Love Live!Aftertalk

妄想をただ書き連ねる覚書。更新情報等は@tamashiill

ラブライブ!2期 ハイライト #1「もう一度ラブライブ!」

というわけで、わけのわからぬ前説から引き続き。こんにちはorこんばんは。

あなたの人生を彩らない系ブログ、LoveLive!aftertalkでございます。

さて、今回からラブライブ!2期の考察を開始して参ります。その前に改めて当ブログのスタンスを。

当ブログは「ラブライブ」に関して、筆者の「妄想」が炸裂したブログです。筆者は同作品の関係者でもなんでもなく、また考察に関しても関係者からの証言を得たわけでもございません。あくまでも「こうかもなぁ...。」という推察a・k・a妄想を書き連ねたものに過ぎず「これはこうなのだ!」と断言するつもりもございません。。(筆者の文章が拙いゆえに誤解を招くことが多くあると存じます。それに関しては謹んでお詫び申し上げますm(__)m)

どうそご一読いただく場合にも「こいつアホな妄想してやんなぁ」くらいの軽いノリで読んでいただけると、非常にありがたく思う所存でございます。何卒よしなによしなに。。

さて、気を取り直しまして、今回から2期を開始します。前説の通り、とても「大好き」な2期。しかし、色々と疑問点や突っ込みどころも多い全13話とも思います。考察では個人的に「疑問点」や「変じゃね?」と思った部分なども、「個人的な見解」を交えつつ、触れていければいいなと思っております。長い闘いになると思いますが、何卒お気軽にお付き合い頂ければ幸いです。

それでは参りましょう。#1「もう一度ラブライブ!です。

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■#1あらすじ

予定よりも多くの入学希望者を迎えたことで廃校が中止となった音ノ木坂。穂乃果は同校の新生徒会長に就任し、ことりと海未も生徒会役員に。新学期への準備を進めるμ'sの面々。そんな中「第2回ラブライブ」開催の報せが。しかも今回は前回のようなランキング制ではなく、トーナメントによる短期決戦。俄然チャンスの広がる大会形式に盛り上がる面々。とはいえ東京予選を戦い抜くためにはA-RISEとぶつかり合うことに。一転絶望に沈むメンバー。しかし、1期で得た教訓を糧に「あきらめずに挑戦しよう」と思い直すメンバー。反面穂乃果の温度は低い。どうやらそこには理由があるようなのですが・・・。

 ■#1の主要人物

高坂穂乃果

引き続きリーダーとしてμ'sを引っ張るだけでなく、「皆のススメ」で生徒会長にまでなってしまった主人公。第2回ラブライブ開催の報せにも何故かそこまで積極的な反応は示さず。とはいえ、そこには「前回」までの反省も含まれているようで...。

今回はμ'sが再びラブライブに挑む「意味」を問い直すお話。その中心になるのは、やはり穂乃果でなければならない。

 

■#1を読み解くトピックス

①引き継がれていくもの

冒頭明かされる衝撃の事実。それは高坂穂乃果の生徒会長就任の報せでした。

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生徒会長就任の経緯を「みんなのススメでなっちゃった~♪」と総括する穂乃果。1期においてスクールアイドルとしては明確な結果を残せなかったμ's。しかし、彼女たちの勇気ある活動が、音ノ木坂を廃校から救う一因になったことは否めない事実。その活動の中心人物である穂乃果は、もはや校内でも屈指の「カリスマ性」と「知名度」を備えた人物です。となれば、生徒会長就任という流れも割と自然に思えてきます。

時間と場所を変えて屋上。ここでは部長のにこから、1年生3人に対して「アイドル教室」が実施されています。

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新たに考えた自己紹介を真姫に「気持ち悪い」と一蹴されるコミカルなシーンではありますが...。とはいえ、このシーンは冒頭の穂乃果生徒会長就任シーンと連なる意味合いを持ったシーンとして作劇されています。

 3年生の絵里と希から「生徒会」という「学校運営」に関するバトンを「引き継いだ」穂乃果・ことり・海未。そして同じく3年生のにこから「アイドルとしての心得」の「引き継ぎ」を行われている花陽・凛・真姫。この二つのプロットには共通して「引き継ぐ」というテーマが内包されています。

にこが語る「これからは1年生が頑張らなきゃいけない」という言葉。にこは「3年生である自分」の現状を把握したうえで、「バトンを渡すべき相手」と「その作業の必要性」を実感しています。

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2期のメインテーマとなる「卒業」。そして「劇場版」へと連なる「何を引き継ぐのか?」というテーマ。この二つが#1の時点で明確に表現されていることが分かります。

また、穂乃果が生徒会長職を引き継ぐという行為。これは「学校を母体としたアイドル」である「スクールアイドル」の「特殊性」を「強調」する役割も果たしています。

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2期終盤のテーマとなる「スクールアイドルとはなんぞや」という問いかけ。それを読み解くための「フック」の一つとして用意されたポジションという印象もあります。

 

②超えるべき存在

開催が決定した第2回ラブライブ。前回のランキング制から、地区予選を含めたトーナメント制へと方式が変更。前回は「スクールアイドルの祭典」という印象が強いイベントでしたが、今回から「競技会」としての側面が強くなった印象もあります。

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前回出場すら果たせなかった大会。その雪辱に燃えるメンバーたち。しかし「地区予選」制度の導入は、同時に「A-RISEとぶつかり合う必然」を示唆するもの。その事実にメンバーのモチベーションはガクっと落ちてしまいます。

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1期ではμ'sにとっての「憧れ」であり「高嶺の花」だったA-RISE。前回ラブライブ!優勝チームである彼女達を倒さない限り、μ'sは「目標」にたどり着くことが出来ません。

さて、「μ'sがA-RISEと闘う」ことは、作劇的にどのような意味を持つのでしょうか。

まず1点。「A-RISEに挑み、乗り越えること」が2期における「メインドラマ」として設定されているという要素があります。ダンスの実力、人気、実績全てにおいてA-RISEに遅れを取っているμ's。そんな彼女達が「どのようにすればA-RISEを倒せるのか」。それを追い求めるのが2期前半部の主軸です。繰り返される試行錯誤と挫折。そしてそこから得る気づき。その中から一つの「明確な答え」を導き出した時、μ'sはA-RISEを「超越する」ことが出来ます。

また、その試行錯誤から得た「μ'sがA-RISEを超越するために必要」な「答え」は、「ラブライブ!」という作品そのものが持つ「テーマ」や、その後に起きる「トピックス」にも繋がっていきます。

闘いの果てに穂乃果が得た「答え」。そしてそれを理解したツバサ。二人が共有した「スクールアイドルとは何か」という価値観。それをもって生まれるSUNNY DAY SONGという楽曲。

更に「ラブライブ!サンシャイン!!」12話において千歌と聖良が繰り広げた「なんのためにスクールアイドルをやるのか」という問答とその回答に至るまで。シリーズを通して描かれるトピックスに、2期でμ'sが得た「答え」が密接に関わっていくのです。

「μ'sがA-RISEに挑む」というプロットは、「2期のメインストーリー」としてだけでなく、「作品そのものが持つテーマを示すため」に存在しているように感じます。

 

 ③ラブライブに「出なくてもいい」という判断

A-RISEとのぶつかり合いに怯むも、「挑戦せずに諦めるのは良くない」と呼び掛ける絵里。それに応えるメンバー。士気が高まるものの、穂乃果だけはその輪に加わりません。いつもと様子の違う穂乃果を気に掛けるメンバー。穂乃果から発せられたのは、「出なくてもいいんじゃない?」というらしからぬ一言でした。

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1期終盤、自分自身の暴走が原因でラブライブ出場を逃した、と感じている穂乃果。「目標を捉えると周りが見えなくなる」自分の「悪い癖」を自覚したうえでの意見なのでしょう。しかも現在は生徒会長という要職についている立場。「自分本位」に活動してしまった場合、迷惑をかける相手はメンバーだけに留まりません。

穂乃果が出場を思いとどまる要因はそれだけではありません。1期終盤に「友人と一緒にいられる時間の有限性」を実感した穂乃果。その時間を「ラブライブ出場」という目標のせいで失いかけた彼女は、「ラブライブ」というものに対しても軽い「トラウマ」を抱えている状態でもあるのかもしれません。

とはいえ、メンバーは穂乃果の真意までは読み解けず。ただただ彼女らしからぬ発言に困惑してしまいます。出場を拒む姿勢を糾弾された穂乃果は、「たまには息抜きも必要」と議論の方向性をずらし、皆で放課後遊びに行くことを提案します。

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普通の学生と同じ、リラックスした時間。「部活」という側面の強い「スクールアイドル活動」を行う彼女達には、どうしても欠けている時間かもしれません。

ラブライブに出る」となれば、このように皆で遊ぶ...という時間も、それほど多くは取れなくなるでしょう。それを見越したうえでの「出なくてもいいのでは?」という穂乃果の選択肢。それはそれで「ありなのかも」と思わせる描写です。

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「こんなとこで遊んでて言いわけ?」と独りごちるにこ。にこの指摘は至極まっとうですが、この「9人で一緒に過ごすなんてことない1日」という描写が、後々の大きな伏線へとなっていきます。

 

ラブライブに「出る意味」

皆で過ごす放課後の帰り際。ふとUT-X高校を見上げる希。その視線に気づく穂乃果。彼女の視線の先にはA-RISEの姿が。一見飄々として見える希もまた、ラブライブに対して強い思い入れを持っている。そのことを実感する穂乃果。

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その夜、思い悩む穂乃果に雪穂が告げる「ラブライブの開催日」。それは来年の3月。雪穂と亜里沙が「入学」する季節。そしてそれは同時に現3年生が「卒業」する季節でもあります。「永遠ではない」と分かっていた「9人が一緒にいられる期間」。しかしその制限時間は思っていた以上に「短い」ことを実感する穂乃果。だとすれば、この「9人でいられる期間」に「何を残すべきなのか」。穂乃果はまたしても困惑します。

そんな穂乃果に対して、「ラブライブ出場」への並々ならぬ意欲を燃やすにこ。出場をかけて穂乃果との「階段のぼり競争」に(半ば無理やり)挑むことになります。

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本来運動神経が決して良くないはずのにこが、それでもなんとか穂乃果と「フェアに競える」競技として選んだ「階段のぼり」。その自信は、普段から幾度となく「登りつつづけた階段」だからこそ湧いてくるものなのでしょう。フライングしてまでも「勝利ラブライブ出場」に執着するにこ。彼女の背中を追いかける中で、穂乃果は雪穂の言葉を反芻します。

「今度のラブライブの開催日知ってる?」「私たちが入学するってことは...」「もう、分かるでしょ?」

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にこの転倒によってうやむやになった勝負。そして境内には「停滞の雨」が降り始めます。

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ラブライブにおいて「雨」は停滞の象徴です。物語や登場人物が「停滞」するとき、必ず「雨」が降り始めます。この時点で停滞しているのは、「μ'sの今後における方針」でしょうか。絵里と希は改めて「3年生である自分たちの今後」に関して、穂乃果に語り始めます。

「皆と一緒にいられるのは、あと半年」「それにスクールアイドルでいられるのは在学中だけ」「この9人でラブライブに出られるのは、今回しかない」

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これまでラブライブ出場へ積極的な意志を見せなかった絵里と希もまた「ラブライブ出場」に強い意欲を持っていたことが明らかになります。そんな彼女達の言葉に乗っかるように反応したのは1年生組。

「私たちもそう」「たとえ本選に出られなくっても、9人で頑張った足跡を残したい」

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ことり、海未にも意見を聞く穂乃果。ことりの応えは「穂乃果が望む場所ならどこへでも」という彼女らしいもの。そして海未は、穂乃果の抱えていたジレンマを見事に言い当てた上で、穂乃果の持つ「カセ」を取り除きます。メンバー全員の意志を再度確認したことで、自分に正直になれた穂乃果。彼女自身が意図的に隠していた本音をいよいよさらけ出します。

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「一度夢見た舞台だもん。やっぱり私だって出たい!」「ホントは物凄く出たいよ!」

自らの意志をハッキリと口に出した穂乃果。そんな彼女に与えられるのは「はじまりの歌」

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「だって可能性感じたんだ」「そうだススメ」「後悔したくない 目の前に」「僕らの道がある」

アニメ版「ラブライブ!」の「はじまり」を告げる曲ススメ→トゥモロウ。この曲は正しく本作の「テーマ」である「リープ・オブ・フェイス」への「原点回帰」を告げる楽曲です。

「可能性を感じたのなら進むしかない」。人生に必ず一度はある「飛躍しなければいけない瞬間」と「その価値」を問うてきた「ラブライブ」。1期ではその飛躍の中心に穂乃果がいましたが、今回飛躍するのは穂乃果一人ではありません。9人全員が「同じ目標」に向かって「飛躍する」。そこに1期との「明確な違い」があります。「ラブライブ優勝」という9人で掴みうる最高の「瞬間」。そんな、人生においても「二度とは生まれない瞬間」を掴むために「飛躍する」ことを誓うμ's。

「二度とない瞬間を掴まえる」

ここに「1期との差別化」を行うと共に、「2期のテーマ」と「ラブライブに挑む意味」が再設定されるに至りました。2期は「穂乃果が突き進む物語」ではなく「皆で進む物語」なのです

 

⑤現れる「太陽」

ラブライブ出よう!」9人の意志が一つになった瞬間、穂乃果は雨の中を走り出します。

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突飛な行動に驚愕するメンバー。穂乃果は天に向かって叫びます。

「雨、止めーーーーー!!!!!!」

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するとにわかに雲は掻き消え、太陽が姿を現します。天候すらも操作する穂乃果に驚愕するメンバー。

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実際にはあり得ない事態ですが、ここは劇作品ならではの比喩表現です。「ラブライブ!」において「太陽」は「希望」の象徴。9人が迷いの中から「希望」を掴んだからこそ、彼女達の元には「太陽」と「青空」が現れるのです。

「人間やる気になれば出来ないことなんてない!」「ラブライブに出るだけじゃもったいない」「この9人で出せる最高の結果」「優勝を目指そう!」

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穂乃果は有言実行の女。こうなったらμ'sは優勝するしかありません。とんでもない目標設定に驚愕するメンバー。しかし、皆どこか嬉しそうな表情です。

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はっきりとした目標に向けて走り始める穂乃果。

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1期冒頭へと戻りながら、再び「μ's」の飛躍がここから始まるのです。

 

