Love Live!Aftertalk

妄想をただ書き連ねる覚書。

ラブライブ!サンシャイン!!  振り返り企画【楽曲編】第5回「ユメ語るよりユメ歌おう」

「進むときだよ、新しい場所へ!」

今回はEDテーマです。

TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』ED主題歌「ユメ語るよりユメ歌おう」


Aqours ラブライブ!サンシャイン!! ED主題歌「ユメ語るよりユメ歌おう」CM (60秒ver.)

説明:

TVアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」EDテーマ。歌唱はAqoursメンバー全員。テレビアニメでは「ラブライブ!」に倣う形で、その回の主役となったメンバーが歌唱するVerが流れた。其の為、例に漏れずサントラにはその全Verが収録されていて、サントラ終盤で延々と聞かされるハメになる。でも「ダイスキだったらダイジョウブ!」(無理やり)。C/Wは「サンシャインぴっかぴか音頭」という反応に困る曲(後述)。

 

解説:

ユメ語るよりユメ歌おう

TVアニメでは第2話からEDテーマとして使用。その後12話まで毎回使用された(13話はMIRAI TICKETがEDテーマ)。この曲に関しては、果たして本来の意図がどの程度まで伝わっているのか...といつも思う。そもそも「ユメ語るよりユメ歌おう」ってどういう意味だ?一応歌詞の中で説明はある。「ユメを語るコトバより ユメを語る歌にしよう それならば今を 伝えられる気がするから」と。しかし、これでは少しわかりづらい。元ネタは毎度おなじみ「劇場版ラブライブ」にあるように思う。「ユメを語るコトバより ユメを語る歌にしよう」とは「劇場版ラブライブ」のストーリーそのものだ。

活動が終わりを迎える中で、後輩たちに「何か」を残す必要を感じたμ's。そんなμ'sに「スクールアイドルみんなの曲」の制作を依頼したのはA-RISEのツバサだった。穂乃果はその願いを快諾する。彼女達「スクールアイドルの成功者」が残したいと願ったのは、「スクールアイドルの可能性」を伝える「歌」。彼女達がなぜ「歌」をチョイスしたのか...というのは愚問だろう。それはもちろん彼女達が「歌」によって「想いを伝える」「アイドル」だからに他ならない。「アイドル」という視点を除けば、「歌」は元来「言葉」をより「ダイレクト」にそして「幅広い人に届けるため」に発展してきた背景がある。だからこそ「歌」は「言葉」よりも普遍的なのだ。

μ'sとAーRISEが中心となり、全国のスクールアイドルから言葉を集めて制作されたのが「SUNNY DAY SONG」。その歌詞はまさしく「ユメを語る歌」そのものだった。そしてその中で語られる思想は「輝きになろうなんて言える今の気分」を「楽しむ」というもの。「今を楽しむ」という思想は「僕たちはひとつの光」においてより強調されるわけだが、「SUNNY DAY SONG」はその思想を後世に語り継ぐべき作成されたもの。だからこそ「SUNNY DAY SONG」に強い影響を受けているAqoursは「今を伝えられる気がするから」と語るわけだ。「ユメ語るよりユメ歌おう」歌詞内の「今」は、μ'sが強調した「今」と直接つながっている。

もう一つ、この曲が重要なのは、物語の内容にも深く関与しているところだ。例えば「ユメを語るコトバから ユメを語る歌が生まれるんだ ひろがるこの想いは 大好きなメロディーのつながりだよね もう逃げないで 進む時だよ 新しい場所へ」はこの曲がアニメ内で初登場した第2話のストーリーをはっきりと思い起こさせる。千歌によってユメへの渇望を取り戻した梨子。そのきっかけとなったのは千歌の「大好きなメロディー」である「ユメノトビラ」だった。「ユメノトビラ」を通じて「音楽への渇望」を梨子が取り戻すことで、Aqoursの物語が始まり、梨子も前へ進むことができるようになったわけで、歌詞の内容と物語が完全に一致している。

2番はTVでは聴くことが出来なかったが、こちらは3年生ズ(特に果南と鞠莉)の物語に深く関与している。「君が のぞむ ことを 僕も 願ってた 心は近づいている それが嬉しいね」という部分の歌詞は、「君が~」から「願ってた」までを果南と鞠莉の二人で歌唱している。願いや思いは一致していたのにすれ違ってしまった二人の物語そのものがこの部分に表現されている。続く「ミライのぞむ言葉から ミライ望む歌になるよ それこそが今の 飛び出したい胸の熱さ ミライ望む言葉から ミライ望む歌が溢れだしたら 止めないでよ 遠くへ 大好きなメロディと 旅に出るんだ ほら楽しくて どこまでも行こう 新しい季節(シーズン)」と言う部分も、9話「未熟DREAMER」のストーリーを思い出させる。「楽しくなるはず」の「ミライ」を再び描き出したからこそ、彼女達は「止まっていたシーズン」を動かすことが出来た。どこまでも「TVアニメ ラブライブ!サンシャイン!!」のために作られた楽曲としての徹底したデザインを感じる良曲だ。

ライブでは恐らく通常公演のラストに歌われるはず。ED曲を歌う際に感極まるキャスト...というのはμ'sではよくあったが、Aqoursは冷静に歌えるのだろうか(笑)。仮に彼女達が冷静に歌っても、こちらはめちゃめちゃ感動してエライことになりそうだが。。

 

・サンシャインぴっかぴか音頭

最初に字面で見たときは「お、お、音頭??」とたまげたが、確かに古来より「アニメに音頭」はつきものだった。子供縁日では未だに「ドラえもん音頭」は定番だろうし、アニメ声と音頭というのは異様な相性の良さがあったりするのだ。

音頭というのはそれこそ「普遍的な歌」であり、ものによってはめちゃめちゃカッコいいやつもある。それの特集もラジオでやったりしたし。


宇多丸のタマフル 2014年08月23日 サタデーナイトラボ「音頭ディスコNIGHT特集」ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル TBSラジオ

ちなみに角松敏生の「あいらびゅ音頭」はめちゃくちゃかっこいい。

....脱線しすぎた。というわけで「音頭」と思ってなめてかかると、とても良曲。各メンバーのソロパートもあり、それぞれが思う「音頭っぽい」歌い方を追求している様も比較すると面白い。

ライブでは使い道があるのかしら?季節的にも恐らく出番はなさそう(笑)。今後夏のライブに期待しよう。

 

 

楽曲編も残り二つ。なんとかライブ本番に間に合う!?

ラブライブ!サンシャイン!!  振り返り企画【楽曲編】第4回「決めたよHand in Hand/ダイスキだったらダイジョウブ!」

今回は挿入歌シングル第1弾。2年生曲2つですね。

◆「決めたよHand in Hand/ダイスキだったらダイジョウブ!

TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』挿入歌シングル「決めたよHand in Hand/ダイスキだったらダイジョウブ!」


Aqours ラブライブ!サンシャイン!! 第1話挿入歌 「決めたよHand in Hand」CM(60秒ver.)

説明:

TVアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」の劇中挿入歌シングル第1弾。歌唱メンバーは2年生メンバー=高海千歌桜内梨子渡辺曜の3名。「決めたよHand in Hand」は第1話挿入歌。「ダイスキだったらダイジョウブ!」は第3話の挿入歌として使用された。フルコーラスを聴けるのはシングルだけだから、絶対買いだね!(雑な宣伝)

 

解説:

決めたよHand in Hand

実質第1話のED曲として使用された。スクールアイドルを始めたい...と思いながらその行く末に不安を感じていた千歌の元に舞い降りた「奇跡」。それが「音乃木坂=μ'sの母校」からやってきた「作曲のできる」転校生...梨子だった。そんな「奇跡」と共に訪れた「希望」を高らかに歌うのが、この「決めたよHand in Hand」である。

楽曲の使われ方自体はラブライブ1期での「ススメ→トゥモロウ」と一致しており、同曲との類似性を指摘する声も多かったが、個人的には上記に加えて「Future Style」へのオマージュもささげた楽曲のようにも感じた。「未来への希望」や「前向きな気持ち」を歌う歌詞はもちろん「ススメ→トゥモロウ」と同じ。しかし劇中登場するPVのモチーフはどちらかといえば「Future Style」に近い。学園の中庭にある大木、そのすぐ横にベンチがあるロケーションでの歌唱は「Future Style」を意識してのもの。また大木に桜が咲く演出も、μ'sの2年生3名が桜をバックに歌ったことへのオマージュだろう。両手を重ねて前に伸ばす振り付けや、お互いの掌を合わせる仕草にも見覚えがある。このような表現をチョイスした理由は、「千歌がμ'sに影響を受けてスクールアイドルを始めたから」に他ならないだろう。「Future Style」は「ススメ→トゥモロウ」で提示したテーマをより純化し、自分たちの「フォロワー」に対して呼びかける楽曲だった。故にそれを「受けて」スクールアイドルを始めた千歌たちにも、その表現を引き継がせたのだろうと想像できる。

ただ、劇中ではこの曲は千歌の脳内妄想でしか流れず、結果として最初のお誘いは「お断り」されてしまうのだが。ただし「手に手をとって行こう」というこの曲のメインテーマは、2話へと引き継がれていく。結果として千歌と梨子がお互いの「掌を合わせる」ことで「Aqours」の物語が本格的に動き始めるのだから、この曲は2話へのブリッジとして十分に機能していると言って良い。そういう意味では「挿入歌」としても明確な機能性をもった楽曲とも呼べる。

 

ダイスキだったらダイジョウブ!

3話挿入歌として使用。「第3話」での「ファーストライブ」...というキーワードを聴いただけで「ラブライブクラスタ」には嫌な予感がちょちょぎれたわけだが、その期待に応えるようにライブ会場には少数の動員。Aqoursの厳しいスタートを象徴する楽曲となった。とはいえ、物語後半にはそれが鮮やかに切り返され、この後のAqoursの物語、ひいては「ラブライブ!サンシャイン!!」の物語の「キモ」にもなっていくのだから恐れ入った。

楽曲の構成としては、その使用法も含めて「START=DASH!」との類似点を挙げる方が多く、「最終回で全員で歌う?」などの予想も流れたが、結果としてそういう使用法は為されなかった。個人的には初めて聞いた段階で、「そのような起用法はされないのでは?」と予想していた。というのも、この曲は「START=DASH!」のような悲壮感には包まれておらず、全体的に「希望に満ち溢れた」楽曲になっているからだ。そういう意味では「決めたよHand in Hand」と同じく「ススメ→トゥモロウ」に文脈を持つ楽曲という認識をしている。

何故この曲におけるAqours3名が、「見つけた」「キラリと輝くトキメキ」を「ダイスキがあればダイジョウブ」と無邪気に信じられるのか...といえば、それは「μ's」という成功例があるからだ。本当の「0」からスタートしたμ'sは頼るべく道しるべがなかった。だからこそ「熱い胸 きっと未来を切り開くはず」と、「自分自身の中にあるトキメキ」に全てを託すしかなかった。そんな彼女達が「トキメキ」をはっきりとした「輝き」へと変化させ、その成功例を後世に伝えたからこそ、μ'sのフォロワーは「トキメキ」を信じることが出来るのだ。

3話ではまばらな客席にショックを受けながらも、千歌は勇気を振り絞って「スクールアイドルへの一歩」を踏み出す。それもまた「μ'sの歴史」があるからこそだ。彼女達も観客0のライブに挫けそうになりながら、そこに駆け込んできたたった一人の観客=花陽のために歌うことで、μ'sとしての歴史をスタートさせた。その「歴史」を知るからこそ、千歌も勇気をもって踏み出すことができた。そしてその事実を認識しているからこそ、千歌はμ'sへの思い、憧れを隠さず語る。停電アクシデントで音源・証明が落ちたとしても、歯を食いしばって歌い続けるのも、μ'sが「あきらめないことの大切さ」を教えてくれたから。自分たちがスクールアイドルを始めることが出来たのも、全ては「μ'sがいたからこそ」と千歌ははっきりと分かっているのだ。

停電状態は生徒会長ダイヤの動きによって解決。また、まばらな客席も千歌の伝達ミスが原因だったことが分かり、最終的に会場は満員に。「失敗確実」と思われた「ファーストライブ」は大逆転で「成功」に終わる。そんな「成功」を「地元の暖かさ」と「μ'sをはじめとしたスクールアイドルたちのおかげなのだ」と切り捨てるダイヤは、このシーンの意図を明確に伝えるための存在。しかしその言葉にも千歌は「分かっています」とはっきりと答える。そう、千歌はそんなことは分かっていた。自分たちの「成功」が自分たちによるものだけではないことを。それでも「始めざるを得なかった」のは「大好きだから」に他ならない。「大好きなこと」が見つかったら、「まず始めよう」という考えはそれこそμ'sが「ススメ→トゥモロウ」「START =DASH」そして「SUNNY DAY SONG」で伝えてきたメッセージそのもの。Aqoursは「スクールアイドルとしての一歩目」を踏み出すと同時に、「μ'sの意志を継ぐ者」の一歩目も正確に踏み出せていた...ということになるわけで、非常に感慨深い。

とはいえこの時のダイヤの指摘がのちのちAqoursには「課題」として降りかかる。そしてその課題もまた「挿入歌」の中で消化していくわけで、「ラブライブ!サンシャイン!!」にとって挿入歌がどこまでも重要な存在であることが実感できる。

