留学プロットの意図とか)もありますが、そちらも含めて再度ガッツリ各話やっていく心づもりでおりますので、よろしくお願いいたします。

また、「ラブライブ」のここの意味がよくわからん!などございましたら、ぜひご意見をお寄せください(多分そんなに無いと思うけど)。

私が分かる部分に関しては、考察内で触れていきたいと思っておりますので。

ではでは、よろしくお願いいたしますm(__)m

 

PS:2ndツアー行きてぇ(切実)

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ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「0から1への大きな一歩」 Aqours 1stLoveLive First Step! 総括

Aqours1stLoveLive ラブライブ!サンシャイン 無駄話

こんばんは。

今回の無駄話はAqours 1st LoveLiveに関して。

....これまで2回も扱っといて「またかよ!」という感じですがw 

とはいえ、千歌と伊波さん、梨子と逢田さんには触れたものの、そのほかの要素にはあまり触れられていないので。あくまでも自分の踏ん切りとしてこの稿を収め、1stLIVEに関しては最後とさせていただきます。

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とはいえ今更ディティールに触れるのも変な感じなので(リスアニさんの記事に楽曲情報も含めたライブの詳細がありますし)。

www.lisani.jp

私としては、総括として...というよりも雑感にとどめます。

 

■「キャラクター」と「キャスト」の距離を縮めたライブまでの「作業」期間。 

今回のライブで印象的だったのは、キャストの言葉。「アニメ終了」から「ライブ」に至るこの数か月で、自分と「キャラクター」をいかに「一致」させ、「距離感を埋める」か。キャストの皆さんにとってこれが、ダンスレッスンと同じくらい「重要な作業」だったことが、MCからひしひしと伝わりました。

私自身は、その自問自答と苦労を語る姿を初めて見ました(すみません、浦ラジとかはチェックしていないので、そこで語られていたかもしれませんが)。故に彼女達の言葉を、非常に新鮮に受け取ることが出来ました。

降幡さんは「黒澤ルビィに近づこう」と模索すればするほど「自分とルビィとのギャップ」に気付き、「かなり落ち込んだ」と仰っていました。その中で「自分は自分のままルビィを表現すればいい」と開き直って、今ここに立っている...と力強く宣言されていました。

同じくギャップに苦しんだと仰っていたのは高槻さん。「Aqoursで最低身長の花丸を、実際にはキャストの中で一番身長の大きな自分が演じることに悩んでいた」という本人にしか分からない苦労をお話されていました。また自分自身の体力の無さや様々な面での足りなさを実感する中で「自分自身が0になる瞬間」を体感したと仰っていた高槻さん。そんな彼女は逆に「自分自身と花丸」とを重ねることで、共に成長できた...と話されていましたね。

内面に少しでも近づくため、まずは「外面」から近づこうとされていた諏訪さん。MCでは「皆に気付かれていないけど、ひっそりと毛先を青くしている」ことを暴露。また果南の目と同じ紫のカラーコンタクトをされていることもお話されていました(これはメンバー誰も気づかず)。「果南に近づくためにどうしようと思った時に、まずは形から入るくらいしか出来なかった」と仰っていましたが、あまりそういうことをされる印象がなかったので、ちょっと意外でした。ただ、それだけ諏訪さんも思い悩まれたんだろうな、と思えるエピソードでした。

 

ラブライブ!」というコンテンツは、メディアミックス展開を軸にしつつ、特に「ライブ」を大事にしています。もちろんそこには「大人の事情」もたっぷりとあるのでしょうが。それ以外の要因としては「ライブ」を通じて、キャストに「キャラクター」を見つめ直してもらい、両者の「距離を詰める作業」を「意図的」に行わせるためなのでは?とも思います。

「アニメ」ではあくまでも「キャラクター」を演じる「中の人」に過ぎない彼女たち。しかし「ライブ」ではその「中の人」が白日の下にさらされます。ライブに訪れる観客が期待するのは「アニメの中のキャラクター」を自分の目で「実際に目撃」し「ラブライブの世界」を体感し没入すること。となれば、彼女達は自分自身が「キャラクター」そのものに見えるように「努力」する必要があります。

その為には外見だけでなく、ふとした立ち居振る舞いや言動なんかも(少なくともライブ時には)「キャラクター本人ならどうする?」かを常に意識する必要が出てきます。もちろんキャストからすれば大変な作業ですが、こういった「確認作業」は「役を自分に落とし込むため」には非常に貴重な機会となり得ます。

ライブまでの準備期間を通して、「千歌と伊波さん」の関係が大きく進展した気がする...というのは前回更新記事にて書かせて頂きましたが、

ishidamashii.hatenablog.com

 それは他のキャストも同じ(降幡さんなどのコメントの通り)。

彼女達が自分の「役」をより深く理解することで、それが「ライブ」におけるパフォーマンスに好影響を与え....そのパフォーマンスを見た我々は世界観への没入感を高め、より強くラブライブ」というコンテンツに惹かれていく。そんな「作品に対するポジティブな相乗効果」をもたせるために、この「確認作業」は重要なのだと思います。

 

■ファンと「Aqours」との距離を埋めた2日間。

1stライブ終了直後から、皆のAqoursへの見方に変化があったような気がしています。もちろんポジティブな意味で。その要因にはやはり2日目の「想いよひとつになれ」の一件もあったかと思うのですが、

ishidamashii.hatenablog.com

それを除いても、

この日のLIVEが、それまでファンがAqoursに対して抱いていた「モヤモヤ」(実際のところどんなもんなんやろ...という)を晴らすのに充分なクオリティだったからでしょう。

まずは、前述した通り「キャスト=キャラクター」の関係性深化。それに伴う「パフォーマンスの進化」がありました。「想いよひとつになれ」ではミスも起きましたが、それ以外では目立ったミスはなし。「MIRAI TICKET」に入る直前の「ミュージカル演出」だって、決してミスの許されない難しいもの。にも関わらず堂々とした立ち居振る舞いを見せたAqoursへのリスペクトが2日間を通じて生まれたことは否めません。

そしてその「リスペクト」が確実に「ラブライブ」ではなく、「Aqours」単体のフォロワーを生み出しました。これまでは「ラブライブ」だからこそ「付き合っていた」くらいの温度感だったファンが、彼女達を直に見、素晴らしさを実感したことで「Aqours」に「夢中」になるきっかけとなった。これは「大きな一歩」だと思うのです。

