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Love Live!Aftertalk

妄想をただ書き連ねる覚書。

「HAPPY PARTY TRAIN」について私が考えた二、三の事柄(という駄文)

ラブライブ!サンシャイン 楽曲 無駄話

おひさしぶりの「ラブライブ!サンシャイン!!」無駄話です。

今回は一旦「ラブライブ!」考察をお休みして、インプレッションをば。

と、いうのもAqoursの3rdシングル「HAPPY PARTY TRAIN」(以下HPT)が発売され、なおかつこれが良曲だったから。

とはいえ今回はがっつり考察...というよりも「これはこうかもなぁ」みたいな、ぼんやりとした感想と言いますか、インプレッションとしてまとめておこうという趣旨ですので、どうか肩ひじ張らずにお読みいただければと思います。

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■果南にとっての「終わり」の季節。

PVの始まりはガランとした教室から。「祭りのあと」を思わせる教室で、果南はひとりぼんやりとしています。

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色づく山々、焼き芋を作る花丸、などの描写から季節は秋から冬への変わり目。と、なるとこの教室は「文化祭」の名残?という感じにも見えます。

春先の今リリースされたCDの舞台設定になぜ「秋」が選ばれたのか?というのは不思議な感じではあります。ただし「秋」に2期のスタートが予告されている以上、決して無関係とはいえないようにも思えますね。

ベランダから景色を眺める果南。その表情はどこか寂しげです。f:id:ishidamashii:20170409114043j:plain

3年生の果南にとって、「秋」は「次の進路」へと向かう季節。そしてそれは同時に「自分」と「Aqours」の「別れ」を意識せざるを得ない季節でもあります。

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場面は切り替わって三島駅のホーム。内浦へと戻る果南の胸に去来するのは「別れ」とそれに伴う変化への「恐れ」そして「寂しさ」です。

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(浦の星の教室にいたように見えた果南が、なぜ三島駅から電車に乗っているのか?に関してはこのPVからだけでは分かりかねます....。)

この一連の流れから、「終わり」という物が、このPV内で一つ重要なテーマとして設定されているように思えます。「別れ」やそれに伴い起きる「寂しさ」や「切なさ」をどのように「受け入れる」か。というのが一つ大きな「メインテーマ」なのかな?と。

 

■「豊後森機関庫」と「国鉄9600形蒸気機関車」の文脈

PV内で重要な舞台装置として登場する豊後森機関庫」国鉄9600形蒸気機関車

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これがどこにあるのか?というとなんと大分県

ラブライブ」とは縁もゆかりもないこの場所がなぜ選ばれたのか...というのは気になるところ。

「テーマが電車と決まった時点で、電車好きのスタッフにロケーション選定をしてもらったら、ここがピックアップされてすごく良かったから!」という身もふたもない理由かもしれませんが(笑)

とはいえ、当ブログはなんでもかんでも「こじつけて」考察するのが趣味のブログなので、ここの文脈もちょっと考察してみました。

そこで見つけたちょっと面白い符号は「日付」

豊後森機関庫は元々1934年に完成するも、1971年には役目を終えた存在になっていた場所。そこを2001年から地元有志の方々が保存を目的に署名活動を開始。1万人の署名を目標に活動を開始しましたが、結果的に目標を大きく超える22,437名分の署名を集め、無事2012年8月13日に国の登録有形文化財として登録されました。

豊後森機関庫 - Wikipedia

ここで気になるのはこの8月13日という日付。

奇しくも2010年の8月13日は、μ'sのファーストシングル「僕らのLIVE君とのLIFE」が夏コミで先行販売された日。その日付と同じなんですね。

僕らのLIVE 君とのLIFE」(ぼくらのライブ きみとのライフ)は、μ'sの楽曲。同グループ1枚目のシングルとして2010年8月13日コミックマーケット78で夏コミ限定版が先行発売 

僕らのLIVE 君とのLIFE - Wikipedia

あの「全く売れず」徳井家に「事務所が買ったCDが大量にあった」(3rdLIVEでの徳井青空MCより)ことでお馴染みの「コミケ先行版」が発売された日...。そんな日付と奇妙な一致を見せるわけです。(年号が違うのでロジックとしてはちょっと弱いんですけどねw)

ただしそんな「ぼららら」との関連性を知ると、「HPT」の帯コメント『新しいみんなで叶える物語』が、「ぼららら」の帯コメント『皆で叶える新しい物語』に「寄せて」作られている理由としてもしっくり来るんですよね。

※余談ですが。「みんなで叶える物語」をテーマにスタートした「プロジェクトラブライブ」にとって大事な記念日となったこの日に、「豊後森機関庫」保存を目標とした有志は「機関庫の登録有形文化財登録」という「物語」を「みんなで叶えた」わけで。これはこれでとても面白い一致ですよね。

 

更に「HAPPY PARTY TRAIN」のモデルそのものである国鉄9600型蒸気機関車に関しても、面白い日付ネタが。

実は改修費用の高さ故に解体される予定だったこの蒸気機関車は、譲渡される形で2015年6月12日豊後森機関庫に設置されました。

この2015年6月12日は、「劇場版ラブライブ!The School Idol Movie」公開の「前日」にあたる日でもあります。

ラブライブ!The School Idol Movie』(ラブライブ ザ・スクールアイドルムービー)は、サンライズ制作による日本アニメーション映画メディアミックスプロジェクト『ラブライブ!』の一作品。テレビアニメラブライブ!』の続編で、廃校寸前の母校を救うために結成された架空のスクールアイドルグループμ's(ミューズ)」の奮闘と成長を描いた物語の完結編である。2015年6月13日公開。

ラブライブ!The School Idol Movie - Wikipedia

「μ's」と「プロジェクトラブライブ」の一旦の「終わりを告げる物語=劇場版ラブライブ!」の公開前日に、「第2の生=始まり」を得た国鉄9600型蒸気機関車

μ'sにとっての「始まり」と「終わり」を象徴する日は、「豊後森機関庫」と「国鉄9600型蒸気機関車」にとっても大事な日付と不思議な近似性を持っていることが分かるわけです。

またこの文脈を理解すると「HPT」の最初の歌詞、「開いた花の香りから 受け取ったよ次の夢を さぁどこに行こうかな 跳ねるように行こうかな」という歌詞が、「劇場版ラブライブ!」のラストシーンに関連付けられているのがなんとなく理解できます。

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また、注目したいのは「豊後森機関庫」「国鉄9600型蒸気機関車」共に、現代では本来の役目を一旦「終えていた」というところ。それにも関わらず有志の手によって「新しい生」を与えられた。即ち二つにとっても、「本来の役割の終わり」と「新しい役割の始まり」、すなわち「死」と「生」が同居する場所になっているわけです。

今回の楽曲のテーマの一つは「終わり」であり、それをどのように「受け入れるか」ではないか?と先ほど書かせて頂きました。

とすればこれらの舞台装置が文脈として提示しているのは、「終わり」を「新しい始まり」として受け入れられないか?という「提案」なのかな?とも思えます。

 

■「終わり」と「始まり」

「終わり」を「新しい始まり」と捉えた楽曲を考えるとμ'sのファイナルシングル「MOMENT RING」を思い起こさせます。

「思い出だけじゃないからね 新しい夢が生まれてくると 僕たちは知ってるよ」

と彼女達が「最後」のシングルで語った通り、「終わり」は「始まり」のきっかけになるもの。

「終わる」ことは確かに寂しいことだけれど、そこから「新しい何か」が「始まる」ことを楽しんでほしい。

「HPT」はそんなμ'sの「最後のメッセージ」を反映されて作られた楽曲かもしれません。

 

■「電車」というメタファー

「電車」が何を象徴しているのか?というのを改めて解説するのは気恥ずかしいですが。一般的には「運命」を象徴するものとして起用されがちですね。

電車は一度乗ったら目的地まで「自分の意志」が反映されない乗り物です。自分で電車そのものの行先は変えられないし、スピードを速めたり、遅くしたりも出来ない。それは「抗えない運命」に似ています。

※電車を「運命」のメタファーとして多用する作家としてすぐ思い浮かぶのは「君の名は。」でお馴染み新海誠監督ですね。

「運命」をもっと広義のものとして見てみると、例えば「時間」や「時代」。あるいは「季節」もそこに含まれるように思えます。全てはただ流れていき、人には操作できない要素。それこそが「運命」です。

人はどうやってもある種の「運命」には逆らえないもの。とすればその「運命」とどのように付き合っていくか?というのが人生においては大切になってくるわけです。

そこで重要になるのが「視点の変化」。これは「劇場版ラブライブ」の考察でも触れた通り、「ラブライブ」を語る上では欠かせない重要な要素ですね。

「降り始めた雨」を「嫌だなぁ」とネガティブに受け止める穂乃果に「大丈夫にゃー!」と告げ、雨の中歌い踊ることで雨を「星空」へと変えた凛が象徴するように。

一見「ネガティブ」な要素も、自分自身の「捉え方」で「ポジティブ」に変えること。その重要性と意義を「ラブライブ」は何度も強調してきた作品です。だからこそ「HPT」でもその思想は受け継がれ、表現されていきます。

 

■「視点の変化」と「視覚の変化」

「HPT」の歌詞では「変化」することを「楽しむ」ことの重要性が歌われています。

歌詞内の「ポジティブ」な「視点の変化」は、ダイレクトに「視覚」へも影響します。この辺は実にMV(ミュージックビデオ)的な手法ですね。

例えばスタート時には「寂しげ」な「秋」の風景ですが...

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花丸の「ステキな旅に出よう 人生ってさ....たくさんの場所へ続いてる?ワクワクだらけさ!」という言葉をきっかけに

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秋の枯草は新緑へと変わります。

2番冒頭ではいきなり「冬景色」に。

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しかしそんな寒々しい景色も、「終わらない旅をしよう 人生ってば....ためいきもたまに出ちゃうよ ハラハラし放題!」という言葉が新緑へと変えていきます。

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「人生」という「決して楽しいだけではない」物を、自分自身の「ポジティブ」な「視点変化」で「楽しみ」へと変えていくことで、「寂しい景色」や「寒々しい景色」も「暖かな景色」へと変化させることができる...。

それは「運命」に関しても同じ。

一見「苦しかったり」「難しかったり」する、自分ではどうしようも出来ないような、それこそ「運命」と呼ぶしかできないような局面でも、自分自身の視点を「変化」させることで乗り切ることができる...というポジティブなメッセージ。

そんな「分かりやすいメッセージ」がこの「視覚変化」では表現されていますね。

また変化していく景色の中で、唯一「変わらない存在」として踊り続けるAqoursは、「Angelic Angel」におけるμ'sを思い出させます。

Angelic Angel」PVにおいて場面の転換に影響を受けず踊り続けるμ's。

彼女達が場面転換に影響を受けないのは「時代」や「時間」が変化しようとも「変わらないもの」=「希望」を象徴しているから。

「HPT」PV内のAqoursもまた同じような意図をもって機能しているように思えます。

そこからは「運命」に左右されるのではなく逆に「運命」を「乗りこなしてみれば?」という「ポジティブな視点変化」の提案を感じます。

その提案が「空を飛んでいく機関車」という表現に集約されているのではとも思えるのです。

 

■空飛ぶ「HAPPY PARTY TRAIN」

思い悩みながら電車に揺られる果南に手を差し伸べるのは、「子供時代の果南」です。この辺の解釈は難しいのですが...。

「劇場版ラブライブ」に影響を受けていることを鑑みれば、「子供時代」の「自分」は、「何事にもためらわず挑戦」し「全てを楽しめる」象徴と捉えるのが自然なのかもしれません。