ライブではこの2曲どのように披露されるのか。個人的にはμ'sの3rdLIVEのように、アニメのストーリーを再現するような形で披露されたら嬉しいなと思う。アニメのストーリーと、楽曲とか直接結びつき、2.5次元としか表現しようのない空間が生まれるのが「メディアミックス作品」の醍醐味だと思うので。

 

というわけでライブ開催まで1週間を切りましたね。

ここからは急ピッチで行こうと思います。頑張りますw

ラブライブ!サンシャイン!!  振り返り企画【楽曲編】第3回「青空Juming Heart」

 「見た事ない夢の軌道を追いかけて」今回はTVアニメ主題歌です。

◆「青空Jumping Heart

 

説明:

TVアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」の主題歌としてリリース。その為ナンバリングのシングルにはなっていない。オリコン最高順位は4位。カップリングには「ハミングフレンド」を収録。更に「Aqoursオープニングメンバーカード」も付いてくる。かわいー!(語彙力)

TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』OP主題歌「青空Jumping Heart」


【試聴動画】Aqours ラブライブ!サンシャイン!! 「青空Jumping Heart」「ハミングフレンド」

解説:

・「青空Jumping Heart

青空Jumping Heartは、OPテーマにふさわしく、TVアニメにおける「Aqours」と「ラブライブ!サンシャイン!!」の「始まり」を告げる歌だ。ここから「MIRAI TICKET」へと繋がっていく曲の流れそのものが「ラブライブ!サンシャイン!!」の物語でもあった。

青空Jumping Heartには「サンシャイン!!」を語る上で欠かせないキーワードやフレーズが詰め込まれている。例えば「見たこと無い夢の軌道 追いかけて」というファーストフレーズは印象的だ。この1節だけで、Aqoursがμ’sの物語を「追いかけない」ことが分かる。「μ'sの物語を追いかけない」という意志は「はじめたい My story」というフレーズからも伝わってくる。「AqoursAqoursであること」の「意味=アイデンティティ」を見つけることが「サンシャイン!!」という作品の主題であることが、この曲を聴くだけでも理解できるようになっている。

また「太陽」や「Sunshine」は引き続き登場する象徴的なモチーフ。「君のこころは輝いてるかい?」の項でも触れたが、「サンシャイン」が「μ's」から....というよりも「SUNNY DAY SONG」からその哲学を引き継いでいることが、これらのフレーズから改めて実感できた。「SUNNY DAY SONG」の哲学に導かれた、「大いなる全能感」と「意志」が歌詞に反映されているからこそ、この楽曲は大きなポジティブなイメージに包まれているのだろう。しかし、反面彼女達を支えるのはその根拠のない「全能感」だけ。「叶えたい夢」も「未来」も「ゴール」も全てはまだ「説明できない」。だけれどもとにかく走り出す。その切実なまでの疾走感がまた聴く側のこころを打つ部分でもある。

「MyStoury」を始めたいと願い、「My future」を変えたいと願った彼女達が見つけた一つの「ゴール」。それが「MIRAI TICKET」であると考えると、よりドラマティックに二つの楽曲を楽しめるし、「サンシャイン」の物語そのものも楽しめるはずだ。

 

・ハミングフレンド

Aqoursの楽曲ではめずらしいEDM曲。雰囲気的にはlivetuneを想起させるようなメロディライン。「メロディ」に特化した評価ではあるけど、個人的にはAqoursのあらゆる楽曲の中でも1・2位を争う位好きな曲でもある。昨年12月のミニライブでは既にお披露目済み。一人ひとりのソロパートがはっきりとある曲って、それだけですごく好きになる。ただ、その分歌唱力が試されるわけでもあるけど。

 

さて、次回は2年生曲ですね。

ラブライブ!サンシャイン!!  振り返り企画【楽曲編】第2回「恋になりたいAQUARIUM」

 楽曲振り返り企画第2弾は、やはりセカンドシングルです。

恋になりたいAQUARIUM

恋になりたいAQUARIUM(Blu-ray Disc付)


【試聴動画】Aqours 2ndシングル「恋になりたいAQUARIUM」

 

説明:

 2016年4月リリースのAqours2ndシングル。表題曲のほかに「待ってて愛のうた」「届かない星だとしても」さらにドラマパートも入っているし、もちろん美麗なPVも付いているぞ!凄い!(小並感)

解説:

恋になりたいAQUARIUM

 「恋になりたいAQOUARIUM」はなんとも不思議な楽曲だ。シングルであるにも関わらず、未だにミニライブでの披露はなし。残念ながらちょっぴり影の薄い楽曲であることは否めないだろう。この曲が何故そんな存在になっているのかには、様々な要因があるはず。考えられる一つはこの楽曲に託されたタスクだろう。「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品が、沼津・内浦という場所と切っても切れない作品なのはアニメを見た人であれば同意いただけるはず。その関係の深さは、「聖地巡礼」目的の誘致...というだけではない、もう少し深い、作品の精神性に根差した関係性のようにも思う。そんな「作品の精神性」を陳腐にしないためには、その舞台を広く周知する必要がある。「恋になりたいAQUARIUM」にはアニメ開始前の大事なタイミングで、内浦という舞台を知らしめるタスクが課せられたように思える。PVで登場する三津シーパラダイスでAqoursのメンバーは活き活きと動き、その姿から我々は、彼女達が実在するような感覚を得る。そしてそれはもちろん、沼津、内浦、三津、淡島へと我々を誘う効果ももたらした。アニメ放送前に内浦を訪れ、感じることで、作中に登場し、彼女達が歩く景色を我々は陳腐には感じなくなる。そしてその経験が物語への没入を強めた。この楽曲が作品人気を高める要因になったことは無視できないだろう。

もう一つ、この楽曲が難しい存在になっているのは、そのタスクが我々の求める「タスク」とは少し違っていたからかもしれない。何故ならばこの曲は「2ndシングル」だからである。μ'sの2ndシングルは「snow halation」。「ラブライブ」において、というよりも2000年台のJ-POP史に名を残すかもしれない楽曲と比較されるのはあまりにも酷だが、この曲がプロジェクト「ラブライブ」の2作目における「2曲目」である以上、嫌でも意識されてしまう。そういった意味では不幸な生い立ちともいえるのかもしれない。

楽曲自体は非常にポップな仕上がりだ。それも初の総選挙で1位を獲得し、同曲のセンターを務める曜のキャラクターに沿ってのものかもしれない。とはいえ、その歌詞の世界は実のところ「snow halation」に近い。「snow halation」では「恋の予感」に勇気をもって飛び込む瞬間の煌めきのようなものを「雪に対する光の反射」に託した。「恋になりたいAQUALIUM」では「恋の予感」に飛び込むことを「水槽に潜る」ことに託し、その煌めきを「水中のアワ」として表現した。実は構造も精神も非常に似た楽曲と言える。反面「恋の予感」に対する「切なさ」のようなものが補てんできず、それがこの2曲を分ける決定的な差になってしまっていはいるのだけど、そこはカップリングの「待ってて愛のうた」が補完していたりする(後述)。