アニメ本編では「μ'sからの別離」「自分たちの道を進むこと」を力強く宣言し、終わりを迎えた13話。

この酒井監督のコメント「ミュージカル演出に関しての反省を含めたもの」と言われていますが、個人的には「違う」のでは?と思います。

監督は、ライブでのAqoursのパフォーマンスから、「μ'sの看板を離れ」「自分たちの力で輝き、自分たちの道を進む」という13話で示した「テーマ」に通じるものを感じたからこそ、「ライブを以て13話が完成した」と発言しているのではないでしょうか。

そしてその発言は決して間違っていないと思います。なぜならこれまであまり「Aqours」に対して積極的に発言しなかった「ラブライブ」ファンたちが、「Aqours」に関してポジティブな反応を示すようになっているからです。

Aqours」しか持ちえない魅力を「ライブ」を通じて存分に見せつけた結果、彼女達はようやく「μ'sの二番煎じ」という名の「呪縛」から解き放たれつつあるように思えます。

彼女たちが次に向かうのは「Next step project」ですが、その道のりは一気に晴天へと変わった...と言っても良いのではないでしょうか。

ここから8月に向けて更に進化するAqoursに期待しつつ。

また、「チケットマジで激戦になりそう」という恐怖を抱きつつ、この稿を締めさせていただきたいと思います。

ご一読いただき、ありがとうございました。

 

...さて、次回ですが2期の制作も決定した...ということで、無粋ではありますが「2期の予想展開会議」をしたいと思っております。「鬼に笑われそう」ではありますが、予想している時が一番楽しいですからね。

その後はようやく「ラブライブ!(無印)」の考察に移っていきます。さて、これはどうやろうか、未だに悩んでいるのですが。

通常通り話毎にやる?それよりも1期と2期でざっくり総括して、キャラクター編作る??とか。ご要望があれば言って頂ければと思います。2期開始まではまだまだ時間ありますので、のんびりやっていく所存です。

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ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「共に止まって、共に進もう。」 高海千歌と伊波杏樹から見る、Aqoursのあり方。

ラブライブ!サンシャイン 無駄話 Aqours1stLoveLive

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こんばんは。

今後独り言みたいな散文はこの「無駄話」カテゴリーで更新して行こうと思います。

さて、おかげ様で前回更新記事が大変多くの皆様にお読み頂けているようです。ありがとうございます!ただ反面ここまでの反響を頂くとは露とも思わず、乱文のまま掲載してしまい恥ずかしい。。。とはいえ初期衝動を残すため文章自体は今後も変えませんが、誤字脱字に関しては訂正していこうと思います。読み苦しくてスミマセン。これからもお見苦しい記事ばかりとは思いますが、頑張って読みやすい文章を書けるように精進いたします。何卒よろしくお願いいたします<(_ _)>

 

ライブの感想は「いつかまとめて」とか思ってたんですが、思い出はどんどん風化していってしまうので、こういった散文で思いついたものから書いていくのが良い気がしてきました。

そこで今回は「キャストに関して」

というよりも「キャストとその役に関して」という方が正確かもしれませんね。全員についてそれぞれコメントしたいのですが、それだと冗長になってしまうので、今回は一人だけ。高海千歌伊波杏樹さん」です。

 

...その前に。ちょっと長くなりますが、前置きを。

プロジェクトとしての「ラブライブ!」は、「無印」も「サンシャイン!!」も9人の女の子が「主人公」として登場する物語です。その中で"特別扱いされるべく作られたキャラクター"はいません。全員が「主人公である」という立場を貫いています。

しかし、いざ「アニメ」という「物語」を紡いでいく場合には、誰かを「メインキャスト」に据える必要があります。「三国志」や「戦国モノ」のような「群像劇」であれば、それぞれの登場人物を主人公として据え、物語を展開していくことも出来ますが、「アイドル」しかも「グループ」を題材にした作品の作劇としては向かない印象があります。

もちろん様々な表現の仕方はあるとは思いますが、こと「ストーリー」を通して「1つのテーマを伝えようとする」ラブライブ!」では選択され辛い方式です。

故に「ラブライブ」ではこれまでも、一人のキャラクターに「メインキャスト」としての役割を委ね、物語を紡いでいく手法を採用しました。

前作で「メインキャスト」としての役割を託されたのは高坂穂乃果

「学校の廃校」という「危機」を防ぐため彼女が始めたのは「スクールアイドル」。地元=秋葉原の新興学校「UTX高校」の人気が「スクールアイドル・A-RISE」の人気によって急上昇していることを知った穂乃果。「スクールアイドル」として「人気者」になり、「学校に人を集める」ため、活動を開始します。

「希望」と「夢」を「スクールアイドル」に見出した穂乃果は猪突猛進。目標に向かって突き進んでいきます。一度目標を見据えた彼女を止められる存在はいません。そしてそんな彼女の凄まじい求心力とパワーは、同じように「希望」や「夢」を抱えながら、それを「上手く表現できない」少女たちの「思い」を呼び覚まします。そしてスクールアイドル「μ's」が誕生します。

穂乃果はリーダーとしては「俺の背中についてこい!」タイプ。自分から理想に向かってドンドン突き進み、その先で仲間たちに「早くおいでよー♪」と呼びかける感じです。μ'sのメンバーはそんな穂乃果の求心力に引っ張られる形で、高みに向かって突き進んでいきます。

しかしμ'sは穂乃果が「倒れてしまう」と急速に求心力を失い、真価を発揮できなくなってしまいます(1期11話)。更に穂乃果が「スクールアイドルを辞める」と告げれば、まとまりも失ってしまい、バラバラになりかけてしまいます(1期12話)。

穂乃果が「停止する」ことで止まってしまうμ'sは、穂乃果の「再始動」に合わせて復活します(1期13話)。穂乃果の再始動のきっかけを与えるのは幼馴染の海未ですが、彼女は穂乃果に「猪突猛進に突き進む」「穂乃果らしさを取り戻す」ように要請し、それによって穂乃果は復活を果たすのです。