それは僕たちの奇跡

#1のEDテーマは、2期OPテーマ「それは僕たちの奇跡」でした。

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彼女たちが歌う場所として選ばれたのは音ノ木坂の体育館。μ'sは音ノ木坂の生徒たちの「応援」を背にこの楽曲を歌い上げます。

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タイトルバックには名もなき生徒たちの脚。ここからは2期が「皆でかなえる物語」という「ラブライブ!」本来のテーマを反映させた物語となっていくことが窺えます。

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「ただの思い出 それだけじゃいやだよ」「精いっぱい 力の限り 走るんだ」

「思い出」を抱きしめようとした穂乃果。でもそれだけじゃダメ。思い出をより「強烈」に刻み付けるために、「精いっぱい 力の限り」何かを「した」事実を刻み付けなければいけない。そんな#1での気づきも、この主題歌には反映されています。

「強い願い」が「奇跡」を叶える「軌跡」を描く物語。それこそが2期の物語。さぁ、ここから一緒に「僕たちの季節」を再度振り返ってまいりましょう。

 

....というわけで#1振り返りでした。季節はすっかり夏。このペースだとサンシャイン2期が始まるまでに、本考察が完了できないのでは??という懸念も生まれてきましたがw 焦っても仕方ないので、今後も週1ペースで更新をしていこうと思います。

マイペースな上に稚拙な文章で大変恐縮ですが、今後もお付き合い頂ければ幸いです。

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ラブライブ!2期考察前説 「”今”を”永遠”に刻み付ける物語」

 いよいよ次回から「ラブライブ!2期」の考察を始めていこうと思います。そこで今回は前説といいますか、開始する前に、私自身の二期に対するインプレッションみたいなものを簡単にまとめておこうと思います。まぁ、言うなれば書き始める前の準備というか、思いだし作業に近いものです(笑)。気楽にご一読頂ければ幸いです。

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ラブライブ2期」に関して。実のところ自分のファーストインプレッションは決して良いものではありませんでした。その理由はまちまちです。「毎回同じ話を繰り返しているように見える」「登場人物たちのわちゃわちゃ話ばかりで話が進行していかない」「μ'sがA-RISEに勝つロジックが分かり辛い」そして「μ'sが下す結論が理解できない」等々。上げ始めるとかなりの量の不満がありました。

しかしながら、ラブライブを1期・2期通して、それこそ5週6週と繰り返し見るうちに、徐々に評価は変化していきました。それにつれて不満点も無くなって行きました。

そしていつしか気づきました。「同じ話」を、「同じテーマ」を繰り返すことに、大きな意味があったことに。

 

ラブライブ2期」を見る時に思い描く映画監督がいます。

リチャード・リンクレイターです。リンクレイターは「スクール・オブ・ロック」で一躍世間に名を知られた監督ではありますが、実際はあのような正統コメディ映画とは少し毛色の違う、独特な作風を「ライフワーク」にしている監督でもあります。

「バッドチューニング」、「ビフォア」3部作、「6才のボクが大人になるまで」、「エブリバディ・ウオンツ・サム!」など、氏の作品に共通してあるのは「過ぎ去っていく時間」を「そのまま描く」事で、「その瞬間が持つ価値」を鮮烈に「フィルムに刻み付ける」...というものです。

中でも「バッドチューニング」とそのリブート作品に近い「エブリバディ~」は、もはや「劇映画と呼んでいいのか、これは?」と思えてくるほど「劇的な事件」が発生しません。代わりに登場人物たちのちょっとした日常や、どうしようもない会話などが、ただただ淡々と描かれるのです。なんの変哲もない会話に意外な伏線やどんでん返しへの布石が仕込まれている....ということはもちろんなし。ただちょっと面白い会話が続くだけ。しかしリンクレイターはその「なんの意味も無い会話」にこそ「価値がある」と信じているようなのです。

「6才のボク~」ではラストシーンにその思考を具現化するかのような台詞が登場します。

「なぜ人は、”その瞬間を大切にしろ”なんて言うのかしら」「人生はその”瞬間”の連続なのに」と。

僕らが暮らす日常。その中で友人や家族と過ごし、語らう時間はなんの変哲もない「特別ではない時間」です。しかし、そんな「特別ではない時間」にも、必ず「終わり」があります。引っ越しなどの物理的な別離。進学などの環境変化。そして「死別」。「別れ」は常に我々の生活の中に区切りとして存在します。その中には「事件」や「事故」による突拍子もない「別れ」だって含まれます。だとすれば、この「なんの変哲もない日常」だって、「かけがえのない日々」であるはず。リンクレイターは、その「なんの変哲もない日常」を「視覚化」し、その「価値」を問いかけることをライフワークにしている監督でもあるわけです。

ラブライブ2期」において、繰り広げられるドタバタ喜劇。なんの変哲もなく、なんの意味もない「日常」ですが、そこに「卒業」というフィルターが通されただけで、その「意味のない日々」が、とても「かけがえのない日々」へと変化していく。繰り返し視聴することで改めて気づく、その「反転」こそが「ラブライブ2期」の「キモ」でもあります。

「2期」の物語を通して「今」の価値を知ったからこそ、劇場版では「今が最高!」なのだと主張する。そこに至るまでの長いようで短い13話を、是非もう一度一緒に振り返って頂ければ幸いです。

 

「ラブライブはロッキーである」ラブライブ!1期総括(という駄文)

注:本文には映画「ロッキー」の重要なネタバレが含まれます。とはいえ「ロッキー」を見ていないというのは、人生の大部分を損していると思いますので、今すぐ見てからご一読頂ければ幸いです(という暴言)。

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ラブライブはロッキーである」

「トチ狂ったか?」と思われるかもしれないが、「ラブライブってどんな話?」と聞かれた際僕は大真面目な顔でこう答えている。「いや、概ねロッキーだよ」と。

「ロッキー」は1976年に公開されたボクシング映画。無名の3流ボクサー=ロッキー・バルボアシルベスター・スタローン)が主人公。ボクシングで食う事をとっくに諦めているロッキー。今は地元のやくざに取り立て屋として雇われつつ、たまに試合をして細々と暮らしている。そんな彼にある日白羽の矢が立つ。黒人チャンピオンのアポロ・クリードの挑戦者として指名されたのだ。とはいえ実力を認められてではない。建国記念日の試合に黒人のチャンピオンとイタリア系の白人が試合する。アメリカを象徴する試合としてふさわしい。ただそれだけの理由で指名されたのである。もちろん実力には雲泥の差がある。始めは勝ち目など端から無いと諦めていたものの、老トレーナー=ミッキーにたきつけられたこともあり、本気でトレーニングを開始。過酷なトレーニングによって体力をつけ、冷凍庫で凍った生肉を殴ることで拳を鍛えたロッキー。いざ決戦の舞台に赴く。「俺はこの試合で死ぬかもしれない。だけどもしこの試合で最終ラウンドまで倒れずに立っていられたら、俺は初めて自分をただのゴロツキじゃないと証明できるんだ」そう恋人であるエイドリアンに告げ、ロッキーはリングへと上がる...。

いかに鍛えたとはいえ現役チャンピオンとの実力差は明確。それでも、どれだけ殴られようとも不屈の意志で立ち続けたロッキーは、いよいよ宣言を「現実」にする。試合には敗れたものの、もはやそんなことは関係ない。彼は試合での勝利よりももっと大きな物を手に入れた。それは「誇り」である。

 

ラブライブ1期」はまさしく「ロッキー」的な物語だった。何者でもなかった少女たちが、「廃校阻止」という目標をきっかけに「スクールアイドル」として覚醒し、大きく成長していく。その中で「ラブライブ」という目標に出会い、そこでの優勝をガムシャラに目指す。しかし最終的には「廃校阻止」はなし崩しで成功し、「ラブライブ」には出場もかなわない。しかしμ'sの面々は「小さな勝利」と「大きな誇り」を手にする。

「ロッキー」には、常に「成功」を義務付けられてきた「白人層」のルサンチマンが込められている。「白人ならば強くあれ」「白人ならば勝利せよ」。そう育てられながらすべてにおいて「黒人」に敗れ続ける現実。この時代背景がルサンチマンを生んだ。「ロッキー」はそんな白人たちを救った。「別に強くなくてもいい」「勝てなくてもいい」ただ「大事なものを見失うな」。故にこの作品は白人だけでなく、多くの層から愛され、未だに語り継がれる物語になった。

ラブライブ」もまた、「生まれながら何かを失っている人々」を救った。「夢を見るな」「現実だけ見ろ」。そう教えられ育った若者たちは、「ラブライブ」に「失った夢」を見た。「強く願えば夢はかなう」「恐れず挑戦することが大事」。そんな「イデオロギー」を示したからこそ、「ラブライブ」は一定の世代に「強く」「深く」愛される作品になった。

ラブライブ」一期は、彼女達が「スタートライン」に立つまでの物語だ。彼女達はスクールアイドルとして具体的には何も成し遂げていない。それでも「願うこと」の価値を、「挑戦すること」の意味を、失敗と、挫折と、ちょっとした勝利から得た。だからこそこの物語は尊く、エバーグリーンな物語として成立しているのではないか。そんな風に思う。

 

「小さな世界の小さな気付き。しかしそれが”僕たちの神話”になる」ラブライブハイライト!11話~13話考察

こんにちは、あるいはこんばんは。

今回はラブライブ1期にとって、そして「ラブライブ!」という作品を語る上でもとても大事な11話~13話をお送りします。

と、いうのもこの1期終盤に起きた出来事をかみ砕けるかどうかで、「ラブライブ」という作品そのものの評価自体も大きく変化するからです。

そもそも私自身がラブライブをマジメに考察し始めたのも、1期終盤の「ことり留学プロット」の意図が「分からなかったから」なのです。

しかしこの演出の「意図」や「意味」を考察し、考える事が「ラブライブ」という作品への理解に繋がり、結果として「この作品舐めてはいかんな...」という考えに直結し、このブログの作成にも繋がっていたりするわけです(笑)。

そんなわけでここは個人的にも気合を入れて書いていきたいところ。

ここしばらくどのように書いていくかで悩みましたが、今回はストーリーを追いかけてきたこれまでとは少し「方式」を変えて、この3話の間に起きるトピックに焦点を当てていきたいなと思います。その中でそれぞれのシーンや演出の意図なんかに触れつつ、シナリオの構造を考察していければなと。なるべくシンプルにまとめるつもりではおりますが、長くなったらゴメンナサイ。。

※注 当ブログの考察はあくまでも私個人の考察です。公式な見解ではありませんので、予めご了承ください。また、当ブログの性質上、あくまでも「脚色や演出の意図」「寄って」考察するきらいがあります。私個人の見解として「シーンやセリフの整合性」などは「軽視」する傾向もありますので、そちらも予め含みおきくださいませ。

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■1期終盤を読み解くトピックス■

①何故穂乃果は「失敗」し「停滞」するのか?

・「リープ・オブ・フェイス」の功罪

ラブライブ出場に燃える穂乃果。現在の順位は19位。はっきりと出場を見据える位置につけています。

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ファーストライブこそ上手くいかなかったものの、その後は順調に成長を続けてきたμ's。その先頭には常に「穂乃果」の存在がありました。

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彼女の姿勢を表現する言葉があります。

「見る前に跳べ」=「リープ・オブ・フェイス」。19世紀、デンマークの哲学者キェルケゴールによって提唱されたと言われている哲学。今は主に「宗教用語」として使われることも多い用語ですが、穂乃果はこの思想を「体現」してきた存在でもあります。

町山智浩氏の著書、「映画と本の意外な関係!」(インターナショナル新書)では「リープ・オブ・フェイス」に関してこのような解説があります。

宗教は不条理や非合理性に満ちている。理性と論理で考えたら信じるのは難しい。しかしキェルケゴールは「不条理ゆえに我信ず」と言い切り、信仰に飛び込むと決意した。(中略)「リープ・オブ・フェイス」は盲信(Blind faith)を正当化する考えとして批判される一方、最初の実存主義的な宣言ともされている。キェルケゴールはたまたまキリスト教徒として信仰を選んだが、そうでない人間にとっても論理を超えて飛躍すべき瞬間はあるはずだと。考えているだけでは何も始まらない。イチかバチかで行動しなければ人は変われない。(以下略)

まさしく「明確な成功が約束されている」わけではないのに「スクールアイドル活動」へと「飛躍した」穂乃果。彼女のそんな姿勢がμ'sの活動を引っ張り、成功に導いてきました。故にμ'sメンバーの穂乃果への信頼は揺るぎないものです。そしてその信頼を一心に受けた穂乃果は更に「飛躍」を続けていくことになります。

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しかし、そこには当然「落とし穴」があります。上記の町山氏の著作には以下のような指摘もあります。

アメリカの作家エドガー・アラン・ポー神秘主義的な詩や小説を書く一方で超越論に反発し、それを批判して「悪魔に首を賭けるな」という短編を書いた。その映画化が、オムニバス映画「世にも怪奇な物語」(67年)の第3話、フェデリコ・フェリーニ監督の「悪魔の首飾り」である。

イギリスの俳優ダミット(テレンス・スタンプ)がイタリアにやってきた。(中略)酒に酔った彼はギャラ代わりにもらった真っ赤なフェラーリのオープンカーに乗って真夜中の高速道路に飛出し、工事で道路が途切れた場所まで突っ走る。そこで手毬をつく少女に出会う。彼女は悪魔だった。ダミットは悪魔と賭けをする。途切れた高速道路を車でジャンプして反対側に着地できるかどうか。見事にジャンプに成功する。ただ、ダミットには途切れた部分に水平に張られたワイヤーは見えなかった。(中略)人生には自分を信じて飛躍すべき瞬間が何度かある。ただ、賭けである以上、負けることもあるのをお忘れなく。

「飛躍」が「賭け」である以上、「リスク」もあり、それ故の「代償」を支払わなければならない可能性もある。「ラブライブ」という作品は一貫して「リープ・オブ・フェイス」の価値を訴える作品ですが、その哲学を提唱する以上、上記が「盲信」へとすり替わらないような「バランス感覚」も必要になります。故に穂乃果には「飛躍」に対しての「リスク」も体験させる必要があるわけです。

「目標」のため、「飛躍」を「盲信」する穂乃果。彼女は文字通り「盲目的」になっていきます。ライブの準備のためオーバーワークと分かっていながらトレーニングを繰り返し、体調を悪化させる。周りが見えなくなり、親友であることりの異変にも気づけない。結果としてこの二つが大きな「代償」となって穂乃果に襲い掛かることになるわけです。