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「劇場版ラブライブ」では、自分たちの「これから」に思い悩む穂乃果が幼少期のように「ためらわず」「全てを楽しむ」視点を取り戻すことで、再び「自分の決意の正しさ」を認めることができるようになる....という描写が為されました。

サンシャイン12話でも、「希望」や「勇気」を表現する存在として「穂乃果のような少女」を象徴的に登場させ、彼女の姿をAqours全員が見つめることで、「ためらわず自由に走る事」の大切さを理解しました。

このように「ラブライブ」の文脈において「子供」は「ためらわない」「自由」の「象徴」として使用されることが多いように思います。

従って自分の「これから」に思い悩む果南もまた「幼少期の自分」と「手をつなぐ」ことで「未来を恐れず」「ためらわず進むこと」の大切さを「取り戻した」のかな?とも思えます。

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「幼少期の自分」と「手をつなぐこと」で「未来」を「恐れず」「楽しめる」ようになった果南。これから起こる「未知」を「恐れる」のではなく「楽しむ」ことが出来るようになれば、「運命」さえも自分で「乗りこなせる」ようになるはずです。

故に「HAPPY PARTY TRAIN」は「機関車」でありながら、「自由」な「宇宙」へと飛び立っていきます。その下には線路はありません。

「楽しいこと」も「辛いこと」も、「起きる事全てを楽しみたい」。13話「サンシャイン!!」で千歌が語った通り、「起きる事を全て楽しむ」というのはAqoursが手にした自分たちの「スローガン」です。「HPT」もまた、その「スローガン」に倣って作られた楽曲なのではないかな?と思えるのです。

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■「変わらない」もの。

果南が恐れているものの一つは「変化していく人間関係」でしょうか。「卒業」して「次の進路」へと進めば自ずと元々の友人とは「疎遠」になっていきます。環境が変われば、それぞれ「一番大切なもの」は変わっていきますし、それによって価値観も変わっていく。それは仕方のないことです。ただ、仮に疎遠になってしまったとしても「仲が悪くなる」わけではない。必ず目に見えないところで「繋がっている」。それが「人間同士」の「繋がり」でもあります。

伊豆長岡駅に降り立った果南にドンピシャで「おかえり」と告げる千歌。「よくわかったね?」と問いかける果南に「なんとなくね」と笑顔で答えます。

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千歌の「おかえり」は、「離れていた時間」を「埋める」ためのキーアイテム。東京へと旅立っていた梨子も「同じ言葉」で迎え入れたように、いつだって「おかえり」が全ての「空白」を埋めていきます。

それはたとえ今後、何年・何十年「Aqoursのメンバーが揃うことがなくなる」としても変わらない儀式。「おかえり」があれば、いつだって「元の関係性に戻れる」ことを実感したからこそ、果南はホッとした笑顔を浮かべるのではないでしょうか。

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・・・というわけで「HPT」の個人的なインプレッションでした。

インプレッションなのに長すぎィィィ!

とはいえこれでもちょっと書き足りないくらいなので、また追加するかもしれませんw

相変わらず凄い情報量だこと。

また、これはあくまでも私個人の「感想」であって、正解ではございませんので、悪しからずご容赦願いますm(__)m

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ラブライブ!ハイライト 第2話「アイドルを始めよう!」

ラブライブ 考察 アニメ

こんにちは!あるいは、こんばんは!

今回は第2話「アイドルを始めよう!」の考察をしてまいります。

大きな分岐点となる3話を「転」とすれば、この第2話はそこに至る「承」を描いたお話。また終盤に至る重要な「布石」が打たれていたりと、意外と見逃せないポイントの多い回だと思っております。

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■第2話STORY

 一度は絵里に止められた「スクールアイドル活動」。しかし穂乃果は諦めず、「やるったらやる!」と活動継続を宣言します。穂乃果が考えたのは新入生への部活紹介日に講堂を借り、そこで「ライブ」をすること。目的を知った絵里は当然眉をひそめますが、副会長である希はそのうえで使用を了承します。希の狙いは絵里にも分からないようですが...。なにはともあれ講堂を使えるようになった穂乃果たち。いざ準備を...と思いますが、曲もなければ、衣装もない。更にはグループ名もない。ないない尽くしの現状に気が付きます。とはいえ出来る部分は自分達で賄おうとするメンバー。しかし作曲だけは出来る人材がいません。穂乃果は前回音楽室で出会い、一度は参加を断られた真姫に再び作曲を依頼しようと考えます。しかし「学校を廃校から救う」というお題目に真姫は興味を示しません。グループ名に関しても良い案が出ず、公募することに。なかなか思うように物事が進んでいきません。そんな中絵里からはスクールアイドル活動に関して冷静な忠告を受けます。「理想」と「現実」のギャップに速くも苦しむ穂乃果。そんな中、覗きこんだグループ名公募用の投票箱には一枚だけ票が入っていました。その名前は「μ's」。「女神」の名前から取られた案は全会一致で可決。彼女達は今後「μ's」として活動していくことになります。

メンバー内で唯一運動部に所属する海未は、アイドルにも「運動部」と同じ「厳しさ」を感じています。「アイドル」への認識が甘い穂乃果には「笑顔で腕立て伏せ」をさせ「厳しさ」を実感させます。自分たちの「体力の足りなさ」と「アイドルの大変さ」を実感した穂乃果は神田明神を使用してのトレーニングを開始。その過酷なトレーニングを見つめる希には、穂乃果たちの「本気」が自然と伝わります。

特訓の傍ら真姫の勧誘を続ける穂乃果。アイドルを「軽い」「薄っぺらい」「遊んでるみたい」と評価する彼女に、自分も経験した「笑顔で腕立て伏せ」を実践させることで「アイドルの厳しさ」を伝えます。また「自分の目的」ではなく、真姫の「歌」や「演奏」を評価し求めることで、彼女の心を動かします。神田明神でのトレーニングを見学する真姫。練習に励む穂乃果たちの真剣味は彼女にも伝わります。偶然出会った希の「恥ずかしいならこっそりという手もある」という言葉に、真姫はいよいよ気持ちを固めます。

早朝、穂乃果に手渡された差出人不明の封筒。そこには「μ's」という宛名だけが書かれていました。中に入っていたのはCD。早速屋上で再生する3人。再生器となったPCから海未が書いた詩が流れてきます。それを歌っているのは他でもない真姫。自分達初のオリジナル楽曲が出来たことに感動する3人。更に自分達グループへの「投票」通知が届きます。μ'sのスタートを祝う楽曲と最初の「投票」。その両方に貢献した真姫の表情はどこか穏やかです。遂に踏み出した「START=DASH!」。そしていよいよ「ファーストライブ」へのカウントダウンが始まります

 

 ■第2話での登場人物プロフィール

高坂穂乃果

前回、絵里から厳しい評価を受けた「スクールアイドル活動」。しかし穂乃果は力強く「継続」を宣言。まずは「ライブ」を行い、それによって校内での知名度アップを狙う。とはいえ「アイドル」活動において「何をすればよいのか」に関しては全くの無知。その無知を海未や絵里からも窘められる。「アイドル」に対する認識不足と、具体的な体力不足を海未によって指摘→自覚させられ、特訓をスタート。また「廃校」にピンとこない真姫には彼女自身の価値を「肯定」することで勧誘に成功。生来の人たらしとしての実力を早くも発揮していく。

南ことり

自前での役割分担が必須な状況のμ'sにおいて「衣装デザイン」と「作成」という役割を買って出たことり。どうやら服飾に関しては一定の実力と「こだわり」がある様子。作詞を渋る海未に対しては「お願い!」を発動。半ば強引に了承を得るなど「天性のアイドル」としての素質を覗かせる。また、服飾が得意...というのは後々の伏線にもなっていく。

園田海未

穂乃果・ことりの「アイドル」に対する認識の甘さを指摘する海未。唯一部活動(弓道部)にいそしむ彼女が「アイドル」の持つ「厳しさ」とそれに付随する「努力の必要性」をμ'sに伝えていく。それによってμ'sの活動は対外的に「認められる」ようになる。海未はグループを上手く循環させる「嫌われ役」を厭わず買って出ることで、その役割を果たしていく。

東條希

生徒会副会長の傍ら神田明神で巫女としてアルバイトをしている。その理由は「神社はスピリチュアルな場所だから」。意図せずトレーニング場として選ばれた神田明神だが、階段を何往復も駆け上がるμ'sの3名の姿を希は常に観察する事で、希の中でのμ'sに対する評価は高まっていく。またグループ加入を渋る真姫に対して結果的にμ's加入のきっかけを与えることに。

西木野真姫

穂乃果から「廃校を阻止するためにスクールアイドルグループの作曲をしてほしい」との依頼を受けるも、それをにべもなく拒否。アイドルやアイドルソングを「軽くて遊んでて薄っぺらい」と評価している。しかし穂乃果から要求された「笑顔で腕立て伏せ」を充分にこなせなかったこと、真姫自身の音楽性や歌唱力が高く評価されたことで穂乃果の言葉に耳を傾けるようになる。海未の歌詞に共感するとともに、μ'sの活動にも一定の興味を覚えた彼女は、あくまでも「こっそり」と応援するべく「START=DASH!」という楽曲をμ'sに提供する。

小泉花陽

スクールアイドルへの興味を持ちながら一歩を踏み出せずにいる現状。1年生の教室に「ピアノの上手な子」を探しに来た穂乃果に、真姫の名前と居場所を教える。また穂乃果に「頑張ってください」と伝えることでμ'sの明確な支持者となる。

星空凛

現在部活見学の真っ最中。陸上部への入部を考えている。親友である花陽も誘っているが花陽は乗り気ではない様子。スクールアイドルにはまったく興味がない。

矢澤にこ

張り紙を通して校内に「スクールアイドル」が誕生したことを知る。が、そのポスターを見つめる花陽を「何これ?」と詰問する。どうやら学校内に「スクールアイドル」が誕生することを快く思っていない模様。

 ・絢瀬絵里

第2話での出番は序盤と中盤のハイライトシーンのみ。穂乃果の「講堂レンタル」の要望には難色を示すも、希の嘆願を受け了承する形に。希には唯一心を許しているものの、反面希がどういう意図をもって穂乃果を支援しているのかに関しては分かりかねる様子。

■第2話を読み解くポイント

☆その1「やるったらやる」...穂乃果の推進力

物語冒頭。生徒会室に立つ穂乃果は、絵里に対して「講堂の使用許可」を求めています。その理由は「講堂でライブをする」ため。とはいえこの段階ではグループ名も、楽曲も、なにもかも決まっていない状態。にも関わらず「講堂を借りる」という行動は「強気」そのものです。なにはなくともまずは「行動する」。そんな穂乃果独自の行動力は彼女の持つ最大の「強み」かもしれません。

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物語冒頭~中盤で存分に発揮される穂乃果の「行動力」。それが反転して「弱み」として発動することもあるわけですが、それはもっと後のお話...。

 

☆その2 穂乃果の行動を支援する希...その意図は??