1期11話での反省を踏まえ、2期での穂乃果は「任せるべきところ」では人にゆだねたり、「仲間を頼ったり」出来るようになります。例えば沖縄旅行中、ファッションショーで誰をセンターにするべきか花陽に聞かれた際には、その選択を花陽にゆだねます(2期5話)。2期9話では、吹雪の中立ちすくんだところをことりと海未の言葉に支えられ足を進め、ゴールで待っていた絵里へ迷わず道中の不安を吐き出します。仲間への信頼を糧に人間的な成長を果たした穂乃果。しかしその本質自体に変化はありません。

2期でも穂乃果の「行こう!」「やろう!」という言葉がμ'sの決定的な動機になっていることに変わりはありません。また「迷いが生まれた局面」ではメンバーは必ず穂乃果の判断を仰ぎます(劇場版ラブライブなどなど)。穂乃果が「絶対的なカリスマ」によってチームを統率するリーダーである、という点は徹頭徹尾変わらないわけです。

 

さて、前置きが長くなりましたが、ここからが高海千歌のお話。

既に様々な方が「千歌の魅力」として語っているように、彼女の魅力は「普通」であること。この辺り当ブログ キャラクター考察=高海千歌編でも触れた通りです。

ishidamashii.hatenablog.com

 彼女は「穂乃果」に憧れ、「穂乃果になりたい!」と思ってスクールアイドルを始めた「普通星人」です。故に彼女は穂乃果のような天賦のカリスマ性は持ち合わせていません。あるのは「スクールアイドル」と「μ's」への真摯な憧れだけ。そしてその「憧れ」を糧に突き進んでいくのが「Aqoursの物語」の前半戦です。

とはいえ千歌は自分を「普通星人」を自称するだけあって、周りの「普通な」仲間への目配り・気配りを忘れません。誰かが困っていたら、その人の横に立って「どうしたの?」「何が辛いの?」と聞き、一緒に悩みを解決するまで次には行こうとしないタイプです。そんな千歌のパーソナリティは「皆で一緒に進む」「Aqoursのあり方」に繋がっていきます。そしてそれはAqoursがμ'sと「決定的に異なるポイント」でもあります。

 

さてではそんな千歌を演じる伊波杏樹さんのお話。

何人かのブロガー様も書かれていた印象と僕も同じで、伊波さんに対してのファーストインプレッションは決して良いものではありませんでした。それは「彼女が頑張っていないから」ではなくて、むしろその逆「彼女が頑張りすぎていたこと」に問題がありました。

MCでは常に先頭を切って喋り始めてはうまくまとまらず空回りしたり、周りのざわざわを納めようと必死になったり、彼女は「高海千歌になろう」とするよりも、「リーダーとしての責務」を務めようとすることに必死でした。またダンスにおいてもそれは同じで、「君のこころは輝いてるかい?」における梨子との大サビ前の決めポーズでは、必死ゆえに「ドヤ顔」を決めてしまうことに。そこには伊波杏樹はいても高海千歌」はいませんでした。

もちろん様々な意見があるのは重々承知のうえですが、「ラブライブ!」プロジェクトのキモは、画面の中の「キャラクターたち」と、舞台に立つ「中の人たち」の「境界線」が極めて「曖昧になること」だと思います。僕らは3次元のライブを見ながら、キャラクターを演じる彼女たちを通して、「ラブライブ」の世界に埋没していく。その体験を楽しむ。そんな中でだんだんと「中の人たち」が逆に「キャラクター」へも影響を与えるようになり、「キャラクターと中の人の境界線」が「曖昧」になってくる。そんな感覚が、このプロジェクトにしか無い面白みなのでは?と僕は感じているのです。

初期の伊波さんには、それを表現する余裕がありませんでした。だからこそ「不安」を感じてしまったのです。

しかしTVアニメ全13話を終えたことで、伊波さんにも変化が起きていました。

ラブライブ!サンシャイン!!」での「メインキャスト」は高海千歌普通の彼女が、普通の仲間と手に手を取り合って「自分たちだけの新世界」を目指す物語。その物語を紡ぐなかで伊波さんも千歌というキャラクターと深く向き合ったはずで、その体験が伊波さんを「千歌」へと近づけていったように思えるのです。

Aqours 1stLoveLive」での伊波さんは、何度も「千歌」本人に見える瞬間がありました。それは楽曲の最中だけでなく、MCの時にすら感じるほど。今までよりもよっぽど大きな舞台に立っているにも関わらず、「肩の力」を抜いて、ライブそのものが「楽しくて仕方ない」という雰囲気はまさしく「千歌」のようでした。

進行においてもこれまでのように「私がなんとかしなきゃ!」という気おいから解放され、自然体でこなせていました。自分が喋らなくてもいい、と感じた際には一歩引いてメンバーのことを笑顔で見つめている。そんな姿はアニメの中の千歌そのものです。

それは「想いよひとつになれ」のアクシデントの際にも同じ。

パニックに陥る逢田さんに近寄り、真っ先に「大丈夫だから」と励ます姿は、千歌そのもの。これまでの伊波さんだったらもしかしたら客席の混乱を抑えようと考えてしまったかもしれません。でも今は真っ先に仲間のことを気遣える。「皆で一緒に進むために、一度立ち止まる」ことが出来る。それは彼女が「千歌」そのものになっていたからだと思うのです。

Aqours 1stLoveLive」本編ラストの曲は「君のこころは輝いてるかい?」。

そこにはこれまでとは違う、笑顔の千歌本人がいました。

「太陽みたいに輝く笑顔で、みんなにハッピーを届けるよ♪」と自己紹介する千歌ですが、この日のライブをハッピーにした要因の一つは、伊波さんの輝く笑顔だったのではと思えるのです。

そしてその笑顔が「皆で一緒に進む」というAqoursのあり方を、このLIVEでも表現できた勝因なのではないかなと思えて仕方ありません。

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「次元も時間も場所をも超えて、想いが一つになる奇跡」

アニメ ラブライブ!サンシャイン 無駄話 楽曲 Aqours1stLoveLive

2/25 2/26はAqours初の単独ライブAqours First LoveLive!」横浜アリーナにて行われました。僕はちょっとした幸運に恵まれ、1日目を現地で、2日目をライブビューイングで見ることが出来ました。

ライブの感想は、それこそ溢れるくらいあるのですが、そういった細かい思いはまた別の機会に書かせていただくとして、今回は「ある楽曲」に関して、それこそ散文と呼べるようなもので書き殴らせて頂ければと思います。今日どうしても更新しなければ、と思うのは、今日いまでしか書けない気持ちがきっとあるから...と思うからです(恐らくそういう風に思っている方はたくさんいらっしゃると思います)。きっと夜中に書いたラブレターのような気恥ずかしい文章になっていると思うのですが、何卒ご了承くださいw(普段から同じようなものだから良いか...)