なんにせよ、この楽曲は横浜アリーナが初披露となるはずで、恐らく衣装を着て登場してくれるのでは?と今からワクワクしているうちの1曲だ。

 

・待ってて愛のうた

「待ってて愛のうた」は、Aqoursにとっては初のバラードとなる曲で、初聴時は「そう来たか」と驚いたものだ。というのも、この曲こそが「snow halation」の正統なフォロワーソングになっていたからだ。

μ'sは「名前のつけようのない切なさ」に、あえて「snow halation」という名前を付けることで、グループ初の「ラブソング」を作り上げた。けれどもAqoursはまだその「切なさ」を感じたことがない。それは「そんな強い気持ちなんて まだわからない」「胸を焦がす恋のチカラ 想いっきり歌ってみたいけど(先のことだね)」といった歌詞から明らかでもある。

彼女達はまだ「snow halation」を歌う準備ができていない。しかしいつかは「snow halation」のような、「ラブライブ」に興味が無い人でも感動させられるような歌を歌いたいと願っている。だからこそ「いつかは 心からの気持ちこめて 歌ってみたいから」と繋ぐ。

「待っててくれるかい もっとステキになりたいよ」とは我々へのメッセージであり、約束だろう。今はまだ発展途上のAqoursが、今後どのようなグループへと成長していくのかは未知数だけれども、我々はその過程を追いかける楽しみを共有できている。その先にある「ラブソング」を心待ちにしながら、まずはこの「待ってて愛のうた」がどんな形で披露されるのかを心待ちにしている。

 

・届かない星だとしても

2曲目でビックリさせて3曲目で安心させる、Aqoursらしさ前回の元気ソング。歌詞のメッセージは「君のこころは輝いてるかい?」に近いところもあり、なんとなくだけどシングル楽曲のコンペティションで惜しくも主題曲の座を逃した楽曲なんではないか?と想像したりしている。

ラブライブ!サンシャイン!!  振り返り企画【楽曲編】第1回「きみのこころは輝いてるかい?」

前回があまりにも「沈黙~サイレンス~」を見ていない人とか、興味の無い人を置いてけぼりにする記事だったので、今回から本筋に戻しますw

わーい、たのしー

と、いうわけで、今回からはAqours1stLIVEその前に「楽曲編」と題してお送りしていきます。とはいえ、楽曲の作りなどは音楽素人の自分には語れません。恐らくその内リスアニさんが特集号を出してくれるはずなので、それを待ちつつ。

ここでは楽曲の構成とかではなく、劇中で使われた楽曲を中心に、その楽曲の持つ意図とか、歌詞の解釈なんかの話をだらっとしていこうかなと思います。

 こちらも連続企画でお送りしていこうかなと思います。

特に語るポイントの無い楽曲に関しては、割愛させていただきますが、それは私の文章力の問題であり、楽曲にはなんの罪もございません。予めご了承頂ければ幸いですm(__)m

◆君のこころは輝いているかい?

君のこころは輝いてるかい?(Blu-ray Disc付)


[試聴動画]ラブライブ!サンシャイン!!Aqours「君のこころは輝いてるかい?」_Full Size

説明:

Aqoursの記念すべきデビュー曲を含む1stシングル。カップリングには「Step! ZERO to ONE」「AqoursHEROES」を収録。更にファンにとっては初めて「喋る声」を聴ける「はじめましてのご挨拶」を9種類収録と豪華な造り。おまけに美麗なPVも見れちゃう!凄い!(小並感)

解説:

君のこころは輝いてるかい?

君のこころは輝いてるかい?」における「君」とは誰なのか。その解を求めるのが「ラブライブ!サンシャイン!!」アニメにおけるメインストーリーだった。「劇場版ラブライブ」そして「SUNNY DAY SONG」のアンサーソングとして作られたこの曲において、「君」とは「μ'sの意志を継ぐ者」のことだった。そしてそれは「ラブライブ」の正統続編である「ラブライブ!サンシャイン!!」の主人公であるAqoursなのだと我々は認識した。そしてその通りのストーリーが展開され、我々はそれを実感として受け取った。「ラブライブ」において穂乃果が度々発した「キラキラ」そして「輝き」という概念は、「劇場版ラブライブ」のストーリーおよび「SUNNY DAY SONG」の歌詞においていよいよ具現化した。「輝き」は「自分自身が本当に心の底から楽しむこと」そして「未来の事など考えず今を精いっぱい生きること」によって発せられるのだと「劇場版ラブライブ」は定義づけた。そしてそれは「SUNNY DAY SONG SUNNY DAY SONG 輝きになろう なんて言える今の気分を分け合えば SUNNY DAY SONG SUNNY DAY SONG 君も踊り出す 幸せの予感に包まれ なんでもできそうさ」という歌詞に集約されている。「太陽の光がある場所に音楽が生まれ」、それが言葉では説明できない「全能感」を生み、その「全能感に導かれ踊り出した人」が「輝きを手にする」。そんな「ラブライブ」が総括した「思想」を引き継いただからこそ「君のこころは輝いてるかい?」には「SUNNY DAY SONG」と同じモチーフが散りばめられている。

「きっかけはなんでもいいから 一緒にときめきをさがそうよ ほんとに望むことなら叶うんだと証明してみるんだ」「君のこころは輝いているかい? 胸に聞いたら YESと答えるさ」「この出会いがみんなを変えるかな 今日も太陽は照らしてる 僕らの夢」

これらの歌詞は「SUNNY DAY SONG」の思想をそのまま引き継いだ形になっている。再三「ラブライブ!サンシャイン!!」を理解するためには「劇場版ラブライブ」を理解する必要がある、と主張し続けてきたのは、このデビューシングルがあったからだ。ここには「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品の狙いも、「ラブライブ!」シリーズが持つ願いも、その全てが集約されている。

ラブライブ!サンシャイン!!」において、「君」とはAqoursのことなのだと我々は思ったが、その考えはAqoursの発起人=千歌によって否定される。千歌は最終回において「皆、輝こう!」と客席に問いかける。「皆」とは劇中においては客席の人々ではあるが、実際には「ラブライブ」を愛し、追いかける我々だ。物語においてのみ引き継がれるかと思われた思想は、最終的にはテレビの向こう側である我々へと継承されるべきだと、制作陣は望んだ。だからこそ千歌はラストシークエンスにおいて「君のこころは 輝いてるかい!」とこちらに向かって問いかけるのだ。

恐らくAqoursにとって、そして「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品にとってのアンセムであるこの楽曲がどのようなタイミングで1stLIVEに登場するのかも、注目すべきポイントだと思う。