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 ②「ラブライブ出場辞退」と「廃校阻止」

マクガフィンの顕在化

ラブライブ出場を確固たるものにするため挑んだ屋上でのLIVE。しかし雨の中、しかも体調不良で臨んだ穂乃果は1曲目を終えた段階で倒れてしまいます。理事長から「生徒の体調に危険が及ぶような活動をするようでは、活動自体を容認できない」と告げられた絵里はμ'sの「ラブライブエントリー」を取りやめます。また、時を同じくして音ノ木坂は来季の生徒募集を開始。彼女たちの活動の成果もあって、「廃校」は「阻止」されました。しかしここで顕在化するのは、「μ'sの活動意義」「消滅」です。

絵里も告げていたように、いずれは「話し合わなければいけなかった」事とはいえ、何故このタイミングでこれまで積み上げてきた「μ'sの活動意義」を崩すのか。それを理解するにはマクガフィンという着眼点が必要になります。

当ブログでは度々登場する「マクガフィン」。Wikipediaでは下記のように記載されています。

マクガフィン (MacGuffin, McGuffin) とは、何かしらの物語を構成する上で、登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる、仕掛けのひとつである。登場人物たちの視点あるいは読者・観客などからは重要なものだが、作品の構造から言えば他のものに置き換えが可能な物であり、泥棒が狙う宝石や、スパイが狙う重要書類など、そのジャンルでは陳腐なものである。

マクガフィン - Wikipedia

上記では分かり辛いので補足すれば、「メインテーマに対する目くらまし」と表現するのが正しいかもしれません。

μ's結成の動機とは「学校を廃校から救う」というもの。そしてその目標を達成するため「スクールアイドル」を結成し、「ラブライブ」に出場することで学校そのものの「知名度を高めよう」としました。本来であれば、「μ'sはラブライブに優勝し、学校を廃校から救いました。めでたしめでたし。」とするのが常道なのかもしれません。しかし本作はその筋を選ばず、結果としてこの二つの「動機」を途中で「完了」させてしまったわけです。ここから分かるのは、この「動機」そのものが「目くらまし=マクガフィンであるという事です。

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では「ラブライブ本来のテーマ」とは何なのか?それを明らかにするために存在するのが「ことり留学プロット」なわけです。

 

③「ことり留学プロット」の意図と「真のテーマ」

・「今」を「継続」することは「出来ない」

9話EDから匂わされ続けた「不穏」。それがいよいよ顕在化するのが11話です。かねてから服飾に興味を持ち、それを将来の職業にしたいと望んでたことり。そんな彼女のもとに届く留学の誘い。当然断る理由は無い誘いですが、ことりは思い悩みます。留学となれば「高校卒業までの間日本には戻れない」。即ち穂乃果・海未とした「ずっと一緒にいよう」という約束を違えるもの。また留学すれば「音ノ木坂学院スクールアイドル」として活動出来なくなります。彼女の中でも大きな存在になっていた「μ's」を裏切る行為にもなる...。思い悩むことりは、最も信頼する存在である穂乃果に意見を聞こうと思いたちます。しかし穂乃果は「ラブライブ」のことで頭がいっぱい。穂乃果に遠慮したことりは相談が出来ないまま時が過ぎ、いよいよタイムリミットとなる「屋上ライブ」の日を迎えてしまいます。

「ライブが終わったら穂乃果に相談する」そう海未に告げてはいたものの、そのライブで穂乃果が倒れ、ライブそのものが中止に。相談も出来ず終い。いよいよことりはなし崩し的に「留学」に向かうことになります。

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1期終盤に唐突に「ぶち込まれた」「留学プロット」。そのあまりにも唐突な展開と解決法に魂消た視聴者も多かったものです。実際のところ私も初見時には「これはなんだろう??」と驚きましたし、友人には「あの展開が意味不明過ぎてノれなくなった」と告げられました。いわば「ラブライブに乗れる人」と「乗れない人」を分ける分岐点ともいえるこのプロット。

私はいうと友人の意見をきっかけに「このプロットって何の意味があるんだろう?」という発想から「ラブライブ考察」を開始した経緯があります。ここではこれまでもあまり語られていないこの「プロットの意味」に関して考察していきましょう。

まずポイントになるのは9話のラストシーン秋葉原でのライブ成功をきっかけに絆を深めた穂乃果、ことり、海未の3人。それぞれがかけがえのない存在であることを改めて実感すると同時に「いつまでも一緒にいよう」と力強く宣言します。しかしその言葉を遮るように投かんされるのは、ことりへの「留学の誘い」です。

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「留学」は置き換えれば「転機」であり、もっと言うなれば「変化」の象徴でもあります。反面、穂乃果たち3人が望んだのは「今」の「継続」。それは「変化を否定するもの」でもあります。しかし陳腐なことを言えば、この世に「今」のまま「継続」されていくものなどほとんどありません。常に「時代」は移ろい「変化」していく。人間も職場や環境が変わり、そこで新たな出会いを経て、自分の人生を作っていく。それを止める術はありません。「今の継続を望む」穂乃果たちに被せるように「変化」の象徴を挿入するのは、穂乃果たちの考えに対する「問いかけ」が行われることを意味してもいます。

「ことり留学」とは「変化しないものなどない」という「事実」の象徴

穂乃果とことりに突きつけられるのは「今」を「継続すること」など「出来ない」という非情なまでの「現実」です。

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ただしこれは、あくまでも「今回」は「穂乃果」と「ことり」の物語として「抽象化」されただけに過ぎず、やがて「μ's全員」にとっての「課題」となる「問題」でもあるのです。(実際2期ではこの問題が大きな課題として提示されますね)

止めようのない「変化」という「現実」を突きつけられた穂乃果たち。彼女達が選ぶ結論にこそラブライブ本来の「テーマ」が隠されているのです。

 

・「ことり留学プロット」が「モヤる」理由

自分の行動がラブライブ辞退、ことり離脱の原因となった(と考えた)穂乃果は捨て鉢になり、自ら「μ's離脱」を宣言する事態に。しかし秋葉原の街を歩き、メンバーと会話する中で、自らの中に眠る欲求を取り戻した穂乃果は再起。改めて「スクールアイドル」を継続することを宣言します。その中で海未から求められたのは「ことりの奪還」。留学へ向かう当日のことりを説得し、μ'sへと引き戻すのです。

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さて、「ことり留学プロット」において最も反感を買うのが、上記の描写。筆者も初見では「そりゃないべ」と思わず呟いたシーンでした。

何故このシーンが反感を買うのか、というと、

①「留学」という大きな決断を、あっさり覆すのってありなの?

②穂乃果の説得方法が強引すぎないか?

③ことりはことりで穂乃果にほだされて残った感じがしてモヤモヤする。

以上の3点に原因があるように思います。

本稿ではこの3点に反論....は特にしません(笑)。だって実際に強引なんだもの。

とはいえ、弁護の余地はあります。

ラブライブ!TheSchoolidolMovieファンブック」を読んでいただければ分かる通り、「1期」放送時点では「2期放送」の予定など「まるで決まっていなかった」わけです。となれば、なんとか「1期」の中にラブライブの示したいテーマ」を「詰め込む」必要がありました。だって「次があるとは限らない」わけですから。とはいえ、もう少し丁寧に出来なかったのか...という突っ込みはすべきなのかもしれませんが。。

さて、ではここまで「強引」な方法を用いてまで表現したかった「テーマ」とは何なのかという話になってきます。

 

・「未来」よりも「今」を「大切」にする。

「留学」とは「変化」と同時に「転機」の象徴であると、先ほど書かせていただきました。更に言うなれば「留学」は「未来」へも直接つながった「転機」でもあります。「留学阻止」はそれを引き留め「今」に繋ぎとめる「行為」でもあります。

f:id:ishidamashii:20170708222638j:plain一見、非常に「後ろ向き」な結論に見えるこの行為(モヤる理由はそこにもあるのかもしれません)。しかしこの時点での彼女たちの背景にあるのは「今」が決して「継続されない」という共通理解です。穂乃果はことりを引き留める際にハッキリとこう口にしています。「いずれ別の夢に向かう時が来るとしても!」と。

9話の時点では無邪気に「今」が「継続」されることを「信じていた」彼女達。しかしことりの「留学」という出来事をきっかけにその幻想は打ち砕かれました。代わりに彼女達の中に芽生えたのは、「今」は決して「不変」では無いという「実感」であり、故に「今」を「大切にしなければならない」という「確信」でした。その観点を以て見ると、穂乃果のこの判断は「行為としては後ろ向き」でありながら、「判断としては前向き」なものであるように見えるのです。スクールアイドルでいられるのは、「高校生の間」だけ。もしもこのままことりが行ってしまったら、穂乃果とことりは「μ's」として過ごせる「今」を失うことになる。穂乃果はその「今」を守るために、ことりを「引き留めねばならなかった」わけです。

つまりここから分かるのは、ラブライブ」が本当に伝えたいテーマとは「今が最も大切である」ということです。

ここには「劇場版」に至るまで一貫して貫かれる「ラブライブ」という作品、ひいてはシリーズの持つイデオロギーが表現されています。

「未来」はもちろん大事。先を見据えて行動することも大事。しかし、それだけでは「飛躍」する瞬間が訪れない。①で触れた通り、人生には「飛躍する瞬間」が必要と考える「ラブライブ」には、常に「未来」ではなく「今」の「パッション」を大切にするべき、という思想が貫かれています。

ラブライブ」は「限られた今」という「瞬間」を、「スクールアイドル」という存在に託して表現しています。高校3年間の間しか活動できない「スクールアイドル」。だからこそその「瞬間」の「一瞬一瞬」を「大切にして」生きる必要がある。「劇場版」の主題歌である僕たちはひとつの光で印象的なフレーズとして登場する「今が最高!」は、言うなれば1期の段階から登場していた、「ラブライブ」を象徴する「イデオロギー」なんですよね。

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・ことり留学プロットのエラー回収

とはいえことり留学プロットが「上手くいかなかった」ことはなんとなく脚本の花田さんも実感している気がします。というのも「サンシャイン」9話「未熟DREAMER」で、ほぼ同じプロットをやり直しているからです(笑)。ことり留学プロットエラーの要因は、「留学引き留め」の要因を「穂乃果」一人に背負わせたことが原因でした。(ことりが流されやすい性格で、実際には積極的に行きたがっていたわけでない...という事が本編からだけでは伝わりづらい)

故にサンシャインではもっと整理された形で同じテーマを消化できていました。この辺は当ブログのサンシャイン9話考察をご一読くださいませ。

ishidamashii.hatenablog.com

 

・2期以降へのブリッジ要素

「今」を大切にすること。「今」は「有限」であることを悟った穂乃果とことり。それは2期以降の二人の行動や発言などにもしっかりと「反映」されていきます。これは割とはっきりと分かるポイントが何か所かあるので、その辺は2期考察で触れるようにします。

 

④「飛躍」の肯定

「飛躍」によって躓き、課題を背負った穂乃果。しかし彼女は最終的に再度「飛躍」することを求められ、その願いに応える形で復帰することになりました。

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いかに「飛躍する」ことの「リスク」を描いたとて、「ラブライブ」の根幹にあるのは、「恐れず飛び込むこと」を「重視する」姿勢です。穂乃果は失敗を通して、「飛躍する」ことの難しさを覚えましたが、同時に「リスク」を負ったうえでなお「飛躍する」ことの「価値」を覚えました。1期終盤の「強引」な展開は、2期以降で穂乃果をより伸び伸びと「飛躍させる」ための「布石」にもなっています。そしてその「布石」は「劇場版」にまで連なっていくわけです。

 

⑤とても小規模で、とても大きな一つの「勝利

ことりの説得に成功した穂乃果。講堂で「μ's再起動」を宣言するライブを実施します。3人でライブをした時には客席にはメンバーとヒフミしかいなかった場所。しかし今は支えてくれる多くの人たちがいます。

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彼女達は結果として「何も成し遂げてはいません」。学校の廃校阻止も決して彼女達だけが「要因」とは言えないでしょう。しかし、彼女達は大きな目標を成し遂げました。それは「講堂を満員にすること」そして「お客さんを笑顔にすること」。これは初期μ'sが掲げた目標そのものです。

歌う楽曲は「START=DASH!。μ'sの始まりの曲であり、アンセムでもあるこの曲は、μ'sの「今」を象徴する曲でもあります。

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「明日よ変われ」「希望に変われ」「眩しい光に照らされて変われ!」

その歌詞は「明日の輝き」を求め、「今」を精いっぱいに生きる、というμ'sのイデオロギーそのもの。

そしてその思いが伝わったからこそ、今講堂には満員のお客さんがいる。μ'sが成し遂げた「勝利」はとてもとても小さなものですが、反面「信じて突き進むこと」の価値をしっかりと証明することに繋がりました。

ラブライブ放映当時、とにもかくにも若者はペシミズムな世界観を強要されていました。「どうせできない」「どうせなれない」。そんな価値観を破壊し「信じれば願いはかなう」という、ちょっと前からすれば「楽天的過ぎないかい?」と言われるような思想を再度肯定するのが、「ラブライブ」という物語でした。

ラブライブが「他のアニメ」と比べて、圧倒的マジョリティ(しかも若者)に受け入れられたのは、この「思想」があったからこそなのでは?とも思えます。

こうして「小さな世界の小さな変革」の物語は、新たな「僕たちの神話」となり、今なお愛され語り継がれているのです。

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というわけで、11話~13話総括考察でございました。

手短にしたけど、まぁまぁ長いな。。。とにもかくにも長々と続けてきた1期考察はこれにて一端終了(恐らく明日1期総括記事を出すと思いますが)。

翌週からは2期に移っていきたいと思います。果たしてサンシャイン2期放送開始前に終わるのかハラハラですがw 引き続きご愛顧をお願いいたします♪

また、1期終盤に関して、触れ損ねている要素や、「ここってどう思う??」などのご意見がございましたら、コメント欄ないしはTwitterまでご連絡くださいませ!

わかる範囲ではお答えいたします。

まずは、ここまでお読み頂きありがとうございました!