さて、ある楽曲とは(お察しの方もいるとは思いますが)想いよひとつになれです。今回ライブで初披露された楽曲は数多あったわけですが、その中でも極めて強烈な印象を残したのがこの楽曲でした。

※もう既にライブが終了しましたので、ネタバレ全開で書かせていただきますが、どうしても円盤が出るまでネタバレしないで!!!という方はここで引き返して頂ければ幸いです。

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...さて、まずは前提としてなぜこの曲が印象に残る曲になったのか、というのをライブを見ていない方のために簡単に説明する必要があります。

今回ライブでは「未熟DREAMER」から一気に「想いよひとつになれ」へ入っていく演出が採られました。その中でのキモは、「舞台上にグランドピアノが登場し、桜内梨子を演じる逢田梨香子さんが実際にピアノを演奏する」というものでした。

これは実のところ楽曲考察で予想していた流れでもあり、演出としてそれほど驚きがあったわけでは無かったのですが、いざ演奏されるとその迫力に終始圧倒されました。それこそ自分で書いた記事の通り、”ドライヴ感”が凄まじく、聞いている途中から興奮が止まらない...という感覚に陥るほどでした。またアニメ本編では共に歌う事のなかった梨子ですが、この日のライブでは逢田さんがマイクが生きていないにも関わらず一緒に歌っている姿を見せてくださって、より気持ちが高ぶりました。恐らくこれは僕だけでなく、初日ライブを見た人の多くに同意して頂ける部分かと思います。

結果「想いよひとつになれ」は初日ライブでの「MVP楽曲」に推す方も多かったですね。(ただし初日感想では何を演奏した...というネタバレツイートが禁止されていたので、皆が皆「アレ凄かった」「アレ感動した」とつぶやいていたのが面白かったですね(笑)さらにそれでみんな文脈を共有しているのもダブルで面白かったです)

さて来る二日目も全く同じ構成で「想いよ~」へと突入していったライブ。緊張の面持ちでピアノ前へと座った逢田さん。おもむろにイントロを弾き始めます。しかしここでアクシデントが。一回目の転調でタッチミスを犯してしまった逢田さん。必死に取り返そうとするも、動揺で立て直せず、舞台上の音楽が無音になってしまったのです。慌ててピアノに続く演奏音源を消すPA。動揺する逢田さんに駆け寄るメンバー。そして騒然とする客席。恐らくラブライブ史上初めての大きなアクシデントが発生してしまいました。

この時僕はというと「やっちまった!」という動揺と同時に「深い反省」をしていました。

思えば1度目に披露した際に、あまりにもあっさりと演奏をやり遂げる姿を見て、どこかで「凄いことをしている」という感覚が抜け落ちていました。しかしいざピアノ演奏が抜けた場合の「想いよひとつになれ」を聴いてみると、完全に主旋律を失った形になっていました。つまり、それだけこの楽曲の成否において逢田さんへかかるウェイトが「重くなっていた」わけで、それを僕は「微塵も理解していなかった」わけです。

もちろん演者は「努力の形跡もみせず、客を楽しませる義務がある」と思ってやっているでしょうし、「努力を見せるのは恥ずかしい」とも思っているはず。ただ、その「努力」を僕ら「応援する側」が「軽視」してはいけないのです。僕は自然に「Aqours」や同じく様々な「芸事」をする人々を「舐めていた」自分が急に恥ずかしくなりました。そしてそれに並行するように逢田さんや、Aqoursのメンバー全員を改めて「尊敬」する気持ちが芽生えてきました。恐らく同じような心の動きをした方が会場内やLVの会場にもいらっしゃったのでは、と思います。

やり直しの瞬間の緊張感たるや半端ないものがありました。「次失敗したら、ライブそのものが終わる」。そんな逢田さんとAqoursメンバーの緊張感がこちらにもひしひしと伝わってきました。そんなとき会場内から聞こえてきたのは「梨香子」コールでした。「梨子」でも「りきゃこ」でもなく、「梨香子」コール。愛称でキャストの名前を呼ぶことがあっても、本名でコールすることはほとんどないはずのラブライブにおいては、非常にエポックメイキングな出来事。しかしそれだけ逢田さんに対するリスペクトが会場内の人々の心を動かし、コールに駆り立てたのではないか...と思えます。それほどに自然で、愛情に満ち溢れたコールでした。

再び始まったイントロ。

緊張感は凄まじいですが、今度は見事に成功!

その後は滞りなく演奏が続いていきます。

しかしあの一件を乗り越えた会場の空気は凄まじいものがありました。Aqoursのメンバー、そして会場の皆の想いが逢田さんの手に乗り移ったかのように、情熱的で荒々しく、それでいて冷静なタッチが「想いよひとつになれ」の世界を紡いでいきます。そしてその情動がメンバーと我々の心をまた揺さぶる。自然と激しくなるAqoursのパフォーマンス。半ば狂乱の如く盛り上がっていく客席。お互いがお互いを高めながら、どこまでも昇っていくような「不思議な昂揚感」がこの日のライブにはありました。それはまさしく「ライブでしか起きえない奇跡」のような体験でした。

ピアノソロで始まり、ピアノソロで終わるこの楽曲。締めももちろん逢田さんのピアノソロです。最後の一音を弾く瞬間...。震える指先を必死で抑えながら、鍵盤をグッと抑え、楽曲が終わると一瞬の静寂。逢田さんが必死の形相で右手を掲げ、それに倣ってAqoursが右手を挙げると、その後またしても爆発的な「梨香子」コールが起きました。横浜アリーナも、LV会場もサイリウムは「さくら色」一色。自分の推しキャラもなにも関係なく、皆が逢田さん、そして梨子に万雷の拍手を送った、本当に感動的な瞬間でした。