カップリング解説

「Step! ZERO to ONE」

アニメ本編において「ゼロ」というのは中盤以降キーワードとなっていった。Aqoursのメンバーを、支持者を、浦の星への入学希望者を、「0から1」にするために挑戦する物語。それが「ラブライブ!サンシャイン!!」の物語だった。発表当時にはそこまでのインパクトを与えなかったこの曲も、アニメ本編終了後の1stライブでは違った聞こえ方がするはずで、どのタイミングで歌うのか非常に気になる曲だ。

・「AqoursHEROES

劇中の文脈とは直接関係の無い楽曲だが、Aqoursといえば「活発」な「パーティーソング」であることを印象付けると同時に、「μ's」との差別化を図るという意味でも、大事な楽曲だと思う。

ラブライブ!サンシャイン!!無駄話 映画「沈黙~サイレンス~」とサンシャイン 雑多な共通点と解

※今回は思いつきで書いている、いつにも増してどうでもいい戯言なので、適当に読み流してくださいw

※ちょっと宗教的な要素が濃い~ですが、自分はどこの会派にも所属しない、めっちゃフラットな日本人ですので、ご安心くださいw

※強いて言うなら「空飛ぶスパゲッティモンスター教」信者ですので。

 

そもそもの発端は映画「沈黙~サイレンス~」を見たことに始まる。

chinmoku.jp

本作は遠藤周作による原作を、巨匠(という呼び方に違和感半端ないが)マーティン・スコセッシが映画化に約28年間を費やし、ようやく実現した映画、というわけで公開前から(言うなれば製作開始時期から)映画好きの間では話題になっていた。

そもそもこの前の作品が「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で、これは

「あなたはゴミみたいな株を人に売りつけてお金を儲けるのが大好きなフレンズなんだね」

というスコセッシの王道を行く「たのしー♪」映画だっただけに、そのギャップに皆興味津々だったわけだ(ものすごく雑に流行りネタをぶっこみつつ)。

そもそも何故スコセッシがこの原作を映画化することに拘ったのか...というのは、彼の出自とかに関係してくるので、とても一言では言い表せないし、そもそもこの稿の本題と離れていくので割愛させていただく。恐らくWikipediaとか読めば分かると思うので、興味のある方は調べて頂ければと思う。

あるいは町山智浩さんの著書や、有料コンテンツではあるが「映画ムダ話」シリーズの「沈黙」を聴いて頂けると分かりやすいかもしれない。こちらも興味のある方はどうぞ。

※映画に興味のある方は読むと勉強になるし、そんなに難しい本ではないのでお勧め。

 ※映画そのものだけでなく、何の為にスコセッシが撮ったのかまでズッシリと解説してくれています。これで216円は安いと思う。

 ...ここから「沈黙」に関してのネタバレを含みつつの記事になるので、「映画見るからネタバレすんな!」とか「原作読んでるから(以下同文)」という方は引き返していただけるとありがたいです。

 

...さて、では何故急にこの「スコセッシの個人的な思い」と「信仰に対しての問いかけ」をテーマにした深淵な作品が貴様の中で「ラブライブ!サンシャイン」と結びついたのだ、この変態め!!というお話なのだけど。

 

そもそもは「良い映画だったなぁ」などと思いつつ、スクフェスをポチポチ遊んでいたことに始まる。聖歌隊衣装のSSR国木田花丸が絆MAXになった。

するとストーリーが解放され、そこで花丸が語った宗教観が、不思議と「沈黙」の世界にマッチングしたのである。

 

この呟きの意図を説明するには、流石に「沈黙」に関しても少し説明する必要があるだろう。 

「沈黙」という物語は「イエズス会ポルトガル人宣教師=ロドリゴが、自分をキリスト教徒へと導いてくれた師=フェレイラ師が、江戸幕府による苛烈な弾圧によってキリスト教を棄てさせられた、という噂を耳にし、それを確かめると共に師匠を救出するため日本へと向かうが...」というお話。

 ロドリゴは偉大だった師が、キリストの教えを棄てるなどにわかには信じられない。しかし、その思いは見事に裏切られる。フェレイラという名前を棄て『沢野忠庵』と名乗るかつての師は、とうとうと「日本にキリスト教が根付かない理由」を語る。それが上の言葉である(要約ではあるけど)。

半ばやけくそになって言ったような言葉ではあるのだけども、しかし花丸のセリフは、なんとなしにそれを肯定している感じもする。

そもそも国木田花丸というのが、日本における「宗教観」をまざまざと感じさせるキャラクターでもある。

本人は「お寺(空海を崇拝しているから真言宗密教?)」の娘でありながら、カトリック系の学校(浦の星)に通い、なおかつ聖歌隊に参加して歌っているという凄まじい矛盾を抱えた存在である(笑)。

上のイベントではそんな矛盾に花丸自身が「お寺の子がミッションスクールで、それも聖歌隊に入るってどうなんだろう....って不安に思ったこともあったけど....(原文ママ)」と疑問を投げかけたうえで、先ほどの画像の通りの解を示している。

「日本には八百万の神」がいて「みんなの心の中にそれぞれが描く神様がいる」というのは、「沈黙」の劇中において「切支丹狩り」を断行する役人たちも持っていたロジックと同じだ。

彼らは決して「キリスト教」を信じる事自体は否定しない。「君らがそれを信じるのは勝手だ」という立場だ。「しかしそれを広めてくれるな」と主張する。その背景には江戸幕府の「政府としての思惑があった」ことは皆知っている事だ。故にキリスト教を棄てさせようとする彼らの行動そのものも非常に「お役所的」である。彼らは信念に基づいて行動しているのではなく、あくまでも「実務をこなしている」に過ぎないからだ。

故に棄教を迫る手段も非常にロジカルで、マニュアル化している(これはマニュアル自体が本当に文献として残っているのだそうだ)。彼らはロジカル故に「キリスト教カトリック)」の教義の矛盾点をズバズバと突いていく。

その矛盾点の一つが「沈黙」だ。

尋常ではない、苛烈な弾圧が日本人切支丹に与えられる度に主人公であるロドリゴは神に祈るしかできない。しかし神は彼の願いにも応えないし、解決も示さない。ただただ黙って事態を傍観しているばかりなのだ。

浅野忠信演じる通辞はその度にロドリゴの心へ揺さぶりを掛ける。

「何故このような事態になっているのに、お前たちの神は救いを与えないんだ?それは神様なんていないからじゃないのか?」

「あいつら(日本人切支丹)が殺されるのは、神のためじゃない。お前のせいだ!お前が彼らを救おうとしないからだ!」

そんな揺さぶりに対して、ロドリゴはうろたえ、まともな返答を返すことが出来ない。それはロドリゴも徐々に神の「沈黙」に耐えられなくなっていくからだ。

「信仰する対象」からの「沈黙」。個人的に「サンシャイン」の物語との共通点を見出したのはこの部分だ。

ラブライブ!サンシャイン!!」第8話「くやしくないの」では、それぞれが「信仰」の対象へと「問いかける」ものの、その誰もが対象からは「解答をもらえない」物語である。

ishidamashii.hatenablog.com

 東京でのライブ参加の結果、自分たちの歌唱が誰からも評価されない、という厳しすぎる現実を突き付けられたAqours。今後の活動に光を見いだせない中で、それぞれがそれぞれの「信仰」すべき対象に「救い」を求める。