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ラブライブ!ハイライト 第10話「先輩禁止!」

こんにちは、あるいは こんばんは。

今回も妄想を垂れ流していこうと思います。どうぞお暇ならばお付き合いくださいませ(笑)。

さて、前段としてちょっと仕様変更のお知らせをば。前々から「必要か?」という疑念が尽きなかった「STORY」および「登場人物プロフィール」なのですが、ここに来て疑念が「確信」に変わったと申しましょうかw

今後はもう少し簡略化しようと思います。

まず「STORY」に関して。こちらは「あらすじ」とし、もっと簡略化したものにしたいと思います。「ストーリー思い出せないよ!」という方は、是非「hulu」「Amazonプライム」などの動画配信サービスを利用して振り返って頂ければと思います(乱暴過ぎる物言い)。正直、ここの項目が冗長過ぎて、飽きてしまい、考察にたどり着かないことを懸念しての仕様変更でございます。。何卒ご了承をば。

「登場人物プロフィール」に関して。こちらはその回ごとの「主要人物プロフィール」に変えていきます。というのも、前回での1年生組のように「特に見せ場が無いキャラ」が出てくる回もあり。そんな中「書く事ないんだよなぁ」と思いながら無理に書くのは、逆にそのキャラが好きな方を冒涜することになる気がしていて、こちらはずっと仕様変更のタイミングを探したのが本音です。。なのでこちらも何卒ご了承をば。

本来はこの前置きも必要無いと思っているくらいですが、とりあえず業務連絡用にこちらは使用していこうと思います。

さて...前置きが長くなってしまいましたが、今回は第10話「先輩禁止!」です。前回に続いて本編とは少し外れたイレギュラー回。その中でもアニメ的には「合宿回」と呼ばれる今回ですが、実は9話「ワンダーゾーン」と対になる構造を持った物語です。今回は物語を追う、というよりもこの回の持つ「構造」そのものを考察してみたいと思います。....おや、前回に続いて「考察ブログ」っぽい出だしだぞw

それでは参りましょう10話「先輩禁止!」です。

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■第10話あらすじ

夏本番。屋上での練習もいよいよきつくなってきたμ's。穂乃果は「思いつき」で「海合宿」の開催を思い立ちます。とはいえ先立つものも場所もない。そこで真姫の「別荘」を利用することに。μ'sはじめての「合宿」へと旅立ちます。「ラブライブ出場に向けてのチーム力アップ」が目的の合宿ではありますが、希と絵里には別の目論みが。μ'sを「部活」ではなく、「アイドルチーム」として強化するため「先輩禁止」を合宿の「決まり事」に設定した絵里。空港での予行演習ではぎこちないながらも、「敬称」を外すことを試みるメンバー。そんな中どこから居心地の悪そうな真姫。今回はそんな彼女から「ぎこちなさ」を取り除く物語が描かれます。

 

■第10話の主要人物

西木野真姫

これまでもどことなく他メンバーとは距離を置いていた真姫。今回はそんな彼女と「他メンバー」との間にある「目に見えない壁」を「取り除く」お話です。

東條希絢瀬絵里

真姫に積極的に関与する二人。二人の思惑がどこにあるのかは、実は作中具体的には明かされていなかったりします。とはいえ、考察ではそのあたりも妄想していこうと思います(笑)。

矢澤にこ

真姫回と見せかけて、にこ回でもある今回。彼女のパーソナリティが明らかになると同時に「真姫の異端感」も浮き彫りになっていきます。

 

■第10話を読み解くポイント

☆その1 「異端」としての真姫

物語の発端となるのは穂乃果による「合宿」開催の申し出。しかし一学生に過ぎず、バイトをしているメンバーもほとんどいないμ'sには先立つものも、合宿場所もありません。穂乃果に至っては、ことりのバイト代を当てにする始末(笑)。

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ことりの当てが外れた穂乃果が次にあてにするのは、「真姫の別荘」。とはいえ、確証があったわけでもなく「お金持ちだから別荘くらいあるのでは?」という「冗談込み」の提案。しかしこの問いかけに真姫は「あるけど」とサラっと返答します。

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思えばここから真姫の「たかられ人生」がスタートするわけですが(笑)。

それは置いておいても、サラっと別荘の存在を認めてしまえる彼女のスタンスはやはり「異端」です。初っ端からその「異端性」を見せつける真姫。今回は「真姫」のスタンスや存在そのものをありのままに描くことで、いかに彼女が「異端」な存在であるか。そしてその「異端性」が「グループ内」ではどのように「際立ってしまうのか」という事実を表現しよう、という狙いが垣間見えます。

訪れた合宿場所は、「別荘」と呼ぶにはゴージャスすぎる一軒家。

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病院経営の実力をまざまざと見せつけます。

さらに料理は「普段はシェフが作ってくれている」という「お嬢様」発言まで飛び出し、その「異端性」を存分に発揮してくれます。

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彼女の「異端性」は環境面だけにあらず。身体的にも1年生にしては成熟し、3年生のにこと並んでも、そのスタイルの良さは一目瞭然です(にこがチンチクリンであるという事実は置いておいてw)。

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成熟しているのは身体だけでなく、精神面も同じ。海を前にワーキャー騒ぐメンバーを尻目に、一人日陰で読書をたしなみ、彼女達の輪に加わろうとはしません。

流石、「将来は医大に通い、実家を継ぐ」ことを「マスト」の目標と据える才女。その落ち着きっぷりは並大抵ではありません。

とはいえ、果たしてこれが「彼女自身」の「本質」であったり、「彼女自身が望む」「スタンス」なのか?というのが、今回のテーマ。

これまで挙げてきた要素のほとんどが、彼女が「生まれながらにして持っている要素」、すなわち「先天的に与えられた要素」です。そして実のところ彼女はその「先天的に与えられた要素」から1ミリも「はみ出そう」とはしていません。むしろ「はみ出すことを恐れている」ようにも見えます。

ここから見えるのは、真姫は「意図的」に、「自分の枠をはみ出さず」、「与えられたスタンス」「望まれている自分」を「守ろうとしているのでは?」という仮説です。

彼女は、「医師になる」という「家族の願い」を叶えるため、「音ノ木坂」入学直後の時点で、自らの「音楽」を「終わらせてしまっていた」人物でもあります。そこには「家族を大事に思う」という要素意外に「与えられたスタンス」「望まれた自分」守ろうとするスタンスが垣間見えるのです。

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彼女が何故そのようなスタンスを取るようになったのか、に関しては想像の域を出ません。しかしその背景にはやはり、彼女自身が「先天的に生まれ持った」「環境」が影響しているのでは?と想像できます。

彼女はこれまでも、垣根を越えて友人を作ろうとするたびに、どこかのタイミングで「自分」と「他人」との「根本的な違い」に行き当ってきたのではないでしょうか。そしてそれが原因で「友人が自分の元を離れたり」あるいは「自分から友人のもとを去る」というような経験をしてきたのでは...と思えるのです。

故に「密な人間関係」を築くことが苦手になっている。だからこそ最初からそれを放棄し、「自らの枠の中」を出ないようにしているのでは?或いは意図的ではなくともそのような「性質」になってしまっているのでは?と考えてしまいます。

10話においてひたすらに真姫の「異端性」が強調されるのは、以上のような「真姫の抱える課題」「顕在化」させ、「今回のテーマ」とその「解決法」をハッキリと明文化させるためと感じるのです。

 

☆その2 矢澤にこのスタンス

真姫と比較されるように、そのパーソナリティが明かされていくのは、矢澤にこです。

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これまでも3年生でありながら、どこか「舐められがち」だったにこ(笑)。彼女が決定的なコメディリリーフとして活躍し始めるのも、この回からという印象があります。10話でのにこは序盤から終盤に至るまで、我々視聴者を穏やかな気持ちに導いてくれる存在です。

豪華な別荘を持つ真姫に対抗意識をメラメラと燃やし、「料理はシェフが作ってくれる」という真姫の発言を受けて「うちもそうなのよね~」と分かりやすい見栄を張り、海では1年生顔負けに遊びまくり(ここでも真姫に対抗意識を燃やしつつ)、9人分の料理をサラっと作り、それ故に「料理しない」という設定が「ウソ」であることがあっという間にばれるなど...その活躍っぷりは枚挙にいとまがありません。

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挙句の果てには保湿のための「きゅうりパック」(笑)。アイドルとしての「意識」は高いのに、どこか「所帯じみた」「身近さ」を感じさせるのが、にこの魅力でもあります。

にこが憧れるのは、真姫のような「高嶺の花」。しかし実際には「身体面」も「経済面」も、真姫にはかないません。とはいえ前述した通りにこにはにこにしかない「武器」もあります。それは「身近さ」です。

ファンと「アイドル」との距離が近い現在の「アイドル界」。みんなSNSを利用し自らの情報発信に取り組み、ファンもそのツールを用いてアイドルとコミニケーションを取ります。その中で大切になるのは「レスポンスの豊かさ」「正確性」そして「身近さ」です。「アイドル」が自分たちと同じ視点で「物事を見て」「語る」ことに、ファンは「自分との近似性」を実感します。そしてそれがやがて大きな支持へと繋がって行ったりもします(某48グループの1位様のように)。

こと「ファンの支持」が「ランキング」となって「人気そのもの」に影響を与える「スクールアイドル界」では、にこのような「身近さ」は大きな武器になり得ます。そんな部分もまたにこが「ザ・スクールアイドル」である所以でもあるのではないでしょうか。

そしてこの「にこのスタンス」「真姫のスタンス」と対になって描かれることで、10話の持つテーマがより明確に顕在化するようにもなっています。

このあたりは演出が巧みな部分でもありますね。

 

☆その3 希と絵里のスタンス

希と絵里がなぜ「真姫」のために心を砕くのか。実は10話通してだけなく、シリーズを通しても、この「理由」に関して「明確な説明」はありませんでした。ただし、希と絵里、そして真姫には共通した要素もあります。それは3人共に「異邦人」であるという点です。

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真姫が「普通ではない出自」を原因として、一般社会では「異端」である、ということは☆その1でご説明した通り。それは見方を変えれば「一般社会にとっての異邦人」ともいえる存在です。

それは希、絵里にも共通する要素。ロシアンクォーターでありながら、金髪碧眼を色濃く受け継いでいる絵里は良い意味でも悪い意味でも「目立つ存在」。ましてや黒髪黒目が基本の日本人の中ではとにかく目立つ出立の人物でもあります。語られはしませんが、恐らくこの見た目が故に抱えるストレスも多分にあるはずで、元々はロシアで暮らしていた事を加えても、絵里にとって日本は「異郷」の地であり、彼女は「異邦人」であると捉えられます。

希に関してはこの時点では明らかにされていませんが、後々「引っ越しが多い家庭」の影響で幼少期には「毎年のように引っ越しを強いられていた」ことが明らかになります。そんな彼女にとっては行く場所行く場所が「異郷」。明確な「異邦人」としての「スタンス」が彼女には色濃く残っています。

そんな日々の中で希と絵里が惹かれあったのは偶然ではなかったのかもしれません。同じ「異邦人」として「スタンス」を同じくし、同じ悩みを持つ者同士。彼女達はお互いの存在によって救われ「心の在処」を得るに至りました。それゆえに「似た境遇」にいる真姫を「放っておけなかった」のだ、と推察できるのです。

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物語中盤。希が真姫に伝える「あなたに良く似た人を知っている」という発言。これは一義的には絵里のことを指していると感じられますが、更に掘り進めると「自分自身のこと」を指している、ということが分かります。

彼女達が「異邦人としての真姫」を理解したうえで、彼女になんとかして「仲間を作ろう」と試みるのは、それこそが真の意味で「真姫を救う」ことになるのだと「理解」しているからなのではないでしょうか。何故なら彼女達は「仲間を作る」ことで「救われた」二人だからです。

 

☆その4 「先輩禁止」と「まくら投げ」

絵里がメンバーに課した「先輩禁止」。そして希が終盤仕掛けた「まくら投げ」。そのどちらにも共通してあるのは、「全員を同じスタンス」「引きずり込む」という狙いです。

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μ'sを「どうしても部活の側面が強調されていた」グループと総括した絵里。確かに「アイドルグループ」である以前に「学校の先輩後輩」という背景が色濃く滲み出てしまってもいました。学校を中心とした「スクールアイドル」である以上、メンバー間に「先輩後輩」の関係性が生まれるのは仕方のないこと。しかし劇中でも指摘があった通り、変に先輩後輩の関係性が強調されると「パフォーマンス」にも影響を与えかねません。絵里が指摘した通り「いずれはクリアしなければいけない問題」でもあったわけです。とはいえその垣根を超えるのは容易ではありません。だとすればそもそもの「先輩後輩」という「カテゴリー」を「超越」してしまえば良い。「先輩後輩」というカテゴリーを除けば、後は「個人間」の関係性しか無いからです。

しかしこの取組に参加してこなかったメンバーが一人。それはもちろん「真姫」です。それぞれの「カテゴリー」を取り去るための活動に参加してもらえないのであれば、合宿開催の意味が無い。そのため希は「目的」を達成するため、「半ば強引な方法」に打って出ます。それこそが「まくら投げ」です。

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「まくら投げ」は実際のところ明確なルールの無い遊びです。ただ、お互いに「疲れるまでまくらをぶつけ合う」。その単純明快なルールの前には、それぞれの「カテゴリー」など不要です。先輩後輩関係なく「お互いまくらをぶつけ合う」場所に、無理やり「真姫を引きずり込む」ことで、敢えて全員を「同じスタンス」に招き入れる。それまで「皆と一緒に何かをする」ことを避け続けた真姫を、最後の最後で「引きずり込み」、「仲間」にしてしまった希。そしてその「仕掛け」にまんまとハマり、「楽しく遊んでしまった」真姫。彼女はこの瞬間、自分を「閉じ込めていた枠」を自ら「飛出し」「μ'sの仲間」になったわけです。一見「何の意味があるのか分からない」「まくら投げ」のシーンではありますが、そこには希と絵里による「真姫攻略作戦」の「最終作戦」のあらましと、その「成功」が描かれているのではないでしょうか。

 

☆その5 真姫の「ありがとう」

 

ラストシーン。朝日を眺めるμ'sメンバー。その中で絵里に対し真姫は「ありがとう」と告げます。

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その感謝は「自分を諦めずにいてくれたこと」そして、自分の垣根を乗り越える「きっかけを作ってくれたこと」に対する感謝なのでしょう。絵里が「ハラショー!と返すのは、果たしてその真意を汲み取ったからなのか。或いは最後の最後に「絵里」と名前で呼んでくれたことに対してなのでしょうか。

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恐らくはその「両方」であるようにも思えますね。

 

☆その6 ブレックファスト・クラブとの類似点

この項目は映画「ブレックファスト・クラブ」のネタバレを含みますので、映画を見る予定の方は読み飛ばして!!

