「がおーーーっ!.....」
沼津の内浦の、小さな学校の校庭で、「普通怪獣」が雄叫びを上げる。
それはままならぬ「現実」に対する、言葉には現せぬ感情の吐露であり。
そして同時に、そんな「現実」に「決して負けない」という「不屈」の表明でもあった。
「ラブライブ!サンシャイン!!2期」は、普通怪獣=高海千歌の叫びによって幕を開ける。
「普通怪獣」の叫びは、8人の仲間に共鳴し、9人は早朝の浦の星女学院に集う。
そして彼女達は誓いを立てる。
ままならない「現実」があることを受け入れた上で。
それでも必死にその「現実」に「抗うこと」を。
最後まで「足掻くこと」を。
2期13話での「(輝きは)最初からあったんだ。初めて出会ったあの日から。」という千歌の言葉。
ここに物語の「テーマ」を見出してしまう人が多いことに幾分かショックを受けている。
「”最初から自分の中にあった”なんて、陳腐な話」
そんな心無い意見も見かけた。
もちろん、千歌が語っている通り、この「気付き」は大事な「テーマ」の一つである。けれどもこのセリフ一つに物語の本質の全てがあるわけではない。
これは千歌にとって重大な気付きではあっても、物語そのものの「本質的なテーマ」とは異なるからだ。
では「本質的なテーマ」とは何か。
それはもちろん「足掻く事」だ。
これは何も大仰に説明する必要が無いようなこと。
何故なら、千歌が前段のセリフを語る前にはっきりと口にしているからだ。
「足掻いて足掻いて、足掻きまくって。やっと分った。」
と、彼女はハッキリそう言っているのだから。
「ラブライブ!サンシャイン!!」2期とは「抗い」と「足掻き」の物語だった。
自分だけの力ではどうしようも出来ない「現実」にぶつかった時。
「運命」としか言いようのない「絶望」に直面した時。
人はどのように振舞うべきなのか。
「ラブライブ!サンシャイン!!」2期では、執拗なまでに「それ」をテーマとした物語が語られた。
1話は「学校の統廃合」という「現実」に直面したAqoursが、その「現実」に「抗い」、最後まで「足掻いて」抵抗することを誓う物語だった。
2話は「理解しきれない他者」という存在にぶつかった個々人がそれを「理解」すべく「足掻く」中で、「理解する」ことが大事なのではなく、「其々の個性をそのまま受け止める」ことが大事なのだと知る物語だった。
3話は「学校説明会」か「ラブライブ予選」かの二者択一を迫られた千歌が、その「選択」という「運命」に「抗い」、両方のライブへと出演する方法を模索すべく「足掻き」それを成し遂げる物語。
4話は「ダイヤちゃん」と呼ばれたいダイヤが「足掻く」ことで、最終的には「ダイヤちゃん」と呼ばれる。それだけでなく、その「足掻き」を通して「ダイヤさん」と呼ばれることの意味と価値を彼女自身が知るお話。
5話は「偶然の出会い」を「必然」に変えるべく善子が「足掻き」、その「足掻き」によって梨子が救いを得ていく物語。
6話は果南に「不可能」と決めつけられた振り付けに、千歌が諦めず挑戦し「足掻く」ことで、「不可能」を「可能」に変えていく。そしてその事実が果南を救っていく物語。
7話は「統廃合決定」によって途絶えてしまったAqoursの「夢」が、浦の星の生徒たちの「足掻き」によって「新しい夢」へと書き換えられていく。そうして生まれた「消えない夢」を繋いでいく物語。
8話は「ラブライブ敗退」によって途絶えてしまった理亞の「夢」を、ルビィが「足掻く」ことによって「最後」にさせない物語。
9話はSaint Aqours Snow成立のために、それまで一人では何も出来なかったルビィと理亞が自らのこれまでに「抗い」「足掻く」。そして自らの中に眠る「力」を目覚めさせ、大きな「夢」を叶えていく物語。
10話は荒天で流れ星が見えない中、雨を止ませようとするのではなく「止むまで待つ」という「足掻き」が、Aqoursと流れ星とを出会わせる物語。
11話は「閉校」という現実をそのまま受け入れることを拒み「閉校祭」で盛大にお祝いするという「視点変更」という名の「足掻き」が、「廃校に責任を感じていた」鞠莉を救い上げていく物語。