曜は千歌に「くやしくないの?」と問う。それは悔しさを隠し、明るく振舞う千歌の「本音」を引き出す為でもあるけれど、同時に「これから進むべき道」をAqoursの発起人=千歌に求めているという行為でもある。しかし千歌はそれに応えられない。

曜の行為は、Aqoursメンバー全員の思いの代行でもある。花丸も、ルビィも、善子も、梨子も千歌の言葉を待っているが、当事者たる千歌は「沈黙」しているしかない。

この時の千歌は、日本人切支丹から救いの言葉を求められ、明確に答えを示せないロドリゴに近い。彼らは見えない神ではなく、その代弁者であるロドリゴを「信仰」の対象としたが、結果ロドリゴも彼らを励ますことしか出来なかった。それはロドリゴもまた「神」による救いの言葉を待ちながら、その「沈黙」に苦しむ「信仰者」に過ぎなかったからだ。

千歌が信じる「神」は「μ's」だ。

自室でグッとμ'sのポスターに手を伸ばす千歌は、何度も頭の中にあるキリストの肖像画に救いを求めるロドリゴにリンクする。

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しかし、「μ's」は千歌に救いを与えない。あるのは「沈黙」だけだ。

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悩みの規模だとか、救いのレベルだとか、そこには凄まじいレベルの違いがあるけれども、構造自体は同じだと思う。

「μ's」からの解答を得られない千歌は、別の方法でその答えを見つけようとする。千歌が海に潜ったのは、第2話において「希望」を見出した場所が海だったから。

第2話では「海の音を聞きたい」と願う梨子の思いに応えるように、曜を含めた3人で海に入る。はじめはただ真っ暗だった海だが、そこに「太陽」の光が差し込むことで、3人はようやく「海の音」を聴くことが出来る。

このシーンは「先の見えないアイドル活動」や、「行き詰っていた音楽作り」といった悩みも、思い切ってその対象に飛び込んでみることで「希望」を見出せる、という事へのメタファーでもある。

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その成功体験があったからこそ、千歌は海に飛び込んだのだが、それだけでは「救い」を得ることが出来なかった。

もはや打つ手なしの千歌は、いよいよもって自らの想いを独白し、「弱さ」を露呈する。「自分がAqoursを結成したことに対する責任感」それ故に「負けて悔しいと簡単に口にできなかったこと」「本当は悔しくてたまらないこと」。

自らの立場に「責任感」を感じ、その職務を全うしようと思うがあまりがんじがらめになっていく構造もまた、「沈黙」におけるロドリゴに非常に近い。千歌もロドリゴも自らの「弱さ」を認められないが故に、追い込まれてしまう。

だからこそ、自らの「弱さ」を認めた瞬間に共に救いが与えられる。

千歌の場合は「悔しさを露わにすること」。ロドリゴの場合は「踏絵を踏むこと」。

これらの行動によって、二人は「神の代弁者」であることから解放され、「一人の人」として初めて救いを得ることが出来る構造になっている。

特に梨子は千歌の悩みへの回答を明確な言葉で伝えてくれる。

「皆千歌ちゃんのためにスクールアイドルをやってるんじゃないの」「皆自分のためにやってるのよ」と。

ここで印象的なのは、千歌に赦しを与えるのが「太陽」であることだ。

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千歌が「神の代弁者」を辞めることで、雨が止み、太陽がAqoursを照らす。

ラブライブ!」ではシリーズを通して同じような演出が採られるが、それらは全て「登場人物たちが正しい結論に達した際の赦し」として使用されている印象がある。

ということは、「ラブライブ!」はシリーズを通して、「太陽」という存在に「神的な要素」を付与し続けているとも言える。となると千歌は「μ'sへの信仰」から解放される必然性がある。

 

ここで話をフェレイラ師が語る「日本にキリスト教が根付かない理由」に戻してみる。

するとフェレイラ師ははっきりとこう主張している。

「私も最初は日本人は優秀なキリスト教徒になれると思っていた。だが違ったんだ!彼らは何も信じてなんていない!彼らにとっての神とは、あれだ!」

そういってフェレイラ師が指差すのは「太陽」なのである。

なんとも不思議なことに「ラブライブ!」における「太陽」の「神化」と、「沈黙」とが結びついていく。

とはいえ、ラブライブは「宗教作品」ではないので、千歌が「太陽信仰」に目覚めたり...という事はない(笑)。あくまでも「希望」と「赦し」を与えてくれる象徴として登場するにとどめている。またそれも「太陽」を「神」として讃えるのではなく、あくまでも「アミニズム的」な視点における「シンボル」として成立させているに過ぎない、ということは併記しておきたい。

ただこの「太陽」に対する考え方を理解すると、「ラブライブ!サンシャイン!!」というタイトルであったり、その根っことなる劇場版ラブライブ!の主題歌「SUNNY DAY SONG」の意図なんかも見えてきて、なんとも面白い。

 

「μ's」を信仰する対象から外した千歌は、その後もう一度秋葉原へと出かける。

μ'sの足跡を辿る中で、彼女達の「行動」ではなく、「意志」そのものを引き継ぐことで、Aqoursはいよいよμ'sの庇護から外れていく。

そしてそれを象徴するように、部屋にずっと貼っていたμ'sのポスターを外すに至る(12話)。

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「サンシャイン」を唯一前作と結びつけていた要素であるポスターが外されることに動揺を感じた視聴者も多かったかもしれない。しかし、これは何も「μ'sとの別離」を象徴した演出ではないと思う。

Aqoursが一連の行動を通して気付いたのは、「μ's」が輝いていた理由。

それは「今を全力で楽しんで」「自ら輝こうとしていた」から。その「真理」に気付いた。そしてAqoursもその意思を引き継いで、「全力で輝く」ことを目指し始めた。

故にμ'sは信仰の対象ではなく、同じ目標を掲げる「隣人」になった。もはや「仰ぎ見る事」はなく、常に「心の中にいる存在」になったからこそ、ポスターを外すことができたのではないか、と思う。

 

物語のほとんどを主人公:ロドリゴのモノローグによって進めていく「沈黙」だが、彼が「踏絵」を踏んで以降は別のオランダ人商人の視点へと切り替わり物語が進む。その中でロドリゴは第3者の目線を通して描かれる存在となり、傍からは完全に「信仰を棄て」「日本人となった」姿が描かれる。それこそまさにロドリゴが「沈黙」を貫く様子が淡々と描かれるのだ。

「沈黙」を貫くロドリゴの心境は計り知れない。しかし映画では最後にスコセッシがちょっとした救いを用意している。それは是非映画館で(あるいはビデオリリースされた後に)本編を見て頂きたいのだけど、その緩やかで優しいエンディングには、μ'sを「隣人」として迎え入れられた千歌と同じ心境に達した男の最後が描かれている。

こと「宗教」であったり「信仰」であったりで世界はわちゃわちゃ騒がしいわけだけど、本来それらが「何のために存在しているのか」を、改めて認識するのはとても大事だ。

そしてそれを教えてくれるのは、何も宗教映画だけではないのだぜ、というまとまりのないお話。

 

沈黙 (新潮文庫)

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 原作。

 日本版。かなりオチが違うぞ!気をつけろ!