講堂の使用許可に予想通り難色を示す絵里。しかし副会長である希は「生徒の希望を制限できない」と絵里を説得。使用許可を下すに至ります。希の意図が理解できない絵里。なぜ彼女達の味方をするのか...という問いかけに「何度やってもカードがそう告げる」とスピリチュアルパワー全開の回答を示します。「タロットカードでの太陽の正位置」には複数の意味がありますが、その一つは「新しい可能性を見つける」というもの。

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serendipity-japan.com

スピリチュアルを信奉する希ではありますが、今回は彼女の趣味がμ'sを救う形になりました。そしてこの後も彼女の「予感」がμ'sを導いていく...というシーンが何度か登場していくことになります。とはいえ希が穂乃果たちを支援する理由には更に奥深い理由があるわけですが...。その理由に関しては2期まで待たねばなりません。

 

☆その3 グループ内での役割分担

いざ活動を開始しようと思い立ち、講堂の使用許可も手に入れた3人。活動は順風満杯...と思いきや、壁が立ちはだかります。それは「アイドル」をするうえで必須の要素「歌=楽曲」そして「衣装」です。

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特に「楽曲」に関しては担当できるメンバーがおらず最大のハードルになるわけですが...。とはいえ出来る部分は自分たちで賄おうと試みるメンバー。衣装のデザインと制作はことりが自主的に担当。

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作詞は中学時代にポエムノートを作成していた黒歴史を掘り起こされた海未が、ことりの「お願いっ!」に負けて泣く泣く担当することに。

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f:id:ishidamashii:20170401223218j:plain(恐ろしや、ことり。恐らく過去何度も飛び出した必殺技なのでしょう...)

自然に....というよりも必然的に決まった「役割」。ただしこの「役割」は終盤に至るまで「重要」な意味を持っていきます。そんな「役割」に関してもその段に考察していければと思います。

 

☆その4 グループ名公募と「箱」というモチーフ

グループ名も決めていなかった穂乃果たち。3人でアイデアを集めますが「良い案」が出てこず。

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自分たちの存在を知らしめる意味でも校内での「公募」を行います。

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しかし、公募開始と同時に様々な試練が穂乃果たちに降りかかります。「作詞」「衣装」「楽曲作り」に含めて「体力づくり」。特に「楽曲作り」に関しては遅々として進まず。絵里からは改めて「スクールアイドル活動を甘く考えないでほしい」と釘を刺されてしまいます。

f:id:ishidamashii:20170401231411j:plain絵里の冷静な指摘はさしもの穂乃果にも刺さり「私ちょっと甘く考えていたのかな」と反省。開始当初に持っていた「いける!」という気持ちが徐々に萎んでいきます。そんな中穂乃果を励ますのは友人である「ヒデコ・フミコ・ミカ」の3人。

f:id:ishidamashii:20170401233912j:plain以後「神モブ」とも呼ばれるようになる「ヒフミ」ですが、彼女達は穂乃果たちの最初の支持者でもあります。この後も「支持者の支援」を「力」へと変え、成長していく穂乃果たち。「ヒフミ」はそれを「象徴」する3人でもあります。彼女達のエールで若干元気を取り戻した穂乃果。投票箱のなかを覗くと中には1枚だけ「グループ名案」が書かれた紙が入っています。f:id:ishidamashii:20170402005507j:plain

f:id:ishidamashii:20170402110738j:plainそこには後のグループ名となる「μ's」の文字が。

...さて、ちょっと穿った考え方ですが、「箱」とそこに「一つだけ入っているもの」というモチーフを考察してみましょう。

このモチーフから思い出すのはパンドラの箱の逸話です。

パンドラのはこ【パンドラの箱】 とは...

ギリシャ神話で、ゼウスがすべての悪と災いを封じこめて、人間界に行くパンドラに持たせた箱。 パンドラが好奇心から開けたため、人類は不幸にみまわれるようになり、希望だけが箱の底に残ったという。

kotobank.jp

「全ての悪と災厄」が飛び出した箱の中にたった一つだけ残されていた「希望」。このモチーフと「投票箱に唯一入っていた紙」は合致するように思えます。何故このモチーフを使用したのか?というと、一つは序盤で希が示した「μ'sこそが新しい希望」であることを印象づけるためでしょう。「ラブライブ」は一貫して「希望」について語る物語でもあります。

パンドラの箱」の逸話が何を伝えようとしているのか...に関しては諸説あるわけですが、有力な説の一つとしては「災厄」と「希望」は常にともにあるもの...というのがあります。それは「災厄」あるところには常に「希望」もあるのだから、それを決して見失わないでほしい...という教訓でもあります。この時点での穂乃果は降りかかる「試練=災厄」に心を奪われ「希望」を失いかけていました。しかし「ヒフミの応援」や「μ's」という名前に希望を見出し、再び夢に向かって走り出すことが出来るようになります。

余談ではありますが...文脈として「μ's」という名称自体ゼウスの「9人の娘」(諸説あります)にして文芸の女神である「ムーサ」(英語表記でミューズ)が元ネタになっています。「ラブライブ」が「ギリシャ神話」を始めとした様々な「神話」的なものをモチーフにしていることはこんな部分からも分かりますね。

 

☆その5 「やるからにはちゃんとやる」海未の重要性

 「アイドル」に対しての認識が薄い穂乃果とことり。彼女達は「アイドル」に必要な要素を把握できていません。「お祭りみたいにパーっと盛り上がって楽しく歌っていればいいと思ってた」(穂乃果談)というのは、アイドル活動を思いついた段階での偽りない穂乃果の「アイドル観」でしょう。そんな穂乃果の認識を改めさせたのは海未です。

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グループ内で唯一部活、しかも体育会系の「弓道部」に所属する海未は、「努力」と「結果」の関係性を最も把握し、重視している人物でもあります。第1話で的を外した時には同級生から「珍しい!」と驚かれる程、「弓道」に対し真剣に向き合い、研鑚を重ねる彼女。故に「アイドル」にも自分と同じ要素を敏感に感じ取る嗅覚があります。「笑顔で腕立て伏せができるか」という穂乃果への問いかけは、「アイドルに必須の要素」を端的に伝える手段になりました。

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使い古された表現でいえば「白鳥が湖の下では必死に足掻きをしている」のと同じように、優雅なパフォーマンスの裏には、必死の研鑚と努力がつきものなわけです。その視点をこの2話で伝えることはとても「重要」でした。真姫が指摘する通り「軽くて遊んでて」も出来てしまうもの=「アイドル」と視聴者に認識されてしまえば、物語自体への関心を失いかねない危険性があるからです。

物語内でもそれは同じ。穂乃果・ことりに「アイドル」の難しさと厳しさを早めに認識させることで、彼女達が「真剣に取り組む」動機へと変化させていき、その認識変化が周りの人々へも影響を与えていくのです。

「体力不足」を痛感した海未は、神田明神の階段を用いたトレーニングを開始。神田明神でアルバイトをしている希は、日々トレーニングを重ねる穂乃果たちを見つめることで彼女達の「本気」を実感するに至ります。

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また、アイドルを「軽くて遊んでて、薄っぺらい」と評した真姫には「笑顔で腕立て伏せ」を実践させることで難しさを実感させます。これも海未の指摘があったからこそ出来たことです。

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海未はこの後もμ'sを鍛え上げる「悪代官」「鬼教官」として辣腕をふるうわけですが、そんな彼女の真価は第2話で早くも発揮されていたわけです。

...さて、これも余談ですが、トレーニングの過程とそれをクリアしていく様子を「何度も繰り返し、成長を描く手法」をモンタージュと呼びます。これは「階段」というモチーフも相まって間違いなく「ロッキー」の影響にある表現法でしょうね。

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「ロッキー」は「ザ・ハリウッド映画」と呼んでふさわしい作品だけに、「ハリウッド作劇」に基づき作られている「ラブライブ」にも影響を与えている重要な映画だと思います。見たことのない方はぜひご覧いただけると幸いです(最悪1・2・FINALだけでも良いので)。

※ちなみに大好きな映画「チーム・アメリカ ワールドポリス」では「モンタージュ」って曲が出てきます。歌詞がしょうもないですw

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☆その6 真姫の心を動かす「言葉」

2話中盤。穂乃果は真姫を勧誘する際に「学校を救うため」という言葉を使います。しかし真姫はそれにはまったく興味を示しません。

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真姫がなぜ音ノ木坂に通うことになったのかは不明ですが、まだ入学したてで、学校への思い入れが薄い1年生にとっては心に響かない言葉であるのは確かでしょう。いかにして真姫の心を動かすか。そのキモになるのは「音楽」でした。

入学以来クラスには溶け込めず、音楽室に通い詰める毎日だった真姫。彼女にとって最も大事な存在は「学校」でも「友達」でもなく、「音楽」です。

f:id:ishidamashii:20170402151224j:plainそんな孤独を愛する彼女が、音楽室で一人弾き語る曲は「愛してるばんざーい」。「苦境の中でも希望を持つことの意味と尊さを高らかに歌い上げる楽曲」であるこの曲は、今の真姫の雰囲気とはミスマッチにも思えます。「ラブライブ」が「ミュージカル作品」である以上、楽曲が登場する際にはなんらかの文脈をもって登場するのが基本。そう考えるとこの曲の歌詞にヒントがあるようにも思えます。

想像ではありますが、元々は「音楽の道」を志していた真姫は、「なんらかの事情」で音ノ木坂に進学せざるを得なくなり(恐らく家庭の事情でしょうか)、結果捻くれてしまっている...。この曲(愛してるばんざーい)は「音楽の道」を志す半ばで作った楽曲で、だからこそ歌詞は前向き。しかし「音楽の道」が閉ざされた現在の真姫にとっては皮肉に響く曲になってしまっていて、今はそれを一人音楽室で奏でる事が唯一の「破れた夢への癒し」になってしまっている...という感じでしょうか。あくまでも妄想ですけど(笑)。

ただし真姫が既に「夢破れた存在」として登場しているのであれば、彼女がここまで捨て鉢な学校生活を送っているのもちょっとは理解できる気もするのです。

そんな真姫の心を動かすのは彼女の「音楽」に対する評価だけ。穂乃果は他意なく真姫の「演奏」と「歌声」が「好き」なのだと語ることで、頑なだった真姫の心を動かします。

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第1話でも自らの「音楽」を褒められることで赤面していた真姫。恐らく、彼女が一番「褒められたい」のは「自らの音楽性」なのでしょう。しかしそれを積極的にアピールできない。だからこそ「誰かに見つけてほしくて」音楽室で毎日自作の曲を演奏していた...とも考えられます。そう思うと、その不器用さが愛おしくて仕方なく思えてきますね。ただこの「誰かに見つけてほしい」と願う少女たちがμ'sによって「救い上げられていく」というのも「1期」の中心となる物語でもあります。

更に真姫の心を動かしたのは、海未の詩。

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海未が書き下ろした「START=DASH!」は「苦境を見据えながらそれでも夢見る事の尊さ」を歌ったもの。それは真姫が音楽室で一人奏でていた「愛してるばんざーい」と共通するテーマ。図らずも一致した自らの思いと海未の歌詞。故に真姫はいよいよ曲を提供する決意を固めたように見えます。

「恥ずかしいならこっそりという手もある」そんな希の言葉は、「素直になれない」真姫にとっては励みになるもの。こうしてμ'sにとっての初めてのオリジナル楽曲となる「START=DASH!」が誕生します。

 

☆その7 「START=DASH!」

2話ラスト。屋上でPCから流れ出す曲は「START=DASH!」。μ'sの始まりを告げる楽曲にして、1期のアンセムでもあります。

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軽やかでありながらどこか悲壮感をたたえ、厳かな雰囲気を持つ美しい楽曲。それはμ'sのスタートが決して「晴れやか」でないことを暗に伝えてもいるわけですが。。

何はともあれオリジナルの楽曲を遂に手にした3人の表情は晴れやか。そして楽曲を提供した真姫の表情も穏やかです。それは真姫の夢=「音楽」が理想とは別の形であれ「繋がった」からでもあります。「音楽」の夢を捨てざるを得なかった真姫は、再び「音楽家」としての「役割」を得ることで「希望」を取り戻します。そしてそれを与えてくれたμ'sへ、感謝の気持ちを込めて「投票」を行います。

