注意:本稿はどうでも良い与太話です。
■しいたけ
ラブライブ!サンシャイン!!2期第1話(このブログでは14話と表現しますが)を見ているなかで、どうにも理屈が分からないシーンが「しいたけの一連の登場シーン」とその「意図」で。
高海家の愛犬、しいたけ。
今回主要人物(動物?)というわけではないのに、やたらと登場シーンが多かったですよね。
そんな中でも、ファーストシークエンスとラストシークエンスでの登場は非常に印象的で。にも関わらずその「意図」が不明なのが、地味にモヤっていたのです。
(そもそもそんな重要な意図なんざないよ!という突っ込みはこの際置いておいてくださいw)
■「犬」が「吠える」お話。
そもそもモヤモヤする要因は「犬」が物語における重要なパーツとして存在し、それが「大事な場面で吠える」物語が、頭の隅っこでなんだか思い当るものがあり。それがなんなのかが「ハッキリと思い出せなかった」からでもあるのですが。
その正体をふとした拍子に思い出した瞬間に、この「しょうもない記事」の着想が浮かんだのです。
さて、その「物語」の正体はと言いますと、「人類は衰退しました」というライトノベル作品なのでした。
元々はエロゲ作家として「加奈~妹~」「家族計画」「CROSS+CHANEEL」などの名作、話題作、問題作を生み出していた田中ロミオ氏(旧名山田一氏)。そんな同氏が初めて挑戦した「ライトノベル」。それが「人類は衰退しました」です。
一見児童文学のような絵や暢気な物語に反比例して、この物語の世界では「人類が緩やかに衰退を迎え」「もう間もなく滅ぶ」というなんともディストピアな世界観で、(その代わりに人類として台頭しているのが妖精さんなのです)とにもかくにも意欲的かつ最高に面白いお話なので、興味のある方は是非読んでみてほしいのですが(アニメ化もしてますよ)。
~閑話休題~
この小説の原作では2巻、アニメでは7・8話にあたるエピソード「じかんかつようじゅつ」。細かい内容はこんな狭いスペースで書けるほど単純でも、分かりやすくもないので、是非原作を読んでいただきたいのですが。
このエピソードでは「タイムトラベル」とそれによって引き起こる「タイムパラドックス」に関する独自の考察が描かれます。
その中で一つ基本的な知識として持っておきたい「タイムトラベル」に関する考え方が、「犬の尻尾理論」ですね。
この考え方「タイムトラベルが現実的には実施不可能であることを証明する」理論の基本的なものとして有名だそうです。
その考え方とは...
「一人の男が、自らの親を殺すことで、自分の存在を抹消しようとする」
→「過去に移動した男は、自分の親を殺そうとする」
→「しかしなにをしても親を殺すことだけはできない」
→「それは未来に存在するはずの自分が、自らの存在自体を抹消しようとする行為そのものに矛盾が発生しているから」
→「すなわち、既に確定している未来は、過去をどう変えようとも変化しない」
よって、この「矛盾」を解決できない時点で、「タイムトラベル」そのものも実施不可能である...という理屈です。
この「未来を変えようと思い、過去を変えるものの、それがいつまでたっても未来への影響を与えない」という状態が、「自分の尻尾を永遠に追いかけ続ける犬」に似ていることから、この考えは「犬の尻尾理論」と名付けられたわけです。
とはいえ、この考え方にもさまざまな矛盾や、突っ込みどころが存在し、それについての議論も多々あります。
この「人類は衰退しました。」でのエピソードも、その矛盾点を突く...というかおちょくるような物語でした。
「過去の改変」が「未来に影響を与えない」というのならば、「過去を変えようとして起こしたほんの少しの変更点」そのものは、「未来においてどう消化されるのか」。「人類は衰退しました。」では、その「ほんの少しだけ変わった未来」がどんどん蓄積されていくことで、結果として「未来が改変されてしまう」という「タイムパラドックス」が起きていました。