ラブライブ!サンシャイン!!  1stライブの前に総括してみましょう企画 【番外編 サブキャラクターたち】

さて、9回にわたってお送りしたキャラクター編ですが、今回はおまけというかw番外編。

アニメに登場したサブキャラクター達にも触れて、キャラクター編の締めとさせて頂きます。

まま、それほど堅苦しく書く内容でもないので、サラっと参りましょうか。

 

★高海家の人々

■高海母

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高海3姉妹の母。ラブライブ大人キャラの基本として名は明かされていません。

「ついにあざといキャラを出しやがった...」とこちらの脳髄を刺激した"ロリ母”。

低身長、釘宮ボイス、そして何故か母性溢れるお胸というオタクを狙い撃ちするキャラだが、人妻で3児の母なのです。あな恐ろしや。

ドラマにおいては、千歌にとって乗り越えねばならない「最後の関門」として登場した母親。

幼いころから飽き性で、何事も長続きしない千歌を、厳しく叱るでもなく、粘り強く見守り続けた母。

そんな彼女と千歌との間で何度もやりとりされたであろう「今度は辞めない?」というやりとり(恐らく千歌が何かを始めたい!と言ってきた際に何度となくかけてきた言葉なのでしょうね)

今までは軽く「辞めないから~」と答えていたはずの千歌が、噛みしめるように告げた「辞めないよ」という答え。

母にとっては、その重みが分かるからこそ、それ以上のやりとりは必要なかったのでしょう。

13話において賛否両論をよぶミュージカルによる「これまでのラブライブ!サンシャイン!!」ですが、千歌という人物にとっては「母に成長を示す」という「通過儀礼」でもあったはず(海での「悔しいじゃん!」を聞いているのはAqoursのメンバーと我々視聴者だけですから)

千歌の覚悟を聞き、それを噛みしめる表情がとても印象的でしたね。

しかし、旅館を経営している家におらず、東京に勤務している...というのは果たしてどういう状況なのでしょうか。

東京にも別の旅館を経営しており、そちらの責任者を任されているとか?そういうこと??

まま、そういう細かい状況設定は突っ込み始めるとキリがないですからね。

そもそも見た目がファンタジーなのですし(笑)。

■高海志満(しま)

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高海家の長女で、千歌と美渡の姉。

最初情報が錯そうしていて、彼女が「次女」という情報もあったのだけど、結局長女ということに落ち着いていた。しばらく勘違いしていましたよ。

母親不在の高海家にあって、(父親の存在は不明)一家を支える大黒柱のような雰囲気をもった女性。

どうやら旅館経営において一定の裁量を任されているらしく、結果次女の美渡は一般企業へ就職したようでもある。

内浦で暮らすには免許は必須なので、車も運転しちゃいます。そういや車運転するサブキャラも志満姉が初めてでは?

登場回数は限られているものの、性格はほんわかした雰囲気そのものという感じ。

ファーストライブへの不安を隠せない曜に「大丈夫、ここの人たちは暖かいから」と励まし、結果その通りの結末を迎えたりもした。

その裏で志満姉がなにか糸を操っていたかは謎。

まぁ、漁協のおじさんとかに凄い気に入られてそうだから、やんわりと「うちの妹がライブやるのでお時間あったらご家族で見に来てくださいね~」くらいは平然と営業してそうである(妄想)。

ちなみに”志満”という名前は、恐らく「淡島マリンパーク」のある淡島から付けられていると推測されている。

■高海美渡(みと)

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高海家の次女。一般企業に就職しているが実家暮らし。

短髪で活発。長女の志満とはあまり似ていない。

推測するに千歌とはおそらく4~5つくらいは離れているだろうから、それほど「歳が近い姉妹」というわけではないだろうが、プリンを巡って不毛な争いを繰り広げるなど、精神年齢は千歌と同じくらいのようである。

彼女もまた千歌の「飽き性」の被害者の一人で、あまり千歌のことを信用していない雰囲気がある(笑)。

だが「信用していない」のと「信頼していない」というのは、≠(ノットイコール)であるように、千歌の可能性をもっとも「信頼している」一人でもある。

思いつきで始めたと感じた「スクールアイドル活動」を「どうせ長続きしないだろう」とタカを括っていたものの、本気で頑張る妹の姿を見て、影ながらサポートする。

勤め先にはライブの告知ポスターを全面展開し、千歌がライブ告知を「ミスした」と分かった時には雨の中車で走り回り、地元の人たちにライブへの参加を呼び掛けるなど、3話ではMVP級の働きを見せた。

その後は目立つ活躍はなかったものの、本気で頑張る妹の姿を母に見てもらおうと、地区予選決勝のタイミングで志満と結託して母を内浦に呼び寄せるなど、口での対応の厳しさとは対照的に非常に妹思いの姉である。

名前の「美渡」は、姉と同じく内浦にある地名「三津(みと)」から取ったものと思われる。姉妹揃って水族館のある地名の名前...(しかも三津シーパラダイスは千歌の家のモデルとなった旅館とは目と鼻の先にある)というのもなんとも適当地元愛に溢れたネーミングとは思う。

■しいたけ

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高海家に住まう飼い犬。

なぜ「しいたけ」なんぞという珍妙な名前になったのかは不明。

ただシルエットがなんとなくきのこっぽくはある。

勇者ヨシヒコにおけるメレブ的なシルエットということか。

胸についている「しいたけ」の飾りがso cute。

3姉妹の中では美渡に一番懐いている気があるので、美渡が飼いはじめた犬という設定もありそうである。

犬種は不明だがビアデット・コリーではないか?という説がある。

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確かに似ているが...厳密には何かとのミックスという感じもある。

Aqoursメンバーでは何故か梨子がお気に入りでしょっちゅう追いかけっこをしている。

 

★桜内家

■梨子母

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桜内梨子の母。

「母親声優は大物「という流れを受けて器用されたのは水樹奈々

もはやお母さん方にも一曲歌っていただきたい陣容になってきた。

非常に限定的な登場だけに桜内家の家庭内情はさっぱりわからない。

なぜ静岡に来たのか?父親は東京に残っているのか?などなど。

ただこれらの疑問が晴れる瞬間はきっと来ない。

 