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真姫にとっては初めて「他人のため」に作った曲。誰かに求められ、誰かの為に自分の力を使う...ということが無かった真姫にとってその経験は彼女の心を軽くしました。軽くなった心は彼女の「頑なさ」を少しだけ薄れさせ、それがμ'sへの「一票」のきっかけにもなったわけです。

以後μ'sは自らが動くことで様々な人々を救っていきます。とはいえ、続く3話ではとてもとても大きなカセが発生するわけですが...。それは次のお話ということで。

 

....ということで第2話考察でした。思った以上に色々な要素が含まれたとても大事な回だったので、結構時間がかかってしまいました。足りていない要素があったらすみません。直接お問い合わせ頂けると幸いです。

さて次回はターニングポイント3話。続けてしっかりやってまいりますので、よろしくお願いしますm(__)m

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ラブライブ!ハイライト 第1話「叶え!私たちの夢ー」

ラブライブ 考察 アニメ

お久しぶりでございます。

今回からラブライブ!(無印)の考察を開始していこうと思います。

とはいえ、(無印)と書くのは、なんとなくリスペクトを欠く気がしますので、考察記事時には普通に「ラブライブ!」と表記し、「サンシャイン」と差別化しようと思います。

さて、今更「ラブライブ!」の考察...となると語られつくしたもの。ストーリーに関してもご存じない方はほぼいないと考えてよいでしょう。そこで本考察では敢えて「放送時点での情報」を中心に表記したうえで、細かい部分解説に移行していく...というスタイルでやってみたいと思います。こうすることで「既に知っている知識」が邪魔をせずに、各回の分析を行えるのでは...と思ったからです。あくまでも自分の思考整理の一環としての取り組みなので、ピンとこなくなったら止めるかもしれませんが(笑)。

また、こちらもしつこいですが一応。私のブログはあくまでも「私の考え」を表記したものです。公式の見解などでは全くないので、そちらご了承のうえご一読頂ければ幸いです。よろしくお願いいたしますm(__)m。

さて、前置きが長くなりましたが、ぼちぼち参りましょうか。

今回は第1話「叶え!私たちの夢ー」です。

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 ■第1話あらすじ

高坂穂乃果音ノ木坂学院に通う高校2年生。2年生としての春を迎えた始業式で事件は起こります。そこで理事長から伝えられたのは学校の「廃校」宣言。自分自身の成績に自信の無い穂乃果は転入試験への不安をもとに落ち込みますが、自分たちが卒業するまでは「廃校」が実施されないことを知ると一転不安が消し飛びます。とはいえ、みすみす母校を失うのも悲しいと、音ノ木坂の現状を幼馴染の南ことり園田海未と調査。すると音乃木坂の冴えない現状が浮き彫りになります。なんともいえないモヤモヤを抱えて自宅に戻ると今年高校受験を控える妹=雪穂が音ノ木坂を受験しない...という事実が明らかに。彼女は先進的で都会的なスタイルで人気を集める「UTX高校」を受験する...というではありませんか。また「UTX高校」の人気を支える一因に、「スクールアイドル」の存在があることを知った穂乃果。その人気の理由を知るために「UTX高校」へと出かけます。そこで見たスクールアイドル「A-RISE」のパフォーマンスに衝撃を受ける穂乃果。「その時私の頭の中で最高のアイデアが思い浮かんだ。」そのアイデアとは自分自身が「スクールアイドル」となって、音ノ木坂を救うこと。とはいえ具体的に何をすればいいのかわからない穂乃果。そんな思いつきは海未にたしなめられ、生徒会長である絢瀬絵里にも否定されてしまいます。しかし思い立ったら止まらない穂乃果。何かに駆り立てられるように「スクールアイドル」を目指し動き始め、その熱意はことりと海未にも伝わります。穂乃果・ことり・海未によって遂に動き始めた「音ノ木坂学院スクールアイドル」。名前もまだないこのユニットが、大いなる伝説を刻むべく動き始めるのです。「私やっぱりやる!やるったらやる!!」

 

■第1話での登場人物プロフィール

高坂穂乃果

音ノ木坂学院に通う2年生。決まった部活には所属していないが、人見知りしない明るい性格で学内に友人は多いようだ。幼馴染である南ことり園田海未とは常に一緒にいるほどの仲良し。また同じクラスにヒデコ・フミコ・ミカという友人もいる。実家は和菓子屋で妹が一人いる。和菓子屋の娘だがあんこは嫌い(理由=飽きたから)。祖母と母は音ノ木坂の卒業生で、母はどうやら生徒会長をやっていたことがあるらしい。表情がコロコロと変わる屈託のなさはなんとも子供っぽいが、反面こうと決めたら頑としてやり通す固い意志力と推進力も持つ。彼女の「やるったらやる!」という強い意志が全てのきっかけになっていく。

南ことり

音ノ木坂学院2年生。甘々ボイスとほんわかした雰囲気を持つ「ザ女の子」。穂乃果、海未とは幼少期からの幼馴染。母親は学園で理事長を務めているが父親の存在は不明。母親と学校についての話をする機会は無いらしく、「廃校問題」に関しても校内発表で初めて知った。能天気な穂乃果と頑固な海未の緩衝材として長く機能してきたようで、スクールアイドルに懐疑的だった海未に、穂乃果の意図をそっと伝え、スクールアイドル結成へ誘った。

園田海未

音ノ木坂学院2年生。長い黒髪を持つ、おしとやかな大和撫子。校内では弓道部に所属している。穂乃果・ことりとは幼少期からの幼馴染だが、能天気な穂乃果や、穂乃果に甘いことりに釘を刺す「しっかり者」。反面極度の恥ずかしがり屋で、自分自身が「スクールアイドル」となった姿を想像し、悶絶してしまったりする。その際には射った弓が的を外れ「めずらしい!」と部活仲間に驚かれたように、弓道の腕は確かなようだ。「スクールアイドル」をやって学校を救う!という穂乃果の考えを「甘い!」と冷静に否定するも、ことりの説得や穂乃果の真摯な姿を見て考えを改め、「スクールアイドル活動」に一歩踏み出す。

絢瀬絵里

音ノ木坂学院3年。生徒会長。金髪碧眼。常にジト目で近寄りがたい雰囲気を醸し出す人物。理事長の娘であることりに対しても態度を変えず厳しい態度で接してくるなど、どこか刺々しさを感じる。音ノ木坂学院の生徒会長として学校を救う活動をしたいと理事長に申し出るも、やんわりと否定され、鬱屈した気持ちを抱えている。穂乃果の提案した「スクールアイドル部」設立に対しては、自身が理事長から否定されたように「そんなことをするより、残り2年をいかに有意義に使うか考えなさい」と突っぱねる。穂乃果と絵里。同じ願いを持ちながら交わらない二人の物語が、中盤に至るまでのメインストーリーになっていく。

東條希

音ノ木坂学院3年。生徒会副会長。ロングヘアーをたなびかせ絵里の横に付き添って活動するナイスバディなお姉さん。1話ではほとんど台詞は無いが、若干発音のおかしな関西弁を喋る。「スクールアイドル部」設立を申し出る穂乃果にちょっとした助け舟を出すなど、絵里とはちょっと考え方が異なる様子。屋上で思い悩む穂乃果を影から見守っていたりと、なんらかの思惑があることを第1話でも匂わせている。

西木野真姫

第1話では名前が明かされない「音楽室の女神」。屋上で思い悩む穂乃果はどこからか聞こえてきた心地よいメロディーと歌声に導かれ音楽室に向かう。そこには一人一心不乱にピアノを弾き語る少女がいた。穂乃果に率直に演奏・歌・容姿を褒められた彼女は褒められ慣れていないのか赤面してしまう。しかし「スクールアイドル」への誘いに関してはキッパリと断る。「ナニソレ イミワカンナイ」。

小泉花陽

第1話では名前が明かされない。A-RISEを見るべく「UTX高校」へと立ち寄った穂乃果。同じくA-RISEの映像を見るべく駆け寄ってきたメガネの1年生に出会う。目を輝かせてA-RISEを見つめる彼女は、どうやらA-RISE、ひいてはスクールアイドルに大きな関心を持っているようだ。

星空凛

第1話では名前が明かされない。花陽に引きずられるように「UTX高校」に立ち寄ったショートカットでボーイッシュな女の子。一心不乱にA-RISEを見つめる友達とは違って、A-RISEにピンと来ていないらしい。思えば凛は終始A-RISEにピンと来ない人であり、その布石はここから続いている。

矢澤にこ

第1話では名前が明かされない。ツインテールで小柄な体にサングラスとマスクで装備した挙動不審な人物として登場。「UTX高校」前でA-RISEを一心不乱に見つめる彼女に、穂乃果がA-RISEのことを質問する。そんな穂乃果に対して初対面とは思えない剣幕でA-RISEのことを教える彼女は、その後もことあるごとに「教師役」を担っていくことになる。

・A-RISE

綺羅ツバサ・統藤英玲奈・優木あんじゅの3人で結成されたスクールアイドルユニット。統率されたダンスとアップビートなEDMサウンドで中高生を中心に爆発的な人気を持つスクールアイドルブームを象徴する存在。「UTX高校」の現役生徒でもある。穂乃果にとっては「スクールアイドル」を始めるきっかけであり、「目標」でもある。

・理事長

南ことりの母にして音ノ木坂学院の理事長。名前年齢ともに不明。学校廃校という大きな決断を下しながら「家ではサバサバしてる」と告げられるほど、豪胆な人物でもある。廃校阻止活動をしたい...と告げる絵里の申し出をあっさりと棄却する理由は「それは学生がすべきことではないから」。正に教育者の鑑。

・雪穂

穂乃果の妹。中学3年生。今年受験だが音ノ木坂ではなく、UTX高校を受験しようと考えている。音ノ木坂の廃校を阻止しようとする姉に「そんなことお姉ちゃん一人でなんとかなる問題じゃない」と否定する。姉とは何でも言い合えるという意味では非常に仲が良いようだ。

 

■第1話を読み解くポイント 

☆その1「テンポ」

冒頭はいきなり「歌」で始まります。

「だって可能性感じたんだ そうだ....ススメ! 後悔したくない目の前に 僕らの 道がある」

駆け出す穂乃果。上着を脱ぎ捨て、腕まくり。高くジャンプする姿は1stシングル「僕らのLIVE、君とのLIVE」へのオマージュです。

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ジャンプに合わせて自己紹介。更に立て続けに「学校がピンチ→廃校」という説明。

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ここまで1分弱の超スピード。この短時間で「主人公のプロフィール」と「主人公が直面している問題」の二つを説明してしまいました。いやはや、手際の良いこと。

この一連の描写が象徴していますが、この第1話はとにかく「様々な説明」を「スピーディー」にこなすことに重点を置いています。というのもこのアニメ作品は全13話。しかも2期の放送などはまったくの未定(これは劇場版ファンブックの花田氏の発言から言質がとれています)という状況。とにかくこの「13話」で「ラブライブ」という作品が伝えたいメッセージを示す必要がありました。と、なると「説明」の類に関してはなるべく「スピーディー」に済ませ、「お話を進行させていく必要」があります。

逆に言えばあくまでもこの第1話は「様々な説明」を「完了させる」ために用意された回。故にそれほど「考察」するポイントは無い...とも言えるのですが(笑)。

 

☆その2 「OPテーマ」

倒れた穂乃果の表情から直接OPテーマへ入っていく演出。近年はあえて初回ではOPテーマを最後に持ってくる演出が好まれがちですが、「ラブライブ」では普通に第1話からOPテーマとして放映します。

第1期OPテーマ僕らは今のなかでは「ラブライブ」という作品の「テーマ」をこれでもかと示した内容。歌詞を読み解くだけでこの作品が「どのようなストーリーを描き」それによって「何を伝えたいのか」が分かるようになっています。