・・・僕がこの間考えていたのは「想いよひとつになれ」という曲のこと、そしてTVアニメ11話でこの曲を披露する直前に梨子と曜がしていた会話のことでした。

梨子「私ね、分かった気がするの。あの時どうして千歌ちゃんがスクールアイドルを始めようと思ったのか。スクールアイドルじゃなきゃダメだったのか。」

曜「うん。千歌ちゃんにとって、輝くという事は自分一人じゃなくて、誰かと手を取り合い、皆と一緒に輝くことなんだよね。」

梨子「私や曜ちゃんや、普通のみんなが集まって、一人じゃとても出来ない、大きな輝きを作る。その輝きが学校や、聴いてる人に広がっていく。繋がっていく。」

曜「それが千歌ちゃんがやりたかったこと。スクールアイドルの中に見つけた輝きなんだ...」(第11話より抜粋)

 この日Aqours全員が、会場と一緒になって作り上げたものは、まさしくこの「輝き」なのでは...と思います。もちろんアクシデント込みでこそ生まれたイレギュラーな出来事でしたが、図らずとも上の言葉が語られる回で披露された楽曲において、それを証明するような出来事が起きたのは「奇跡」としか呼びようのない出来事のように思えます。

さらに言うなれば、この日ライブを見ていた全ての人が同じ「想い」を共有した...というのは楽曲の歌詞そのもの。「どこにいても 同じ明日を 信じてる」。今日LVを見ながら「うまくいってくれ!」と願っていた僕は、全くもってこの歌詞通りの心境でした。そして自惚れではないですけど、そんな思いが会場へと伝わったからこそ、2度目の大成功につながったのではとも思えてしまうのです。

 

ラブライブ!サンシャイン!!」は前作「ラブライブ!」と比べて「皆で一緒に、皆で進む」ということを強調してきた作品だと考えています。故にそのテーマに倣った「アンセム」を作るのが難しいユニットでもありました。もちろんテーマに近い楽曲はあります。例えば「君のこころは輝いてるかい?」や「step zero to one」はそうでしょう。しかし今日この日、最も「アンセム」に相応しい楽曲が誕生しました。それはもちろん「想いよひとつになれ」です。

様々なアイドルユニットやバンドが「アンセム」を作りたがり、それに失敗しているのは、「ユニットとファンとが一つになれるような成功体験を『人が作る』なんてのはおこがましいのだ」...ということが分かっていないからです。いつだって「アンセム」は「作る」のではなく「生まれる」のです。そしてそれは「神の采配」と呼べるような偶然から生まれるのです。

今日この日、Aqoursにとっての揺るぎない「アンセム」が誕生したこと、そしてその瞬間を体験し、共に分かち合えたことは大きな喜びとしてファンに語り継がれるはず。そしてそんな時間を自分も体験できたことが、果てしなく誇らしく、嬉しく思えるのでした。

 

 

TVアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」に関しての全体を通しての総括。「一つのヒカリを目指す物語」 

アニメ ラブライブ!サンシャイン 考察

いよいよ明日はAqoursの1stライブ。

これまで「キャラクター編」「楽曲編」と作品を振り返ってきましたが、今回は集大成「物語編」と題して、全13話を総括していきたいと思います。

実の所前回「MIRAI TICKET」に関する考察記事でやりつくした感もありますが(笑)。

また、各考察を既に読んで頂いた方には、重複してしまう部分もあると思うのですが、そちらも何卒ご容赦を<(_ _)>

 

■「憧れ」から発する「願い」を「肯定する」第1部(1話~6話)

「サンシャイン」の物語は、1話~6話7話~9話そして10話~13話でそれぞれ切れる構成になっている。その構成はまるで「3部制」と呼んでも差し支えないくらいで、この辺は巧みだなと思わされる。前作「ラブライブ」では9人が揃うまでにそれなりに時間がかかり、その後「カセが立て続けに発生」し「ドラマが急展開する」印象があった。しかし「サンシャイン」では「前半でポツポツとカセを発生」させ、それを「中盤で回収」し「後半でメインテーマを示す」というしっかりしたドラマ立てになっていた。そういった意味では前作以上に「よくできたドラマ」になっている印象がある。

「ドラマを重視する」構成は「ラブライブ!」シリーズ特有のものでもあり、故に「キャラクターを重視してほしい」視聴者にはすこぶる評判が悪かったりもする。まま、この辺は良し悪しなんだが、結果的に「TVアニメ」をきっかけに本格的な「ラブライブ!ブーム」が訪れた事を考えれば、この方針は「成功だった」ということなんだろう。

少々脱線した。本題に戻ろう。

さて、3部制として分けるとすると、「第1部」はそれぞれの「憧れ」を「肯定」し、そこから生まれる「願い」を描く物語。Aqours結成の発端となった千歌が、「μ'sに憧れてスクールアイドルをスタート」し、いつか「μ'sのようにキラキラする」ことを「願う」ように。

2話の主役となった梨子は「スクールアイドルの音楽」を通して「音楽への憧れ」と「渇望」を取り戻す。

3話では「ファーストライブ」の「失敗と成功」を通して「自分自身のやりたい事」=「憧れ」への思いを再度「肯定」し、今一度「スクールアイドルを続けること」への「希望」を取り戻す物語が描かれた。

4話では「姉への遠慮」故に「スクールアイドル」への「憧れ」を封じ込めたルビィと、「親友の夢をかなえること」を目標としてしまい、自分自身が持っている「スクールアイドルへの憧れ」を封じようとした花丸、それぞれがそれぞれによって「救われ」「願い」を手にする姿が描かれる。

5話では「ヨハネ」という自らの「憧れを具現化した存在」を「普通になるため」に捨てようとした善子が、Aqoursメンバーによって「憧れ」を「肯定」されることで、自らも「ヨハネ」を「再肯定する」ことが出来るようになる...という物語。

というように繰り返し「憧れ」を「肯定」し、そこから生まれる「願い」の価値に関して描き続けたのが第1部といえる。 

 

■「敗れ」が「新たな願い」を生み、「敗者」を救う 中盤(7話~9話)

7話「TOKYO」8話「くやしくないの?」にて物語は大きく展開する。東京でのスクールアイドルイベントに招かれたAqoursはこの地で「惨敗」を喫する。これまで「憧れ」の力を糧に(いや、むしろそれだけを糧にしてきた...といっても良いだろう)突き進んできた彼女達は「憧れ」だけでは突破できない「壁」にぶち当たる