★内浦の人々

■よしみ、いつき、むつ

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前作におけるひふみトリオの後継者といえる存在。

通称よいつむトリオと呼ぶらしい。

前作のひふみがμ'sの運営に積極的に携わったのとは対照的に、こちらは3話での絡み以降はそれほど積極的にAqoursの活動には関わってこなかった。

あくまでも友人である千歌を応援する、という範囲をはみ出さない活動ではあったが、まぁ普通はこんなものだ。ひふみがちょっと頑張りすぎたのだ(笑)。

そんな彼女達がAqoursの現在地を知ることで、初めて「千歌が何かやってる」を飛び越えて「Aqoursの活動に興味を示す」というのが13話におけるメインプロット。

ひふみに関しては対象に入れ込み過ぎた結果、我々「視聴者」とも別の視点を持ったキャラクターになってしまった。

結果として劇中に「視聴者」と同じ視点をもったキャラクターが不在になってしまった反省をフィードバックした結果が、今回の3人なのでは?と個人的には感じている。

ひふみの3人がスクールアイドルと同化するのには「劇場版」まで待つ必要があったが、よいつむトリオは「Aqoursへの憧れ」をきっかけに、TVアニメ終了と同時に「輝くため」走り始める。

「出来る出来ないではなく、面白そうだからやってみる」「本当にやりたいことって そんな感じで始まる」というのは希の言葉だけども、これもまた「ラブライブ」に通底するテーマ。

よいつむトリオはそんな「ラブライブ」の精神を表現するために存在しているのではないだろうか。

■わたあめ

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Aqoursメンバーも御用達の和菓子店「松月」さんの飼い犬。犬種は柴犬(黒柴)。

「松月」さんは内浦に実在し、千歌の家のモデルとなった旅館のすぐ近くにあることもあって、聖地訪問したラブライバーは必ず立ち寄っているお店。

筆者も一度だけお邪魔したが、素敵な店舗スタッフ様がお出迎えしてくれる最高に素敵なお店なので、是非沼津に行かれる際にはお立ち寄りいただきたい(非常にラブライブに友好的なお店様なので、失礼のないようにお願いいたしますm(__)m)

「松月」さん、お店の雰囲気が素晴らしいだけでなく、お菓子も非常においしいのだが一つだけ難点がある。

それは「わたあめ」ちゃんがいないということだ(血涙)。

そう、先ほど飼い犬と書いたがそれはアニメの中だけの話。

実際にはいないのです(歯ぎしりしながら)。

こちらのモデルはラブライバーにとってのいわゆる「神」こと原画家室田雄平氏の飼い犬「わた」ちゃんと「あめ」ちゃんの黒柴姉妹。

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実物もめんこいですな~。

とりあえず自分のような「犬派」人間(特に柴犬原理主義者)にとっては、その存在だけでもとにかく尊いキャラクター。

再登場を切に願ってやまない(この項必要だったのか?という疑問は聞かない)。

 

★スクールアイドル関係

■はっちゃけお姉さん(仮名)

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前作から唯一の継続した登場人物。

まさかこの人のみが「再登場組」になるとは、ちょっと意外だった。

「サンシャイン」では7話8話に登場。

東京という未知の場所で初めて「試練」に立ち向かうAqoursに、容赦ない現実を突きつける、ちょっとかわいそうな役回りだった。

しかし「スクールアイドル」における運営部門というのは、未だにどういった組織が、どういった理念で、どういった事業計画をもって運営しているのか「一切謎」に包まれているが、「現場=イベント」で実績のある司会者が、細かいイベントでも起用されていく感じはとってもリアルな感じがある(笑)。

果たして東京に再度挑む(よね?)Aqoursが、今度は彼女から「良い結果」を受け取れるのか。気になるところでもある。

■Saint Snow(鹿角聖良、鹿角理亞)

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皆大好きSaint Snow。ダンスナウ!!ヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノダンスナウ!!

浮かれ気分で東京にやってきたAqoursを迎え撃った先輩スクールアイドル...。

かと思いきやキャリア的にはそこまで差はないし、そもそも北海道のスクールアイドルであった。

しかし、「スクールアイドル」への取り組みは真剣そのもので、特にダンスのクオリティにはこの時点のAqoursとは歴然の差があった。

圧巻のパフォーマンスを見せつけるものの、結果入賞できず。

得票0という結果をもって落ち込むAqoursに、妹の理亞は思わず「スクールアイドルは遊びじゃない!」とイライラをぶつけてしまう。

登場当初一部で「反感」をもって迎えられたSaint snowであるが、個人的には「A-RISE」とは違う、本当の意味での「ライバルチーム」の登場を嬉しく感じていた。

あくまでもμ'sよりも「常に上の位置」にいて、「品行方正」だった「A-RISE」は、厳密にはμ'sの「ライバル」とは表現し辛い存在だった。

そんなA-RISEに対し、Saint snowはあくまでも「未完成」で、「向上を目指して必死」な、Aqoursにとっての「合わせ鏡」のような存在。

それはまさしく「ライバル」という関係に相応しい存在だと思う。

12話において「μ'sやA-RISEと自分たちの何が違うのか」という議論によって、その思想がぶつかった千歌と聖良。

「μ'sやA-RISEがなぜ素晴らしいのか」を知る為に「彼女達と同じ位置に立つこと」を目標に定めたSaint snowは、「勝利することに意味があるのか」と問う千歌の考えが根本的に理解できない。

「楽しんだ先」に「勝利があるはず」と信じるAqoursと、「勝利した先」に「栄光がある」と信じるSaint snow。

お互いのイデオロギーの行先も、2期以降のメインテーマになりそうである。

...それにしてもサウンドトラックに収録された「SELF CONTROL!」の完全版は最高でした。

青臭い歌詞も素敵なのですが、それ以前に作り込まれたサウンドがとにかくかっこいい。

これだけでもサントラ買う価値があると思わせる力作です。

ラブライブ好きなら必聴かと!!

 

...ということでサブキャラクター編でした。

このあと一旦ラブライブ関連をお休みし、ちょっと元々のブログ作業に入りますw

それが終わりましたら楽曲の考察に移りたいと思っております。

楽曲の構成とかはド素人なので全く触れられませんので、各楽曲が物語においてどのような文脈を以て使用されているのか?みたいな考察が出来たら良いなと思っております。

引き続きよろしくお願いいたしますm(__)m

 

 

TVアニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』オリジナルサウンドトラック Sailing to the Sunshine

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ラブライブ!サンシャイン!! しいたけ 着ぐるみパジャマ

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豆しば ロール ペーパーホルダー 黒

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豆しば ティッシュカバー 黒

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