また、楽曲だけでなく映像からも様々な要素を視聴者に伝えようという意図が感じられます。この第1話では明確に「敵対」する穂乃果と絵里。OPでも二人がにらみ合うシーンが挟み込まれます。

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しかしその直後二人の表情が崩れ、笑い出します。

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こういった表現は、二人がのちに「和解すること」を視聴者に印象付けます。

また穂乃果がラッパを吹くことで屋上から飛び立つハト。

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ハトは「希望」や「平和」の象徴です。これは穂乃果が発起人となって音乃木坂や様々な人たちに「希望」を伝える...ということを示したメタファー表現になっています。また、このハトはその後ことあるごとに登場し(直接的にではありませんが)、「ラブライブ」というシリーズにおいても「重要なアイテム」になっていきます。

またμ's9人が揃って歌い踊るシーンをOPで見せることで、視聴者は「物語上で紆余曲折があったとしても、いずれはこの9人が揃う時が来る」と安心することが出来ます。

このような理由からも、ラストに持ってくるのではなく、冒頭に持ってくることにきちんとした意図があるようにも思えます。

 

☆その3「穂乃果」

序盤からコロコロと表情を変えながら狂言回しのように動き回る穂乃果。第1話は主人公たる穂乃果を通じて「舞台設定」や「人物設定」などを説明していく方式が採られています。

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例えば穂乃果が感じる「廃校」に対する感情=「他校に転校するほどの学力がない」というものは「学校への思い入れの薄さ」を示すと同時に、「その他の生徒の音ノ木坂に対する現状」を象徴的に表現しているようにも思えます。

その後音ノ木坂に関して「何も知らなかった」事を自覚し、ことり・海未と共に「音乃木坂」の現状を調査する穂乃果。彼女達が調査結果を報告しあうことで、我々もまた「音ノ木坂の現状」を知ることが出来ます。

穂乃果の母は音ノ木坂の卒業生。祖母もまた卒業生。家族代々音乃木坂に通ってきた...という事実は、3人が触れた音乃木坂の特長=「歴史と伝統がある」を裏付ける事実になります。それゆえに妹も同じく音乃木坂に通うと思っていた穂乃果の考えにNOを突きつける存在となる「新進気鋭の高校」として「UTX高校」が登場することで、物語は大きな転換点を迎えます。

また、穂乃果の母が「廃校」の事実を知り寂しげに眺める「卒業アルバム」は、穂乃果が「音ノ木坂を守ろうと決意する」動機として機能します。

...とこのように穂乃果が動き回る中で触れる出来事、明らかになる事実、出会う存在が全て「作品世界の説明」として有機的に機能していくように作られています。

こういった説明を主人公のモノローグや、そのまんまの説明で片づけてしまうことも当然出来るのですが、そういったサボリをせず、アニメーションならではの「動き」で表現する姿勢は素晴らしいなと改めて第1話を見ながら感じました。

また、こういった決して「簡単ではない」作業をサラっとやってしまうところに「ラブライブ」の作りの良さを実感してしまいます。

 

☆その4 「廃校問題」

物語におけるまずは大きなカセとなる「廃校」問題。反面「なぜ廃校になるのか」ということに関しての説明は全く持って行われません

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ここから分かるのは「廃校問題」に「物語のメインを割かない」という作り手側の視点です。廃校をことさらネガティブな問題として見せないための工夫は「穂乃果の廃校に対するフワっとした認識」だったり、理事長の「廃校したらどこに旅行に行こうかしら」という暢気な姿勢だったりからも伝わってきます。

なぜ「廃校問題」に焦点を当てないのか...という理由は単純で、それが作り手側の伝えたい本当のメッセージと何ら関係ないから...でしょう。

となると「廃校問題」は見せかけだけの「カセ」すなわち「マクガフィン」であることが第1話での扱いからも分かるようになっています。

とはいえ主人公たる穂乃果には「廃校阻止」に前向きになってもらう必要があります。なぜならその動機付けが無いと、物語が前に進んでいかないから

よって穂乃果にだけは「個人的な感情」で「廃校を阻止する」動機を持ってもらう必要がありました。だからこそ「家族の母校」という動機づけをシナリオ上では与えたのだとも分析できます。

さて「廃校問題」が「マクガフィン」であることの意図は、このずっと後に明らかになります。その説明はその時にでも。

 

☆その5 「ミュージカル」

物語冒頭、そして最後が「キャラクターが歌う」描写になっているのは、この作品が「ミュージカル作品」であることを記号的に示すためです。

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特に終盤。急に芝居がかった雰囲気で「どうしたら...」とつぶやくことり。それにつられるように次々と「どうしたら...」「いったいどうしたらいいの」とささやくキャラクターたち。

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「文脈を無視して急に歌い出す」のはミュージカルの基本姿勢。そしてこんな表現方法は「ミュージカルにしかない」表現方法でもあります。

急に歌ったり、急に踊ったり、急に心象風景と現実が交錯したり。ミュージカルの世界はとにもかくにも自由。そして自由だからこそシラフでは表現するのが恥ずかしいテーマでも堂々と主張することが出来ます

ラブライブが「伝えたいテーマ」。それをよりハッキリと打ち出すためには「ミュージカル」の方式をとるしかない。だから視聴者の皆さんもこの作品は「ミュージカル」だと思って楽しんでね。そんな作り手のメッセージをハッキリと感じるEDになっています。

実はもともと「けいおん!」のような日常系アニメとしての企画が進んでいた「ラブライブ」。そんな作品が「ミュージカル作品」へと方向転換したのは監督の強い意向があったから。そしてその意向がはっきりと反映されたからこそ、「ラブライブ」にはこの作品にしかない独自の魅力が生まれたのだと思います。

監督の勇気ある決断、そしてその決断を見事に形にしてみせたシリーズ構成・脚本の花田氏の手腕には敬服を覚えます。

 

☆その6 「ススメ→トゥモロウ

「だって可能性感じたんだ そうだ ススメ! 後悔したくない目の前に 僕らの道がある」

根拠のない可能性に導かれ、それでもその可能性を否定せず、飛び込む勇気を肯定する楽曲。それが「ススメ→トゥモロウ」です。

アニメ「ラブライブ!」はこの楽曲の力強いメッセージに導かれ、スタートを切りました。

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以後、この曲の持つメッセージは作品を通じての「テーマ」になり、後々は「サンシャイン」へも影響を与える「ラブライブ!」の「テーマ」そのものにもなって行きました。

思い返せば2010年代は「否定」の時代でした。なにかを始めようとすればやる前から「お前には無理だ!」と説き伏せられ、いざ始めてみればちょっとしたことで叩かれ、悪口を呟かれる時代。そんな中で若者は皆「始める」ことに臆病になっていました。そんな時「あきらめるなよ!やってみなよ!」と力強く主張する「ラブライブ」は、何か目に見えない「勇気」を与える作品になりました。だからこそ「ラブライブ」はここまで若者に愛され、支持される作品になったのでは...と思うのです。

「let's GO!可能性ある限り まだまだあきらめない!」

80年代~90年代初頭にはことさら主張する必要もなかった「バカバカしいくらいに前向きなメッセージ」は、今この時代だからこそ欲されていて、それは今なお変わらない気がします。

「私やっぱりやる!やるったらやる!」

理屈ではない、この主張をもって終了する第1話は、この主張故に視聴者を惹きつけた気がしてなりません。

「やるったらやる!」と、自分には簡単に言えない言葉を叫んだ少女がこれからどんな物語を歩んでいくのか。彼女の歩む道に、なにか希望を見出したい。そう願う多くの人々が「ラブライブ」を追う一人ひとりとなり、やがて大きな「現象」を生み出していった。そう考えるとこの第1話は「非常に大切な回」なんだなと改めて実感しました。

 

....というわけで第1話の考察...というか感想でした(笑)

今回は分析する要素がそれほどなかったため、ちょっと観念的な文章になってしまいましたが、次回以降は場面場面での考察なんかも増えていく気はしています。。

多分。。

また「ここがよう分からんから考察してくれい!」などの要望がございます場合にはご連絡いただけると幸いです。分かる要素であればなるべく本文内で考察してみたいと思いますので。あくまで私が分かれば....ですがm(__)m

 

それでは1期2期合わせて全26話。出来れば本編をAmazonプライムやHulu、バンダイチャンネルなんかで試聴しつつ読んでいただけるとこれ幸いでございます。

今後もよろしくお願いいたしますm(__)m

ラブライブ! (Love Live! School Idol Project) 1 (初回限定版) [Blu-ray]

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「2期も発表されたし、ボチボチ今後の展開なんかを妄想しようか」という駄文

ラブライブ!サンシャイン 無駄話 考察

祝2期決定!

しかも秋スタート!

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思ったよりも早くてびっくりしましたが、なにはともあれめでたい!

とはいえ、秋なんざあっという間ですからね。今のうちに2期に起こることを真面目に予想して、秋に備えようと思います。....ホントにマジメに予想しますよ...?

 

■「1年生回」ある?

1期では千歌を軸とした「2年生」組が「スクールアイドル」を結成し、仲間を集め6人となるまでのお話を一つ。

果南・鞠莉を中心とした「3年生」組の過去に何があったのかを解き明かしつつ、彼女達の関係を改善していくお話がもう一つ。

と、二つの物語を同時進行させストーリーを紡いでいきました

二つの物語は「9話」で重なり合い、その終着点として「9人のAqours」が完成するに至ります。

10話では「9人のAqours」の関係性の構築。11話では梨子登場以降変化した「千歌と曜」の関係に焦点を当て、「二人の関係性の整理」と「曜のアイデンティティ確保」を達成しました。作劇場での狙いとしては「12話」「13話」に至る布石としてこれらの描写が必須だった...とも言えます。しかし、反面少し影が薄くなってしまったのが「1年生組」です。

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 花丸・ルビィは4話で、善子は5話でそれぞれ「主役回」を与えられましたが、それ以降は彼女達が中心となるストーリーは描かれず。

それぞれ賑やかしとしての機能に留まり、メインストーリーにガッツリと絡むことはありませんでした。

ラブライブ(無印)では、1期4話「まきりんぱな」や2期5話「新しいわたし」のような「1年生回」があっただけに、恐らくサンシャインでも同じような回があるのでは?とも予想できます。

どのような内容になるのか?までは予測できませんが、幼馴染でありながら関係性がそれほど強調されてこなかった善子と花丸、或いは単体での絡みがなかったルビィと善子なんかが絡む話も面白そう。

或いは3人の関係性が強化するようなストーリーがあっても良い。無印2期5話「新しいわたし」では自分に自信を持てなかった凛の背中を真姫と花陽を押すことで、凛が本当の意味で開花する物語を描きました。

サンシャインでは「凛に憧れ」つつ「自分に自信のない」花丸はこの役割にドンピシャ。幼少期の善子の価値観を認め、ルビィの背中を押した花丸。今度は彼女の背中を善子とルビィが押す番かもしれません。

 

■456トリオはどうなる?

1期13話でようやくAqoursの魅力に気づき、千歌の問いかけに答えるように自らも「輝こう」と誓ったよしみ、いつき、むつの3人。彼女達が2期以降どのようにストーリーに絡んでくるのかも気になるところ。

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千歌の願いを全うに受け入れたとすれば、456トリオも「スクールアイドル」を目指す物語が描かれてもいいですが...そうなると物語としてはちょっと散漫になる気もします。

1期ではそれほどAqoursに積極的には関わらなかった彼女達。そんな彼女達がAqoursを浦の星の代表と認め、Aqoursを「支えること」に自分たちの「輝き」を見出す...というストーリーであればすんなりと主軸に関わってこれそうですが。

あくまでも「我々ファン」の「メタファー」として存在してきた「神モブ」だけに、456にも「支える=応援する」側の中心人物として動いてもらえたら良いなと思うのですが。はてさてどうなるでしょうか。

 

■SaintSnowはどうなる?