これまで唯一「心の糧」としてきた物に対して、容赦ない「現実」を突き付けられた彼女達は、次に進むべき方向性を見出せなくなる。

「憧れ」を糧に、その「憧れ」を肯定し、されることで集ったAqoursというチーム。「夢は願えば叶う」と本気で「信じる」から、そして「信じよう」と願うからこそ「集まれた」Aqours。しかしその思いは「得票0」=「敗北」という「現実」に「否定」されてしまう。「憧れ」を武器に戦うことを呼び掛けたからこそ、千歌はその「現実」に最も叩きのめされ、「新たな方向性」を示すことができない。

しかし「敗れる」ことは決して悪いことだけではない。麻雀マンガ「天」で天才雀士アカギはこんなことを言っている。

「思うようにいかねぇことばかりじゃねえか・・・ 生きるってことは・・・・!
不本意の連続・・・・・・・時には全く理不尽な・・・ ひどい仕打ちだってある・・・・・!
けどよ・・・・・ たぶん・・・・・・ それでいいんだな・・・・・
無念が「願い」を光らせる・・・・・・・・!
嫌いじゃなかった、何か「願い」を持つこと
そして・・・・・・・・同時に、今ある現実と合意すること・・・・!
不本意と仲良くすること・・・そんな生き方が好きだった・・・・
たぶん・・・愛していた・・・・無念を・・・・!」

叩きのめされ、方向性を失った千歌は初めて仲間の前で自らの「弱さ」を露呈する。泣きじゃくり「悔しさ」を主張する彼女の中には、「憧れ」からではない「願い」が生まれるそれは「0を1にすること」「敗北」という「無念」が新たな「願い」を生み、そしてそれが新たなAqoursの指針となっていく

それぞれの「憧れ」とそこから発せられる「願い」からスタートしたAqoursは、とはいえチームとしてのまとまりに欠けていた。それは共通の「願い」を共有できていなかったからかもしれない。しかし彼女達は同時に同じ「敗北」を経験することで、ついに共通の「願い」を手にすることができた。ここからどこか「儚く」「弱弱しかった」Aqoursが「強いチーム」へと成長していくのは決して偶然ではないように思う。

「新たな願い」が生んだ「強いAqoursは「強固な意志」として「迷える人」に「救いを与える存在」になっていく。その一組目は「3年生ズ」だ。お互いの思いが錯そうし、もはや解決困難なほどこんがらがった彼女達の関係を、千歌を中心としたAqoursは半ば力づくで振りほどき、解決に導く。問題が解決した「3年生ズ」。彼女達もまた「無念」と「願い」を抱えてきた存在であり、故に難なくAqoursへと加わることになる。こうしてAqoursはいよいよ自分たちのアイデンティティを手にし、もう一度大きな戦いへと歩みを進めていくことになる。

また「迷える人」に「救いを与える存在」とはまさしく「MIRAI TICKET」の中に登場する「ヒカリ」のことでもある。ここから終盤へむけて「テーマを置きに行く」ストーリーが始まる。

 

■そして彼女達は「ヒカリ」になる 終盤 (10話~13話)

10話「シャイ煮はじめました」11話「友情ヨーソロー」ではチームとなった「Aqours」の関係性構築と、それ故に今まで見落とされていた問題の修繕が行われた。これは作品を「チームもの」として成立させるための「ならし」としてだろう。特にこれまで見過ごされていた「千歌と曜」二人の関係にメスを入れながら、Aqoursに加入した理由が「千歌に誘われたから」以上のものを持たなかった曜にキチンとした役割を与えるに至った。曜が不遇だ...という意見を言っている人をたまに見かけるのだが、そんなことないぞ!めちゃめちゃ優遇されてるぞ!とは思う(余談)。

12話「はばたきのとき」ではいよいよ音乃木坂へとたどり着く。これまで梨子が「逃げ出した場所」であるが故に「全員で行く」ことが叶わなかった音乃木坂だが、11話において梨子の「カセ」を取り除くことで、遂に「全員で行く」ことが出来るようになる。そこでAqoursに与えられるものは「μ'sの意志を継ぐ」...というもの。同年代のスクールアイドルでライバルでもあるSaint snowの二人が辿りつけていない真理=「何故μ'sやA-RISEは勝つことができたのか」に対する解答を、Aqoursはいち早く手に入れることになる。そしてその解答がラスト曲「MIRAI TICKET」へも繋がっていく。

13話「サンシャイン!」で披露される楽曲「MIRAI TICKET」には「サンシャイン」の物語の全てが集約されている。「μ's」に憧れ「μ's」になりたいと願って始めたAqours。しかしもちろん「μ's」になることは出来ない。手探りの中での敗北。しかしその「敗北」から始めて「憧れ」とは違う「願い」を見出したAqours。それはまさしく自らの「心から溢れ出すもの」だった。「誰かに憧れる」のではなく「自ら輝こう」と提唱したμ'sの意志を正確に受け継いだAqoursは、その気づきを「MIRAI TICKET」に込めた。だからこそ「輝きは心から 溢れ出す」と総括できるのだ

また「憧れ」は目指すものではなく「抱きしめる」ものに変わった。Aqoursが目指すのは「μ's」ではなく「僕たちだけの新世界」になったからだ。はじめAqoursの一員としてライブにでることを望んだ456を始めとする浦の星女学院の学生。しかし彼女達は大会規約によってAqoursとしての出場はできない。しかしこれも「天の采配」だったのだ。なぜなら「誰かに憧れる」ことは「ゴールにはならない」からだ。

物語終盤、本来光が入らないはずの会場に一際輝く「ヒカリ」を見出した千歌はそちらに駆け寄る。そして「みんな、輝こう!」と叫ぶ。その掛け声につられるように走り出したむつは、千歌の言葉の真理に気付いたのだろう。彼女は自ら「輝きたい」という意志を持って走り始める。そしてそれにつられるように大勢の人々が駆け出す。

この表現に関して「会場に近寄るなと言われているのに近寄るとは何事か」と怒っている方もいたが、これはまぁなんだ、メタ表現なのだ。「ラブライブ!」という作品は「ミュージカル作品」故に「メタ表現」を多用するのだけど、これもその一環だ。本当に千歌たちに駆け寄っている...というわけではなく、心理的に「自らの意志で輝くために、大勢の人が走り始めた」ということなのだ。(全て現実に起こっているシーンだとしたら、ミュージカルからMIRAI TICKETへの早着替えもありえないし、最後会場の外に駆け出す千歌もあり得ないだろう)。