久々に10話を見ていて思ったのは「ブレックファスト・クラブ」のことでした。ホームアローンの脚本・製作で知られるジョン・ヒューズ監督の代表作にして、アメリカ青春映画の金字塔とも呼ばれる「ブレックファスト・クラブ」。

ブレックファスト・クラブ - Wikipedia

1985年という時代に、初めて「スクールカースト」の構造を描き、10代の少年少女のリアルな心情を描いた傑作です。

この映画はある土曜日の「補講」。そして、そこに集った「異なる属性」を持つ生徒たちの「たった一日」のあらましと、その「変化」を描いた物語でした。普段は明確な「スクールカースト」によって、互いに話すこともない生徒たち。そんな彼らが「自分とは何者か」という作文に対して、「ディスカッション」して解答しなければならない、という命題を前に話し合うことから物語は動いていきます。

彼らの前に横たわっているのは「属性」という目に見えない「カテゴリー」。彼らはひたすらにその「カテゴリー」を気にして、お互いの境界線を「乗り越えよう」とはしません。しかしある一件をきっかけに、それぞれの持つ「苦悩」を語り合った結果、彼らの間には「カテゴリー」による壁が消え失せ、ただ「同年代の友人」という「事実」だけが残るようになるのです。

彼らが手にした答えは「自分たちを、誰かがカテゴライズする」という「行為」「認めない」という「事実」。そしてその「事実」だけが「彼らの心」と「尊厳」を「守る」という物語でした。

この物語構造は、今回の10話に非常に近いものがあります(今回カテゴリーを気にしていたのは真姫だけでしたが)。自ら課していた「カテゴリー」を超え、「仲間」という「事実=現実」を手にする真姫。そしてそれが「たった一日の物語」であるという点も含めて、恐らく強い影響下にあるのでは?と思えます。

本作はこれまた「ラブライブ!」と近いテーマ性をもった映画「ピッチ・パーフェクト」でも印象的に引用されていたりするので、同作含め是非チェックしてみてください。


80's Trailers - "The Breakfast Club" (1985)


『ピッチ・パーフェクト』映画オリジナル予告編

 

☆その7 9話との類似性

前回9話が「ことりの世界」を「μ'sが受け入れる」物語とすれば、今回は「μ'sの世界」に「真姫が足を踏み入れる」物語でした。この二つに共通しているのは、「世界と自分とを矮小化しないこと」というテーマでしょう。

ことりは「ミナリンスキー」になることで、それまで受け入れる先が無いと思っていた自分自身の「個性」を受け入れてくれる「場所=秋葉原」があることを知り、「世界」と「自分」とを「矮小化」せずに済みました。

翻って10話では、「真姫」という「枠」に「自らを閉じ込めること」で「自分」を矮小化していた真姫が、「μ's」という「世界」に足を踏み入れることで、「自分の枠」を「広げる」物語でした。これは9話と同じく「世界と自分とを矮小化しない」というテーマに基づいてのものです。

一見全く異なるモチーフを扱いながら、9話と10話は「同じテーマ」を内包している、ということが、以上のように「ザックリ」とした捉え方をすることで見えてきたりもしますね。

 

...というわけで10話の考察でした。

今回くらいのバランスが一番良いのでは?という気もしますね。

とはいえ、次回からはいよいよ1期のキーポイントに入っていきます。この辺りはまとめてやるべきという気もしているので、難しいところですが、またまとめながら考えていきます。今回も長々とおつきあい頂きありがとうございましたm(__)m

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ラブライブ!ハイライト 第9話「ワンダーゾーン」

こんにちは、あるいはこんばんは。

今回は第9話「ワンダーゾーン」の考察となります。

前回いよいよ9人となったμ's。ここから彼女達の快進撃が始まる...かと思いきや、挟まれたのは南ことりに関する個人的な物語、「ワンダーゾーン」でした。一見メインストーリーとは異なるサブストーリーにも感じられるこの回。しかし実際には1期後半へと繋がる布石。更には物語の、あるいは「ラブライブ」というシリーズそのものの「思想」にも関係する結構大事な回だったりもします。今回はこの9話に潜む意味なんかを読み解きながら考察できればと考えております。それでは参りましょう「ワンダーゾーン」です。

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■第9話STORY

絵里、そしての加入によって9人となったμ's。メンバー増をきっかけにランクも急上昇。目標とするラブライブ出場もにわかに現実味を帯びていきます。練習に本腰を入れ始めるメンバー。しかしことりは「練習に参加できない旨」を伝えて学校を出て行ってしまいます。最近は特に「帰宅が早くなっている」らしいことり。どうやら事情がありそうですが...。

人気の急上昇をきっかけに、メンバーに対し「アイドル」としての自覚を持つ事を呼び掛けるにこ。少し過剰な対応策にメンバーは困惑気味?そんな中一軒のアイドルグッズショップに入るμ's。そこには目標とするA-RISEのグッズが。「いつか人気になれば自分たちのグッズもこの店頭に並ぶはず」。俄然モチベーションの上がるメンバー。しかし凛がふと手に取ったバッジ。そこには花陽そっくりの人物の写真が。というよりも、花陽その人のグッズが!?なんと既に無許可でμ'sのグッズが制作されていたのです。自分たちの人気の上昇を感じると同時に、その現実をどう受け取るか戸惑い気味です。

そんな最中グッズショップ店員に呼びかけるメイドさんが一人。「ここに私の写真があると聞いたんですけど!」。なにやら必死な様子。しかしその声は聞き覚えのあるもの。「ことりちゃん??」「ことり?なにをしているのです?」幼馴染の二人にはその正体がすぐに分かりました。自分がことりであることを認めずに逃げ惑うメイドさん。それを追いかけるメンバー。秋葉原を舞台にした壮大な追いかけっこの末、彼女は希に捕まってしまいます。その正体はなんと!というかやはり、南ことりその人なのでした。

「自分には穂乃果や海未のような取り柄がない」。スクールアイドルを始めるにあたって、思い悩んでいたことり。「自分がμ'sに存在する意義」。その答えと、ヒントを得るため秋葉原の街を歩き回っていたところ、メイド喫茶からスカウト。衣装の可愛さからなし崩し的にアルバイトを始めたのでした。しかし結果としてメイドの適性が開花秋葉原伝説のメイド」=「ミナリンスキー」として語り継がれる存在にまでなってしまったのです。とはいえ、このバイトはメンバーにも母親にも内緒の仕事。ばれないためにお客さんには「写真撮影」を禁じていたにも関わらず、イベント時に撮影された写真が流出。それを回収するために「練習を切り上げ」、秋葉原を巡回していたことが明らかになります。「メイドでいる時には、この街にいる時には、いつもと違う自分になれる」。だからこそ「ミナリンスキー」でいられる瞬間を大切にしたいことり。

「自分自身の中にある違った一面を演出し、表現すること」。それは「アイドル」として活動する上でも大事な視点のはず。次のライブ実施場所と、「ラブライブ出場」に向けて「インパクトあるライブ」をどのように演出するべきか思い悩んでいた絵里。ことりの一件をヒントに秋葉原」という場所を最大限に利用したライブ実施を思いつきます。また、そこで披露する楽曲の作詞を、ことりへと託します。

とはいえ作詞経験が無いことり。更には「詩にするべき内容」が思いつかず、ドツボへとハマっていきます。穂乃果はそんなことりを見かねて、ことりが「本来の自分を発揮できる場所」=「ミナリンスキーになれる場所」で「作詞」をすることを提案します。

「ミナリンスキー」である時には、より「自分らしさ」を発揮できると感じていることり。「この街は自分の多様性も優しく受け入れてくれる」「だからこの街が好き」。ことりの言葉から、作詩のヒントを得た穂乃果。その気づきをことりにも伝えます。「今、ここでことりちゃんが言ったことを、そのまま詩にすればいいんだよ」

生まれた曲は「ワンダーゾーン」。「本来の自分」或いは「自分の新しい一面」を「受け入れてくれる」存在へのラブソング。それはこの町を愛し、この町に救われたことりだからこそ作れた曲でもあります。

一つのカセを乗り越えて、成長を果たしたことり。それを後押ししてくれた穂乃果、海未との信頼関係はより深まります。互いの絆を実感した彼女達。「いつまでも一緒にいようね!」そう誓い合います。しかし、そんな彼女達の思いと裏腹に、一通のエアメールがことり宛に投かんされます。それはやがて物語を大きく動かす「うねり」の一因になっていくのです...。

 

■第9話での登場人物プロフィール

高坂穂乃果

9話ではことりの異変に気づきつつも、その原因を積極的に調査したりはせず。ある種ことりのことを信頼しているわけでもあるけども、反面彼女の変化に対して気付けてもいない。この辺りの「鈍感さ」が終盤の展開に対する「布石」にもなっている。とはいえ今回ことりの悩みに気付いた後には、それをしっかりとフォロー。「ことりなりの答え」を導き出すべく尽力した。

南ことり

今回の主役。穂乃果、海未へ目に見えないところで劣等感を抱えていたことが明らかに。「アイドル」として「自分に何が出来るのか」。それを探し求めた末に彼女がたどり着いた結論。その辺は後々。

園田海未

今回は目立った活躍はなし。μ'sに絵里が加わったことに一番感動していたのがハイライト。「ようやくまともなことを言ってくれる人が入ってくれた」と涙を流して感動していた。

小泉花陽星空凛西木野真姫

2年生組が軸となる回なので、1年生組は目立った活躍はなし。アイドルショップでの花陽のテンションの上がりっぷりは注目ポイントです(笑)。

 

東條希

3年生組も1年生組ほどではないが目立った活躍はなし。秋葉原を見事な脱走能力で逃げおおせたように思えたことりを見事な索敵能力で見つけ出し捕獲した。

矢澤にこ

すっかりコメディリリーバーとしての仕事が板についてきたにこ。アイドルグッズショップでμ'sのグッズが入荷されていることを知ったにこが、自分自身のグッズを探すシーンはその必死さも相まって笑いを誘う名シーンに。”中の人”のにこへの愛情をひしひしと感じるアドリブが炸裂し始めるのもこの辺りから。

絢瀬絵里

前回紆余曲折ありながらもμ'sに加入した絵里。これまでの尖りっぷりはすっかり影を潜め、μ'sを正しく導くメンターとしての役割を果たし始める。ルックス面でもμ'sの人気上昇に大きく貢献。「美人でスタイルの良い」メンバーは、やはり必須ということなのか。今回は穂乃果と共にリーダーシップを果たしていくことになる彼女の「最初の仕事」が描かれる回でもある。「お友達集団」を「アイドルチーム」へと変えていく作業。それは次回へも繋がっていく。

 

 ■第9話を読み解くポイント

☆その1 絵里加入とその意味

様々な葛藤を乗り越え、μ'sへと加入した絵里。そんな彼女がμ'sで果たす最初の役割が描かれるのがこの9話の見所でもあります。

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絵里が果たす役割とはどういった所にあるのでしょうか。一つは前回8話でも垣間見えた「ダンスのプロ」としての一面。「本気でバレリーナを目指した」絵里が指導面で果たす役割は決して小さくありません。多くのアイドルが振り付けやトレーニングにはプロの指導を要すにも関わらず、あくまでも学内の活動である「スクールアイドル」では、それをどのように補てんしているのかは明確にされていません。とはいえ、あくまでも「部活動」に近い扱いである「スクールアイドル」に、この時点でそこまで「力を入れている」学校も多くないであろうことを考えれば「プロの視点」をもった「指導者」がメンバー兼任として存在していることは大きなアドバンテージとなるように思えます。

あるいは「ダンスだけ」でなく、「精神面」の指導者としても大きな期待が持てます。生徒数が減った学校内で、消極的な理由において生徒会長として選出された...という設定もある絵里(SID出典)。とはいえ彼女が持つ指導力や人気、すなわち「カリスマ性」と総括できる要素はけっして「偽物」ではありません。海未が「ようやくまともなことを言ってくれる人が入ってくれました」と涙を流して感動するのも、けっして大げさではないのでしょう。

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彼女の指導力は今回9話、そして10話においてもしっかりと発揮されます。その後は徐々に「残念な発言」や「うっかり屋さん」っぷりを発揮して、「カリスマ性」に陰りを見せたりもするわけですが(笑)。とはいえ、大事な場面では穂乃果と並んで「決定していける」強い決断力を持った存在でもある絵里。彼女の加入がμ'sにとって大きな財産となることは、疑いようのない事実でしょう。(後に穂乃果がセリフではっきりと言うように)

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☆その2 人気の上昇とその影響

これからのSomeday」発表後あたりからじわじわと上昇していた「人気」。それが絵里と希加入後決定的に上向いてきました。

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現時点では50位。「ラブライブ予選」通過圏内の20位も見えてきました。人気の影響は様々な部分に影響を与えていきます。

にこは「アイドルである以上必須!」とメンバーに変装を促します。

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夏に差し掛かった時期にこの恰好は明らかに不振ですが。(後々このサングラスが劇場版に登場したわけですが、文脈も含めて完璧な伏線回収でしたね)

更に偶然入ったモグリのアイドルグッズショップではμ'sのグッズが販売中!!

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(本当にどうでもいいんですが、この世界の版権とかどないなってるんでしょうか?スクールアイドルに登録した時点で版権は運営に委託される契約になっている...とかなんでしょうか。それにしたって肖像権の問題はパスできていない気もしますが...)