Aqoursの明確な「ライバル」として登場したSaint Snow

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12話では再びAqoursと遭いまみえ、そこでは「スクールアイドル」に関する議論を交わしました。「どうしてA-RISEやμ'sが勝てたのか」「彼女達と自分たちとの違いはどこにあるのか」という千歌の問いに「その解答を自分も探している」と答えた鹿角聖良。「その答えを得るために、まずは彼女達と同じところに立ってみようと思った」「だから私たちは負けられない」と答えた彼女達の考えは、現時点ではAqoursの正反対にあるもの。

恐らくは北海道予選を勝ち抜き、東京でのラブライブ本選でいよいよAqoursとの雌雄を決するであろう彼女達がたどり着く「結論」にも注目が集まりますね。

Saint Snowが憧れ崇拝するA-RISEがμ'sとの戦い→敗戦からたどり着いた「スクールアイドルとしての正解」と同じ回答に彼女達もたどり着くのか。あるいは「別の回答」を得るのか。そちらにも嫌が応にも期待は高まります。

 

...というか2期ちゃんと出てきますよね?

まさか幽遊白書の柘榴パターンは無いですよね??

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■「廃校問題」はどうなる?

ラブライブ(無印)では、1期12話で「サクッ」と解決した「廃校問題」。その意図はあくまでもこの「廃校問題」が「マクガフィン」としての機能しか持ち合わせず、本来のテーマが「別」にあったから...だったのですが、「サンシャイン!!」においては未だ「廃校問題」の解決は見えず。

13話でようやく「0」だった入学希望者が「1」になったものの、決して見通しが良いとは言えません。

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原作と呼んで差支えない「電撃G'sマガジン」では「既に廃校が決定している」という設定もある...という点から考えれば、アニメにおいても「同じ結論にたどり着くのでは」と容易に想像できてしまいます。。

となれば、(2期開始時にスクールアイドル部がどうなっているのかは分かりませんが)Aqours」が「唯一」にして「最後」の「浦の星女学院スクールアイドル」として名を残す...という展開になるのでは?とも思えます。

また「廃校」が加速度的に近づくとすれば、それは「スクールアイドル部」にも影響を与えるはず。タイムリミットが迫る中で、「何のためにアイドルを続けるのか」「何を残せるのか」に葛藤し、悩むメンバー...なんてシーンも出てくるかもしれません。

ファンとしては「彼女たちは悲しむ姿は見たくない...でもちょっとだけ見たい...というか、むしろ胸かきむしられるような切ないシーンは見たい...!!」というアンビバレンツな思いを抱える事必死な展開が果たしてあるのか。

答えは放送開始しなければ分かりませんが、そんな展開想像するだけでグッと来ますよ。。

 

■梨子はどうなる??

梨子が浦の星に転校してきた理由はこれまでハッキリと描写されてきませんでしたが、その要因の一つが「音乃木坂で特待生としての責務が果たせなくなったこと」であることは間違いないでしょう。娘のためにわざわざ「内浦」をリハビリ先として選んだ...とすればご両親の娘への溺愛ぶりにはちょっと「ひく」レベルではありますが、なによりも「愛されてるなぁ」とも思えます。

そんな梨子ですが、Aqoursメンバーの支えもあって、無事「作曲ノイローゼ」を克服。今は完全回復している状態です。

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梨子のご両親のお仕事は把握できていませんが、もし仕事とは関係なく、単純に「娘のため」に内浦へと引っ越してきたのであれば、その根本問題は既に解決しました

となれば「音乃木坂に戻る?」というお話は当然湧いてくるはず(実際ピアノコンクール優勝という実績も手にしたわけで、戻るには申し分ない状態です)。

すると自然に「梨子、Aqours脱退?」なんて話にも直結するわけですが、果たしてどうなるのか。

もちろん、「内浦」とそこで得た仲間=Aqoursが「娘の回復」に大きな影響を与えたことは梨子のご両親も十分理解しているはず。

なおかつ「大人」が「明確な敵」として登場しないところに「一つのこだわり」を見せる「ラブライブ」シリーズとしては「梨子の両親」を分かりやすい「敵役」には設定しないはずです。

となれば梨子はAqoursとしての活動を全うした」うえで、「音乃木坂に帰る」という可能性が高いように思えます

もしも「浦の星」が廃校になった場合、在校生は沼津の高校に「編入される」というのは、6話「PVをつくろう!」で語られた通り。とすれば(仮に廃校が決定した場合)タイムリミットは現3年生の卒業まで。すなわち現在のAqoursが活動できるのは「この年だけ」となります。イコールそれは「この年」をもって梨子も「音乃木坂」に帰る...ということ。Aqoursは物理的にも「バラバラになってしまう」ということにもなります。

仮にそんな物語になった場合に再登場するのでは?と思っている楽曲が想いよひとつになれ。既にライブで感動的な使用をされたために、「Aqoursのアンセム」として認知されているこの曲。その歌詞は「遠くにいる仲間を近くに思う」のと同時に「離れていく仲間をずっと忘れずにいる」ことへの願いをしたためたものにもなっています。

「違う場所へ 向かうとしても 信じてる」

11話では、一人東京でのピアノコンクールに向かう梨子への応援歌として機能したこの曲。今度は本当にAqoursから離れていく梨子へともう一度送られるのではないか...。そんな予感がしてたまらないのです。

これも当たらないでほしい...もっとAqoursメンバーが「キャッキャウフフ」している物語が見ていたい!...でもこういう切ないストーリーも見たい..!とアンビバレンツな思いに心引き裂かれる展開ですが、いかがでしょうか(吐血)。

 

Aqoursはどうなる?

既に1期13話をもって「自分たちの目標」を手に入れたAqours。2期では恐らく「勝利に向かって」「まっしぐら」に突き進む姿が見られるはずです。

とはいえ、仮に私が予想したような展開が挟み込まれるとしたら、彼女達の前途はけっして明るいものではありません。現実に突き放され、絶望するシーンも出てくるでしょう。それでも彼女達はきっと立ち上がってくれるはずです。「君のこころは輝いてるかい?」の歌詞に

「君は何度も 立ち上がれるかい? 胸に手をあて "YES!"と笑うんだよ」

とあるように。

もしもAqoursがこの「1年」を以て「活動終了」となるのであれば、彼女達もまた「何か」を「後継者」たちに残す必要があります。果たしてそれはなんなのか。

μ'sではなく、Aqoursが残すもの。そこには恐らく唯一の「入学希望者」が関与してくるような気もしています。

Aqoursの意志を継ぎ、それを次世代へと伝えていく「新たなスクールアイドル」が最終的に「サンシャイン!!」の物語から生まれるとすれば、それは「ラブライブ」というプロジェクトがまだまだ「終わらない」ことへの証明になるはず。

そして、それは私たちが「もっとも望んでいるもの」でもあります。

果たしてどんな未来になるのか。まだまだ「謎のまま」ではありますが、2期も素敵な「冒険」を皆様と楽しめることを祈りつつ、この稿を終わりとさせていただきます!

今回も駄文をお読みいただき、ありがとうございました。

 

さて、次回からはラブライブ!(無印)の考察を、本当に今更ながらやっていきたいと思います。

既に要所要所で解説させていただいたもの(ことり留学プロットの意図とか)もありますが、そちらも含めて再度ガッツリ各話やっていく心づもりでおりますので、よろしくお願いいたします。

また、「ラブライブ」のここの意味がよくわからん!などございましたら、ぜひご意見をお寄せください(多分そんなに無いと思うけど)。

私が分かる部分に関しては、考察内で触れていきたいと思っておりますので。

ではでは、よろしくお願いいたしますm(__)m

 

PS:2ndツアー行きてぇ(切実)

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ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「0から1への大きな一歩」 Aqours 1stLoveLive First Step! 総括

Aqours1stLoveLive ラブライブ!サンシャイン 無駄話

こんばんは。

今回の無駄話はAqours 1st LoveLiveに関して。

....これまで2回も扱っといて「またかよ!」という感じですがw 

とはいえ、千歌と伊波さん、梨子と逢田さんには触れたものの、そのほかの要素にはあまり触れられていないので。あくまでも自分の踏ん切りとしてこの稿を収め、1stLIVEに関しては最後とさせていただきます。

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とはいえ今更ディティールに触れるのも変な感じなので(リスアニさんの記事に楽曲情報も含めたライブの詳細がありますし)。

www.lisani.jp

私としては、総括として...というよりも雑感にとどめます。

 

■「キャラクター」と「キャスト」の距離を縮めたライブまでの「作業」期間。 

今回のライブで印象的だったのは、キャストの言葉。「アニメ終了」から「ライブ」に至るこの数か月で、自分と「キャラクター」をいかに「一致」させ、「距離感を埋める」か。キャストの皆さんにとってこれが、ダンスレッスンと同じくらい「重要な作業」だったことが、MCからひしひしと伝わりました。

私自身は、その自問自答と苦労を語る姿を初めて見ました(すみません、浦ラジとかはチェックしていないので、そこで語られていたかもしれませんが)。故に彼女達の言葉を、非常に新鮮に受け取ることが出来ました。

降幡さんは「黒澤ルビィに近づこう」と模索すればするほど「自分とルビィとのギャップ」に気付き、「かなり落ち込んだ」と仰っていました。その中で「自分は自分のままルビィを表現すればいい」と開き直って、今ここに立っている...と力強く宣言されていました。

同じくギャップに苦しんだと仰っていたのは高槻さん。「Aqoursで最低身長の花丸を、実際にはキャストの中で一番身長の大きな自分が演じることに悩んでいた」という本人にしか分からない苦労をお話されていました。また自分自身の体力の無さや様々な面での足りなさを実感する中で「自分自身が0になる瞬間」を体感したと仰っていた高槻さん。そんな彼女は逆に「自分自身と花丸」とを重ねることで、共に成長できた...と話されていましたね。

内面に少しでも近づくため、まずは「外面」から近づこうとされていた諏訪さん。MCでは「皆に気付かれていないけど、ひっそりと毛先を青くしている」ことを暴露。また果南の目と同じ紫のカラーコンタクトをされていることもお話されていました(これはメンバー誰も気づかず)。「果南に近づくためにどうしようと思った時に、まずは形から入るくらいしか出来なかった」と仰っていましたが、あまりそういうことをされる印象がなかったので、ちょっと意外でした。ただ、それだけ諏訪さんも思い悩まれたんだろうな、と思えるエピソードでした。

 

ラブライブ!」というコンテンツは、メディアミックス展開を軸にしつつ、特に「ライブ」を大事にしています。もちろんそこには「大人の事情」もたっぷりとあるのでしょうが。それ以外の要因としては「ライブ」を通じて、キャストに「キャラクター」を見つめ直してもらい、両者の「距離を詰める作業」を「意図的」に行わせるためなのでは?とも思います。

「アニメ」ではあくまでも「キャラクター」を演じる「中の人」に過ぎない彼女たち。しかし「ライブ」ではその「中の人」が白日の下にさらされます。ライブに訪れる観客が期待するのは「アニメの中のキャラクター」を自分の目で「実際に目撃」し「ラブライブの世界」を体感し没入すること。となれば、彼女達は自分自身が「キャラクター」そのものに見えるように「努力」する必要があります。