千歌たちが目指す「ヒカリ」は「ミライを照らす」存在。それはまさしくμ'sの意志を継ぐ仕事だ。

そしてラストシークエンス。

「私たちがゼロから作り上げたものってなんだろう」

「形の無いものを追いかけて」

「迷って 怖くて 泣いて」

「そんなゼロから逃げ出したいって」

「でも 何も無いはずなのに いつも心に灯る光」

「この9人でしかできないことが必ずあるって 信じさせてくれる光」

「私たちAqoursは そこから生まれたんだ」

「叶えてみせるよ 私たちの物語を」

「この輝きで」

「君のこころは 輝いてるかい?」

自らが「輝きを発すること」が大事なのだと知っているから、千歌は「君のこころは輝いてるかい?」と問いかける。それは我々も共に「ヒカリ」を目指そうではないか、という千歌の問いかけでもある。

君のこころは輝いてるかい?」という楽曲を持ってスタートした「Aqours」の物語が、そのタイトルを持って第1部完となる。これほど美しいエンディングがあるだろうか。そしてその文脈もきれいに回収されている。不満を持つ要素はほとんどないと思うのだが、どうでしょう。

...というわけでTVアニメの総括でした。13話考察よりもきれいに纏まった気はする。

 

さてこれでサンシャインの記事は一旦終了!!!(ライブ感想は書くかもしれませんが)

しばらく充電期間に入りつつ、このブログではほとんど触れていない「ラブライブ!(無印)」について書いていこうと思います。

1話ずつ考察するかは...未定ですが。。

まずはお読み頂きありがとうございました~!

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ラブライブ!サンシャイン!!  振り返り企画【楽曲編】第7回「想いよひとつになれ/MIRAI TICKET」

アニメ ラブライブ!サンシャイン 楽曲 考察

「あこがれ抱きしめて次へ進むんだ!」

楽曲編はこれがラスト。万感の思いを込めて。

◆「想いよひとつになれ/MIRAI TICKET

TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』挿入歌シングル「想いよひとつになれ/MIRAI TICKET」


Aqours ラブライブ!サンシャイン!! 第11話挿入歌「想いよひとつになれ」CM (60秒ver.)


Aqours ラブライブ!サンシャイン!! 第13話挿入歌「MIRAI TICKET」CM (60秒ver.)

 

説明:

TVアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」挿入歌シングル第3弾。「想いよひとつになれ」は11話挿入歌。「MIRAI TICKET」は13話挿入歌として使用された。「想いよひとつになれ」は桜内梨子を除く8名、「MIRAI TICKET」は9名で歌唱。どちらも物語終盤を彩った。

 

解説:

◆「想いよひとつになれ

劇中では8人編成...という独特のフォーメーションで披露された。これでAqoursは6人編成に続いて「μ'sがやっていない」編成を見せたことになる。その事情は梨子が「ピアノコンクールへ出場することになった」から。本来千歌とセンターを組む予定だった梨子が不在となることで、梨子転入後起きていた変化が浮き彫りになり、その変化をいかにして受け入れていくか...という物語が第11話の物語となった。物語に関する考察は、これまた当ブログの考察記事を参考にしていただきたい。

ishidamashii.hatenablog.com

 「想いよひとつになれ」で印象的なのは、この楽曲がピアノソロに始まり、ピアノソロで終わる点。これはこの曲が本来「海に還るもの」というタイトルで作曲されていたことに関係している。転校直後の梨子は「音楽スランプ」に陥っており、特にコンクールに向けた作曲課題である「海に還るもの」を完成させることが出来ずにいた。その迷いの中で千歌と出会い、「スクールアイドル」に出会い、Aqoursの仲間と出会い、内浦という場所に溶け込むことで彼女は徐々にスランプを脱していく。そして遂に「海に還るもの」を完成させるに至る。スランプを脱し、楽曲が完成した以上本来の目的である「ピアノコンクール」に出場出来るようになった梨子。しかし「ピアノコンクール」は「ラブライブ地区予選」と日程がバッチリ被っていた。その中で自らを救ってくれたAqoursの為にあっさりと「ピアノコンクール出場」を見送る決意をした梨子。しかし千歌はその結論に納得が出来ず、梨子を再度説得する。千歌の意見は「一方のためにもう一方を捨てる...という結論を出さないでほしい」というもの。何故ならその結論が「後悔」に繋がることを千歌は知っている。それは同じような結論を出して失敗した果南と鞠莉の一件があったからこそ分かることだ。自分のことを自分以上に考えてくれる千歌の友情をひしひしと感じた梨子は「地区予選」を仲間に託し、自身の「カセ」となっていた「ピアノコンクール攻略」に向かう。ただし「同じ想い」を持って戦いに挑む以上奏でるのは同じ楽曲。梨子は「海に還るもの」というタイトルや、本来スローテンポだったものをアレンジし「想いよひとつになれ」という楽曲を作り上げる。

想いよひとつになれ」にはそんな物語や、物語内の哲学がはっきりと反映されている。「何かをつかむことで 何かをあきらめない」というパンチラインはまさしく千歌が梨子に語った思いそのもの。そして物語の中でAqoursのメンバーそれぞれが知ったことでもある。姉のことを気遣うあまりに「スクールアイドルへの夢」を諦めかけていたルビィも、親友のことを思ってばかりいて「自分の夢」を無意識に捨てそうになった花丸も、「普通になるため」に「本来の自分」を捨てようとした善子も、「友の将来」のために「自分の思いを振り切った」果南とダイヤも、全て「何かをつかむため」に「何かをあきらめようとした」ないしは「諦めてしまった」人たちだ。だからこそ今度は「何かをつかむために 何かをあきらめない」と高らかに宣言する。

楽曲としては序盤から中盤、そして終盤とピアノの演奏がどんどんドライブしていく感じがたまらない。歌っているのは「8人のAqours」ではあるのだけど、ところどころに「ピアノの伴奏」が入ることで常に梨子の存在を感じることができる。この感覚は「どこにいても 同じ明日を 信じてる」という歌詞そのものだ。