などという野暮な突っ込みはもはやしません(している)。なんにせよ、メンバーが喜んでいるから良しとしましょうや(遠い目)。

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そんなこんなで、今やμ'sは業界の「最注目株」の一つ。故にメンバーにもより一層真剣に「アイドル」として自分を見つめ、成長していく心持ちが必要とされています。

そんな中で、その必要性を一番に感じ、思い悩んでいた人物がいました。それが南ことりです。

 

☆その3 ミナリンスキー

穂乃果が見つけた生写真。そこにはメイド姿のことりが映っています。

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時を同じくして店を訪ねてきたのは、写真と同じ姿のことり。どうやら穂乃果が見つめていた「生写真」を回収すべく秋葉原中を歩き回っているようです。

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思わぬ姿で現れたことりに驚き声をかける穂乃果たち。しかしことりは「自分自身をことり」とは認めず、逃げ出してしまいます。(その後あえなく捕獲されますが)

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彼女が逃げ出した理由は、練習を休んで「自分の都合」を優先させた後ろめたさが一点でしょうか。ただし彼女が後ろめたさを感じるのは「その一点だけ」ではありません。恐らく「メンバーに隠していた自分の一面」を見られることに気恥ずかしさを感じているように思えます。

さて、ここからは今回のメインテーマ南ことりにとってのミナリンスキーとは何なのか」を掘り下げていきたいなと思います。ことりにとっての「ミナリンスキー」とは「南ことり」の「一面」というだけでなく、「多様な意味」を持つ存在だと考えます。今回はそれらを大きく3つに分類しつつ、細かく考察してみたいと思います。お、なんだか久々に考察っぽいぞ、今回は(笑)。

 

南ことりにとっての「ミナリンスキー」とは何か。

①自らの「多様性」を「相対化」し、「肯定する」ための存在。

これは我々視聴者も誤解していた要素ですが、ことりは周囲の評価に反して、極めて自己評価の「低い」人物として描かれています。

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我々にとってのことりは「ザ・アイドル」という存在。誰が見ても一目で「可愛い」と感じるルックス。甘々ボイスにフワフワで柔らかそうな雰囲気。「女の子が憧れる女の子」を体現した存在。それが南ことりです。

反面9話においてことりが語るのは「自らがμ'sで果たす役割が見えない」という悩みであり、「穂乃果や海未に比べて自分自身には取り柄がない」という思わぬ独白でした。「誰しも自分への評価は低いもの」とは絵里の談。絵里の言う通り、大抵の人は「自分の長所」を自分自身では理解していません。

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しかしながら「アイドル」という仕事は「自己プロデュース」の側面が強い業種。どうしても「自分自身の価値」を「自己評価」し、それを「他者にどのように見せるか」を「把握する」必要があります。

それはある種「自分自身の多様性」を「理解」し、それを「相対化」する作業にも繋がります。ことりにとって「ミナリンスキーになる」ことはその「作業」を行うことでもあるはずです。

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「ミナリンスキー」と「南ことり」には、一見して「差異」は感じられませんその実両者に「差異」など存在しないのです。では「ミナリンスキー」と「南ことり」を分ける要素とは何でしょうか。それは即ち「属性」です。

一介の女子高生に過ぎないことりは、「ミナリンスキー」になることで「メイド」という「属性」を手にします(本来のメイドではなくメイド喫茶のメイドである...というのもポイントです)。人によってマチマチとは思いますが、ことりに関してはこの「属性」が「自分自身の多様性」を知る上で大きな後押しとなりました。

メイドカフェにおいて「メイド」として働く中で、「自分自身に隠されていた適性」を発揮し始めたことり。彼女の中で眠っていた「彼女本来が持つ魅力」が、あえて「メイド」として「カテゴライズ」されたことで発揮されるようになったわけです。

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またことりにとっては、この「ミナリンスキー」が「他者から一定の評価を得た」ことも「大きな自信」に繋がりました。これまで「自分には取り柄がない」と思い込んでいたことり。しかし「彼女を求めやって来るお客さん」や「彼女を必要とする店舗」の存在が、彼女に「自信」を与えたのです。他者からの「自己の評価」はすなわち「自己の相対化」にも繋がります。つまり「ミナリンスキー」としての活動は、ことりが必要としていた「アイドルとしての自己プロデュース」を意図せず「成立させていた」という事実に繋がるわけです。故にことりは「ミナリンスキー」である状況を大事にし、守りたいと願っているわけですが、反面ことり自身は「その事実」に気付いてはいません。

あくまでも「ミナリンスキーはミナリンスキー」であり、その活動が「アイドル活動」に通底するとは考えていない。故にその価値を誰かがことり自身に「理解させる」必要が出てくるのです。

 

②アイドルとしての「アイデンティティ」を確立する為に必要な存在。

「ミナリンスキー」としての活動が「μ'sとしての活動」と地続きにはなっていないことり。だとすれば、両者に「接点」を与える作業が必要になります。

ラブライブ出場に向け、インパクトのあるライブを実施する必要のあるμ's。そんな中絵里が思いついたのは、「秋葉原でライブを開催すること」でした。披露するのはその日のために用意するオリジナル楽曲。その作詞を「秋葉原のことを最も理解する」ことりへと託す絵里。

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この采配が南ことり」と「ミナリンスキー」とを結ぶ最初の「フック」となります。とはいえ、作詞を託されたものの、思うように進まないことり。真面目ゆえに、その弊害は学校生活にもおよび、いよいよ先生からもお呼び出しを受けてしまう始末です。

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ことりがここまで「作詞」に思い悩む理由とはなんなのでしょうか。それはやはり彼女が、自分自身に南ことり」という「カセ」を付けてしまっているからなのでしょう。

ことりが作詞する際に凛が言った「凛もことり先輩の甘々でフワフワな歌詞で歌いたいニャー♪」という言葉。これこそ対外的にみた「ことりに対する評価」を象徴するものです。

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周囲が期待する「自分」。それは「甘々でフワフワな女の子」。それをことさら素直に受け止め、表現しようとするあまり、「自分の本質」を描けなくなっていることり。これこそ、「ミナリンスキー」になる前のことりが抱えていた「カセ」の正体なのでしょう。

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周囲が自分に期待するキャラクターは把握している。ただしそれだけが自分の本質ではない。故にそのキャラクターでは「自分の本質を表現する必要のある」「作詞」は出来ない。だからこそことりは作詞にここまで「苦しむ」のでは?と思えるのです。

ことりの苦しみの正体を把握するのは、やはり穂乃果。彼女が提案する「一番良いやり方」が、ことりに光明を与えます。

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それは「ミナリンスキー」の状態で「作詞」をすること。一端普段の「南ことり」から彼女を切り離し、彼女が最も「活き活きしている」状態に持ち込むことで、結果的に「南ことり」という「カセ」からも彼女を解放することが出来ました。

「ミナリンスキー」の時のことりを「いつもよりも活き活きしている」と表現する穂乃果。ことりはそんな穂乃果の言葉に対し

「この服を着ていると出来る....っていうか」「この街に来ると不思議と勇気がもらえるの」「もし思い切って自分を変えようとしたら、この街ならきっと受け入れてくれる気がする。そんな気持ちにさせてくれるんだ。」「だから、好き!」

と答えます。

その言葉に対し「今ことりちゃんが言ったことをそのまま歌詞にすれば良いんだよ!」と答える穂乃果。彼女のこの言葉は無意識に発せられたものではありますが、その実南ことり」と「ミナリンスキー」を直接的に「結びつける」きっかけとなる言葉になりました。

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これまで無意識に分けられていた「南ことり」と「ミナリンスキー」。しかし穂乃果のこの言葉をきっかけに両者は結び付き、「一体化」することになります。それは結果としてこれまでは「秋葉原」という場所限定にしか存在しなかった「ミナリンスキー」という人格を、ことり自身が「南ことり」の一部として受け入れ、「肯定する」ことにも繋がります。

果たして「自己肯定」が出来るようになったことりは、「ミナリンスキー」としての自分の「個性」を「南ことり」の中に受け入れることで、「ミナリンスキー」が持つ「アイドル性」をも同化させるに至ります。要するにここに至って遂に南ことり「スクールアイドル」としての「アイデンティティ」を確立するに至るわけです。その成果として披露されるのが「ミナリンスキー」の恰好のまま「μ's」として披露する楽曲「ワンダーゾーン」なわけですね。

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ワンダーゾーンの歌詞で歌われるのは「強い私へとなれるミライ」です。この表現は「現状を肯定」したうえでそれを「強化」した表現となっています。決して「新しい私」ではないのです。そんな部分にも、この物語の本質が表現されているように思えます。

 

③「カミングアウト」する存在としての「ミナリンスキー」

ここはかなり穿った見方ですが...。

これまで自分に自信がもてなかったことり。そんな彼女がしっかりとした「アイデンティティ」を確立する。それがこの第9話のメインテーマです。その中で必須となったのは「他者からの承認」でした。自分自身の中ではどうしても「一体化」することが出来なかった「ミナリンスキーとしての自分」と「南ことりとしての自分」。その両方とも「南ことりなのだ」と承認してくれたのは、ほかならぬ穂乃果です。

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困ったときには思わず「ホノカチャーン」と弱音を吐くことでおなじみのことり。彼女にとって穂乃果はとても「大切な存在」です。そんな彼女に対してすら明かしていなかった「ミナリンスキー」としての自分。とはいえ、「ミナリンスキー」はしょせんただの「メイドさん」です。そこまでひた隠しにするような「要素」とは思えません。とすれば「ミナリンスキー」にはもう少し「深い存在意義」が隠されているようにも思えます。 

ラブライブにおいて大切な要素の一つとしてあるのは、「多様性を容認する環境」を是とする...というポイントです。本作が米国ドラマ「Glee」の影響を強く受けているのは明白。

そう考えれば「自分の本質を理解し、公表すること」。更には「それを受け入れる社会と環境の重要性」をメインテーマとして捉える同シリーズのテーマ性にも強い影響を受けているのでは?と考えてしまうのも自然です。

ともすれば「ミナリンスキー」は「セクシャルマイノリティ」ひいてはそれに準ずるものの「メタファー」として用意されているようにも思えてきます。そうでなければことほど左様に「受け入れる場所」や「大切な人からの承認」といった要素を強調する必要性を感じないからです。

また、これが「ラブライブ」シリーズのテーマとして受け継がれているように感じるのは、同じテーマがサンシャイン5話「ヨハネ堕天」でもリブートされているからです。「ラブライブ」の訴求層を考えて「セクシャルマイノリティ」としては描かれないこれらの要素ですが、深い部分ではそれらに対する視点が共有されているように思えるのです。まぁこれはかなり尖った考え方なので、参考にしないでいただいて大丈夫ですが(笑)。

 

☆その4 秋葉原

ミナリンスキーとしてのことりを受け入れ、「ワンダーゾーン」を披露したμ'sをも受け入れた街秋葉原。絵里はこの町を「次々新しいものを受け入れて 日々変化していく場所」「この街はどんなものでも受け入れてくれる」と表現しました。

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いわば「多様性」の象徴として、この後も何度か登場する秋葉原。この絵里の言葉は実は「劇場版」にまで引き継がれていきます。ラブライブを語る上で絶対にはずせない「劇場版」。そのストーリーに強く影響を与えている回の一つが、今回の「ワンダーゾーン」です。故に冒頭ラブライブ」シリーズそのものの「思想」にも関係している...と書かせていただいたわけなのでした。

 

☆その5 ずっと一緒

今回の一件を乗り越え、更に強くなった2年生3人の絆。3人横並びに立って思い出すのは、あの「ファーストライブ」です。

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「始まり」を思うことは同時に「終わり」を思うこと。ことりはやがて「終わってしまう」「スクールアイドル」としての日々に憂いを滲ませます。

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そんなことりの不安を吹き飛ばすために穂乃果は「大丈夫、ことりちゃんと海未ちゃんとずっと一緒にいる」と宣言します。その言葉に安心そうに微笑むことり、海未。

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f:id:ishidamashii:20170619020538j:plainしかしそんなやり取りの裏では、一通のエアメールが届けられようとしています。これが彼女達の関係性をも揺るがす、大きな出来事の発端となることを、この時の彼女達はまだ知る由もないのです。

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今回語られた「ずっと一緒」という言葉。これが「ラブライブ」という物語における「メインテーマ」に直結する言葉にもなっていきます。

この世に決して存在しない「永遠」という概念。だとすれば、そこに近づくために「何をすれば良いのか」。その答えを追い求め、一旦の答えを示したのが「ラブライブ」という「シリーズ」でした。物語はいよいよ佳境へと移っていきます。このお話はその時まで取っておきましょう。

 

というわけで、9話考察でした。

今回はすこーし分かり辛い内容になっていると思いますので、また適宜加筆修正していくと思います。申し訳ございませんが、何卒ご了承くださいませm(__)m

さて、次回は真姫と希のお話。こちらも重要っちゃあ重要なので、引き続きよろしくご愛顧願います。

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ラブライブ!ハイライト 第7話「エリーチカ」&第8話「やりたいことは」

こんにちは。

今回は久々に2話セットで考察していこうと思います。第7話および第8話は「μ'sが9人になる」記念すべき回でもありますが、それと同時に「エリチ回」としての側面が強い回でもあります。絵里を頑なにさせる理由、彼女を縛り付ける「カセ」、そして「救い」。この一連の物語は続けて考察した方が良い内容だと思います。とはいえ今回も物語自体はシンプル。考察もシンプルになるとは思いますので、どうぞ気楽にお付き合い頂ければ幸いです。

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■第7話&第8話STORY

 慌てた様子で部室に駆け込む花陽。彼女が発表した「大変なこと」とは、「スクールアイドルの祭典=ラブライブ!」開催の報せ。全国からランキング上位のスクールアイドルが選出され、トーナメント方式で「スクールアイドルの頂点」を目指す。「スクールアイドルファン」である花陽にとっては見逃せない大会。「チケット入手」の算段を始める花陽に対して「出場しないの?」と問いかける穂乃果。花陽にとっては思いがけない問いかけ。とはいえ「折角スクールアイドルをやっているのなら、出場を目指さなければ!」とメンバー一同盛り上る。μ'sにとって「ラブライブ出場」は目に見える目標へ。絵里を通せば拒否される可能性もあるこの目標。ならばと理事長への直談判を試みる。しかし思惑とは裏腹に理事長室前にて生徒会コンビと鉢合わせしてしまう。なし崩し的に絵里の手前で「ラブライブ出場」を直訴することになる穂乃果。しかし理事長の反応は思いのほか良好。「エントリーするだけなら」と許可を得る。理事長がμ'sを後押しする姿勢に納得のいかない絵里は「生徒会は別の方法で廃校を阻止する」と理事長室を出ていく。「エントリー」を許可した理事長。代わりに「学校の成績が疎かにならない」よう、テストでメンバーが一つでも「赤点」を取ったら「エントリー辞退」をする...という条件を突きつける。勉強が苦手な穂乃果、凛、にこをフォローするため、放課後勉強会が実施されることに。

場面は変わって放課後の校門前。下校しようとした海未の耳に聞こえてきたのはμ'sの楽曲。それを口ずさんでいたのは金髪碧眼の少女。彼女は絵里の妹、亜里沙。どこからかμ'sのライブ映像の別カットバージョンを手に入れ、常に聞いていると言う彼女。自分自身をμ'sのファンと自称する。絵里を迎えにきた亜里沙。海未はなし崩し的に絵里と雑談をすることに。絵里がなぜμ'sを認めないのか。その理由を聞きだしたい海未。しかし絵里は具体的な理由を明言しない。「μ'sだけでなくスクールアイドルすべてがお遊びに見える」と告げる絵里。彼女がここまでスクールアイドルを嫌う理由は不明のまま。