12話はそれぞれがこれまでの「足掻き」を振り返りながらその道のりを肯定していく物語であり、梨子にとっては自らの中にあった「本当にこの道で良かったのか」という迷いに自ら「抗い」、最終的に自らのこれまでを「肯定」していく物語でもあった。
そして13話。
紙飛行機に導かれるように校舎へと辿り着いた千歌は「統廃合を阻止できなかった」という「現実」に再び直面してしまう。
そしてそれを「受け止めきれない弱さ」に絶望する。
「どうして思い出しちゃうの....どうして聞こえてくるの...」
そんな時耳にあの「声」が聞こえる。
「がおーーーーー!!!」
それは、あの日叫んだ「普通怪獣の雄叫び」。
「現実」や「運命」に「負けてしまう」ことを拒むための叫び。
「必死で足掻く事」を誓った叫び。
千歌の「足掻き」を目にして、「足掻く」ことの「意味」と「価値」を知った大勢の仲間たち。
今度はその仲間たちが、新たな「普通怪獣」となって「叫び」千歌の背中を後押しする。
その「叫び」が、千歌にまた「走り出す勇気」を与える。
変えようのない「運命」や「現実」。それが実際に「ある」こと。それを分かった上で、それでもやっぱり「諦められない」から。
だからこそ人は「足掻く」。
「足掻いて」運命を変えようとする。そうすることで初めて「人生」が「日々」が輝きだす。
「足掻くこと」を肯定されたことで、千歌は再び「足掻くこと」の価値を肯定するに至る。だからこそ再び走り出す。そしてその結論として自らの「足掻いた」日々を肯定する。
「分かった。私が探していた輝き。私たちの輝き。」
「足掻いて足掻いて...足掻きまくって。やっと分かった。」
「最初からあったんだ。初めて出会ったあの時から。」
「何もかも一歩一歩。私たちが過ごした時間の全てが、それが輝きだったんだ。」
「探していた”私たちの輝き”だったんだ...。」
彼女達が過ごした「足掻いた時間」こそが「輝き」。
だからこそ「ラブライブ!サンシャイン!!2期」とは、「足掻きの物語」なのだと僕は思うのだ。
....さて、来る3rdライブでは、彼女達の「足掻き」の証が刻まれた楽曲の全てが披露されることになる。
「本気をぶつけ合って、未来を手にしよう」と誓った歌が。
「諦めない心に 答えじゃなく 道を探す手がかりが与えられる」と信じた歌が。
「本当に望むことは叶うんだ」という事実を証明したあの歌が。
「出来るかな?」という疑問に「出来る!」と力強く答えたあの歌が。
「失敗から成功へと未来を変えた」あの歌が。
「夢は夢のように過ごすだけじゃなくて、痛み抱えながら求めるもの」という”痛みの果ての気付き”を刻み付けたあの歌が。
「届きそうで届かない未来」を追い求めたからこそ出会えた「全力で輝いた物語」を最高の笑顔で振り返ったあの歌が。
その「輝き」が...。
僕らを待っている。
さぁ、行こう。彼女達の「足掻き」の一つ一つが刻まれた「WONDERFUL STORIES」を見に行こう。
そこにはきっと、予想以上に「素晴らしい物語」が待ち受けているはずだ。
「全力で輝いた物語」に思いを寄せて。
僕らも、このどうしようもない毎日を「足掻いて」生きて行こう。
それが「ラブライブ!サンシャイン!!」によって肯定された僕たちが唯一出来る、作品を「肯定する」行為なのだから。
そうすればきっと。
「明日もきっと、輝いている」はずだ。
PS:
手前味噌ではありますが、本記事が当Blogの100記事目となります。
ここまで続けて来れたのも、いつも読んで下さる皆様。
感想を送って下さる皆様。
そしてなにより「ラブライブ!」ならびに「ラブライブ!サンシャイン!!」という素晴らしいテレビアニメシリーズのおかげでございます。
皆様と、作品に改めて感謝を。
そしてこれからも拙ブログを末永くよろしくお願いいたします。
PS2:
次回は超手前味噌企画「100記事記念!俺選定 歴代”俺が好き”記事ベスト10」を企画しております。
あまりにも手前味噌過ぎてどうかと思いますが、100記事で浮かれたアホの所業と思ってお付き合い頂ければ幸いですm(__)m
また皆様が個人的に好きな記事があれば、こっそりと教えて頂けると嬉しいです。
是非よろしくお願いいたします。