この楽曲に関して思うのは、もしかしたら再度出番があるのではないか?という点。娘のピアノへのスランプを克服するため、沼津へと引っ越してきた桜内家ではあるが、既に根本の問題が解決した。と、なれば梨子が「廃校直前の内浦の高校」に通い続ける必然性はなくなる。この楽曲の2番の歌詞には「違う場所へ 向かうとしても 信じてる」という歌詞がある。もちろんこれは東京でコンクールに向かう梨子に対するメッセージではあるが、もっと広義の意味で捉えると今後の物語にも関与しているのでは?と深読みできてしまう。もちろん憶測に過ぎないけれど、今後更に大きな役割を持つ楽曲になるのでは、と個人的には思っている楽曲の一つである。

ライブではどのように披露されるのだろう。今からワクワクが止まらないが、個人的には逢田さんが梨子のドレスを着て檀上に現れ、ピアノソロを開始→そこからイントロに突入し~という流れになったら泣く。感動で。

 

◆「MIRAI TICKET

13話ラスト、東海地区予選を勝ち抜くべくAqoursが用意した「決戦の歌」。そしてこれからのAqoursが目指すものを示した「決意の歌」でもある。彼女達は「この結論を手にするため」に13話の物語を駆け抜けた。故にアニメを考察する上では非常に重要な楽曲となる。

「君のこころは輝いてるかい」でも、「青空Jumping Heart」でも「分からない」と告げていた「目的=ゴール」。それがこの「MIRAI TICKET」では明確に示されている。彼女達が13話の物語を終え目指すと決めたのは「ヒカリになる」こと。そしてその目的は「ミライを照らす」ため。これらのテーマは「μ'sが後身に託した願い」とまんま合致する。

後身のスクールアイドルの「ミライを照らす」ために作られた楽曲がSUNNY DAY SONG。ここには「ポジティブに自分の可能性を信じれば」「自ら輝きを放つ存在になれる」というμ'sのメッセージが含まれている。12話においてμ'sの願いと思いを正しく受け継いだAqoursは、このメッセージを正確に把握出来ている。だからこそ「輝きはこころから 溢れ出す」と歌詞の中で結論づけているわけだ。

ラブライブ!サンシャイン!!」第12話においてμ'sは「学校に自分たちの痕跡を何も残さなかった」ことが語られる。それは後身に「自分たちを目指す」のではなく「それぞれのやり方」で「輝き」を放って欲しいと願っていたからだ。そういったμ'sの思想は実は様々な楽曲に反映されている。

例えば2期OPそれは僕たちの奇跡は、様々な意味をもった楽曲だ。一義的にはもちろん「自分たちが叶えた奇跡」の歌である。しかし歌詞の内容を読むとそこには「自分たち」に対する視線がそれほど含まれていないことに気付く。「さぁ 夢を 叶えるのは みんなの勇気 負けない心で 明日へ駆けて行こう」このサビ部分だけ抜き出しても、フォロワーに対する呼びかけになっている。そもそもタイトルの「奇跡」は「軌跡」とひっかけたダブルミーニングになっていて、これに倣ってタイトルを変更すると「それは僕たちの軌跡」となる。このように変えると急に突き放した印象になるが、これこそがこの楽曲がもつ本来の意図なのでは、とも思える。「これは僕たちの軌跡であって君たちの軌跡ではない。君たちは君たちだけの軌跡を描いてほしい」というμ'sの思想をこの歌詞から感じるのである。

あるいは僕たちはひとつの光に関してはどうか。劇場版のラストを飾る楽曲であり、メンバーの名前を入れ込んだ意欲的な詞のせいで楽曲の持つ本来のテーマがあやふやになりがちだが、このタイトルにも二つの意味が込められているように思う。一つはもちろん「メンバーが集まり一つの光になった」という意味。しかし一方では「僕たち」は「数多ある光の中の一つ」という捉え方も出来る。どうしても神格化されがちなμ'sではあるが、自分たちを「世の中に数多ある光の中の一つに過ぎない」とし、自らが「神格化されることを拒否しつつ」「皆も同じようにオンリーワンの光を目指してほしい」という表現にも思える。もちろん考えすぎかもしれないが、そう捉えれば、μ'sが「音乃木坂に自分たちの痕跡を残さなかった」理由にもしっかりと合致してくるのである。

ここまで考えると、とたんに「MIRAI TICKET」の歌詞も分解できるようになる。例えば「あこがれ抱きしめて 次へ進むんだ 僕たちだけの新世界が きっとある」の部分。「あこがれ」とは「μ'sへの憧れ」だろう。ただしそれは「目指す」ものではなく、「次に進む」ための「糧」となるもの。だからこそ彼女達は「あこがれを抱きしめる」わけだ。そして彼女達が目指すのは「μ's」ではなく「僕たちだけの新世界」になった。

「僕たちだけの新世界」を目指すのは「ヒカリになろう」とするため。そんなAqoursに「何がしたい?」と問いかけるのは「青い空」。「青い空」につきものなのは、「太陽」で、「太陽」といえばやはり「SUNNY DAY SONG」。ここから彼女達が「SUNNY DAY SONG」のメッセージを受けて「ヒカリ」を目指している...という構造が分かる。

Aqoursが目指すのは「ミライを照らせる」だけの「大きなヒカリ」。しかし今のAqoursではそのレベルの「ヒカリ」には達していない。とはいえ始めた時には「目標=未来」すらあやふやだったAqoursが、「自分たちがスクールアイドルをやる理由」をしっかりと見据えることが出来ただけでも大きな進展だ。そしてそんなAqoursの成長を描いたのが「ラブライブ!サンシャイン!!」という物語だったのだ、とも総括できる。

彼女達が「やっと手にした」MIRAI TICKET」。しかし、それは「ヒカリになる」航海を始めるための交通手形に過ぎない。可能ならば彼女達の航海の様子をもう少し見てみたい。そして出来るなら「ヒカリ」になった瞬間を見ていたい。「今はもう 迷わない」と告げる「強いAqours」の活躍を楽しみにしつつ、この稿を終わりとしたい。

長々とおつきあい頂きありがとうございました!

さて、なんとか間に合いそうなので、次回で「ラブライブ!サンシャイン!!」一期の物語を総括しようかな?と思っています(今回割とやっちゃった気もするけどさ)。

それを終えたらいざ横浜アリーナへ!!