テストが近づき勉強を続けるメンバー。3年生のにこの勉強を見る希のもとに、絵里の事情を聴きに行く海未。そこで明かされたのは「絵里の過去」。本格的にバレエを学び、バレリーナを目指していた絵里。そんな彼女の「過去のダンス映像」を見た海未はそのクオリティに衝撃を受ける。絵里が「アイドル」を「お遊び」扱いする理由は、自身の「ダンスレベル」がそれらを軽く凌駕しているからなのだと知る。絵里の事情を知ったことで、海未の中に絵里に対する理解が生まれる。それと同時にμ'sの一員としての煩悶も抱えることになるのだが。

テスト本番。一番心配された穂乃果もギリギリ赤点をクリア。「ラブライブ出場」への障害が回避されたことでいよいよ本格的に練習に挑もうとするμ's。しかしそんな彼女達の耳に「学校の廃校が決定した」という情報が飛び込む。思わず理事長室に駆け込む穂乃果たち。理事長曰く「すぐに廃校が決定」というわけでなく、「オープンキャンパスの結果」如何で来年の生徒募集を取りやめるという状況であることが明らかになる。

一時の安心を得るも、いよいよ「廃校」が現実味を帯びてくる中で、穂乃果と絵里、それぞれがそれぞれの方法で廃校阻止を試みることに。「オープンキャンパス」での「ライブ開催」を目標とし、そこで自分たちの活動の成果をアピールすることをもくろむμ's。反面絵里は「学校」のことをキチンと説明する事で、周囲の理解を得ようとする。

「ライブ」に向けて準備を進めるμ's。メンバーは手応えを得るも、海未はパフォーマンスに納得がいかない様子。今のままでは「これ以上のクオリティ」を望めない。それを悟った海未は絵里の過去をメンバーにも明かし、彼女に教えを請うことを提案する。とはいえ、絵里とは常にぶつかり続けてきたメンバーはその提案に素直にうなずけない。しかし唯一穂乃果はその考えに賛同を示す。身の回りにダンスが得意な人がいるのであれば、教えを請えばよい。その穂乃果らしいシンプルで真っ直ぐな考え方はメンバーの頑なな姿勢も崩す。

μ'sとは別に説明会の準備を進める絵里。「学校の説明資料」を亜里沙たちに聞いてもらうものの反応は芳しくない。「お姉ちゃんは本当にこれをやりたいの?」「お姉ちゃんがホントにやりたいことは何?」亜里沙のシンプルな問いかけに応えられない絵里。

翌日、μ'sからダンスレッスンの依頼を受ける絵里。意外な申し出に戸惑うものの、しぶしぶその申し出を受けることに。絵里のレッスンはさすがの厳しさ。ダンスの基本を理解していないμ'sに厳しい叱責が飛ぶ。トレーニングの厳しさに離脱するメンバーが続出。絵里はこんなものかと引き上げようとするが、穂乃果とメンバーからはレッスンに関する「感謝」の言葉が飛び出す。意外な反応に驚きながらも、その真摯な態度に心を揺さぶられる絵里。μ'sのことを気にし始めた絵里に、亜里沙はその魅力を語る。「彼女達を見てると元気をもらえる」のだと。

翌日も厳しいトレーニングに付いてくるμ's。「努力がすぐに成果に繋がらない事」に対して「辛くないのか?」と思わず問いかける絵里。その問いかけに対する穂乃果のまっすぐな回答を真正面から受け止めきれない絵里は思わず屋上から逃げ出してしまう。絵里を待ち伏せていた希。絵里にμ's加入を勧める。絵里の近くにいて、それでも分からなかった「絵里がやりたいこと」。その回答が「μ'sにある」ことを希は信じている。希の指摘は絵里にも刺さる。「踊る」ことに人一倍こだわってきたからこそ、挫折を受け入れられなかった絵里は、いつしか「一番好き」なことを封印した。それ故に「自分が本当はやりたいこと」に真っ直ぐ向かっていくμ'sを敵対視せざるを得なかった。「今更私がアイドルやりたいなんて言えると思う?」意地から頑なになった絵里の心。それを溶かすのは、やはりμ'sの「受け入れる」姿勢。「自分から入りたい」と言えない人に手を差し伸べる。それはにこや真姫の時にもしてきたこと。「アイドル」をすることが「自分にとっての正解」なのか、未だに疑問が拭えない絵里はその申し出にも素直にうなずけない。そんな絵里に希がかけた言葉は「やってみればいいやん」というシンプルなもの。「特に理由なんか必要ない。やりたいからやってみる。本当にやりたいことって、そんな感じで始まるんやない?」希の「スクールアイドル」の世界観を一言で説明した言葉に、絵里の頑なな心も融解。穂乃果の手を取り、絵里はμ'sの8人目のメンバーとなる。それと同時にμ's加入を宣言する希。「9人になった時に未来が開ける」「だからμ'sという名前にした」。「9人の芸術の女神=ミューズ」から発想を以てつけた名前。その名付け親は希だった。かくして9人となったμ's。いよいよ全メンバーが揃ったことに。

オープンキャンパスでのライブに向けて練習を積むメンバー。絵里の指導もあって能力を最大限まで引き出されたメンバーは「目に見えない限界」を突破していく。オープンキャンパス当日に披露された曲は「9人の始まりの曲」。タイトルは「僕らのLIVE 君とのLIFE」。「ラブライブプロジェクト」の始まりを記念する楽曲は、観衆にも大好評。見事なパフォーマンスを披露した穂乃果と絵里は思わず笑顔で顔を見合わせる。空に輝く太陽。それを見つめる絵里の表情はどこか晴れやかだった。

■第7話&第8話での登場人物プロフィール

高坂穂乃果

7話では「バカーズ」の一員としてコミカルな表情を見せるものの、やはり締めるところは締める。頑なな絵里にも真摯に向き合い、彼女の頑なな心を溶かすことに成功する。彼女の真っ直ぐな心がなければ、μ'sはこの「9人」にはならなかったことだろう。

南ことり

目立つ活躍は無いものの、「絵里にダンスの指導を受けるべきか否か」の判断においては穂乃果の考えを支持。また穂乃果の教育係を買って出るなど、「ほのキチ」としての役割をきっちりと果たした。と言う冗談は置いておいて、内部の調整役として、今回もしっかり機能していた印象。

園田海未

「アスリート」としてμ'sの指導を買って出るも、「ダンス」の専門家では無い故の壁に自ら気付く。「見る人を魅了するパフォーマンス」を作るための指導者として、絵里の必要性を真っ先に提案した海未。絵里とは反目するものの、彼女の能力をμ's内では誰よりも先に評価していた人物でもあった。

小泉花陽

7話冒頭では「ラブライブ」の説明係。8話では若干影は薄かったが、絵里の熱血指導に潰れかけるも、決して弱音を吐かない芯の強さを見せた。

星空凛

7話では「バカーズ」の一員として、8話では運動神経抜群の割に「体が硬いこと」や「バランス感が悪い」ことを露呈するなど、この2話でも「狂言回し」としての役割を十分にこなした。絵里の指導を受けたことで、上記2点は見事に克服。成績は特別良くなってないみたいだが。

西木野真姫

絵里をどこか嫌っている印象のある真姫。頑なに「一匹狼」を貫こうとしている彼女の姿に、自分を重ねているのかもしれない。「楽しくやる」ことに重点を置く真姫は絵里の指導が「μ'sにとって足枷になる」懸念を感じていた。真姫もまた頑なさを捨てきれない人物。そんな彼女の「現状」を看破した希がアドバイスを送るのは、もうちょっと先の話。

東條希

7話・8話ともに絵里の理解者でありながら、彼女に「方向転換」を迫るキーマンとして活躍した。μ'sの9人目のメンバーとなるだけでなく、その名付け親であったことも明かされる。

矢澤にこ

真姫と同じく、絵里がμ'sの活動に関わることには懐疑的。とはいえ、その理由は真姫とは別の模様。要するに最上級生としての威厳を示せなくなることに不満を感じているようにも見える。それとは別に不信感を抱く理由もありそうだが。

絢瀬絵里

今回の主役。彼女の隠された過去が明かされると同時に、これまでなぜ「頑な」にμ'sの活動を規制しようとしてきたのかも分かることに。彼女に関しては本文で触れることにしよう。

 ■第7話・第8話を読み解くポイント

☆その1 「ラブライブ」とはなんぞや?

遂に登場した「ラブライブ」という単語。しかしその意味はメンバーにも浸透はしていません。

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これまでタイトルでありながら、一度も登場しなかったラブライブ」という単語。今回ようやくその単語の意味が説明されます。

その意味とは「最高のスクールアイドルを決定する」「スクールアイドルの祭典」でした。

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全国から「ランキング上位」のスクールアイドルを選抜し、「トーナメント戦」において闘わせ、最も「観客から支持を得た」「スクールアイドル」を決めようという試み。「学校を廃校から救うため」「スクールアイドル」を始めたものの、「スクールアイドル」としての目標に関しては曖昧だった「μ's」にとっては、これ以上ない舞台。この舞台に上がり、上位入賞することが出来れば、「学校の存在を広く認知させる」という目標にも見事に合致します。

物語...という観点から考えても、この「ラブライブ」という舞台設定は「ゴールを明確にする」効果をもたらします。

視聴者としてはラブライブで優勝することが、彼女達のゴールなんだな」と自然と理解が出来るからです。とはいえ、その「理解」は後々覆されることにもなるわけですが、それはその時に。

またこの「観客から支持を得る」という「勝利条件」が、物語における「キーポイント」にもなっていきます。「ラブライブ」という物語の「思想」を理解するためには結構大事なポイントにもなってくるので、是非頭の片隅にでも置いておいていただけると幸いです。

 

☆その2 理事長の「ぶれない方針」

以前、絵里からの「生徒会も廃校阻止のため独自に活動させてほしい」という申し出を、にべもなく「断った」理事長。

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彼女の発想の根底には「教育者としての矜持」があることは、第4話考察でも触れた通りです。

ishidamashii.hatenablog.com

今回も「ラブライブにエントリーしたい」という穂乃果たちの申し出を了承する一方、絵里からの「生徒会としての廃校阻止活動」には変わらず許可を与えません。絵里はそんな理事長の理屈が理解できません。「同じ目標のもとに活動しているはずなのに、なぜ差別するのか?」と考えているからです。

とはいえ、理事長の中にははっきりとした線引きがあります。その線引きのポイントとは「誰かのため」ではなく「自分のため」の活動になっているか?という部分にあります。

μ'sは確かに穂乃果が「廃校阻止」を目的として立ち上げたグループ。「ラブライブ」への「エントリー」も「対外的」には、その活動の一環として捉えられます。ただし、彼女達のなかで「ラブライブへのエントリー」の本質は、既に「別の部分」にあります。「スクールアイドル」として活動する中で「自分たちの価値を証明」し「目標に向けて成長したい」。「学校のため」だけでなく「自分たちのため」という視点がそこにはあります。理事長はその本質も見抜いているからこそ、彼女達の申し出を否定しないわけです。

「自分たちの成長」のための「挑戦」であれば、それを「否定」や「阻止」はしない。それは、理事長が「教育者としての矜持」を強く持っていることの現れです。反面絵里の活動の要点は「学校の廃校を阻止すること」の一点に限られます。そこには「他者の為」の視点はあっても「自分の為」の視点が欠如している。だからこそ理事長は首を縦に振らないわけです。

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この辺りは8話終盤で希からも指摘される要素。「ラブライブ」という作品に通底する「価値観」とも関係している思想なので、作品を読み解く上でも大事なポイントになってきます。またこの思想は結果的に絵里のことも「救う」ことになります。

また理事長は「μ'sの活動に一定の理解」を示しながらも、「テストで赤点を取った場合にはその限りではない」という条件をしっかりと付けます。このあたりも彼女のバランス感覚の高さを感じる部分です。あくまでも「学生は勉強が本分」であることを示しながら、「それさえクリアすれば何をしても良い」と「適度なハードル」を示す感覚。絶妙なさじ加減だなぁと感じる部分ですね。

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まぁ、一部メンバーには「高い高いハードル」のようですが(笑)。

 

☆その3 μ'sを助ける希

これまでも、ことあるごとにμ'sに助け船を出してきた「副生徒会長」の。今回もにこの勉強を見る役割を買って出ます。

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彼女が「μ'sに肩入れする理由」は今なお不明。しかし彼女がμ'sに対して「期待していること」は、この7話8話を通して明かされることになります。

今回μ'sと絵里を「繋ぐ」という部分において、キーマンとなる希。彼女が明かす情報、そして発する言葉が、今回だけでなく、後々の物語にも影響を与えていくことになります。

 

☆その4 亜里沙

絵里の妹である亜里沙。彼女は7話で初登場となりました。

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絵里とは3歳違い。この春ロシアからやってきたばかりという彼女は、絵里と違い(?)どこか「純粋無垢」な印象を与えるキャラクターです。

彼女がミニプレイヤーで見ているのは「μ'sのファーストライブの動画」。しかもネットで配布されているものとは、別カットの動画を含む超レア映像。この動画の出所は後々明かされるわけですが...。

作中で最も早く登場した「μ'sのファン」である彼女。そんな彼女はμ''sの活動においても度々「キーマン」として活躍する存在になっていきます。彼女がμ'sに抱く「素直な憧れ」。そして「μ'sが好き」であるという気持ちが、何度となくμ'sを救うのです。またμ'sに迷いを与えたりもするのですが...。

7話8話に限って言えば、彼女は「μ's」と「絵里」を繋ぐ、もう一人のキーマンと呼べる存在。彼女の言葉が、そして「想い」が、絵里にも強い影響を与えます。

 

☆その5 「絵里の視点」と「過去」、「海未の気づき」

公園において海未と対峙することになる絵里。ただしお互いの言葉はかみ合っていきません。「絵里が何故μ'sを目の敵にするのか」を知りたい海未と、それには一切答えずに「μ'sをはじめとしたスクールアイドル全体が素人に見える」と断定する絵里。

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絵里のバックボーンを知らない海未にとっては、その発言は「スクールアイドルとして日々努力している」自分たちに対する侮辱そのもの。怒りを見せる海未にも、絵里の態度は崩れません。彼女をここまでに頑なにさせるバックボーンがどこにあるのか。海未は絵里の親友である希にその「真意」を訪ねることになります。

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希から明かされた「絵里の過去」。それは彼女がロシアに滞在していたころ、本気で「バレリーナ」を目指し、日々レッスンをしていたということ。そして一定の評価を受けていたということ。それにも関わらず「夢に破れた」ということでした。