その「タイムパラドックス」、即ち「タイムトラベル」を引き起こすきっかけが「犬が吠える」というもので。
これは「タイムパラドックス」と「ドッグ=犬」を絡めたダジャレというだけではなくて、本来「未来の改変を否定する」象徴である「犬の尻尾理論」の主役である「犬」が「タイムパラドックス」を引き起こす「きっかけ」になる...という意味での二重ギャグにもなっていたのでした。なんと分かり辛い。
まずい、ここまでの話、今回の本筋と「そんなには」関係ないのです(笑)。
要は何が説明したかったか、というと「犬」という記号が「表すもの」ってなんなのかという話で。
それって恐らく「犬の尻尾理論」の根底にある「過去を変えることで、未来を変えられるのでは?」という「願望」なのかなぁということなのです。
そしてその「犬が吠える」という表現は、「過去を変えたいという願望」のメタファーなのかなぁ...みたいなぼんやりした考えなのです。
■しいたけが吠えるポイント
ようやくサンシャインに話が戻るのですけど。物語冒頭、しいたけが吠えます。これはおそらく千歌の夢の中で。
この時、千歌は夢の中で「変えられなかった過去」を悔いています。要するに「過去に引っ張られた状態」であること。だからそれを指し示すように「犬」が吠える。「過去を変えたいよ!」と。
しいたけは、「過去に引きずられた千歌」の精神状態を現す、「装置」としてこの回では存在しているのかなぁ...と思えてくるのです。
ただし、この時点での千歌にはまだ「希望」がありました。それは「入学希望者の増」という情報です。だからこの「過去」に執拗には引きずられない。しかし、その「希望」が途絶えた瞬間、千歌は一気に「過去」へと引きずられていきます。
「ラブライブの予選に勝って、本大会に出場出来てたら運命は変わっていたのかな」
この発言はまさしく「犬の尻尾理論」の根底となるもの。「過去を変えれば、未来が変わったのでは?」という考え方です。
千歌が「過去」に引きずられていることに気付くから、しいたけはまた「吠える」。
しかし、千歌は梨子の言葉や、それぞれの出来事から頭を切り替える。いや、むしろ無理やり前向きになろうとする。
早朝、何かを思いついたように走り出す千歌。
その背中にひと吠えしたあと、しいたけは千歌に続いて駆け出します。
千歌はそんなしいたけに一目もくれず走る。むしろ、しいたけを振り切ろうとしているようにすら見えます。そんな千歌にまたしても吠えるしいたけ。しいたけが「吠える」のは、千歌の中にまだ「過去を変えたい」という願望があるから。しかし千歌はいよいよ、しいたけを振り切って校庭へと駆け込みます。
このシーンは「過去を変えれば未来は変わったのでは?」という「幻想」を、千歌自身が必死に払いのけようとして、そして遂に振り切った...という状況へのメタファーに映るのです。
しいたけを振り切ったと同時に、「もう泣かない」「泣くもんか!」と誓う千歌。それは「変えられるはずのない過去を変えられたら」というような、自らの心に巣食う「弱さ」とそれがもたらす「幻想」への決別宣言。そしてまっすぐに「現実」と、これから自分の力で変えていく「未来」を見据える。この一連のシーンには、そんな意図もあるのかなぁと思えるのです。
しいたけにとってはちょっと損な役回りですけど、これも彼が「犬」故の役回りだったと思ってもらうしかないのかもしれませんね(笑)。
というわけで、どうしようもない戯言なのでした。
一つ誤解なきようお伝えすれば、しいたけが元々作品において「そういう役回りをもって登場しているキャラクター」とは考えていません。あくまでも「今回のお話での役回り」のことですので、誤解なきよう。
あとしつこいようですが、これかなりの極論なので、その程度のものだと思って読んでくださいませね。
「見方は自由」で「無限大」であるというお話でした。
それではまた!