その為には外見だけでなく、ふとした立ち居振る舞いや言動なんかも(少なくともライブ時には)「キャラクター本人ならどうする?」かを常に意識する必要が出てきます。もちろんキャストからすれば大変な作業ですが、こういった「確認作業」は「役を自分に落とし込むため」には非常に貴重な機会となり得ます。

ライブまでの準備期間を通して、「千歌と伊波さん」の関係が大きく進展した気がする...というのは前回更新記事にて書かせて頂きましたが、

ishidamashii.hatenablog.com

 それは他のキャストも同じ(降幡さんなどのコメントの通り)。

彼女達が自分の「役」をより深く理解することで、それが「ライブ」におけるパフォーマンスに好影響を与え....そのパフォーマンスを見た我々は世界観への没入感を高め、より強くラブライブ」というコンテンツに惹かれていく。そんな「作品に対するポジティブな相乗効果」をもたせるために、この「確認作業」は重要なのだと思います。

 

■ファンと「Aqours」との距離を埋めた2日間。

1stライブ終了直後から、皆のAqoursへの見方に変化があったような気がしています。もちろんポジティブな意味で。その要因にはやはり2日目の「想いよひとつになれ」の一件もあったかと思うのですが、

ishidamashii.hatenablog.com

それを除いても、

この日のLIVEが、それまでファンがAqoursに対して抱いていた「モヤモヤ」(実際のところどんなもんなんやろ...という)を晴らすのに充分なクオリティだったからでしょう。

まずは、前述した通り「キャスト=キャラクター」の関係性深化。それに伴う「パフォーマンスの進化」がありました。「想いよひとつになれ」ではミスも起きましたが、それ以外では目立ったミスはなし。「MIRAI TICKET」に入る直前の「ミュージカル演出」だって、決してミスの許されない難しいもの。にも関わらず堂々とした立ち居振る舞いを見せたAqoursへのリスペクトが2日間を通じて生まれたことは否めません。

そしてその「リスペクト」が確実に「ラブライブ」ではなく、「Aqours」単体のフォロワーを生み出しました。これまでは「ラブライブ」だからこそ「付き合っていた」くらいの温度感だったファンが、彼女達を直に見、素晴らしさを実感したことで「Aqours」に「夢中」になるきっかけとなった。これは「大きな一歩」だと思うのです。

アニメ本編では「μ'sからの別離」「自分たちの道を進むこと」を力強く宣言し、終わりを迎えた13話。

この酒井監督のコメント「ミュージカル演出に関しての反省を含めたもの」と言われていますが、個人的には「違う」のでは?と思います。

監督は、ライブでのAqoursのパフォーマンスから、「μ'sの看板を離れ」「自分たちの力で輝き、自分たちの道を進む」という13話で示した「テーマ」に通じるものを感じたからこそ、「ライブを以て13話が完成した」と発言しているのではないでしょうか。

そしてその発言は決して間違っていないと思います。なぜならこれまであまり「Aqours」に対して積極的に発言しなかった「ラブライブ」ファンたちが、「Aqours」に関してポジティブな反応を示すようになっているからです。

Aqours」しか持ちえない魅力を「ライブ」を通じて存分に見せつけた結果、彼女達はようやく「μ'sの二番煎じ」という名の「呪縛」から解き放たれつつあるように思えます。

彼女たちが次に向かうのは「Next step project」ですが、その道のりは一気に晴天へと変わった...と言っても良いのではないでしょうか。

ここから8月に向けて更に進化するAqoursに期待しつつ。

また、「チケットマジで激戦になりそう」という恐怖を抱きつつ、この稿を締めさせていただきたいと思います。

ご一読いただき、ありがとうございました。

 

...さて、次回ですが2期の制作も決定した...ということで、無粋ではありますが「2期の予想展開会議」をしたいと思っております。「鬼に笑われそう」ではありますが、予想している時が一番楽しいですからね。

その後はようやく「ラブライブ!(無印)」の考察に移っていきます。さて、これはどうやろうか、未だに悩んでいるのですが。

通常通り話毎にやる?それよりも1期と2期でざっくり総括して、キャラクター編作る??とか。ご要望があれば言って頂ければと思います。2期開始まではまだまだ時間ありますので、のんびりやっていく所存です。

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ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「共に止まって、共に進もう。」 高海千歌と伊波杏樹から見る、Aqoursのあり方。

ラブライブ!サンシャイン 無駄話 Aqours1stLoveLive

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こんばんは。

今後独り言みたいな散文はこの「無駄話」カテゴリーで更新して行こうと思います。

さて、おかげ様で前回更新記事が大変多くの皆様にお読み頂けているようです。ありがとうございます!ただ反面ここまでの反響を頂くとは露とも思わず、乱文のまま掲載してしまい恥ずかしい。。。とはいえ初期衝動を残すため文章自体は今後も変えませんが、誤字脱字に関しては訂正していこうと思います。読み苦しくてスミマセン。これからもお見苦しい記事ばかりとは思いますが、頑張って読みやすい文章を書けるように精進いたします。何卒よろしくお願いいたします<(_ _)>

 

ライブの感想は「いつかまとめて」とか思ってたんですが、思い出はどんどん風化していってしまうので、こういった散文で思いついたものから書いていくのが良い気がしてきました。

そこで今回は「キャストに関して」

というよりも「キャストとその役に関して」という方が正確かもしれませんね。全員についてそれぞれコメントしたいのですが、それだと冗長になってしまうので、今回は一人だけ。高海千歌伊波杏樹さん」です。

 

...その前に。ちょっと長くなりますが、前置きを。

プロジェクトとしての「ラブライブ!」は、「無印」も「サンシャイン!!」も9人の女の子が「主人公」として登場する物語です。その中で"特別扱いされるべく作られたキャラクター"はいません。全員が「主人公である」という立場を貫いています。

しかし、いざ「アニメ」という「物語」を紡いでいく場合には、誰かを「メインキャスト」に据える必要があります。「三国志」や「戦国モノ」のような「群像劇」であれば、それぞれの登場人物を主人公として据え、物語を展開していくことも出来ますが、「アイドル」しかも「グループ」を題材にした作品の作劇としては向かない印象があります。

もちろん様々な表現の仕方はあるとは思いますが、こと「ストーリー」を通して「1つのテーマを伝えようとする」ラブライブ!」では選択され辛い方式です。

故に「ラブライブ」ではこれまでも、一人のキャラクターに「メインキャスト」としての役割を委ね、物語を紡いでいく手法を採用しました。

前作で「メインキャスト」としての役割を託されたのは高坂穂乃果

「学校の廃校」という「危機」を防ぐため彼女が始めたのは「スクールアイドル」。地元=秋葉原の新興学校「UTX高校」の人気が「スクールアイドル・A-RISE」の人気によって急上昇していることを知った穂乃果。「スクールアイドル」として「人気者」になり、「学校に人を集める」ため、活動を開始します。

「希望」と「夢」を「スクールアイドル」に見出した穂乃果は猪突猛進。目標に向かって突き進んでいきます。一度目標を見据えた彼女を止められる存在はいません。そしてそんな彼女の凄まじい求心力とパワーは、同じように「希望」や「夢」を抱えながら、それを「上手く表現できない」少女たちの「思い」を呼び覚まします。そしてスクールアイドル「μ's」が誕生します。

穂乃果はリーダーとしては「俺の背中についてこい!」タイプ。自分から理想に向かってドンドン突き進み、その先で仲間たちに「早くおいでよー♪」と呼びかける感じです。μ'sのメンバーはそんな穂乃果の求心力に引っ張られる形で、高みに向かって突き進んでいきます。

しかしμ'sは穂乃果が「倒れてしまう」と急速に求心力を失い、真価を発揮できなくなってしまいます(1期11話)。更に穂乃果が「スクールアイドルを辞める」と告げれば、まとまりも失ってしまい、バラバラになりかけてしまいます(1期12話)。

穂乃果が「停止する」ことで止まってしまうμ'sは、穂乃果の「再始動」に合わせて復活します(1期13話)。穂乃果の再始動のきっかけを与えるのは幼馴染の海未ですが、彼女は穂乃果に「猪突猛進に突き進む」「穂乃果らしさを取り戻す」ように要請し、それによって穂乃果は復活を果たすのです。

1期11話での反省を踏まえ、2期での穂乃果は「任せるべきところ」では人にゆだねたり、「仲間を頼ったり」出来るようになります。例えば沖縄旅行中、ファッションショーで誰をセンターにするべきか花陽に聞かれた際には、その選択を花陽にゆだねます(2期5話)。2期9話では、吹雪の中立ちすくんだところをことりと海未の言葉に支えられ足を進め、ゴールで待っていた絵里へ迷わず道中の不安を吐き出します。仲間への信頼を糧に人間的な成長を果たした穂乃果。しかしその本質自体に変化はありません。

2期でも穂乃果の「行こう!」「やろう!」という言葉がμ'sの決定的な動機になっていることに変わりはありません。また「迷いが生まれた局面」ではメンバーは必ず穂乃果の判断を仰ぎます(劇場版ラブライブなどなど)。穂乃果が「絶対的なカリスマ」によってチームを統率するリーダーである、という点は徹頭徹尾変わらないわけです。

 

さて、前置きが長くなりましたが、ここからが高海千歌のお話。

既に様々な方が「千歌の魅力」として語っているように、彼女の魅力は「普通」であること。この辺り当ブログ キャラクター考察=高海千歌編でも触れた通りです。

ishidamashii.hatenablog.com

 彼女は「穂乃果」に憧れ、「穂乃果になりたい!」と思ってスクールアイドルを始めた「普通星人」です。故に彼女は穂乃果のような天賦のカリスマ性は持ち合わせていません。あるのは「スクールアイドル」と「μ's」への真摯な憧れだけ。そしてその「憧れ」を糧に突き進んでいくのが「Aqoursの物語」の前半戦です。

とはいえ千歌は自分を「普通星人」を自称するだけあって、周りの「普通な」仲間への目配り・気配りを忘れません。誰かが困っていたら、その人の横に立って「どうしたの?」「何が辛いの?」と聞き、一緒に悩みを解決するまで次には行こうとしないタイプです。そんな千歌のパーソナリティは「皆で一緒に進む」「Aqoursのあり方」に繋がっていきます。そしてそれはAqoursがμ'sと「決定的に異なるポイント」でもあります。

 

さてではそんな千歌を演じる伊波杏樹さんのお話。

何人かのブロガー様も書かれていた印象と僕も同じで、伊波さんに対してのファーストインプレッションは決して良いものではありませんでした。それは「彼女が頑張っていないから」ではなくて、むしろその逆「彼女が頑張りすぎていたこと」に問題がありました。

MCでは常に先頭を切って喋り始めてはうまくまとまらず空回りしたり、周りのざわざわを納めようと必死になったり、彼女は「高海千歌になろう」とするよりも、「リーダーとしての責務」を務めようとすることに必死でした。またダンスにおいてもそれは同じで、「君のこころは輝いてるかい?」における梨子との大サビ前の決めポーズでは、必死ゆえに「ドヤ顔」を決めてしまうことに。そこには伊波杏樹はいても高海千歌」はいませんでした。

もちろん様々な意見があるのは重々承知のうえですが、「ラブライブ!」プロジェクトのキモは、画面の中の「キャラクターたち」と、舞台に立つ「中の人たち」の「境界線」が極めて「曖昧になること」だと思います。僕らは3次元のライブを見ながら、キャラクターを演じる彼女たちを通して、「ラブライブ」の世界に埋没していく。その体験を楽しむ。そんな中でだんだんと「中の人たち」が逆に「キャラクター」へも影響を与えるようになり、「キャラクターと中の人の境界線」が「曖昧」になってくる。そんな感覚が、このプロジェクトにしか無い面白みなのでは?と僕は感じているのです。