インターネット上に配信されていた「過去の絵里のバレエ」映像。そのクオリティの高さに衝撃を受ける海未。ようやく絵里の「発言の真意」を理解するに至ります。

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「確かに彼女にとっては自分たちのダンスは遊んでいるようにしか見えないかもしれない...。」

その思いは、海未の心の中で「大きな闇」として広がっていきます。「自分たちが楽しむ」そして「見る人を楽しい気分にさせる」ことの先にある「人を感動させる」という要素。そのために必要な「クオリティ」。それを「教えることの出来ない自分」に対してのジレンマを抱えることになる海未。彼女の中に産まれた「迷い」が物語の重要な要素になっていきます。

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絵里が持つ「ダンサー」としての視点は、確かに「間違い」ではありません。真剣にダンスに向き合う人間からすれば「お遊び」にしか見えないかもしれない「アイドルのダンス」。とはいえ、そこには一つ「大切な視点」が抜けています。その「視点」に気付くことが、絵里にとっても大きな一歩になるわけですが、それはまた後程。

 

☆その6 迫る「廃校」

テストの結果、全員が「赤点」を免れたμ's。晴れて「ラブライブ」に向けての練習を再開させます。

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そんな晴れやかなメンバーの心を揺さぶる衝撃的な言葉「廃校決定」という文言が理事長室から聞こえてきたことでメンバーは騒然。物語も一気に緊張感を帯びます。

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とはいえ、これは「8話への期待感」を煽る為のブリッジ。本来はオープンキャンパスでの反応如何で来年度の生徒募集を止める」という内容でした。

とりあえず即時の「廃校」ではなかったことにホッと胸をなで下ろすメンバー。とはいえ「廃校」がいよいよ現実味を帯びてきたことで、嫌が応にも焦りを感じ始めます。

それは生徒会長である絵里も同じ。もはや理事長の指示通りに動いていられないと「自らも廃校阻止のために活動する」と言い残し、理事長室を出ていきます。

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「どうするつもり?」

絵里に問いかける希。彼女が示したタロットカードは星の「逆位置」。つまり「希望がみえない」現状を示したカードです。

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「廃校」への具体的な「タイムリミット」が見え始める中で、物語も急激に動き出します。

 

☆その7 「人を魅了する」「ダンス」

海未の心は未だ闇に包まれた状況。「オープンキャンパス」でのパフォーマンスの精度を高めていかなければならない中で、「μ'sの現状とクオリティ」に納得がいきません。

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「自分たちが楽しむ」あるいは「アイドルファンを楽しませる」ためには十分なクオリティにあるのかもしれない「自分たちのパフォーマンス」。反面、見る人全てを「魅了する」ようなクオリティには達していないように思えてなりません。これでは「オープンキャンパスで一定の評価を得る」ことはもちろん、目標とする「ラブライブ出場」を勝ち取ることはできない。

アスリート故に「基礎的な体力トレーニング」であれば教えてこれた海未。反面「ダンスに関しては素人」。「自分自身の限界」を知るからこそ、プラスワンモアの必要性を最も実感しているのも海未です。

迷いの中で海未が出した一つの結論。それは絵里から「教えを請う」ことでした。当然反発するメンバー。絵里と自分たちの関係は決して良好とはいえません。まず「引き受けてくれる」とは考えづらいからです。とはいえ自分たちをもう1グレード「高める」ためには彼女の力が必要。そう考えるからこそ、無理を承知で海未はメンバーに提案をします。海未の発案を受け入れたのは、やはり穂乃果。「自分たちの身の回りに凄い人がいるのなら、ダメ元でお願いしてみよう」。彼女のポジティブな思考が、μ'sと絵里とを近づけていきます。

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また、「オープンキャンパス」と「ラブライブ」という二つの「イベント」を通して、初めて自分たちを「相対化」して見る事の重要性を感じた海未。彼女の発想がμ'sだけでなく、絵里を救っていくことにもなります。

初期PVでは絵里との関係性が強いように見える描写が多かった海未。プロジェクトが進むにつれて徐々にオミットされていったその要素を、「精神性の類似性」という形で復活させ、後々のシーンへも滞りなく繋げていく...という脚本バランスは、最終シーンへと「滞りなく繋げていくため」の準備にもなっています。またそういった形で「初期PV」の要素をアニメ本編へ加えていくのは、「プロジェクト発足当時」から応援しているファンに対しての「目配せ」という意味でも非常に「上手い演出」だなと感じました。

 

☆その8「絵里」の「やりたいこと」

自分なりの「オープンキャンパスイベント」を考えていく絵里。しかしその内容は決して「面白いもの」とはいえない内容です。

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絵里が示す内容にはっきりと「拒否」を示す亜里沙

「これが本当にお姉ちゃんのやりたいことなの?」

「お姉ちゃんが本当にやりたいことって何?」

自分にとっての「やりたいこと」が「学校を存続させること」なのだと言い張る絵里、それを否定する亜里沙亜里沙の指摘は的確で、それ故に絵里は心を揺さぶられます。

「やるべきこと」と「やりたいこと」は本来別のはず。にも関わらず絵里の中ではそれが「混在」してしまっています。絵里自身も「分かっていなかった」問題の本質が、二人の会話をきっかけに「浮き彫り」になります。

「やりたいこと」を見失っている絵里。そんな彼女のもとにやってくるμ's。彼女達は絵里に「ダンスレッスンの指導」を直訴します。

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反目しているはずの相手からの意外な呼びかけに驚く絵里。しかし「自分のやりたいこと」を見失っていることを自覚している絵里は、「自分に欠けている要素」をしっかりと持ち、周囲から一定の評価も得始めたμ'sを自らの目で「見極めたい」と考えたのでしょうか。この申し出を受けることになります。

希がつぶやく「星が動き始めた」という言葉の通り、幸運に向かう星の流れが、ようやく「生まれた」瞬間となりました。

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☆その9 絵里の教え

ダンスに関する基礎を叩きこむ絵里。彼女の言葉は厳しいながらも、至極まっとうなものばかりです。

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「クオリティに差が出るのは基礎が出来ていないから」

柔軟とバランス訓練に重点を置く絵里の指導は、確かに今までμ'sに欠けていた要素の一つです。

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「鬼教官」も「アイドルの先生」も教えられなかったことを「教えてくれる存在」。それはμ'sにとって貴重な存在となります。だからこそ、いかに厳しくとも彼女たちは絵里に「感謝」の念を伝えます。そしてそんな彼女達の姿勢が、絵里の頑なな心を次第に溶かしていきます。

 

☆その10 「元気をくれる存在」

その日の夜。改めて亜里沙にμ'sの魅力を聞き出そうとする絵里。亜里沙が何度も見ている「これからのSomeday」のPVを「まるでなっていない」と切り捨てます。

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亜里沙は「お姉ちゃんに比べればそうだけど...」と前置きしたうえで、「でも元気がもらえるんだ」とμ'sを総括します。

例えダンスのクオリティがアベレージ以下だとしても、強烈なインプレッションを与えることが出来る。それは「アイドル」ならではの「独自性」かもしれません。絵里の中に欠けていた「視点」を補完する亜里沙。彼女の言葉が絵里の視野を広げる要因になりました。

また、この見ている人に「元気を与える」=「笑顔にする」という「目標」は、にこがμ'sに「一番最初にあたえた命題」でもあります。即ち「アイドルの先生」である「にこの視点」はしっかりμ'sの「土台」として根付き、それが亜里沙にも影響を与えたということ。それがハッキリと分かる描写になっているわけです。

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「絵里の視点」や「考え」が「μ'sに影響を与える」だけでなく、これまでの経緯から「μ'sが生み出してきた要素」が「絵里にも影響を与える」という視点は、物語構造としてもしっかりと配慮された構成だなぁと感じます。

 

☆その11 絵里の迷いと惑い

翌日屋上を自ら訪れる絵里。自分に真っ直ぐな視線をぶつけてくる穂乃果に、思わず「上手くなるとは限らないのに練習を続けて辛くないのか?」と本音をぶつけます。

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それに対する穂乃果の回答は「やりたいから」というシンプルなもの。「やりたいことだから辛くても耐えられる」。その真っ直ぐでぶれない答えが、絵里に動揺を与えます。思わず屋上から出ていく絵里。

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「自分のやりたいこと」とは何なのか。それを自問自答する絵里。ふと現れた希が語るのは「絵里の本当にやりたいこと」が分からないということ。「いつも誰かのためばっかり」に活動して「自分のためには何もしていない」。

そして「廃校阻止」という「行動」も「生徒会長としての義務感」からの行動で、決して「絵里自身がやりたいこと」ではないということ。だからこそ、理事長は「絵里の活動を制止したのではないか」という問いかけ。

そして問われる「エリチの本当にやりたいことは?」という問いかけに、いよいよ絵里も爆発してしまいます。

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「私だって好きなことだけやって、それでなんとなるんだったらそうしたいわよ!」

思わず溢れ出す涙。これまで「鉄の生徒会長」という印象を与えてきた絵里。そんな彼女がこぼす涙だからこそ、視聴者の胸にも響きます。

「自分が不器用なのは分かってる...!」「でもっ...!今更アイドルを始めようなんて、私が言えると思う...?」

かつては「好きなことだけ」をやって、それで「なんとかなる」と信じていた絵里。しかしその思いは「挫折」という体験の前に裏切られてしまいました。それ以来、何をおいても「自分の為」には頑張れなくなってしまった絵里。彼女が抱える「鬱屈した思い」と、それ故に「ひねくれてしまった心」は、既に彼女自身でも制御できないものになってしまっています。

そんな彼女の心を解きほぐし、救えるのは、とてもシンプルに、彼女の思いを「受け入れる場所」です。

 

☆その12「本当にやりたいことはいつもこんな風に始まる」

空き教室で頬杖をつく絵里。いつかどこかで見たことのあるシーンに、旧来のファンの期待値は嫌が応にも高まります。

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手を差し伸べる穂乃果。後ろにはμ'sのメンバーが勢ぞろいしています。

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「絵里先輩!μ'sに入って下さい」

思わぬ場面で希に対して溢れ出した「本当にやりたいこと」という「本音」。その「本音」とは「スクールアイドルになる」ことでした。この期に及んでもなお、自分の「本音」を否定する絵里。「やりたいこと」への「理由付け」に拘る彼女に希が告げた言葉。それは「スクールアイドル」における考え方の「基礎」となるもの。

「別に理由なんて必要ない」「やりたいからやってみる」「本当にやりたいことって、いつもそんな感じで始まるんやない?」

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「始める」ことに対して何かと「理由付け」を必要とする「現代」。そんな時代において、「まずはやりたいならやってみるべき」という考え方を頒布するのが、「ラブライブ」が作品としてもつ「テーマ」の一つ。ともすれば、希のこの言葉は「ラブライブ」という作品を理解するうえで「ポイント」となる言葉でもあります。

「考える前に飛び込め」という思想は、TVシリーズだけでなく、「劇場版」そして「サンシャイン」へと引き継がれていく「ラブライブ」にとって普遍的なテーマ。だからこそ、このシーンと台詞が作品全体に置いて持つ重要性は高いと、個人的には考えています。

希の言葉に導かれるように、穂乃果の手を握り返す絵里。かくして絵里を加えたμ'sは8人になりました。

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すると即座に9人目のメンバーとして加入を表明する希。彼女は最初からこのグループは9人となった時真価を発揮する...と考えていたことを明かします。

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「9人になる」ことを見越していたからこそ「9人の芸術の女神=ミューズ」という名前をグループに提案したことを明かす希。なんと彼女がグループの名付け親なのでした。

かくして9人となったμ's。遂に、真の意味での「μ's」が完成しました。

 

☆その13「僕らのLIVE 君とのLIFE」

遂に9人となったμ's。彼女達が「オープンキャンパス」で披露するのは、「スタートの曲」です。

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披露されるのは僕らのLIVE 君とのLIFE

まだ彼女達が「海のものとも山のものともつかなかった時代」。彼女達がまだ「μ's」では「なかった頃」のデビュー曲。コミケでひっそりと披露され、発売された曲。それが、3年の時を経て、TVアニメに登場し、なおかつ「リブート」される。昔から応援してきたファンにとって、これ以上のご褒美はないでしょう。


【ラブライブ!】「僕らのLIVE 君とのLIFE」PV(ショートサイズver.)

歌詞の内容もまた、今回の物語と一致するもの。

 「無茶に挑むこと」を肯定し、「挑み続ける姿勢」を称賛する。「やりたいことに真っ直ぐに挑むこと」を讃える。そんなラブライブ」の「全て」が詰まった楽曲。その真っ直ぐな歌詞は、まさに彼女達の「スタートの曲」と呼んでふさわしいものです。

 

☆その14 歌うように生きてよい。

μ'sと出会うことで、再び「夢に真っ直ぐに向き合えるようになった」絵里。彼女の頑なになっていた心もまた「ぼららら」によって救われたように思えます。

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「僕らのLIVE 君とのLIFE」というタイトル。

これは「LIVE(ライブ)」=「歌う事」と「LIVE(リブ)」=「生きる事」をダブルミーニングで表現した上で、さらにそこに「LIFE」=「生活」を掛け合わせたタイトル構造になっています。

そこから感じるのは、「歌うように生き、歌うように生活してほしい」という思想です。人は「歌うこと」でストレスをかなり発散できるという検証結果もあるように、「歌うこと」は人間にとっての「喜び」にも繋がっていきます。

ともすれば「ストレス」を抱えがちな現代社会において、もしも「歌いながら」あるいは「歌うように」生きることが出来れば、多くの人がもっと幸せになれるのでは?この楽曲からはそんな「問いかけ」をも感じるのです。

「同じ出来事」でも「自分の捉え方次第で良い方向に変わる」というのは、劇場版ラブライブでは繰り返し描かれたテーマでした。この楽曲からも同じような思想を感じると共に、ラブライブに一環して流れる「イデオロギー」があることも実感できますね。

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太陽を眩しげに、それでいて心地よく見つめる絵里。この瞬間、彼女の耳には「SUNNY DAY SONG」が聞こえていたのでは?そんな風に思います。

 

というわけで7話8話考察でした。考察というよりも、ストーリーの流れ説明みたいな記事でしたが、いかがだったでしょうかw

さて、9人となったμ's。次回はこれまでピックアップされなかった南ことりに迫った異色回「ワンダーゾーン」です。

恐らく「サブストーリー」として受け取られがちな回だと思うのですが、こちらも「ラブライブ」という作品を考える上では非常に重要な、普遍的なテーマを抱えた回だと思いますので、しっかりと考察していきたいと思います。

それではまた来週くらいにお会いしましょう♪

 

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