初期の伊波さんには、それを表現する余裕がありませんでした。だからこそ「不安」を感じてしまったのです。

しかしTVアニメ全13話を終えたことで、伊波さんにも変化が起きていました。

ラブライブ!サンシャイン!!」での「メインキャスト」は高海千歌普通の彼女が、普通の仲間と手に手を取り合って「自分たちだけの新世界」を目指す物語。その物語を紡ぐなかで伊波さんも千歌というキャラクターと深く向き合ったはずで、その体験が伊波さんを「千歌」へと近づけていったように思えるのです。

Aqours 1stLoveLive」での伊波さんは、何度も「千歌」本人に見える瞬間がありました。それは楽曲の最中だけでなく、MCの時にすら感じるほど。今までよりもよっぽど大きな舞台に立っているにも関わらず、「肩の力」を抜いて、ライブそのものが「楽しくて仕方ない」という雰囲気はまさしく「千歌」のようでした。

進行においてもこれまでのように「私がなんとかしなきゃ!」という気おいから解放され、自然体でこなせていました。自分が喋らなくてもいい、と感じた際には一歩引いてメンバーのことを笑顔で見つめている。そんな姿はアニメの中の千歌そのものです。

それは「想いよひとつになれ」のアクシデントの際にも同じ。

パニックに陥る逢田さんに近寄り、真っ先に「大丈夫だから」と励ます姿は、千歌そのもの。これまでの伊波さんだったらもしかしたら客席の混乱を抑えようと考えてしまったかもしれません。でも今は真っ先に仲間のことを気遣える。「皆で一緒に進むために、一度立ち止まる」ことが出来る。それは彼女が「千歌」そのものになっていたからだと思うのです。

Aqours 1stLoveLive」本編ラストの曲は「君のこころは輝いてるかい?」。

そこにはこれまでとは違う、笑顔の千歌本人がいました。

「太陽みたいに輝く笑顔で、みんなにハッピーを届けるよ♪」と自己紹介する千歌ですが、この日のライブをハッピーにした要因の一つは、伊波さんの輝く笑顔だったのではと思えるのです。

そしてその笑顔が「皆で一緒に進む」というAqoursのあり方を、このLIVEでも表現できた勝因なのではないかなと思えて仕方ありません。

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 「次元も時間も場所をも超えて、想いが一つになる奇跡」

アニメ ラブライブ!サンシャイン 無駄話 楽曲 Aqours1stLoveLive

2/25 2/26はAqours初の単独ライブAqours First LoveLive!」横浜アリーナにて行われました。僕はちょっとした幸運に恵まれ、1日目を現地で、2日目をライブビューイングで見ることが出来ました。

ライブの感想は、それこそ溢れるくらいあるのですが、そういった細かい思いはまた別の機会に書かせていただくとして、今回は「ある楽曲」に関して、それこそ散文と呼べるようなもので書き殴らせて頂ければと思います。今日どうしても更新しなければ、と思うのは、今日いまでしか書けない気持ちがきっとあるから...と思うからです(恐らくそういう風に思っている方はたくさんいらっしゃると思います)。きっと夜中に書いたラブレターのような気恥ずかしい文章になっていると思うのですが、何卒ご了承くださいw(普段から同じようなものだから良いか...)

さて、ある楽曲とは(お察しの方もいるとは思いますが)想いよひとつになれです。今回ライブで初披露された楽曲は数多あったわけですが、その中でも極めて強烈な印象を残したのがこの楽曲でした。

※もう既にライブが終了しましたので、ネタバレ全開で書かせていただきますが、どうしても円盤が出るまでネタバレしないで!!!という方はここで引き返して頂ければ幸いです。

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...さて、まずは前提としてなぜこの曲が印象に残る曲になったのか、というのをライブを見ていない方のために簡単に説明する必要があります。

今回ライブでは「未熟DREAMER」から一気に「想いよひとつになれ」へ入っていく演出が採られました。その中でのキモは、「舞台上にグランドピアノが登場し、桜内梨子を演じる逢田梨香子さんが実際にピアノを演奏する」というものでした。

これは実のところ楽曲考察で予想していた流れでもあり、演出としてそれほど驚きがあったわけでは無かったのですが、いざ演奏されるとその迫力に終始圧倒されました。それこそ自分で書いた記事の通り、”ドライヴ感”が凄まじく、聞いている途中から興奮が止まらない...という感覚に陥るほどでした。またアニメ本編では共に歌う事のなかった梨子ですが、この日のライブでは逢田さんがマイクが生きていないにも関わらず一緒に歌っている姿を見せてくださって、より気持ちが高ぶりました。恐らくこれは僕だけでなく、初日ライブを見た人の多くに同意して頂ける部分かと思います。

結果「想いよひとつになれ」は初日ライブでの「MVP楽曲」に推す方も多かったですね。(ただし初日感想では何を演奏した...というネタバレツイートが禁止されていたので、皆が皆「アレ凄かった」「アレ感動した」とつぶやいていたのが面白かったですね(笑)さらにそれでみんな文脈を共有しているのもダブルで面白かったです)

さて来る二日目も全く同じ構成で「想いよ~」へと突入していったライブ。緊張の面持ちでピアノ前へと座った逢田さん。おもむろにイントロを弾き始めます。しかしここでアクシデントが。一回目の転調でタッチミスを犯してしまった逢田さん。必死に取り返そうとするも、動揺で立て直せず、舞台上の音楽が無音になってしまったのです。慌ててピアノに続く演奏音源を消すPA。動揺する逢田さんに駆け寄るメンバー。そして騒然とする客席。恐らくラブライブ史上初めての大きなアクシデントが発生してしまいました。

この時僕はというと「やっちまった!」という動揺と同時に「深い反省」をしていました。

思えば1度目に披露した際に、あまりにもあっさりと演奏をやり遂げる姿を見て、どこかで「凄いことをしている」という感覚が抜け落ちていました。しかしいざピアノ演奏が抜けた場合の「想いよひとつになれ」を聴いてみると、完全に主旋律を失った形になっていました。つまり、それだけこの楽曲の成否において逢田さんへかかるウェイトが「重くなっていた」わけで、それを僕は「微塵も理解していなかった」わけです。

もちろん演者は「努力の形跡もみせず、客を楽しませる義務がある」と思ってやっているでしょうし、「努力を見せるのは恥ずかしい」とも思っているはず。ただ、その「努力」を僕ら「応援する側」が「軽視」してはいけないのです。僕は自然に「Aqours」や同じく様々な「芸事」をする人々を「舐めていた」自分が急に恥ずかしくなりました。そしてそれに並行するように逢田さんや、Aqoursのメンバー全員を改めて「尊敬」する気持ちが芽生えてきました。恐らく同じような心の動きをした方が会場内やLVの会場にもいらっしゃったのでは、と思います。

やり直しの瞬間の緊張感たるや半端ないものがありました。「次失敗したら、ライブそのものが終わる」。そんな逢田さんとAqoursメンバーの緊張感がこちらにもひしひしと伝わってきました。そんなとき会場内から聞こえてきたのは「梨香子」コールでした。「梨子」でも「りきゃこ」でもなく、「梨香子」コール。愛称でキャストの名前を呼ぶことがあっても、本名でコールすることはほとんどないはずのラブライブにおいては、非常にエポックメイキングな出来事。しかしそれだけ逢田さんに対するリスペクトが会場内の人々の心を動かし、コールに駆り立てたのではないか...と思えます。それほどに自然で、愛情に満ち溢れたコールでした。

再び始まったイントロ。

緊張感は凄まじいですが、今度は見事に成功!

その後は滞りなく演奏が続いていきます。

しかしあの一件を乗り越えた会場の空気は凄まじいものがありました。Aqoursのメンバー、そして会場の皆の想いが逢田さんの手に乗り移ったかのように、情熱的で荒々しく、それでいて冷静なタッチが「想いよひとつになれ」の世界を紡いでいきます。そしてその情動がメンバーと我々の心をまた揺さぶる。自然と激しくなるAqoursのパフォーマンス。半ば狂乱の如く盛り上がっていく客席。お互いがお互いを高めながら、どこまでも昇っていくような「不思議な昂揚感」がこの日のライブにはありました。それはまさしく「ライブでしか起きえない奇跡」のような体験でした。

ピアノソロで始まり、ピアノソロで終わるこの楽曲。締めももちろん逢田さんのピアノソロです。最後の一音を弾く瞬間...。震える指先を必死で抑えながら、鍵盤をグッと抑え、楽曲が終わると一瞬の静寂。逢田さんが必死の形相で右手を掲げ、それに倣ってAqoursが右手を挙げると、その後またしても爆発的な「梨香子」コールが起きました。横浜アリーナも、LV会場もサイリウムは「さくら色」一色。自分の推しキャラもなにも関係なく、皆が逢田さん、そして梨子に万雷の拍手を送った、本当に感動的な瞬間でした。

・・・僕がこの間考えていたのは「想いよひとつになれ」という曲のこと、そしてTVアニメ11話でこの曲を披露する直前に梨子と曜がしていた会話のことでした。

梨子「私ね、分かった気がするの。あの時どうして千歌ちゃんがスクールアイドルを始めようと思ったのか。スクールアイドルじゃなきゃダメだったのか。」

曜「うん。千歌ちゃんにとって、輝くという事は自分一人じゃなくて、誰かと手を取り合い、皆と一緒に輝くことなんだよね。」

梨子「私や曜ちゃんや、普通のみんなが集まって、一人じゃとても出来ない、大きな輝きを作る。その輝きが学校や、聴いてる人に広がっていく。繋がっていく。」

曜「それが千歌ちゃんがやりたかったこと。スクールアイドルの中に見つけた輝きなんだ...」(第11話より抜粋)

 この日Aqours全員が、会場と一緒になって作り上げたものは、まさしくこの「輝き」なのでは...と思います。もちろんアクシデント込みでこそ生まれたイレギュラーな出来事でしたが、図らずとも上の言葉が語られる回で披露された楽曲において、それを証明するような出来事が起きたのは「奇跡」としか呼びようのない出来事のように思えます。

さらに言うなれば、この日ライブを見ていた全ての人が同じ「想い」を共有した...というのは楽曲の歌詞そのもの。「どこにいても 同じ明日を 信じてる」。今日LVを見ながら「うまくいってくれ!」と願っていた僕は、全くもってこの歌詞通りの心境でした。そして自惚れではないですけど、そんな思いが会場へと伝わったからこそ、2度目の大成功につながったのではとも思えてしまうのです。

 

ラブライブ!サンシャイン!!」は前作「ラブライブ!」と比べて「皆で一緒に、皆で進む」ということを強調してきた作品だと考えています。故にそのテーマに倣った「アンセム」を作るのが難しいユニットでもありました。もちろんテーマに近い楽曲はあります。例えば「君のこころは輝いてるかい?」や「step zero to one」はそうでしょう。しかし今日この日、最も「アンセム」に相応しい楽曲が誕生しました。それはもちろん「想いよひとつになれ」です。

様々なアイドルユニットやバンドが「アンセム」を作りたがり、それに失敗しているのは、「ユニットとファンとが一つになれるような成功体験を『人が作る』なんてのはおこがましいのだ」...ということが分かっていないからです。いつだって「アンセム」は「作る」のではなく「生まれる」のです。そしてそれは「神の采配」と呼べるような偶然から生まれるのです。

今日この日、Aqoursにとっての揺るぎない「アンセム」が誕生したこと、そしてその瞬間を体験し、共に分かち合えたことは大きな喜びとしてファンに語り継がれるはず。そしてそんな時間を自分も体験できたことが、果てしなく誇らしく、嬉しく思えるのでした。